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守るもの






「フレン」

「……」

「フーレーンー」

「………」

「フレンフレンフレンちゃーん」

「うるさい」


振り向き、鋭く睨み付ける蒼の瞳は怒りに揺らめいていた。
周囲の空気が一気に氷点下まで下がる。絶対零度とはこのことを言うのだろう。
しかし、一般人だったら尻尾を巻いて逃げてしまいそうな視線も、長年共に時間を共有した相手には通用するものではなかった。
それどころかやっと返事をしたフレンに疲れたような溜息を零す。


「なに怒ってんだよ、お前」

「…なんでもない」

「ほー、なんでもない奴が無視したりすんのかよ。そりゃあご大層なこった」

「君がっ!」

「俺が?」

「……っ、もういい」


話す事はないとでも言うかのようにふいっと、外方を向いてしまったフレンの横顔は憤慨する心に混じって哀しみの色が見えるのをユーリは見逃さなかった。
ただ無視されているだけなら、こちらも怒ったり罵ったりやり様があるものの、こうして哀しみに歪んでいる表情を見てはどうしようもできない。
ユーリは居心地悪さを覚えながらも、自分に非があるのだろうと思われるだけに、その場を去る事はしなかった。しかし、こんな押し問答をいつまでも続けていたってしょうがない。
ユーリは強行突破をとるべく、フレンの腕を引き寄せ、向かい合わせに自分の腕の中へと収めた。途端、暴れる身体を力で押さえ付けるが、体格的にも腕力的にもさほど差のない者が相手だとそれなりに大変なことである。


「いたた…大人しくしろっての!」

「嫌だ!離せ、ユーリ!」

「だああぁっ!めんどくせぇ!!」


叫ぶと同時にユーリはフレンの唇を己のそれで塞いだ。抗議の声も呼吸さえも奪われたにも拘らず、フレンは身を捩って尚も抵抗を続ける。
だが、口内に熱く湿ったものが侵入してくると、鼻のかかった甘い声を漏らしながら脱力してしまう。
強く、弱く獰猛する舌にフレンは成すが侭にされ、応える余裕すら持ち合わせていなかった。
長い時間をかけてじっくり味わうかのように何度も内部を掻き回される。くちゅ…と鳴る水音にフレンはあまりの恥ずかしさに意識さえも飛びそうになった。


「ふ、ぁ…」


好きなように徘徊する生暖かいものから、ようやく解放される頃には立っていることさえままならくなっていた。
それをユーリは片手で支えてやり、もう片手はフレンの顎に添え上向かせた。
とうとう逃げ出すことの出来なくなった状態に、フレンはキスの余韻を残した虚ろな視線でユーリを見つめる。


「…黙ってちゃ分からねえよ。何があった?」

「……っ」

「言えよ、フレン」


ユーリが顔を近付けたことで、フレンの視界には彼だけが一杯に映し出される。
海面のように揺れていた瞳が大きく波打ったかと思うと、ぽろっと赤い頬に雫が落ちた。
あまりに突然のフレンの涙に流石のユーリもギョッとした。宥めるように背中を擦ってやるが、一度零れたものは堰を切ったかのように止まらない。それどころか顔を歪め、小さな嗚咽までもれる始末。
ユーリはフレンを出来るだけ優しく抱き締め、ひとまず落ち着くまで待つ事にした。


「ああ、もう。マジで泣きやんでくれよ」

「無…理っ…!」

「分かった分かった。じゃあ、せめて理由を話してくれ」

「ユー、リが…悪い、んだ…っ」

「なんで?」

「君がっ…、いる、から…僕はおかしくなる……」


言われた言葉にユーリは首を傾ける。何気に酷い事を言われたような気がするが、それは置いておくことにしよう。
それにしても、自分が存在していることでフレンの何がおかしくなったというのだろう。ずっと昔から見ているが彼は彼のままだ。まだ幼かった時も、二人で暮らし始めた時も、恋仲になった時も、フレンは自分を崩すことなく真直ぐに立っていた。
その悠然とした姿にいつしか置いていかれるんじゃないかと思い、不安になることもあった。だけど、フレンはやっぱりフレンで、嬉しそうに笑ったり、悲しみに涙したり、時には今みたいに怒ったり。様々な想いを自分へとぶつけてくれていて、いつしかそんなフレンの一挙一動がユーリにとって何にも変えられないほど尊いものになっていた。


「お前は別にどこもおかしくなってなんかないだろ」

「ユーリが、知らないだけだ!僕は…汚い…っ、」

「汚い?お前が?」


それはないだろう。ユーリから見てフレンに汚い所など一つもない。
こんな純粋でいて強い意思を秘めた者のどこが汚れているというのか、ユーリには分からなかった。
続きを促すように、ユーリはフレンの額に優しく口付けし、細く柔らかい髪を梳くようにして頭を撫でる。

ようやく冷静さを取り戻してきたらしいフレンが小さくすまない、と謝罪を述べる声が聞こえた。未だユーリ腕の中にいるという状況は変わらないが、ゆっくり呼吸を繰り返しユーリの方へともたれ掛かる。
すると弱々しいか細い声が必死に言葉を形作る。


「ごめん…僕の八つ当たりだ。ユーリは何も悪くない」

「それは俺が判断するところだろ。理由もなくお前があんなんなる訳ねぇしな。どうした?」

「それ、は…」


言うべきかどうか迷っているらしいフレンが柳眉を下げて唇を噛んでしまう。だが、ユーリが真剣な表情でフレンの名を呼ぶと、迷いを打ち切りゆっくりとした動きで口を開く。


「最近いつも…ユーリは怪我ばかりしている、から」

「…?そんなん昔から日常茶飯時だろ」

「…ここ何日かは特に酷いよ」


言われてユーリは思い返してみるが、確かにここ最近は生傷が絶えないかもしれない。深手を負った時の傷なんかまだ完治もしていない。
でも、それはしょうがないことだとも思う。下町の人間にとって兄貴的な存在のユーリは、何かと用事を頼まれやすい。その用事が大したことじゃなければユーリも引き受けなかったかもしれないが、外界にしかない薬草を取りに行く、鍛冶に使う鉱石を取ってくるなどの外界へと繰り出さなければいけない仕事は危険が付きまとう。
それで、ユーリはその手伝いを引き受けているだけなのだ。自分達のことは自分達でこなさなければいけない下町の住人にとって、皆との助け合いは欠かせない。騎士団みたいに戦う力があるわけでも、貴族達みたいに傭兵を雇う金もないのだ。
自ずと戦える力を持っているユーリが結界の外へと足を運ぶようになるのは、自然なことなのだ。
そんな悲惨な現実を変えていく為に彼だって頑張っているのだから、自分の出来ることをしているのだという訳であって。それはフレンだって分かっている筈なのに。


「上の連中がなにもしてくれねぇんだ。自分でなんとかするしかないだろ」

「分かってる、頭では理解してるんだ……でも、」


閉じた瞼がふるふると小刻みに震えている。濡れている長い睫毛が影を落としていて、顔には愁色が浮かんでいる。
それを表すようにユーリの服を握る手に力が込められていた。


「急にどこかへふらっと行ったかと思えばボロボロになって帰ってくる。この前なんて傷が深くて熱がでたぐらい…!
でも、僕はただそれを見てるだけで何も出来ないんだっ」

「見てるだけじゃないさ。お前は下町の…市民の皆のために出来る事をしている。…守ろうとしてただろ?」

「……っ、そうじゃないよ…違ったんだ」

「違う?」


訝しげに問うたユーリの声にフレンは頷くことで応えた。
未だに伏せられた眼は現実を見るのを拒んでいるようにさえ映り、ユーリは何故か焦りにも似た感情が沸き起こる。彼を泣かせたい訳でも、悲しませたい訳でもない。
いつもの強硬で凜とした彼に戻ってほしいという一心で、ユーリは抱き締める腕を強くした。否、強くしたはずだった。
その前に拘束から抜け出したフレンが一歩離れた所でユーリを真直ぐ見つめる。その様は高潔でいて神聖な造形物のようなのに、どこかがぽっかりと欠けているのだ。それは倒錯的な思考でありながらも正常な考えであった。
フレンは緩くかぶりを振りながら重ねて否定の言葉を続けた。


「……僕が守りたいのはユーリがいる下町なんだ。僕は結局、君がいなきゃなにもできない…っ」


苦々しく吐き捨てられたフレンの言葉にユーリは目を見開く。それを見たフレンは悲痛な面持をより深めた。


「君のように下町のことを純粋に想っての行動ではないって気付いた時…自分に嫌気が刺した。なんて薄情な奴なんだろうって…。
ユーリが守ろうとしている皆を僕は守ろうとしてたんじゃない。ユーリがいる場所だから守りたかった」

「……フレン…」

「だから、僕は君のやることが心配になってしまう。止めてしまう。なぜなら君がいなくなったら僕は、僕の守るべきものを失ってしまうから…」


窓から入る西日が部屋の中を赤く染めていた。それはフレンの金髪にもかかり、太陽の下とは違った色味をもって光り輝く。震える身体を静めようと自分の身体を抱くようにして、腕を巻き付けるフレンの姿をも夕日は艶やかに移し出していた。


「ごめん、ユーリ。でも…ぼくは君を失いたくない。あんな身を斬られるより辛い思いを味わいたくない。
……もう…、怖いよ…っ」

「………」

「失望させてごめん、…ごめんなさい……ごめ…ッ、」


頬を濡らし、刹那に謝り続けるフレンの姿はとても痛々しく、見ているのが耐えられなかった。
ユーリはフレンの顔を両手で挟み、自分へと向き合わせる。頬に伝っていた涙は唇を寄せて拭った。
フレンは呆然と立ちすくみ、ただされるがままとなる他なかった。ぱちぱちと瞬きする度に長い睫毛に残った雫が真珠のように煌めき、散る。
目前には愛しい人が紅く照らされていて、その端正な容姿に拍車をかけて美しく魅せていた。しかし、ユーリにとってそれは飾り程度な事でしかない。なぜなら、フレンの見た目も好きだが、それ以上にその心に引き寄せられているのだとユーリは分かったいた。

何故、こうも一人で背負いこもうとしてしまうのだろうか。何故、自分を極限まで追い詰め、責めてしまうのだろうか。
人間誰にだって汚い一面の一つや二つはある、完璧な人間なんていないのに。彼は周りの期待に懸命に答えようとしているではないか。その上生まれ育った小さな世界を守れなんて言えないから、自分がそれを引き受けて少しでも負担を軽くしたいだけなのだ。
ユーリ自身が受けた傷を己のもののように思い泣くフレンも、自分の醜い所にぶつかり泣くフレンも美しい。失うのが怖いと言って涙を零すフレンもやっぱり綺麗だ。


「…俺はお前が汚い奴だなんて思わねーよ」

「そんな、こと…」

「じゃあ聞くけどな、お前は俺のことを汚ねぇって思うか?」

「ユーリは汚くなんかないっ!………ぁ、」


ユーリの言わんとしていることに気付いたのか、フレンは小さな声を漏らす。
遠回しにだけど、伝えられた言葉。ユーリの気持ちも同じだということ。自分だけではなかったのだ。


「お前がいなけりゃ俺だって生きてる意味ねーよ。同じことだ」

「ユー、リも…同じ…?」

「ああ。こんなん思うの俺だけで、お前はそんな邪な考え持ってないと思ってたから正直嬉しいんだぜ?
だから…話してくれてサンキューな」


ふわりと笑むユーリに釣られたようにフレンもぎこちなく微笑み返した。そこに、さっきまでの暗さはない。
自分だけじゃない、純粋に守りたいと思わなくたっていい。何にも変えられないぐらいの一番大切なものがあったっていいのだ。
言葉よりも切に気持ちを込めてユーリは唇同士を重ねた。甘い口付けは明日を紡ぐ力になり、強さになる。

きっと無茶することはお互い止められない。ならば、守ればいいのだ。
この命の最果てまで、守り続ければ。

夜風が二人を包み込み、月の光が部屋を照らすまで、互いを抱く腕が解かれることはなかった。








貴方へと伝えた音の組合わせ。
それは、君を守りたい、

それだけ、なんだ。






○後書き○

もう何が何やらよく分からない……;;;
意味不ごめんなさいρ(..、)


もう色々とね、




日記を書くのが微妙にお久し振りです!バイトばっかであんま書くネタがないので困りものです←寂しい子(;_;)



それはそうと脳○メーカーみたいなのを使ってフレンとユーリのことを調べてみちゃいました。
えっ、自分のことは?そんなのは後回しですよ☆(笑)

まず、フレンとユーリのコンビ名。



『告白フライデーズ』


………年中告ってるってことですよねvvもう、ほんとラブラブなんだな。


次に名前をひらがなで表すのをやってみた所…


フレン・シーフォ
『つ型』
ツンデレ、月並み、強がり

ユーリ・ローウェル
『せ型』
責任感、せっかち、センチメンタル








…えっ?何これは?
ネタですか、そうですか!?
ヤバ!ちょっと萌えた、妄想がーーっ!!!(変態)



はい、なんかもう色々と満足です(*^_^*)



この手が掴むもの



小さい頃、ユーリに聞かれた。
「お前は何が欲しい?」って。
僕は迷わず答えた。


「ユーリが側にいてくれるなら何もいらないよ」
それは飾ることも嘘をつくことも知らない、幼かった僕の心からの願いだった。
















何故かは分からないけど、一昨日からユーリが家に帰って来ない。それは初めてのことではなく、通算すればこれで3回目のことだった。
この歳になってまでそんなことを一々咎めたりしないけど、何か一言ぐらい声をかけてくれてもいいんじゃないか、と思う。前に何処で何してたのか聞いた時は上手くはぐらかされて、結局何も聞けず終いだった。些か腹がたつけど、それ以上に心配だったのだ、僕は。それなのに何一つ教えてくれないなんて酷い。

何か困ったことがあったのだろうか。また一人で無茶しているのではないだろうか。僕にも言えないことなのだろうか。
胸がギュッと締め付けられたように痛いのは気のせいなんかではない。内から込み上げてくる熱は暑さのせいじゃない。
確かに僕の心は素直にユーリを欲していた。こんな自分の浅ましさに溜め息がでる。

一人で眠るベッドは、広すぎて落ち着かなかった。













「ただいまーっと…」


目を閉じて眠ろうとしていた所でユーリが静かに帰宅してきた。なるべく足音を立てないように気を使ってるらしく、ユーリの足取りは妙に遅い。僕は起きることなく、そのまま寝たフリをし続けた。
あんなに焦がれて、あんなに待ち続けた彼の存在を僕は僕の意思で消そうとした。じゃなければ今にも彼への憤りの言葉が溢れだしてしまいそうで、怖かったからだ。
いくら同じ屋根の下で一緒に暮らしているからと言ったって、相手のすることに干渉しすぎるのは野暮というもの。それにユーリが何をしようと、突き詰めて言ってしまえば僕には関係ないことなのだ。
だから、何も言わない。何も聞かない。この想いだって蓋をしてしまえば、きっと分かりっこない。


「……起きてんだろ、フレン」


心臓が跳ねるとは正にこのことだろう。高鳴った胸中が痛いぐらいに早鐘を打っている。それに比べ、唐突に静寂を破ったユーリの声は酷く落ち着いていた。
呼ばれてしまえば無視する訳にもいかず、僕はノロノロと起き上がり、ユーリと久方振りに顔を合わせた。漆黒の髪に、黒真珠のような瞳、黒を基調とした服に身を包んだ体躯。そのまま溶けるように夜闇の色と混じってしまいそうだ。
ユーリは武器や装飾品を取り外し、棚へと乱雑に放り投げるとベッドへと侵入してきた。それを見つめるだけで何も言わない僕をどう捉えたのか、彼は訝しげな視線でもって僕を捉えた。
全てを見透かすようなその瞳が苦手だ。今は亡き両親や下町の人達よりもずっと長い間時間を共有してきたけど、それだけは慣れることができない。人間は完璧に出来てはいないから、耐性のつかないものだってある。


「こんな時間まで起きてるなんて珍しいじゃねえか。何かあったのか?」

「……それはこっちの台詞だ」


少しだけ語調を強めて言うと、頭の回転のいい彼は何を指摘されたのか分かったらしい。その証拠に若干だけど、表情に変化が表れている。


「言えないなら言わなくてもいい。ただ、急にいなくなるのは心配になるから一言ぐらい何か告げてくれ」

「それは悪かったな。今度から気をつける」


ユーリの零した言葉に知らず、眉間に皺がよる。"今度から気をつける"ということは、次がまたあるということだ。
僕は知っている。次に出て行く時もユーリは僕に報告なんてしてくれないこと。きっと彼はまた僕の知らないうちに何処か僕の知らないところへと行ってしまうんだ。
本当はそれが当たり前なことなのに、今の今まで一緒にいた僕達がまれなんだろう。現に早くから親を亡くした子達は、幼い頃はみんなで暮らせど、僕ぐらいの年齢になったら皆、自立して暮らしている。
そう、だから言うか言わないかは別として、明日からもう二度とユーリが僕の待つ家に帰って来ることがなくても、それは別段おかしいことなんかじゃない。

それなのに、どうしてだろう。
どんなに頭で理解してても、心だけは置いてけぼり。
僕のこの気持ちは止まったままなんだ。


「そういえば、フレン」

「…なんだ?」

「急なんだが、明後日から別の家で暮らすから」


僕は驚きの為か、はたまた急激な気分の昂揚の為かただ眼を大きく見開いてユーリを見つめる以外に他無かった。


「そ、うか…」

「ああ。だから明日は支度とかなんやらで大変だ」


そう言って朗らかに笑う君が揺れて見える。ぐるぐると景色が回って、気分の悪さに吐きそうだ。
なんでそんな何事もないように明るく言うんだ。君にとってそれは簡単に下した決断だとしても、僕にとってはそうそうに割り切れるものじゃないんだ!なんでなんで、どうして。
胸の内から止め取りも無くドロドロした感情が流れてきて、自分がとても欲深い人間に思えて仕方がなかった。

僕は君のたった一言でこんなに動揺してしまうのに、それに気付くことないまま君は僕のずっと先を歩いている。
嗚呼、僕も僕自身の想いを自覚することがなかったらユーリと対等でいられたのかな。そしたら君を笑って送り出せたのかな。そんな仮定の話は無意味だと分かってるけど。


「この家にも世話になったな。ボロいからすき間風とか凄いから寒いし」

「……そうだね」

「あ、お前が湯たんぽ代わりになっから夜は温かかったか」

「…ユーリも、温かかったよ」

「ベッドが一つしかなけりゃ、ひっついて寝るしかねぇしな」

「……」

「まぁ、今度はんなに狭い思いすることもない……ってフレン?」


ユーリの重ねる言葉が辛い。痛い痛い痛い。胸が張り裂けそう。自らの手で耳を塞ぎ、眼を固く瞑った。そうすれば何も見ないですむし、何も聴かないですむ。これ以上、この倒錯的な感情が膨らんでくることもない。
こんな行動をとった僕をユーリはどう思ったのか、ベッドから降りる気配がした。呆れられたのかもしれない。いや、むしろ嫌われたかも。
そう考えた時、頬に雫が滑り落ちた。それが何なのかは僕には確かめる余裕すらない。
ユーリが何かゴソゴソと袋を漁る音がした。探し物をしているのかと思い、薄く眼を開けたら目の前に拳を突き付けられた。僕は少し身だけのけ反りながら、目前にある拳とユーリの顔を両方を見比べた。
ユーリは苦笑を浮かべると、泣くなよって言うんだ。泣いてなんかいないよ。激しい痛みは解消されてないけども。


「勝手に決めて悪い。お前がそこまで嫌がるとは思わなかったんだ」

「…嫌がってなんか……」

「だから選択はお前に任せる。俺に付いてきてくれるなら、この鍵を受け取れ。嫌ならそれで構わない」

「ユーリ…?」


僕は瞳を大きく見開きその目先に揺れる鍵を見つめるしかなかった。意味が理解できなかったのだ。
勝手に決めた?僕に任せる?つまりは僕が拒んだらユーリは引越しを止めるってことなのだろうか。でも、一緒に付いてきてくれるなら鍵を受け取れって言われた。あれ?何かがおかしい。話が噛み合っていない。
戸惑いを隠せないまま僕がユーリを見つめると、彼は突き出していた拳をより顔に近付ける。もう少しで鼻の先につくんじゃないかってぐらいに。


「ほら、選べ」

「……ユーリは一人で出ていくつもりじゃなかったのか…?」


恐る恐る尋ねてみれば今度はユーリが驚く番だった。口を開けて呆気にとられた表情をしていたけど、すぐにもとの凛々しい顔に戻る。少しだけ残念。ユーリの吃驚した顔は滅多に見れるものじゃないから、もう少し見ていたかったのに。
ユーリは肺から酸素が全て出てしまいそうなほどの盛大な溜め息の後に、くつくつと笑い声をあげた。


「お前…もしかして置いてかれるとか思った?」

「…違うのか?」


素直に聞き返せば今度こそユーリは大きな声で、耐えられないとでもいうかのように笑いだした。こっちは本気で聴いてるのに笑い飛ばしてしまうなんて些か酷くはないか。
でも、ユーリはおかしいからというよりも、とても嬉しそうに笑っていたから、僕は文句など言えようもなかった。


「バーカ、俺がお前を一人にしてく訳ねぇだろうが。折角手に入れたのによ」

「…っ、だってしょうがないだろ!君は黙って出ていったきり帰って来ないし…」

「あ〜、それはマジ悪かった。金の準備とか色々あったんだよ。それにびっくりさせたいじゃん?」

「だからって……僕は君がいなくなってしまうと思って、凄く…」

「すごく?」


ユーリは悪戯坊主のように意地の悪い笑みを浮かべながら実に楽しそうに聞いてくる。僕がその先に何を言おうとして、何を思っていたのか全て知った上で聞いてくるのだから狡い。
それでも彼に優しく問われれば僕は歯向かうことなんか出来る訳もなく、促されるままにその先の言を紡いでしまうんだ。


「寂しかった…君が離れてしまうことが……っ、すごく哀しかった」


自分の声かと疑うほど小さく掠れた声だったけどユーリには届いたらしい。
ベッドに座る僕を強く抱き締めてくれた。


「離すかよ、絶対に。だから…」


ユーリは言葉をきり僕の耳元で囁くように、だけど力強い言の葉を流し込んできた。


「俺についてこい、フレン」



久し振りに感じたユーリの温度。
その腕の中の心地良さに体温が1度、上がった気がした。














後日、荷物をまとめ引越し先へと向かった時に僕は色々な意味で脱力した。
だって、あんなに悶々と悩んでいたのに着いてみれば、そこは僕達の下宿先から3分ともかからないような所だったのだ。しかも、よく食事などをお裾分けしてくれる宿屋の二階。これなら仮にユーリと離れて暮らすことになっていたとしても、顔を合わせる機会は多かっただろう。

なんだか複雑な気分を抱きながら、僕は荷物をせっせと運んでいた。引越し先の家の中ではユーリが荷解きをしている。もともと私物がそんなに多くはない僕らだが、二人分ともなればそれなりの量になる為に、少しでも早く荷物整理をしないと今夜眠るとこがなくなってしまう。
それは遠慮したい。せめて、夜までには終わらせなくては。僕は歩幅を早め、ユーリの待つ新居へと急いだ。

荷物を手に、もと居た家を振り返る。逆光が眩しく、目を細めた。
今までの思い出が色鮮やかに思い起こされ、ほんの少し寂しい、とも思う。僕とユーリが出会い、初めて与えられた小さな一室。そこには不器用ながらも一生懸命だった僕達が過ごした日々が刻まれている。
目を閉じて、深呼吸を一つ。次に瞳を覗かせた時には僕は笑っていられた。
ユーリと一緒なら、どこだっていい。我ながら現金な性格だと苦笑するが、それが僕の一番大切でいて愛しいものなんだから、他は何もいらないんだ。


「おーいフレン!何ぼやっとしてんだよっ」


振り返れば窓から身を乗りだし、手を振るユーリがいた。僕がなかなか来ないから気になったのだろう。


「今、行くよ!」


言って僕は駆け出す。
もう振り返ることはなかった。


いつか道が分かれてしまう時がきても、君の温もりがあればきっと大丈夫。
僕は立ち止まらないで進めるだろう。
それが、小さい頃から望む、僕のたった一つの欲しいもの。








(僕、ユーリのこと好きだな)
(何を今更。)
(何となく言ってみたくなったんだ)
(そーかよ、)
(ユーリ、顔、赤い)
(うっせぇ!)
(これからもよろしくね、ユーリ)
(…ああ。俺こそ頼むわ、フレン)









○後書き○
うーん…何が書きたかったのか今となってはさっぱりです。
あれですよ、フレンはただユーリがいれば何処にいたって何をしてたっていいというのですよ!

引越しの為に色々と準備に準備して回ってるユーリのことを知らず、フレンはもやもやとする訳です。置いてかれちゃうのかなーって。
ああ、もぅ可愛いなフレン!←結局それ



 
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