続きです








肩を落として俯くフレンを見つめながら、オレはどう声を掛けたものか考えていた。

今こいつは、自分の『依頼』のせいでオレを危険な目に遭わせたと、自責の念に駆られている。
…でも、なんていうか…今更、だろ。
旅をしてる間も、そんな事は度々あった。でもその時、フレンはこんな風に落ち込んだりしたか?全く気にしてないというのはないにしても……それとも、オレが知らなかっただけなんだろうか。

いや…違うな。
互いの『関係』が変わって、気持ちも変わったんだ。


フレンに呼び出されて依頼の話をされた時、こんな仕事なんか冗談じゃない、と思った。
今でも嫌だぜ?毎朝女の格好して…正確にはスカートじゃないが見た目はそうとしか見えないし、何よりもそんな姿のオレを『女』だと周りが素直に認めてしまう事に傷付く。

それでも断りきれない自分が信じられなかったし、フレンにセクハラ紛いの事をされても不快感がないのがこれまた分からなかった。

フレンから好きだと言われて、その言葉を驚くほど素直に受け止めた自分に気付いた時、オレも…同じ気持ちなんだと知った。

じゃあ、きっかけは?
なんでそんな話になったんだった……?
…あの女に、フレンが嫉妬したからだ。
はた迷惑な話だが、それでもあの女がオレに惚れたりしなけりゃ、フレンだって自分の気持ちをオレに伝えようとは思わなかった筈なんだ。

だから……


「…なあ、フレン。オレは別に、おまえのせいで危険な目に遭ったとか、思ってないぜ」

フレンが顔を上げる。
だがまだ、表情は曇ったままだ。心なしか、空色の瞳もくすんで見える。

「だってオレ、そもそも囮だったろ?おまえの縁談潰すための、さ」

わざと茶化して言ってやると、思った通りフレンは怒りを露にした。…分かりやすい奴だよ、全く。

「それは…っ!それだけじゃ……!でも、僕はちゃんと、君を守るつもりだったのに……!!」

「…それが余計な世話なんだよ。オレ、別におまえに守られたいとか思ってねえから」

「ユーリ!?どうして…!」

「どうして、って。オレ、女じゃねえし」

「そんなの関係ないだろ!?好きな人を守りたいと思うのは当たり前じゃないか!!」

「……そうだな。でもそれは、おまえだけなのか?」

「…え…」

困惑気味にオレを窺うフレンを正面から見据える。
…今までちゃんと言ってやらなかった言葉を、はっきり伝えてやりたいと思った。


「オレ、おまえが好きだ」


「………」

「だから、オレだっておまえを守りたいと思う。別に、怪我したからっておまえのせいだとは思わないぜ?」

「…ユーリ…」

「この仕事しなかったら、一生気付かなかったかもな。…だから、自分のせいとか言うなよ。な?」

…また泣きそうな顔してこっち見やがって…。
正直なところ、恥ずかしくて死にそうなんだ。
こんなストレートな告白、したことがない。しかもその相手がフレンだとか…。
…ヤバい、マジで顔、熱くなってきた。大体フレンの野郎、なんで黙ってんだよ…!?


「…ユーリ」

「あ?な、なんだよ!?」

「そっち、行ってもいい?」

「…や、それはちょっと………!!」

オレの返事を待たずに立ち上がったフレンは、あっという間に横に座ったかと思うとそのまま抱き着いて来た。
オレの胸に顔を擦り寄せて来るのと、鼻先で揺れる金髪が擽ったい。
押し倒されないだけマシだが、だからってこれも…!

「って、おい!!ちょっと……!離れろよ!!」

「嫌だ」

「おま…っ、怪我人に何する気だよ!?自分でも言ってたじゃねえか!!」

「…まだ何もしてない。これでも我慢してるんだ」

「まだとか我慢とか言ってんじゃねえよ!!頼むから離れて……」

「……もう一回」

「はっ?え、何が?」

「もう一回、言ってくれ」

「だから何を…」


顔を上げたフレンの両手が頬を包む。身体は動かねえし……視線が真っすぐすぎて、目を合わせられない。

「ユーリ」

「なん、だよ!」

「…好きだ」

「…………あ、ぁ」

「君は?」

「さっき……!!」

「もう一回」

「っ……」




とてもじゃないが、ちゃんと言うのなんてもう無理だった。だからオレは目の前の唇に噛み付いてやってから、その言葉の形になるように、自分の唇を動かした。
唇はすぐ塞がれて、フレンはずっとオレの髪を撫でていた。


鼓動に合わせて疼く額の傷に、感謝したいような、腹が立つような……。
…そんな気分だった。











なかなか離れようとしないフレンをいい加減引き剥がし、腹が減った、夜食にしようと言った時、オヤジのような発言をしたフレンをオレはまた張り倒すハメになった。
…なんかもう…泣けてくる、マジで。


「…ほんと、手加減なしだよね…」

「おまえいい加減にしろよ!?何がメシよりオ……っっ!!…だああ!!思い出すだけで腹が立つ!!!」

「…あんまり暴れると傷、開くよ」

「おまえのせいだろ………!?」

「…僕の忍耐強さも少しは褒めて欲しいんだけど…」

「うるせえよ!!…ほら!さっさと食え!!」


不毛な会話を終わらせるべく、オレはフレンに持って来た包みを突き付けた。中身を取り出したフレンの表情が、ぱっと明るくなる。
…マジでこいつ、浮き沈み激しいな…。もう、どうでもいいけどさ。


オレが作って来たのはハンバーグと野菜をパンに挟んで食べ易くした料理だ。とりあえず肉が好物のフレンだが、ただそれだけってのもなんだからな。


「それ、パンもオレが焼いたんだぜ」

「え、そうなのか?…でもこのパン…」

「ああ、おまえが作って来たフルーツサンドもこれだな。つか、よく残ってたな」

「籠の底に一つだけあったんだけど…まさか、食堂のメニューに出したのか?」

「まさかって何だ。おまえの料理じゃあるまいし。第一、そんな大量に焼いてねえよ。厨房借りる代わりに、食堂のおばちゃん達にやったんだ。残ってると思わなかったぜ」

「ふうん…」

「…何だよ、その反応。おばちゃんにさんざっぱらからかわれながら作って来てやったのに」

マジな話、かなりキツかった。
何たって女騎士の格好で行くしかないからな。フレンとどうなんだって、煩いのなんの。
でも向こうの仕事の邪魔してるのもあるし、仕込みと片付けも手伝ったりしたんだが……まあ、話をはぐらかすのに一苦労だった。
ちなみに、フレンはやっぱり自分の夜食だと言ってオレのぶんの食事を持って来ていた。それとなく聞いたら、おばちゃんの一人が教えてくれたんだが。



「それは…嬉しいけど。でももう、できれば僕だけにして欲しいな、君の手作りを食べられるのは」

「…何恥ずかしい事言ってんだよ…。早く食え」

「うん。いただきます」


フレンがパンに噛り付く。何とも幸せそうな表情で咀嚼してるんだが……あれ? おかしいな…。

「フレン、美味いか?」

「ああ、美味しいよ」

「…マジで?」

「本当だって。珍しいな、君がそんなに人の反応、気にするなんて」

言いながらも食べ続けるフレンの様子は、本当に幸せそうだ。


…実はこの料理、かなり控え目な味付けにしてある。
通常の味覚の人間が食っても、物足りなくなるぐらいだ。
味覚音痴で何にでも香辛料を入れまくるフレンが、美味いと感じる筈がないんだが…。まあ、それが『嫌がらせ』のつもりだった。

フレンのことだ、恐らくはっきり不味いとは言わないだろうし、無理して美味いと言うところをからかってやろうと思ってたのに。
それに、ちゃんと追加の香辛料も持って来てたんだぜ?
なんか…納得いかないんだが…。

「どうしたんだ、ユーリ?…ユーリも食べなよ」

「…ああ」

オレもフルーツサンドに噛り付く。ちゃんと甘くて、美味い。…甘いもの食うの、久しぶりだな。

「美味しい?」

「ん。美味い」

「良かった。やっぱり嬉しいな、好きな人が美味しそうに食べてる姿を見るのは。自分の作ったものなら、尚更だよね」


フレンは本当に嬉しそうな様子でオレを見ている…が、その台詞でオレはある事を思い出した。
そもそも、それに対しての『嫌がらせ』だったんだ。
反応が予想外すぎて忘れるところだったぜ…!


「…おまえさ、同じこと、あいつにも言ったろ」

「は?あいつって誰?」

「ソディアだよ!誰彼構わず言い触らすなっつったろ!?」

「ああ、その話か。誰彼構わずじゃないだろ?」

「なっ…!よりによってあいつに言う事ねえだろ!!」

「そんな、今更。彼女はもう、気付いてるけど…」

「それはおまえが、好きな人がどうこう言ったからだろ!?」

「違うよ。君と手合わせしただろう?あの後そういう話、したじゃないか」

「手合わせ…?」

そんな話、したか?
…いや、確かにした。手合わせの後、オレ達が恋人同士だって噂で暫くうるさくなる、という話を。
でもあの時だって別に、マジでそういう関係だって言ったわけじゃないだろ?
…もしかして、そう思ってたのってオレだけか?


「普通、気付くんじゃないかな」

「…………」

何だかいたたまれなくなって乱暴にフルーツサンドに噛り付いたら、パンの端からクリーム塗れの苺が一つ、シーツの上に転がり落ちた。
慌てて苺を拾い上げるが、シーツにはクリームがべったりだ。フレンが呆れたようにため息を零す。

「全く…やっぱりここで何か食べるのは良くないな。君が来るといつもシーツを汚されるし」

「いつもって何だよ。こないだはここで食ってねえぞ。…そういやメモにもなんか書いてたな、シーツ汚すなとか。どういう意味だよ」

「どう、って…君、僕がいない時はベッドに寝たりしてるだろう?」

「…………は?」

「この前、遅くなった時も…寝るのはいいけど、その」

…ちょっと待て、こいつは何を言ってんだ?
え、汚すなって……まさかオレ、なんかとんでもない事してると思われ……いや、いくら何でもないだろ、それは!!?

「ユーリ?なんか物凄く顔が赤いけど…」

「うるせえよ!!おまえが変なこと、言うからだろ!?何でオレが、そんな……っ!!」

「変?僕はただ、君にちゃんと脱いで欲しくて」

「脱…っっ!?」

「ブーツを」

「は…………ブーツ?」

「そう。いつも履いたまま胡座かいたりしてるだろう。この前はそのまま寝っ転がったのか知らないけど、泥は付いてるし擦れて足跡は付いてるしで」

「紛らわしい言い方してんじゃねえ!!!」


またしても後頭部を力任せに叩き倒すと、さすがにフレンが抗議の声を上げた。
軽く涙目になっている。
いい加減、泣きたいのはこっちだってんだ!

「痛いだろ!?いきなり何なんだ!この前からやたら殴りすぎだよ!!」

「おまえが悪い!!」

「何でだよ……!?」





何だかもう、やっぱり早まった気がする。

これから先、ずっとフレンに振り回されるんだろうか。

帰り際に、ほんとに今日の夜食が美味かったのかもう一度聞いたら、『ユーリが作るものは何でも美味しいよ』とか言いやがるから、またオレはフレンを引っ張たいてやった。
力なんか入れなかったけどな。

天然なんだか、鋭いんだかわからない恋人の相手するのは、大変だよ。



……振り回されるんだろうなあ、絶対……





ーーーーー
続く