暗転
僕は小説を書いていく。乱雑に。形を決めたら流れを作る。流れが出来たら役者を乗せる。役者が進めば小説は出来ていく。
作家は小説を書かない。作っていく。
僕のペンに併せて、壇上ではぎこちなく役者が動く。世界は替えられていく。僕に併せて。僕が併せて。
僕が顔を上げるのを確認して、彼女達はピタリと止まった。全員が一斉にこちらを向き次の言葉を待つ。僕は消しゴムを取り上げた。
世界は暗転した。
「とは言え、一月も二月も世界を替えるのに使うわけもいかない。世界が暗転しているとは言え、暗転が長けりゃ客は訝しむ。そもそも、替えるんだから大して時間はいらないだろう。何も人を作り直せって話じゃないしな」
「どれくらい掛けて良いんだ?」
「一週間位さ。まぁ尤も、その一週間を『どう』使うかは、少年の自由だが」
「一週間」
「その間に、そうだな。三回までなら書き直しがきくだろう。『紙』は強いが繊細だ。世界のリライトにそう何度もは耐えられない」
そう言って青年はノートを一冊僕に差し出した。見覚えのあるノート。…………これは、僕のノートだ。
受け取り、開く。やはり僕のノート。しかし、最初の数ページが暗く黒々と塗りつぶされていた。
「世界を替えるなんてその程度だ」
「簡単だな」
僕は柄にもなく苦笑する。成る程、僕にも出来そうだ。
パチンと、青年が指を弾く。
教室の真ん中に1セットの机と椅子。此処で書けと。僕は椅子を引き、座る。何故か懐かしい感じがした。
「ある程度書けたら見てみると良い。一発で出来る世界は、替える前と似たようなもんだ」
そう言い残して青年は立ち去った。
一週間。それが僕に与えられた『締め切り』までの時間。長いのか、短いのか。いやまぁ、丁度良いんだろう。『先輩』の模倣に、ほんのちょっとのオリジナリティ。それで世界が出来てしまう。
「おい『ザーザー』、まだ居たのかよ。雅が待ってるぜ」
教室の扉が開き、生徒が入ってくる。山代太一だ。
「あぁ、悪い。ちょっと筆が止まらなくて」
「お陰でパシリだっつの。雅め、大人しく見えて人使い荒いのな」
「良いじゃん、ギャップがさ」
「そりゃ、お前にゃなんだって良いでしょうよ」
ケッと太一は口で言い、教室から出ていく。
「待ってくれよ太一!」
手早くノートをバッグにぶち込み、僕は太一の背中を追いかけた。
しかしまぁ、追いかけるまでもなく太一は窓に背を預け、キチンと僕を待っていてくれていた。
「さては太一ツンデレだな」
「お前死ねば良いんじゃね」
疑問形ではない。心を込めて言われた。傷付いた。とは言え、いつもの話だ。わざわざ気にする程の事じゃない。
「雅、どこにいるって?」
「げた箱。おいこら走りだそうとするんじゃねぇ」
何を言っているんだろうこいつは。別に僕は野郎と二人で暮れなずむ夕日入る廊下を歩いて、青春ひゃっほぅなどと叫ぶ趣味はないし、縦しんばあったにせよ、百回やり直したとして百回全て雅を選ぶに決まっている。つまり、僕はマッハにジェットで高速に音速で雅の元に向かいたいのだ。
「さっきまで忘れていて、調子良いなぁ『ザーザー』」
「褒めるなよ」
「爆発しちまえ」
げた箱にたどり着くと、背をそれらに預けた彼女――水湖雅が立っていた。軽く顔を上げて僕らを認め、彼女はげた箱から背を離した。
「遅かったんじゃない?」
「一応部活動だよ」
「廃部寸前」
「此処から立ち直すから物語なんじゃないか。と言うか、そんなに言うなら雅入ってよ。それなら二人になるし」
「おい、俺は?」
僕と雅が同時に太一を見た。そして同時に視線を戻す。溜め息が同時に漏れた。
「「良い冗談だよ」」
「冗談じゃないよ!」
概ねいつも通りだ。
太一の協力で僕が雅と付き合う事になっても、相変わらず僕は一人だけの部活動に打ち込むし、相変わらず雅は部に入ってくれないし、相変わらず太一は空気を読まない。まぁ、雅が入ったら入ったで、確実に今より名前だけの部になるわけだが。
「あ、そうだ。太一に頼みたいことがあるんだ」
「ほう。まぁ、俺様に出来る事ならいくらでも頼まれちゃうよん」
「消えてくれない」
「あまりにもヒドい!」
「あ、違った。自主的に一人にしてくれないかって言ってくれ」
「『ザーザー』が二人にしてくれないかで良いじゃないか糞が」
「空気読めし」
「それはエゴだよ」
「人間、人のエゴを受け入れられる様になって初めて一人前だぜ」
「それもエゴだよ」
「じゃぁ、雅に聞いてみようぜ」
僕と太一は同時に雅の方を向いた。それに、彼女はきょとんとした表情を浮かべて、私に意見を求めるのは良いんだけどと前置いてから「太一君が何て言ってたか教えてくれる?」と言った。
「炸裂しろ!」
太一は叫んで、走り去ってしまった。ジョークではなく、眼に涙が溜まっていた気がするが………まぁ、気にしなくて良いだろう。
「『ザーザー』って、酷いよね」
雅ははにかんで言う。まぁ、敢えて否定はしないが、今のは雅の所為だ。
「何よりも雅を優先したら、こうもなるよ」
しかし、口にする必要は皆無。僕は定型の様に、『言うべき』言葉を口にする。
しかし雅は笑みのまま、僕を見つめ返すだけ。『止まったまま動かない』。
名前を呼ぼうとして、出来な 事 気付 。お しい。 うし 。
暗転。