「なってやるよヒーロー! 良いか、必ずヒーローになってやるからな!」
俺はヒーローになる。そう決めた。脇役など真っ平だ。必ず、主人公をもぎ取ってやるのだ。
「お前、解って言ってるのか? 学芸会じゃないんだぜ?」
「馬鹿にしないでくれ、そんなお遊戯会でヒーローになれたって虚しいだけだ」
「じゃぁどうやって、いや『どんな』ヒーローになるんだよ」
「ヒーローに決まりはない。ヒーローである事がヒーローの証明だ」
呆れ顔の友人を残し、俺は踵を返して颯爽と立ち去った。片手を上げるのも忘れない。ヒーローらしいだろう。形からでも、しかしヒーローを目指さねばならないのだから。
「そう言って一ヶ月ですね」
「ふん、そう思うならそうなんだろう。お前の中ではな!」
「ではヒーロー。君は今どれくらいの時間が経ったとお思いで?」
「地球時間にはまだ慣れてなくてね。少なくとも我々の時系計測概念では一週間、いやそれと一日と言った所かな」
「そう思うならそうなんだろう。お前の中ではな」
失礼な友人である。
「珈琲奢らせておいてその言い分はねぇぜヒーロー」
「ふん、たかが100円、構わんだろう」
「糞みたいなヒーローだなおい」
友人はポテトのケースを掴み、そのまま酒でも呷るかの様にザラザラと口に流し込んだ。マナーのなっていない友人である。
「で、どうなんだいヒーロー。何か解ったか?」
「解った、とは? ヒーローである事に理解は必要ない。必要なのは自覚だけだ」
「理屈は尤もらしいんだがなぁ」
その時、けたたましい音と共に、ザァと水の溢れる様な音が響いた。更にそこに悲鳴が追加される。
「あんだ!?」
友人は即座にカップとポテトを持ち上げた。逞しい奴である。
「火事、かな」
ポツリと俺が言うと、一目散に友人は階段を駆け上がった。俺達は地下にいたのだ。
上は惨々たる状態だった。火がレジ付近まで吹き出し、更に広がろうとしている。煙は充満し、勝手に涙が溢れ出す。どうやら調理室から火が上がったらしい。…………消火し切れなかったのか。
と、そこに女性の泣き声が聞こえた。見ると、オロオロとした様子の女性が逃げ出した人々に何かを喋っていた。
「どうしました」
「娘が!娘が居ないんです!」
「成る程。落ち着いて下さい。心当たりはありますか?」
「これが落ち着いてられますか!」
「解りました。では、お子さんはトイレに行っていましたか? もしくは、他の階へ行ったり」
「あ! そうだわ! トイレ、トイレよ!」
「何階の」
「二階よ!」
聞くが早いか、俺は駆けだしていた。友人は止めようとした様だが、ポテトが口から落ちそうになってとっさに手で抑えていた。そのまま窒息しろ。
火はそこまで広がっていないが、煙が酷い。流れ出す涙と煙に視界を遮られながらも、俺は二階にたどり着き、薄曇りの向こうにトイレを見つけた。
女子トイレだが仕方ない。心の中で謝罪しつつ、扉を開く。中にトイレは一つしかなく、それは使用中になっていた。
「誰かいるかい?」
「………お母………さん?」
「違うけど、君を助けに来た」
ガチャリと鍵が開いて、倒れるように女の子が出てきた。グッタリとしている。扉は閉じていたとは言え、やはり煙を吸った様だった。
「出来る限り息を止めて、もし辛かったら、服とかを口に当てて」
「お、兄ちゃんは………だいじょ、ぶ、なの?」
「ヒーローだからね」
少女を抱っこし、体をなるべく低くして進む。先より煙が濃くなっている様な気がする。階段に差し掛かると、ムワッと熱気が頬をなぶった。
「ヒーローっぽいなぁ、もう」
知らず、頬が引きつる。一気に駆け下り、階段近くまで広がっていた炎を掠りながら走った。
店の外へ転がる様に飛び出し、女の子を下ろす。
「美鈴!」
母親が駆け寄り、それに誰かが呼んだのであろう救急隊員が続いた。
「なぁ」
「なんだよ」
「お前ヒーローだったんだな」
「何を今更」
「珈琲飲む?」
「ポテトくれよ。疲れた」
「わりぃ、食いきった」
………やはりこの友人は逞しい。