スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

一の次に零が来る感覚。


attention


陰惨



続きを読む

夕凪


階段を下る音がカンカンと鳴る。僕から離れていく音だ。
風が少し冷たい。
上着のポケットに手を突っ込む。鍵と箱。箱の方を取り出し、目の前に翳す。白地に黒でロゴの描かれた煙草の箱。彼女の吸っていたものだった。少し細い。
一本取り出してくわえる。
ライターは無い。箱の中にも、ポケットにも無い。火のついていないソレは、飴の棒に似ていた。
煙草を『食べる』と、死ぬなんて聞いた事があるが、どうなのだろう。今くわえている端から噛み千切って咀嚼して飲み込めば死ねるのだろうか。彼女の吸う日常が僕を殺してくれたら――――くだらない。女々しい感傷に、生温い被虐に浸っている所を嫌われた筈なのに。直らないものだ。直りようのないものだ。
箱を振るとカサカサと煙草が鳴る。減った分だけ彼女が吸ったのだろうか。なんで彼女は僕にこいつを渡したんだろう。残らないから? 煙草をクッキー扱いする辺り、彼女も何か変わっている気がしなくもない。それに、僕は煙草吸わないじゃないか。尤も、彼女が吸っているシーンを、僕は見た事が無かったのだけれど。
「毒は吸うもんじゃないよ」
どういう意味だったんだろうか。食らえと、そう言っていた様には思えない。
風が力強く吹いて、髪と上着がはためいた。カツンと、靴に何かが当たった。赤い透明なケースのライター。
「―――クッ」
笑いが漏れる。僕はそれを拾い上げ、指先でクルクルと回した。くわえ続けていた煙草は唾液がついて不快だったので吐き捨てた。新しい煙草を一本取り出し、くわえる。口元にライターを寄せ、点ける。
『ガシュン』
飛び散った火花が指に触れ、僕はとっさにライターと、煙草を落とした。カツンと乾いた音が鳴る。
「ですよねー」
こんな所に使えるライター捨てるわけないもんなぁ。
僕はライターを拾う。木っ端の如く吹き飛んでいった煙草を眺めながら、僕は階段を下った。ライターの代わりに、煙草を置いて。

Act #1 "Life"


暗転

僕は小説を書いていく。乱雑に。形を決めたら流れを作る。流れが出来たら役者を乗せる。役者が進めば小説は出来ていく。
作家は小説を書かない。作っていく。
僕のペンに併せて、壇上ではぎこちなく役者が動く。世界は替えられていく。僕に併せて。僕が併せて。
僕が顔を上げるのを確認して、彼女達はピタリと止まった。全員が一斉にこちらを向き次の言葉を待つ。僕は消しゴムを取り上げた。

世界は暗転した。
「とは言え、一月も二月も世界を替えるのに使うわけもいかない。世界が暗転しているとは言え、暗転が長けりゃ客は訝しむ。そもそも、替えるんだから大して時間はいらないだろう。何も人を作り直せって話じゃないしな」
「どれくらい掛けて良いんだ?」
「一週間位さ。まぁ尤も、その一週間を『どう』使うかは、少年の自由だが」
「一週間」
「その間に、そうだな。三回までなら書き直しがきくだろう。『紙』は強いが繊細だ。世界のリライトにそう何度もは耐えられない」
そう言って青年はノートを一冊僕に差し出した。見覚えのあるノート。…………これは、僕のノートだ。
受け取り、開く。やはり僕のノート。しかし、最初の数ページが暗く黒々と塗りつぶされていた。
「世界を替えるなんてその程度だ」
「簡単だな」
僕は柄にもなく苦笑する。成る程、僕にも出来そうだ。
パチンと、青年が指を弾く。
教室の真ん中に1セットの机と椅子。此処で書けと。僕は椅子を引き、座る。何故か懐かしい感じがした。
「ある程度書けたら見てみると良い。一発で出来る世界は、替える前と似たようなもんだ」
そう言い残して青年は立ち去った。
一週間。それが僕に与えられた『締め切り』までの時間。長いのか、短いのか。いやまぁ、丁度良いんだろう。『先輩』の模倣に、ほんのちょっとのオリジナリティ。それで世界が出来てしまう。
「おい『ザーザー』、まだ居たのかよ。雅が待ってるぜ」
教室の扉が開き、生徒が入ってくる。山代太一だ。
「あぁ、悪い。ちょっと筆が止まらなくて」
「お陰でパシリだっつの。雅め、大人しく見えて人使い荒いのな」
「良いじゃん、ギャップがさ」
「そりゃ、お前にゃなんだって良いでしょうよ」
ケッと太一は口で言い、教室から出ていく。
「待ってくれよ太一!」
手早くノートをバッグにぶち込み、僕は太一の背中を追いかけた。
しかしまぁ、追いかけるまでもなく太一は窓に背を預け、キチンと僕を待っていてくれていた。
「さては太一ツンデレだな」
「お前死ねば良いんじゃね」
疑問形ではない。心を込めて言われた。傷付いた。とは言え、いつもの話だ。わざわざ気にする程の事じゃない。
「雅、どこにいるって?」
「げた箱。おいこら走りだそうとするんじゃねぇ」
何を言っているんだろうこいつは。別に僕は野郎と二人で暮れなずむ夕日入る廊下を歩いて、青春ひゃっほぅなどと叫ぶ趣味はないし、縦しんばあったにせよ、百回やり直したとして百回全て雅を選ぶに決まっている。つまり、僕はマッハにジェットで高速に音速で雅の元に向かいたいのだ。
「さっきまで忘れていて、調子良いなぁ『ザーザー』」
「褒めるなよ」
「爆発しちまえ」
げた箱にたどり着くと、背をそれらに預けた彼女――水湖雅が立っていた。軽く顔を上げて僕らを認め、彼女はげた箱から背を離した。
「遅かったんじゃない?」
「一応部活動だよ」
「廃部寸前」
「此処から立ち直すから物語なんじゃないか。と言うか、そんなに言うなら雅入ってよ。それなら二人になるし」
「おい、俺は?」
僕と雅が同時に太一を見た。そして同時に視線を戻す。溜め息が同時に漏れた。
「「良い冗談だよ」」
「冗談じゃないよ!」
概ねいつも通りだ。
太一の協力で僕が雅と付き合う事になっても、相変わらず僕は一人だけの部活動に打ち込むし、相変わらず雅は部に入ってくれないし、相変わらず太一は空気を読まない。まぁ、雅が入ったら入ったで、確実に今より名前だけの部になるわけだが。
「あ、そうだ。太一に頼みたいことがあるんだ」
「ほう。まぁ、俺様に出来る事ならいくらでも頼まれちゃうよん」
「消えてくれない」
「あまりにもヒドい!」
「あ、違った。自主的に一人にしてくれないかって言ってくれ」
「『ザーザー』が二人にしてくれないかで良いじゃないか糞が」
「空気読めし」
「それはエゴだよ」
「人間、人のエゴを受け入れられる様になって初めて一人前だぜ」
「それもエゴだよ」
「じゃぁ、雅に聞いてみようぜ」
僕と太一は同時に雅の方を向いた。それに、彼女はきょとんとした表情を浮かべて、私に意見を求めるのは良いんだけどと前置いてから「太一君が何て言ってたか教えてくれる?」と言った。
「炸裂しろ!」
太一は叫んで、走り去ってしまった。ジョークではなく、眼に涙が溜まっていた気がするが………まぁ、気にしなくて良いだろう。
「『ザーザー』って、酷いよね」
雅ははにかんで言う。まぁ、敢えて否定はしないが、今のは雅の所為だ。
「何よりも雅を優先したら、こうもなるよ」
しかし、口にする必要は皆無。僕は定型の様に、『言うべき』言葉を口にする。
しかし雅は笑みのまま、僕を見つめ返すだけ。『止まったまま動かない』。
名前を呼ぼうとして、出来な 事 気付 。お しい。 うし 。

暗転。

Act #0 "Action"



明転

雑踏の音が次第に大きくなる。車の音や話し声が混じりだし、少々耳障りだ。その中を数人が行き交う。誰も眼を合わせない。ただ、自分の前だけを見ている。
そんな中、僕は一歩前へ踏み出す。反対側にいる彼女も同じ様に踏み出す。視線が一気に僕らに向いた様な気がした。
明るく、白いライトで染め上げられた舞台へ僕らは歩き出す。数歩の内に僕らは近付き、すぐにすれ違う。彼女はどんな表情だろう。目深に被ったフードが僕の視界を遮って、伺えない。不意に雑音が止む。
僕は立ち止まり、彼女――――を―――――

「世界を替えてみたい、そう思わないかい?」
陽気にそう聞いてきた人物は、見覚えの無い、髪を茶色に染めた、所謂今時な奴だった。しかしこの台詞何だ、電波か。
早々に無視を決め込んだ僕は、合わせてしまった視線を無言で外し、手元のノートに向け直す。勘弁して欲しい。締め切りが近いのだ。
「なぁ少年、君、恋愛小説は好きかな?」
嫌いだ。
「ふむ、好きではないようだな。まぁ、どっちでも私俺僕[ジブン]には関係ない。少年。世界を替えたい。そう思わないか?」
「…………思わない」
「嘘」
言い切った。何を根拠に、僕はそう思ったがしかし口を噤む。
「良いかい少年。私俺僕[ジブン]は伊達や酔狂で妄言を抜かしている訳じゃないんだ。ただ単純な理由なんだ」
僕の机から離れた青年はクルクルと回り、ピタリと止まったかと思うと僕を指差した。
「例えば、君は天使や悪魔が自身を証明する為に何をすると思う」
「奇跡を起こしたり、かな」
「ふーむ、じゃぁ奇跡ってどんなのだい」
「…………昼夜を逆転させたり?」
「はぁん」
バンと、音がした。
世界が終わったかと思った。
一瞬世界は暗転し、刹那に光を取り戻した。しかし、少し違う。暗いのだ。先までは夕方とは言えまだ明るかった。しかし、今は暗闇。
外を見る。見た事もない星々が夜空に浮かんでいた。
「すまんな。言っても私俺僕[ジブン]では、太陽系までは替えられない」
青年の言葉を聞きながら、僕は時計を見た。時間は変わっていない。午後四時半。携帯を開く。午後四時半。教室の時計!
「…………四時、半………」
「デジタルはこう言う時に解りやすくて良い」
暢気に青年は言う。それを片耳で聞きながら、様々な思考が頭を駆け巡るのを、僕は感じた。この不可思議な事態に困惑してはいるが、僕は意外にもこの現象をクールに受け止めてもいた。いや、格好付けても仕方ない。おそらく一周廻ってしまっただけだ。単に理解の範疇を越えてしまったのだろう。
しかし、一つ確信を持って言える事実がある。
「――――世界は、終わりだ」
日常にご退場願おう。
常識に捌けて頂こう。
世界に幕を閉じよう。
今、この時間を以てして、舞台から全てが消え失せた。
「否」
青年は僕の思考に割って入る。
「気にする必要はない。どうせ替わる世界、ダブルキャストとでも言おうか」
吐き捨てるように青年は言葉を紡ぐ。その顔はしかし、笑みに似ていた。
「あんたは、何なんだ?」
「天使か悪魔、好きな方で呼ぶと良い」
「名前は?」
「ないねぇ。まぁ『少年と同じだ』」
「…………………」
「『本当は解っているんだろう』? 『誰でもなく』『敢えて言うなら』――――『神様』」
「…………………」
血が冷えていく。僕は何も知らないはずだ。
「『忘れているだけさ』」
誰の声だ。解らない。青年と眼が合う。深い黒の奥に様々な色が滑っていた。
ぼんやりとした思考回路が緩やかに回り始める。僕と言う誰かが、ノートに綴った何か。グシャグシャと乱雑に、しかし緻密に、かつ大仰に適当に適切に壮大に陳腐に、愛を語り恋と偽り、殺したり生まれたり、戦ったり治めたり眠ったり夢見たり夢だったり起きたり放課後、僕の居る、僕の居ない物語……それはまさに、『世界』ではないのか。
「『幕を上げろ』『光で照らせ』『影を映せ』『闇で切り取れ』『声を張れ』『音で伝えろ』『静寂を語れ』『場で踊れ』―――――さぁ開演だ。脚本家は『神様』。誰も逆らわない。そして、改めて、敢えて問おう」
喋っているのは青年なのだろうか。いや、確かに口を開いているのは青年だ。だが、『口を開かせている』のは誰なのだろう。青年だと、僕は願った。
しかし、無情にも口は動く。

「「世界を、替えてみたいと思わないか」」

After School



生きている事をぞんざいに扱う人間と敬意を払う人間、どちらが正しいかと聞かれれば、僕はどちらかと言うならぞんざいな方であると答える。何故なら教師達は僕らの行動を『出来て当たり前』と言うからだ。
人間は生きていて当たり前である。
そう言うと、死んだ人間からクレームが来そうだが、逆に問いたい。では何故僕は死なないのかと。僕は生まれてこの方死んだ事がない。眼を瞑ったままでも今日まで来られそうな日々を生きてきた。僕が生きている事と、1+1に、なんの違いがあると言うのか。僕からしてみれば、生きて当たり前なのだ。死んでないのだから、生きていて当たり前だろう。なにを誇れば良いのか。
しかし、誰だって思うだろう。人が死ぬのは画面の向こうで、嗚呼自分はなんて平坦な人生だと思うだろう。
だが、残念な事に僕の人生は平坦ではなかった。眼を瞑ったままでも、確かに生きていけただろう。いや、寧ろ眼を瞑って生きたかった。
僕は通り魔に出逢った。

『×××××の日記より抜粋』

To be continued....
前の記事へ 次の記事へ