この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。
ログイン |
携帯で描く、僕やら私のお話。
あぁ、そうだ。僕が殺したんだよ。
「へ、へー……」
僕は呟く。いや、そうとしか言い様が無かった。実際、いや多分と言うか十中八九そうだろうとは当たりを付けていたが、しかしこうもあっさり言い出すものなのか。別段証拠を突きつけるとか、動機を完璧に言い当てるとか、そう言ったこういうものに必要なソレは無かった気がするのだが、彼にとっては別にいらないのだろうか。それとも言いたくて言いたくて仕方がなかったのだろうか。やはり殺人犯の思考は理解できない。
その後も犯人の自白はつらつらと続く。しかし、僕にはそれを確認する時間を、縦しんば時間があったとしても、同情する心を持ち合わせていない。僕は溜息混じりに扉を開け、靴音高く部屋を出た。廊下を進み、階段を登り、ある部屋の前で立ち止まる。壁一面に張られた紙に目を通し、必要な情報をざっと頭に入れていく。
扉を開くと、広く、閑散とした風景が眼前に広がる。そのくせ、エアコンはキチンと入れて涼しいのだから、実に不公平だと思わなくもない。
「また、気に入らなかったか?」
青年が声を上げる。横目で確認すると、やはりと言うか、一条だった。口の端を軽く上げ、嘲笑を浮かべている。あまり気分の良い顔ではない。
「そうだな、最後は発狂して飛び降り……とかだったら最高だった」
「基本的にそう言う展開は最悪って言うんだぜ」
「僕にとっては最高だから良い。世の中主観しか必要ない」
「それがお前の哲学かよ」
「僕の思ったことが僕の真実だからね。他人がどう思おうとどうしようもないだろ」
ふーんと適当に相槌を打つ一条を尻目に、僕は歩を進めた。
「………………」
「お勧めならその右手に持ってる奴だ」
一条が声を上げる。マナーの悪い行為だが、他に誰もいないのだから、別に良いのか。
「犯人死ぬ?」
「女中が犯人だけど、なんか最後は主人が受け入れてハッピー」
僕は無言で本を奴に投げつけた。
例えば、この学校に暴力的な何かが押し入ってきて、僕等生徒数人がソレに立ち向かう話を書いたら売れるだろうか。
例えば、この学校は超能力者を飼い慣らし、世界に対し戦争を仕掛ける為の育成機関であると言う話を書いたら流行るだろうか。
例えば、未知のウイルスに冒された中、そのワクチンを探しつつ、次々と脱落する仲間を横目にひたすら奮闘する話を書いたら人気が出るだろうか。
例えば、何も特別な事は起こらなくても、僕が弱小部活を率いて全国に行ったりする話を書いたらいけるだろうか。
例えば、そう言う話を考える話を書いたらどうだろうか。
実際、大して面白くないだろう。その程度、僕が考えるまでもなく、誰か別の、僕の知らない人か知っている人が思いついているだろう。正直な所、僕には独創性と言う物は無く、つまりは才能が無いんだろう。そんな人間が突拍子を求められても答えられる筈もなく、結局ステレオタイプにニーズに答えるしかないのだ。いや、ニーズに答えるなんて烏滸がましい事は言えないか。僕等のしていることは自己満足であり、言うなれば独り言だ。そうして、自覚していることがさも格好良いかの様に振る舞うのが、凡人であることを、僕は自覚している。
でも仕方ないじゃないか。
凡人は自覚するしかない。圧倒的な才能とそれが無い者の差を。僕が思いつく物を遙か彼方、言うなれば思いつくまでもなく、考えてしまうのだから、自覚しない方が困難だ。と言うよりも、僕等はそう言うことを自覚する才能は持ち合わせているんだろう。だからこそ、僕等は天才に敏感だ。自身が天才になれないからこそ、天才を知っているこの矛盾を、僕等はいつから抱えていると思うだろう。生まれた時からじゃない。
例えば勉強をした時。例えば運動をした時。例えば楽器を持った時。例えば歌を歌った時。例えば鏡を見た時。例えば字を書いた時。例えば絵を描いた時。例えば人を好きになった時。
ありとあらゆる……僕等の行動の全てに、天才は存在する。
一線を画する、違う。凌駕、そんな生やさしい物じゃない。天才とは通り魔だ。不意に出会って、その人をズタズタにする。そう言う存在を天才と言うのだ。僕が出会った天才は、尽くそう言う人達だった。それも、無意識に。無自覚に。無情にも、彼等に自身への自覚は与えられていないのだ。天才は天才を知らない。自身の上を知らない者に、天才を知ることは出来ない。いや、天才を知らない方が天才、それも違うな。そう言う言葉で括ろうとするのが、凡人の性なのだろうか。僕等は括りを作りたがる。天才を天才として定義して、心の安寧を謀る。凡人如きが、天才に対して。しかし、僕は咎めない。誰も咎めない。仕方ないのだ。圧倒的であるが故に、天才に対して凡人は最強だ。最強とまではいかなくとも、天敵であるのは間違いないだろう。僕等にとって天才が敵なのと同じように、天才にとって僕等は理解不能な者達なのだから。