天然は時として波瀾を呼ぶ。
そんな話。
俺とフレン3
〜初めてのお仕事編〜
それはオレとフレンがまだ騎士になる前、二人共16歳の誕生日を迎えたばかりの時だった。
身寄りのないオレ達は、二人で寄り添うようにして生きてきた。だが、決してオレとフレン二人だけで毎日を送ってこれたわけではない。
なんだかんだと世話焼きの下町の皆の支えがあったからこそ、オレ達は生きてこれたのだ。そうじゃなきゃ、金も家も持たないガキがこんな立派に育つ訳がない。
子供時代は、何もせずにぬくぬくと暮らすことなど到底できず、自分達が出来ることは何でも行なってきた。
ただ、与えられる仕事というのも大分限られていた。世間的にはまだ労働できる年齢じゃなかった為に、雇ってもらって働くことも出来ない。従って、仕事というよりも、お手伝い的なものばかり任されてきた。
でも、オレもフレンもそれで良しとするような性格では無かったので、労働することが認められる年齢になったら、市民街で働こうと決意していた。下町ではなく市民街を選んだのは、単純に給与面で良いから。
いくら年端もいかぬ少年と言えど、二人で働けば生活はできる筈だし、お金が余れば下町の皆に何かあった時に役立つかもしれない。オレ達にはその二つしか頭になかった。
そして、晴れてお互いが16歳の誕生日を迎えた時、オレ達は計画を実行に移すことにした。
「フレンはどこで働くか決めたのか?」
「僕はまだだよ。ユーリは?」
「オレは一応、下町を出てすぐの飲食店で決めてある」
「ああ、あの甘いものが沢山ある店…ユーリらしいな」
「うるせえよ」
オレが横目で睨み付ければ、フレンはおかしそうにクスクスと声をたてて笑った。痒くもないのに頭を掻いて、真意がばれた恥ずかしさを誤魔化しながら、フレンと向き合う。
フレンは椅子に座って呑気にココアを啜っていた。
「お前こそとっとと決めなくていいのかよ?まさか何もしない訳じゃないだろ」
「心配いらないよ。めぼしい所は2件押さえてあるんだ。ただ、迷ってるだけ」
「ふーん…どんな店なんだよ?」
テーブルを挟んでフレンとは向かいの椅子を引き、どっかりと座り込む。細い息を吐き出すフレンの頬が、温かな飲み物のせいで僅かに赤く染まっていた。
この生真面目な幼馴染みのことだから、働かないでいることはなくとも、悩みはするだろうと踏んでいたが、案の定予想は当たっていたようだ。
フレンが手にしていたカップを机上に置く。記憶を辿っているのだろう、目線を遠くにやりながら主な特徴をあげていこうとしていた。
それを待ちながら、オレは自分に用意したココアの入ったカップに口付ける。
「えーっと…一つは飲食店なんだけど、お客さんがきたら、お帰りなさいませご主人様…とかって言わなきゃいけないんだって」
「ぶふぅッ!!」
「うわっ!いきなり吹かないでよ!!」
フレンの発言を聞いて、口に含んでいたココアをテーブルに向かって盛大に吹き出してしまう。手ぬぐいでテーブルを拭いているフレンを尻目に、オレは激しく噎せていた。どうやら気管に入ったらしく、なかなか呼吸が上手くできず、咳が繰り返しでて苦しかった。
だが、問題はそこじゃない。
あの話を聞けば、フレンのいう飲食店がどんな店なのかは考えなくても分かる。いや、分からない奴なんていないだろ。
……訂正。この幼馴染みはたぶん、きっと、いや絶対に分かっていない。そこがどんな店なのか分かってて行くのだとしたら、オレはフレンを教育し直さなければいけないだろう。
段々と呼吸もようやく落ち着いた頃、オレは息を大きく吸ってから、フレンを射抜かんばかりに見つめた。
「ちょ…お前どこで何を聞いてきた!?」
「どこって…市民街に行った時に、歩いてたところを呼び止められたんだ。いい仕事があるって」
「そうか、分かった。重々理解できた。とりあえず何も言わなくていいから、その店はやめろ」
「なんでさ?」
「なんでも!お前そこがどんな店か分かってんのか!?」
「どんなって……飲食店じゃないか」
「だああぁぁっ!!分かってねえ!」
見事なぐらい予想通りの返答が返ってくるものだから、思わず机に突っ伏して呻いてしまう。
なんだこいつは。常識人な癖に、妙な所で人とはずれている。というか同じ環境で育ったにも拘らず、ここまでそっち方面に疎いなんて、ある意味レアだろ。むしろシークレットだ。
そこまで思ってオレはあることに気付く。そういえば、めぼしい所は2件あると言っていた筈だ。そっちの方は期待できるかもしれない。
聞き出そうと勢いよく顔を上げて、再びフレンと向き合う。オレにしては珍しく、けっこう真剣に。
「フレン、お前確かどっちにするかで悩んでるって言ってたよな?」
自分でも吃驚するぐらいドスのきいた声がでたが、フレンは怯むどころか、気にする様子もなく頷いた。
「ああ、言ったね」
「そのもう一件はどんなのだ?普通のとこか?」
「失礼だな…、至って普通だよ」
「いいから教えろ」
バンバンと机を叩きながら先を急かすオレに、フレンは訝しげな表情を見せた。
だが、溜息を一つ吐いただけで、対して気にすることもなく素直にもう一件の店の紹介を始める。
「そこは主に夜間営業らしいんだ。夜の方がお客さんが入りやすいんだって」
「………」
「仕事の内容はマッサージしたり、お客さんの話相手になったり……とりあえず相手が喜んでくれればいいらしい」
「…………それで?」
段々と…というか最初からいきなり雲行きが怪しくなってきた内容に嫌な予感がする。
こういう時の勘は外れない。このまま先を聞いてもいいのかもの凄く不安になったが、聞かなければもっと大変なことが起こるのも目に見えていた。
視線だけで話の続きを促せば、フレンは何の臆面もなく朗らかに笑った。
「なんでも、お客さんを喜ばせれれば3000ガルドになるんだって!凄くないかい!?」
「凄くねぇわーーッ!!」
ちゃぶ台をひっくり返す頑固オヤジの気分ってこんな感じなのだろうか。
怒鳴って否定したオレを見て、きょとんと瞬きを繰り返す友人が憎い。ああ、その天然さが悶絶するほど可愛いけど、憤死するほど憎いよ、オレは。
「お前、悦ばせるって意味分かってんのか!?」
「分かってるよ?マッサージして、気持ち良くするってこと」
「全然分かってねぇ!…あ、マッサージはある意味合ってんな……じゃなくて!!」
「さっきから何言ってるんだユーリは」
「お前がそれを言うのか」
がくりと肩を落として項垂れるオレをどう勘違いしたのか、フレンは励まそうと必死になっている。いやいや、お前が原因だから…なんて言えたらどんなに良かっただろう。そして、この幼馴染みがもっと鋭くて疑い深い奴だったら、オレはどんなに楽だっただろう。
突き付けられた言葉があまりに惨すぎて(オレの精神にとって)、現実逃避に走りかけている脳を一喝する。
ひとまずこの凶悪天然大魔王をどうにかしなければオレに平穏はこないだろう。
頑張れオレ!ファイトだオレ!
「僕がいっぱい稼げばユーリも楽になれるよね。早速明日、面接に行ってくるよ!」
「頼むからそれは勘弁してください」
何がなんでもフレンをそっちの方向に走らせてはならない。そして、この猪突猛進な親友を食い止め、事の重大さを理解させると改めて心中で決意する。
16歳になったばかり、暖かい日差しが差し込む午後の事だった。
(よし、フレン。明日からお前はオレと同じ店で働こう。是が非でも一緒に働こう。異論はなしだ)
(なんで!?)
なんだかフレンがアホの子みたいですね(汗)
至って真面目です。ユーリは特に(笑)