小蕾詠歌帖

終電に乗って流れてゆくわたし
明日経由で終着駅へ

終点を告げる車掌の声しずか
眠る児は寝たまま降りて行く

題詠「鶏」
二十五時　電子レンジで湯気を吐く　サラダチキンよ　汝に罪無し

題詠「ベーコン」
長きもの　長いままでは　いられない
切られたり縮んだり　ベーコンみたいに

題詠「羊」
毛糸編む　きっと銀河の真ん中は
ひつじのつむじのようなうずまき

題詠「ソーセージ」
ソーセージ　湯の中でごろごろもがく
今世の仏は　ゴム箸を使う

題詠「牛」
表面をさっと炙って
生き物のいのちの赤を薄らげて喰う

生ハムとハムの違いを考える　生のかたちはいびつで自由

生後数日の赤子に
生後数日の叔母(しゅくぼ)は
なす術も無く

母共のみな眠り果て　吾ばかりが紅茶片手に歌もてあそぶ

つま先の爪まで赤く　嬰児の声は血潮の渦巻くが如し

ほんとうに　おぎゃあおぎゃあと児等は泣く
桃も流せば　どんぶらこと鳴る

本当なら何万字でも良いそれを 三十一文字に削る僕らは

遊びつつ 時に働き 生きていく
夢ならアリ寄りのキリギリス

訊かれないと何も言えない
僕によく似た肝臓に所見があって

いつの間にか死刑反対派になっていた
赦されないことが怖くなった

「丁寧に暮らす女性」の死を看取り　ツナマヨごはんに海苔巻いて食う

咳続く隣の老爺を窓越しに見やる時吾は夜叉の眼をして

訳ありの林檎に訳は聞かないで傷ごと剥いてあげるやさしさ

もうここは白髪の毛穴　ああここも白髪の毛穴　いずれすべてが

焼き鳥の香が猛毒であるごとく　背き逃げ帰る禍中の吾は

お湯はあと何分で沸く 蓋裏の猫のおじぎはぺこぺこと鳴り

秋晴れの高き空より水の降り
慈雨と陽光に満つ君が生

誰にも話すなと祖母は云う 枯れ井戸の 冬の正午にのみ見える骨

新しき人生まれ来る明日なれば
総ての悪よ 今日迄に滅べ

一時停止は唐突にやって来る 観たい映画は観た方が良い

白蓮の実に抱かれし歌声は 永久に未来に 現在にも響く

黄金の果実の香して 声がして 君の笑顔が満ちて 色界

清らなる君の生命に香を移し 真白くひかる茉莉花の花

手の皺に検査結果は読み取れず 待合室の冷えていく午後

読点をぽつりぽつりと置くように枝豆を摘む話の途中