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night rain




『night rain』



ハタハタと降る雨は、うんざりとした気分より鬱陶しさを与えてくる。窓に付いて垂れる雨水を眺めながら、俺は溜息を吐いた。後数駅で目的地に着く。傘を忘れた俺はどうやら走って青春ごっこと洒落込まなければならないようだった。もう一度溜息を吐く。
終電頃ともなれば、乗客はもう居ないに等しく、殆ど貸し切りの様な状態だった。その閑散とした雰囲気が、妙に雨模様に似合う。
不意に、ガクンと電車が止まった。
何も考えずイヤフォンから流れる音楽を聞き流していた俺は、慣性に従って横に倒れかける。とっさに手をついて倒れるのは防いだ。
『大変ご迷惑をおかけいたします。ただいま線路内に―――』
滅びろ酔っ払い。俺は内心悪態を吐いて、しかし自分もまぁ酒は飲むしなぁと何とも言えない気分を味わった。
外したイヤフォンから、シャカシャカと漫画のように音が漏れ出る。瞬間的に煌めいて、そして消えた。そう言う、よくあるバンドの曲だ。耳にはめ直すのも億劫で、乗客が殆どいないのもあってか、俺はそのままシャカシャカとしたノイズに耳を傾けた。
「―――――――」
「え?」
何か言われた気がして、俺は顔を上げる。
そこには俺より少し若いくらいの青年が座っていて、にこやかに俺を見つめていた。
「雨列ですよね?」
「え?――あ。あぁ」
「僕その曲、好きだった……あ、いや、今でも好きなんですけど!」
一人興奮した様に話す青年に見覚えはない。止まった電車の時間潰しだろうか。俺にここまでの社交性はないなぁと、一人苦笑した。
「俺は、あまり好きじゃないな。寧ろ、嫌いな方かもな」
「じゃぁ、なんで聞いてるんですか?」
「聞きたいからさ」
キョトンとした青年の顔。ガタンと揺れて、電車は走り出した。
『大変ご迷惑を―――』
それでもやはりシャカシャカとノイズは響く。
「嫌いなのに聞くんですか?」
「嫌いだから聞くのさ」
「何でですか?」
「―――何でかね」
『中野ー。中野です。お出口は―――』
「僕は、好きだから聞きます。あの、一瞬に賭けた熱い思いが好きだから、僕を励ましてくれるあの曲が好きだから、聞きます」
思いを込めて、青年は言う。向かいに座る青年は、本当にこの曲が好きらしい。俺は、どうなんだろう。
「嫌いなら聞かなければ良い。聞いて気分が悪くなるなら、それは聞く側が悪い」
「あぁ、そうだな」
「じゃぁ、どうして聞くんですか?」
そしてまたその質問へと還る。発車駅と到着駅が一緒。進まないし、意味がない。不毛な言葉が、ガタゴトの隙間に挟まる。
「嫌いに、なりたいのかもしれないな。嫌いだ嫌いだと言って、でも俺は嫌いになり切れない」
曲が終わった。
リピートをかけていた所為で、曲はもう一度響き出す。
「思い出すのさ。俺が、俺達が何をしてたのか。そして、今俺は何をしてるのかな。この曲は俺に過去を、そして今を思い出させる」
「だから聞く?」
「聞くくらいでしか、俺は今を思い出せない。過去に、縛られたままなのかもしれない。いや、『聞くことさえも』自分を縛る行為の延長なのかな」
自嘲気味に吐いた言葉は、思いの外自分に刺さった。あぁ、俺は、なんて女々しいんだ。
「最後に聞きたいんですけど」
「……悪いな、もう降りるんだ」
「何で歌わないんですか?」
扉が閉まる。俺はどんな顔をしていた?
悲しみ?憎しみ?哀れみ?嫉み?それとも笑みか?
それのどれにしても、ファンは今でも笑っていた。

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