自作ゲーム『創るカケラとあなたの夢』の補完的な過去編SSです。本編クリア後に見ることを推奨いたします。また、いじめなどの暴力的な表現を含みますのでご注意下さい。
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シャチオ。
その名前が、俺が親から唯一もらったものらしい。親は物心ついた頃にはいなくなっていて、気が付けば俺はこの狭い世界よりもっと狭い施設に預けられていた。
「くそっ」
拭き取ってもまだ傷口から血が流れて止まらないので、見たくもない鏡の前に立つ。おおよそ子供ペンギンの体でありながらあちこちが傷あとだらけで目付きが悪く、タオルでおさえて止血するために頭に被った青いバケツを取ればサメの背ビレが出てきた。
ペンギンとサメの間に生まれてから11才になる自分の姿だった。
「……ようやく止まったか」
汚れたタオルを風呂桶に投げ、袋に入れて隠していたガーゼを宛ててセロハンテープで固定する。
ペンギンとサメの入り交じったオレに対するあいつらの仕打ちは今に始まったことじゃないが、最近はエスカレートしていく一方だった。逃げたくてもあいつらは都合のいいサンドバッグを簡単に逃がそうとしないし、そもそもこの『世界』から不吉だと嫌われているオレじゃどこに逃げようが同じだろう。
「大丈夫……?」
ふと、か細い女の声が聞こえて、半開きになっているドアの方に振り向けば細くて透き通ったヒレが一瞬見えてすぐ消えた。ここで『三須先生』と呼ばれてる魚類の女だろう。下手にオレをかばえば袋叩きにされるかもしれないからか、三須はオレが何をされても見てみぬふりをしている。最初はこっぴどく腹が立ったが、三須からは何もしてこないので今はどうでもいい。直接手を下してくる同い年のガキどもの方がもっと不愉快だ。
「……」
時計を見れば午後5時を回る、オレの飯の時間だ。風呂の時間まではまだ長い。
そして部屋を出ようとした時、
ドカァン、と、爆音と震動がひびき渡った。
思わず「うわっ!」とマヌケな声をあげながら尻もちをつく。
「な、なんだ!?」
急いで部屋を出て、広間に出てみれば、メチャクチャにされた広間にあいつらや三須が倒れていて、黒いサメのような化物どもが唸りながらヨダレを垂らしていたしていた。
「な、なんだよ……コレ……」
思わず後ずさると、ヌルリ、と背中に気色の悪い生暖かさ を感じた。
「おやぁ〜?まだ無事なガキんちょがいましたかぁ」
耳障りな口調の男の声に振り向くと、オレの3〜4倍はありそうな長身、見たこともない黒い服のスソに白くにごったネバネバをまとわりつけて、頭に被った袋の穴から人間の両足が生えている奇妙な男が、オレを見下していた。よく見ると、片手にピクリとも動かないペンギンのガキ女の首ねっこを掴んでいた。
「……!!」
殺される、逃げたい、だが、声もロクに出ず体が思うように動かない。
しかし、男は一向にオレを殺そうともせず「んん〜?」とうなりながら顔を近付けてきた。
「貴方の欲望……この世界でゎ珍しーいドス黒さ!それでいてピュア!いい感じに『狩る者』として育ってくれそうですねぇえ!男を調教する趣味ゎありませんが特別サービスいたしましょお♪」
男が何に上機嫌になっているのかわからないが、殺されないことだけはわかって少し口が動いた。
「……は? お前、何、言って、」
「わかませんかねぇ?ワタシゎこう言いたいんですよぉ」
男は長い体をかがませてささやいた。
「ワタシの欲望を叶えてもらう代わりにぃ、貴方の欲望も叶えてやるって言ってるんですよぉ」
それから後のことはよく覚えていない。
気が付けば全く知らない場所で目が覚めた。周りにはほとんど何もなく、空はオレの知っている空に似ているが、それよりもっとだだっ広く感じた。
「さぁてまずどこにいきましょうか……しかし全くどいつもこいつも海水がなきゃロクに生きていけないなんて面倒ですねぇ」
あの男がぐにゃぐにゃした黒いものに座りながらブツブツと何かほざいている。
「ここは……どこだ」
「あ?あぁ、海上のどっか野原ですよぉ」
かいじょう? どっかのはら?
「そうそう、貴方が住んでた地下集落、埋めときましたよ」
「え?」
「貴方ゎあの世界、とゆーか集落への復讐を一番に望んでいましたぁ。だから狩る者……あのサメもどき共ですね、あいつらをうまいこと動かして住民ごと壊したわけですぅ」
「それっ……て」
男は袋の下から「クヒッ」と気色の悪い笑い声をあげて言う。
「あの集落は海上には全く知られていませぇん。つまり存在すら無かったことになったも同然、貴方の復讐は叶ったと思いませんかぁ?」
あそこが、あの世界が、存在すら、無かった、ことに。
………。
「はっ、はは、はははははははははははっっ!!!」
自分でもおどろくほど、気が触れたような笑い声をあげた。たまらなく、たまらなく嬉しい。
「そりゃありがとよぉ! はははははははははははははははははっ!!」
「貴方……本当に子供とゎ思えませんねぇ。まぁいいです、それよりも今後ゎワタシの欲望に付き合ってもらいますよぉ。ああ、ちなみに念のためワタシへの裏切りや自分で死のうなんてことが出来ないよう五臓六腑に染み渡る強力な術をかけときましたぁ。ひとつ作るのに何年もかかる貴重な術ですが特別プレゼンツですよぉ」
「何言ってるかわかんねぇけど、特にやることもねぇしオレを殺そうとしなきゃ手を出す気はねぇよ」
「そうですかぁ、そりゃ助かりますねぇ」
それからオレはずっと、その男……へびあしジェントルがいろんな種族のメスガキを狩る手伝いをした。
へびあしはガキを捕まえては成長をうばって遊び、遊べなくなったら捨て……正直、オレにはガキの何が良いのか全くわからんので段々へびあしが増して気色悪く感じてきたが、他にすることなんてないのでとりあえず付いていく。時折別行動も取らされて傷は増える一方だが、まぁどうでも良かった。
それから数年経ったある時、急にへびあしが俺の前から消えた。ラジオによると、どうやらヘマして指名手配犯になったらしい。
つまり、海水無しではロクに生きていけない俺を置いてまた地中に逃げたのだろう。
「……?」
胸ぐらに痛みが走る。身体のダメージはさっき術で完治させたはず。
「ああ、そうか」
俺は心のどこかで、あんな男をヒーローか何かと思ってすがっていたのか。
へびあしだけじゃない、施設にいた時だって、もう名前も覚えていないあの女がいつか自分を救ってくれるなんて信じていたんだ。
「ははっ、これだからガキは嫌いなんだよ」
そこそこ大きい独り言をぼやく。へびあしが言った『俺の望み』はまだ終わっちゃいない、壊してやろう。
へびあしほどじゃないが術は使えるし、苗床さえありゃ大量の狩る者を量産できる。そうだな、あのスウィートなんちゃらとかいうテーマパークのある城がいい。広いだけじゃなくガキが集まる場所で、確か術への警備が鉄壁となれば術しか取り柄がないへびあしには手を出せまい。狩り場を取られてさぞ悔しがるだろう。
ああ、そこからじわじわ壊してやろう。何もかもが嫌いだ。
そのはずだった。
しかし、
「たぁあっ!」
ガキの暖かい手刀に、俺の今までをぶち壊された。
だが、
「わるく、ね……ぇ」
終