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相合合傘


当作品は異常な(没くらいまくったやけくそ気味の)テンションで書かれております。
ギャグが苦手、ネタが嫌い、シルクが嫌いな方は、戻るを推奨いたします。







【相合合傘】


 ――今日は全国的に晴れ!
 天気予報のお姉さんの笑顔が恨めしい。いっそ殺意すらわく。
豪雨である。土砂降りである。雲氏による白昼堂々の犯行である。次からは別のチャンネルを見るしかあるまい。
 雨粒の奏でる穏やかでないBGMが包む喫茶店のなか、万梨阿(まりあ)さんは黙々とジャンボパフェを攻略していき、萌恵(もえ)さんは飛沫(しぶき)でかすむ商店街を眺めている。思い出したようにケーキを口に運ぶが、一口食べては溜息を吐き、また外を眺める。見ているこっちの息が詰まる。恐る恐る珈琲を一口。
 一体彼女たちは何を考えているんだろう。まったく理解できない。……いや、理解不能なのは今に始まった話ではないか。
 ことの原因は昨日の夜である。

 ――は、はるだー!

 デコレーションがメインとなりつつあるメール。それを映し出す携帯。恭(うやうや)しく掲げ、僕は叫んだ。母が何か言ってきた気がしないでもないが、知ったことではない。それどころじゃないのだ。
『お話があります。明日の正午に駅前の喫茶店で待っています』(意訳)
 クラスで大人気(僕調べ)の万梨阿さんからのお誘いである。喫茶店へのお誘いである。デート! すなわちデートだ。うへへ。
『了解』と返信。……少し無愛想すぎるだろうか。いや、クールな僕に痺れて憧れてくれるかもしれない。だってメール来たわけだし。メールが来る時点で好感度は低くないはずだ。
 いつもの癖で枕へ携帯を投げそうになるのをこらえ、保護、データフォルダへコピー、SDカードへコピー、転送、SDカードへコピーコピーコピーコピー……完璧である。
 さて、寝よう。明日は決戦なのだ。事前の準備は入念にしなければならない。我ながら気味の悪い笑みを浮かべてベットに横たわり、眠りに落ちた。
かーらーのー寝坊である。
「お約束過ぎるわばーか」
 階段を駆け下り、風呂場へと直行。静かに降りろとの声が聞こえたが無視だ。人生には急がねばならないときがある。手早くシャワーを済ませ髪を乾かし服を着、バッグを肩にかけた。
「あ、傘持っていきなさい」
 お母様が僕の背中にそんなことを言う。
「持ってるよ」
 バッグにはきちんと折り畳み傘が入っている。……もっとも、今日は使わないだろうがな。天気予報のお姉さんが笑顔で今日は晴れと言っていたのだから。いくら梅雨でも一日ぐらい晴れ間は欲しい。
 ドアを蹴破る勢いで開け、ずれたバッグの紐を肩に乗せなおす。家から駅までは約十分。
 ところで、折り畳み傘は何本持ち歩くだろうか。
僕は二本だ。人に傘を貸す機会というのは多いわけじゃないが間々あるだろう。そんなときに一本しかない傘を貸すのは、たとえ僕はよくても相手が遠慮してしまう。申し訳なさを感じさせてしまう。良いことのはずなのに。だから二本だ。
「大丈夫。二本あるから、使ってくれ(キリッ」
 なんという紳士。流石僕だ。みんなも真似してくれてまったく構わない。
 今日だって、もし、万が一、お母様の言う通り傘が必要になったとしても、相合傘して帰るか傘を貸して帰るか……選択肢が広がるね! 前者であることを切に願っております。
駅に近づいてきたので、速度を緩めた。息を切らして店に入るのはみっともない。僕がスポーツ青年とかならまだ絵になるが、あいにく吹奏楽部。おかげで持久力はあるのだが。息を整えながら、喫茶店を目指す。
 昔ながらなベルの音が響いた。木製の扉。枠に蔦を絡めたガラス窓。随分と昭和な印象だ。なのに、レジだけシステマチックでちょっと浮いている。もったいない。
「お一人様でしょうか?」
 金髪のよく似合う女性だった。昭和には微塵も似合っていない。なんで雇ったんだ。
「いえ、待ち合わせです」
 店内を見渡すと、少し奥まった窓際の席に彼女の後姿を見つけた。ふわふわした長い髪の毛で分かりやすい。店員さんのわきを抜け、僕は彼女の待つ席へ向かう。向かい側の席に腰かけた。
「おまたせ」
「「こんにちは」」
 ――括弧一つ多くない?
 万梨阿さんは笑っていた。マジ天使。……だが、どことなくぎこちない。彼女から目を離すとか正直ちょっと考えられないけど、今は彼女の笑みを曇らせる理由を探すべきだ。視線を横へ滑らせ……やぁ萌恵さん……。
「何故いるんだ、という顔だな」
 萌恵さんは口端を釣り上げ、足を組み替える。かわいい万梨阿さんに対し、彼女、萌恵さんは格好いいとかそういう形容詞が似合う女性だ。隣のクラスで大人気(友人調べ)である。
「あの、まりあさん。今日はどんなご用件だったのですか」
「あのね。実はね。ちょっと聞いてくれる? あたしが声をかけたこと萌恵ちゃんに言ったら、私も行くとか言いだしてね。あたしは二人でお話したかったのに」
「おいおい。勘弁してほしいな。私は公平に決めてもらおうという旨を君に伝えたはずだが」
「……知らないもん」
「あの……で、結局なんなんです?」
「「三角関係」」
 快晴だったはずの空が雲に覆われていることに、僕は気づいていなかった。

 万梨阿さんはジャイアントパフェ、萌恵さんはチーズケーキを。僕は――トンと、金髪氏が笑顔で僕の前に水を置いた。「あちらのお客様からです」「お断りします(珈琲をお願いします)」二人に向き直る。
「お待たせしました」
 魔法でも使ったのだろうか。厨房に戻る素振りすら見せなかったぞ。僕今喋ろうとしてたんだけど。
 グラスにスプーンの当たる澄んだ音、皿にフォークの当たる金属質な音が立つ。カチャ――静寂に時折響く。超怖い。勘弁してほしい。もう口開いたら延髄チョップ喰らうのではなかろうか。万梨阿さんはまったく美味しくなさそうに食べるなぁ……目がすわってるじゃないですか。親の仇ですか?
「それで、一体なんなんですか」
 とはいえ聞かないわけにはいかない。恐る恐る僕は口を開く。
「私か万梨阿か、好きな方を選ぶといいよ(どやぁ」
 もえさんはフォークを置いた。妙に自信満々だ。
「選ぶって、つまり」
「どちらかの好意を受けて、どちらかをフれという話だよ」
「あの、つまり萌恵さんも……」
「あぁ、ちゃんと明言した方がいいか。好きです付き合ってください」
 罰ゲーム。彼女の言葉を聞いて思った。嬉しくねぇ。
「あ、あたしも! あたしもだから」
 いやー、嬉しいなぁ。まさか万梨阿さんに好意を寄せられていたとは。夢じゃないよね。現実だよね。萌恵さんの視線が痛すぎてどうやらこれは現実らしいと実感。
「さて、どうする?」
「どぉする?」
 どうする、どうするよ僕! ライフカードは見当たらない。僕のライフはもうゼロなのか。
万梨阿さんは普通に好きだし。付き合ってと言われれば、はいよろこんでーだろ。おそらく学校で殺されるだろうが、一瞬でも彼女の彼氏になれるというなら本望である。
では萌恵さんは……これもまたなかなか難しい。付き合えたら幸せだなーレベル。おそらく学校で殺されるだろうが、一瞬でも以下略。
まったく、人生の絶頂期かもしれんね。
顔を上げる。万梨阿さんはにこにこしているし、萌恵さんは優雅に紅茶など召し上がってる。なんでだろう。僕が矮小に感じる。
「あ」
 万梨阿さんが声を上げる。声に視線を向けると、彼女は窓の外を見ていた。視線を追う。窓ガラスを一筋水が垂れたと思うと、一気にガラスが埋め尽くされた。豪雨と呼ぶにふさわしい爆音を奏でる。
「雨、降るなんて」
「傘持ってないなぁ」
「止むかな」
「どうだったかな。明日まで続くんじゃなかった?」
 萌恵さんなんで傘持ってこなかったん?
「傘持ってるかな」
 不意に視線がこちらへ向けられた。え、傘ならあるけど。
「入れてくれない?」
 答えを聞かずに、萌恵さんは僕にそんなことを言う。澄ました顔からは考えは読み取れない。
「ぬ、抜け駆けしないでよ。ねぇ、あたし入れてよ」
「万梨阿は良いんじゃない? だれかに迎えに来てもらえばさー」
「ちょっとやめてよ」
 二人はなんだかよく分からない(と思いたい)会話を繰り広げる。僕は一度バッグの中身を確かめた。……傘は二本。完璧だ。流石すぎる。
「ケンカしないでよ。大丈夫だから」
 万梨阿さんの表情が輝いた。やべぇ超眩しい。太陽(アマテラス)の生まれ変わりなんじゃないかな。……一方、もうお一方は極寒だった。エターナルフォーうんたらレベル。「濡れて帰れ……と?」そんなことをおっしゃる。なにを言いますか。レディーにそんなことは申しません。
「じゃぁ、あたしは?」
 万梨阿さん。少しお話を聞いてください。
「二本あるんだ(キリリッ」
 決まった―二人の顔が申し訳のなさそうな笑みに変わった。
「……一人で帰ればー?」
「そっちこそ帰ればー?」
「あたし相合傘とか憧れちゃうなー」
「私方向一緒だったよねー。確かー」
「……ケーキ食べ終わったなら帰ればー?」
「パフェ終わらないなら残って食べれば?」
「もー、なんなのよホント!」
「ヒスるなよ、みっともない」
 ―あぁ、どうしてこうなるかな!
 傘をバッグから取り出し、二人に差し出す。何か言ってくる前に席を立ちレジへ。うるさかったからか、それとも野次馬か、店員さんはレジで笑いを隠しもせずに待ち構えていた。最初は雰囲気に合っていなかったレジも、今は頼もしい。「Suicaで」と、財布をパネルにたたきつける。

 ――残高(ガッツ)が足りません――

 店員が吹き出した。
「おつりは彼女たちに渡せば良いです」
 五千円札をトレイに捨て、僕は扉を蹴破る勢いで店をあとにした。二度と行けないな。
 雨が更に強くなった気がした。

「だから傘を持っていきなさいと言ったでしょう」
 お母様の小言は今日も絶好調である。雨に濡れて帰ってきた息子に対して、大丈夫だった? とかそういう台詞は出ないのであろうか。出ないんだろう。――次からは三本にします。返すと、訳が分からないといったふうに眉をひそめた。
 水滴を滴らせながら僕は風呂場へ向かう。当然お母様の小言が響くが、無視だ。今の僕に話しかけないでくれ。熱いシャワーを浴び、湯船につかる。至福……。今日は大変だった。しかし、さっき時計を確認した限りではまだ午後二時。二時間ほどしか出ていなかったことになる。濃い時間だった。恋時間……やべ、超うまいこと言ってしまった。
 携帯がチカチカと光っている。タオルで髪を拭きながら、取り上げた。メールだ。
『『だれにでも優しいんだね』』(意訳)
 お前らなにがしたかったんだよ。

                                    僕の青春END


『毒』

誰もいないホームは怖い程寒々しく、冬の太陽も早々に諦めたのか雲の裏に隠れていた。鈍い灰に覆われた空は、午後辺りから雪が降り出しそうで、僕はそれを見上げて少し憂鬱になった。
口端の揺れる紫煙が、通り過ぎる電車が巻き起こした風に煽られて僕の顔に掛かる。少し噎せて、僕は煙草を一度口から離した。
慣れない事はするもんじゃないな。
塾の職員室からくすねた煙草なので、銘柄もなにもあったもんじゃないが、煙を味わってみるために僕はもう一度口にくわえた。
「――志望校を変える?」
帰り支度をしていると、塾長は僕に言った。
安全圏内の大学を目指し、確実性を重視して大学選びをしていた僕は、その中で気に入った一つを目指していた。だが、どうやら塾的には行ける所まで行って頂きたいらしい。
「何故ですか」
「君の実力なら、もうワンランク……いや、ツーランク上も狙えると、私は思うんだ」
自信満々に紡ぐのは、今までの経験からか、それとも僕のためか。僕には分からない。ただ脂ぎった髪の毛が実に気持ち悪かった。
「僕は、今の志望校を気に入っていますし、行けるのと行くのは違います」
そう断り、一応一礼。また支度に戻る。塾長は落胆した風もなく、次の獲物を確認するためか、手帳を取り出した。
進学塾の名は伊達じゃないな……。コートを椅子の背から取って羽織りながら、僕はぼんやり思った。
「――グフッ」
そんな回想を、喉に突き刺さる煙が終わらせる。さっきのように煙草を口から離し、咳き込んだ。
「ゴホォ!ゴホ……あぁ……」
垂れ下がった手から、煙草がこぼれる。足でもみ消す前に、やってきた電車の風に煽られて、木っ端の如く飛んでいってしまった。
バラバラと乗客が降りていく。その中に知った顔を見つけるが、それは僕を見留めると素早く眼を逸らした。
コートのポケットに手を突っ込む。指先が煙草の箱に当たった。――いらないな。やっぱり。
電車に乗り込まない僕を訝しむ目線を幾つか感じたが、ドアが閉じ、電車が走り出すと、結局何も残らなかった。
箱を掴みだし、目線を落とす。青い箱――それだけ確認して、まだ半分残っているソレを握りつぶして捨てた。
「――毒は吸うもんじゃぁないな」
ぼんやり呟いてから、僕は改札へ向かった。

夕凪


階段を下る音がカンカンと鳴る。僕から離れていく音だ。
風が少し冷たい。
上着のポケットに手を突っ込む。鍵と箱。箱の方を取り出し、目の前に翳す。白地に黒でロゴの描かれた煙草の箱。彼女の吸っていたものだった。少し細い。
一本取り出してくわえる。
ライターは無い。箱の中にも、ポケットにも無い。火のついていないソレは、飴の棒に似ていた。
煙草を『食べる』と、死ぬなんて聞いた事があるが、どうなのだろう。今くわえている端から噛み千切って咀嚼して飲み込めば死ねるのだろうか。彼女の吸う日常が僕を殺してくれたら――――くだらない。女々しい感傷に、生温い被虐に浸っている所を嫌われた筈なのに。直らないものだ。直りようのないものだ。
箱を振るとカサカサと煙草が鳴る。減った分だけ彼女が吸ったのだろうか。なんで彼女は僕にこいつを渡したんだろう。残らないから? 煙草をクッキー扱いする辺り、彼女も何か変わっている気がしなくもない。それに、僕は煙草吸わないじゃないか。尤も、彼女が吸っているシーンを、僕は見た事が無かったのだけれど。
「毒は吸うもんじゃないよ」
どういう意味だったんだろうか。食らえと、そう言っていた様には思えない。
風が力強く吹いて、髪と上着がはためいた。カツンと、靴に何かが当たった。赤い透明なケースのライター。
「―――クッ」
笑いが漏れる。僕はそれを拾い上げ、指先でクルクルと回した。くわえ続けていた煙草は唾液がついて不快だったので吐き捨てた。新しい煙草を一本取り出し、くわえる。口元にライターを寄せ、点ける。
『ガシュン』
飛び散った火花が指に触れ、僕はとっさにライターと、煙草を落とした。カツンと乾いた音が鳴る。
「ですよねー」
こんな所に使えるライター捨てるわけないもんなぁ。
僕はライターを拾う。木っ端の如く吹き飛んでいった煙草を眺めながら、僕は階段を下った。ライターの代わりに、煙草を置いて。

After School



生きている事をぞんざいに扱う人間と敬意を払う人間、どちらが正しいかと聞かれれば、僕はどちらかと言うならぞんざいな方であると答える。何故なら教師達は僕らの行動を『出来て当たり前』と言うからだ。
人間は生きていて当たり前である。
そう言うと、死んだ人間からクレームが来そうだが、逆に問いたい。では何故僕は死なないのかと。僕は生まれてこの方死んだ事がない。眼を瞑ったままでも今日まで来られそうな日々を生きてきた。僕が生きている事と、1+1に、なんの違いがあると言うのか。僕からしてみれば、生きて当たり前なのだ。死んでないのだから、生きていて当たり前だろう。なにを誇れば良いのか。
しかし、誰だって思うだろう。人が死ぬのは画面の向こうで、嗚呼自分はなんて平坦な人生だと思うだろう。
だが、残念な事に僕の人生は平坦ではなかった。眼を瞑ったままでも、確かに生きていけただろう。いや、寧ろ眼を瞑って生きたかった。
僕は通り魔に出逢った。

『×××××の日記より抜粋』

To be continued....

After School #3



「なってやるよヒーロー! 良いか、必ずヒーローになってやるからな!」
俺はヒーローになる。そう決めた。脇役など真っ平だ。必ず、主人公をもぎ取ってやるのだ。
「お前、解って言ってるのか? 学芸会じゃないんだぜ?」
「馬鹿にしないでくれ、そんなお遊戯会でヒーローになれたって虚しいだけだ」
「じゃぁどうやって、いや『どんな』ヒーローになるんだよ」
「ヒーローに決まりはない。ヒーローである事がヒーローの証明だ」
呆れ顔の友人を残し、俺は踵を返して颯爽と立ち去った。片手を上げるのも忘れない。ヒーローらしいだろう。形からでも、しかしヒーローを目指さねばならないのだから。
「そう言って一ヶ月ですね」
「ふん、そう思うならそうなんだろう。お前の中ではな!」
「ではヒーロー。君は今どれくらいの時間が経ったとお思いで?」
「地球時間にはまだ慣れてなくてね。少なくとも我々の時系計測概念では一週間、いやそれと一日と言った所かな」
「そう思うならそうなんだろう。お前の中ではな」
失礼な友人である。
「珈琲奢らせておいてその言い分はねぇぜヒーロー」
「ふん、たかが100円、構わんだろう」
「糞みたいなヒーローだなおい」
友人はポテトのケースを掴み、そのまま酒でも呷るかの様にザラザラと口に流し込んだ。マナーのなっていない友人である。
「で、どうなんだいヒーロー。何か解ったか?」
「解った、とは? ヒーローである事に理解は必要ない。必要なのは自覚だけだ」
「理屈は尤もらしいんだがなぁ」
その時、けたたましい音と共に、ザァと水の溢れる様な音が響いた。更にそこに悲鳴が追加される。
「あんだ!?」
友人は即座にカップとポテトを持ち上げた。逞しい奴である。
「火事、かな」
ポツリと俺が言うと、一目散に友人は階段を駆け上がった。俺達は地下にいたのだ。
上は惨々たる状態だった。火がレジ付近まで吹き出し、更に広がろうとしている。煙は充満し、勝手に涙が溢れ出す。どうやら調理室から火が上がったらしい。…………消火し切れなかったのか。
と、そこに女性の泣き声が聞こえた。見ると、オロオロとした様子の女性が逃げ出した人々に何かを喋っていた。
「どうしました」
「娘が!娘が居ないんです!」
「成る程。落ち着いて下さい。心当たりはありますか?」
「これが落ち着いてられますか!」
「解りました。では、お子さんはトイレに行っていましたか? もしくは、他の階へ行ったり」
「あ! そうだわ! トイレ、トイレよ!」
「何階の」
「二階よ!」
聞くが早いか、俺は駆けだしていた。友人は止めようとした様だが、ポテトが口から落ちそうになってとっさに手で抑えていた。そのまま窒息しろ。
火はそこまで広がっていないが、煙が酷い。流れ出す涙と煙に視界を遮られながらも、俺は二階にたどり着き、薄曇りの向こうにトイレを見つけた。
女子トイレだが仕方ない。心の中で謝罪しつつ、扉を開く。中にトイレは一つしかなく、それは使用中になっていた。
「誰かいるかい?」
「………お母………さん?」
「違うけど、君を助けに来た」
ガチャリと鍵が開いて、倒れるように女の子が出てきた。グッタリとしている。扉は閉じていたとは言え、やはり煙を吸った様だった。
「出来る限り息を止めて、もし辛かったら、服とかを口に当てて」
「お、兄ちゃんは………だいじょ、ぶ、なの?」
「ヒーローだからね」
少女を抱っこし、体をなるべく低くして進む。先より煙が濃くなっている様な気がする。階段に差し掛かると、ムワッと熱気が頬をなぶった。
「ヒーローっぽいなぁ、もう」
知らず、頬が引きつる。一気に駆け下り、階段近くまで広がっていた炎を掠りながら走った。
店の外へ転がる様に飛び出し、女の子を下ろす。
「美鈴!」
母親が駆け寄り、それに誰かが呼んだのであろう救急隊員が続いた。
「なぁ」
「なんだよ」
「お前ヒーローだったんだな」
「何を今更」
「珈琲飲む?」
「ポテトくれよ。疲れた」
「わりぃ、食いきった」
………やはりこの友人は逞しい。
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