相互お礼☆
【君恋。】小鳥遊弓弦さまへ
ぼんやりとする意識の中、覚醒を拒む脳に逆らってゆっくりと瞼を開けた。月明りの眩しさに手で影をつくる。
まだ定まらない視界に映る風景からして、己の私室であることが分かった。
だが、此所まで来た経緯を全く覚えていない。
フレンはいつもの機敏さに反して、のろのろと上体を起こす。今更ながらに自分はベッドで寝ていたことに気付いた。
身体がいやに怠く、頭も鉛を流し込んだように重い。喉も渇いている。
だけど、それ以上に自分の置かれた状況を把握せねばと、思考を巡らせていた時、木製の扉がギギ…と鈍い音をたてて開いた。
「なんだ、起きてたのか」
部屋に入ってきたのは、闇夜に紛れそうな黒を身に纏った男だった。自分のよく見知った人物だったので、フレンは知らず強張っていた肩の力を抜いた。
カツカツとブーツを鳴らしながら、ユーリはベッドの側まで近付く。そして、フレンの額に掌を当てるなり舌打ちを一つ零した。
「…ユーリ?」
「なかなか下がらねぇな」
額に当てていた手を滑らせ、寝乱れた薄いシャツを軽く整えてやる。剣技や態度は大胆なのに、酷く丁寧な所作で服やシーツを直していく。
フレンはその動作を静かに眺めていたが、ふと一つの疑問が浮かんだ。
「なんでユーリが此所にいるんだい?」
まだ靄のかかった記憶を探れば、彼と最後に会ったのは二ヶ月前の筈だ。その彼が何故、此所にいるのか。それが分かれば、今、自分がこうして寝ている理由も判明するかもしれない。
そう思い、フレンはユーリの顔を覗き込むように下から見上げた。逆光により、ユーリの表情が伺えないのを残念に思う。
「……誰かさんの依頼で帝都に寄ってみたら、たまたまお前がいた。それで、近寄ったらいきなり倒れやがったんだよ」
「…僕が?」
「お前が」
そこまで聞いてフレンはようやく理解した。これまでの記憶が曖昧(むしろすっぽり抜けていた)なのは、巡回の途中で気を失ったからなのだと。そこで、ユーリが運悪く見つけたということで。
そうとなれば、今置かれている状況も納得できる。何たる失態だと悔やんだ所で、もう遅い。
確か巡回していたのは昼頃だった。そして今は月の位置からして真夜中。そうなると、優に半日分の仕事を残してしまったということだ。
こうしてはいられない。今は一日でも、一時間でも惜しいのだ。そんな時に倒れて寝込んでしまってた己に不甲斐なさと、ユーリや騎士団員達に迷惑をかけてしまった罪悪感が込み上げる。
フレンの憶測では、たぶんユーリは今の今までずっと側についていてくれたのだろう。彼だって忙しい身なのに、自分のせいでこれ以上の負担を増やしたくない。
フレンは布団を捲り、床へと足をついた。ひんやりとした温度に身震いする。
吐き出す息の熱さに、それなりに高熱があることを知るが、仕事は待ってはくれない。近くにあるスリッパを引き寄せて履き、ふらつきながらもなんとか立ち上がると、思い切り怪訝そうな顔をしたユーリと目があった。
「ユーリには迷惑をかけてしまったみたいだね…本当にごめん。
僕はもう大丈夫だから。みんなが待ってるんだろう?」
だから戻りなよ、と言いかけたところでフレンは、視界が急に回った気がした。
なんだろうと思った時は既にユーリの腕に支えられていて、立暗みにより倒れかけたのだと理解する。
「たくっ…どこが大丈夫なんだよ」
呆れたような声音。一度ならず二度までも晒してしまった自分の醜態に、フレンは思い切り眉を顰める。気を取り直すように直ぐさまユーリの腕の中から離れ、一言礼を述べてから机に向かう。
ズキズキと鈍い痛みを訴える頭を無視して、椅子を引いて座ると、フレンは机上にあった書類を目前に引き寄せた。
それをユーリが黙って見てる訳もなく、すぐにフレンの名を呼んだ。咎める色を多分に含んだ声に、フレンは徐に振り向く。
「…なにやってんだ?」
「なにって…」
この様子を見て分からない筈がない。フレンとしては、今日の会議で使う書類のまとめを行おうとしていただけだ。
だが、暗闇に紛れずに輝く黒の瞳が、あまりに厳しく細められていた為に、フレンは言葉を呑まざる終えなかった。鋭利な刃物のような双眸に射抜かれ、肩を竦める。
何も言わずとも分かる。ユーリは怒っているのだ。それも、ちょっとやそっとではない。
長年の付き合いから、フレンはユーリと幾度も喧騒を繰り返してきた。時には、もう前の関係へと修復出来ないのではないかと思ったことさえもある。しかし、結局はどんな時だって二人とも、お互いのことを想っていた。
だが、今のユーリは何かが違っている。今まで見たことのない表情で、感じたことのない空気を纏っていて。
フレンは何故、ユーリがこんなにも激怒しているのか分からない。でも、これだけは言えていた。
ユーリのこの想いは自分に向けられている。
「ユーリ、どうしたんだ?なにを怒って……ッ!!」
尋ねた言葉は最後まで続かなかった。ユーリがフレンの腕を引っ張り上げ、無理矢理に壁へと押し付けたからだ。
強かに背を打ち付け、一瞬息が詰まる。咳き込んでいるフレンに目もくれずに、ユーリは細い手首を顔の横で固定した。
「いたっ…!」
力一杯握りしめられ、思わずフレンは苦痛の声をあげる。逃れようと身を捩るものの、純粋な腕力ではユーリの方が上なのだ。ただでさえ風邪で弱っているのに、振りほどける訳がない。
少し上から見下ろしてくるユーリの表情はさっきと同じように無機質で、まるで冷たい。その様に、背筋が凍る。
「お前なにしてんだよ」
「なに言って…」
「なんの為にオレが此所にいるのか考えなかったのかよ」
「だからもう戻っても大丈夫だから、って…」
「ふざけんな!」
段々と語気が荒くなっていく。普段、淡々としたユーリの口調が、今は勢いを増していくばかりであった。
「無理して身体壊して、いつもいつも突っ走って、走り回って!
一人で全部背負い込んで、それで…っ、オレが何も思わないと本当に思ってんのかよ!!」
「…っ!」
言われた内容に、フレンは瞠目する。
一気にまくし立てまたお互いが黙り込めば、そこには再び静寂が戻った。
先程まで知り得なかったユーリの憤りの原因が、今は手に取るように分かる。確かに自分に向けられていた感情。ただ、それは激しいながらも、怒りという言で済むようなものじゃない。
いくらか落ち着きを取り戻したらしく、ユーリがスッと音もなく離れる。
向けられた背中から伝わるものを、フレンは知っていた。ユーリがいつもいつも教えてくれていたから。
なら、自分はこれから何と言うべきなのか。何と応えるべきなのか。フレンはもう決まっていた。
離れた距離を埋めるように、フレンはユーリにゆっくりと近付く。後ろにフレンがいることは気配で感じているだろうに、ユーリは振り返らない。
それでいい、とフレンは思った。
「ユーリ…、」
「……」
「……ありがとう…」
それだけ言って、フレンは踵を返す。向かう先にはベッドがある。
本当はこのまま寝ていられるような状況でないことも確かだ。星触みを倒して魔導機を失った世界は今、混沌の中にある。上に立つ者は、混乱の渦中にある人々を導いていかなければならない。
だからこそ余計に、自分というものを大事にしなければならないというのに。その責任に押し潰されて、目先のものを見落としていた。
フレンの周りを気遣い、己のことのように考えられる優しさは美徳だ。だが、全てを一人で担うなど到底できる筈がない。華奢な肩に多大な期待は重すぎる。
その為に自分がいるのだ、とユーリは思っている。フレンの背負うものを、少しでも軽くするために。
大人しくベッドへと潜り込んだ幼馴染みを見て、溜息を吐く。怒鳴るつもりはなかったのにな、と一人ごちる。
だが、フレンが倒れたあの時、ユーリは心臓が止まる思いだったのだ。スローモーションのように傾いていく大切な人の姿なんて、二度と見たくない。そうならないように、自分が支えていくのだと、眠るフレンの隣りでユーリは誓っていた。
だから、それぐらい勘弁してほしい。
「ユーリ、明日はまだ帝都にいるのかい?」
あのまま寝たのだとばかり思っていた人物から声をかけられて、ユーリは一瞬だけ吃る。ベッドの方を見れば、上掛けから顔を半分覗かせたフレンがじっと見つめていた。
「色々やることがあるからな、一週間は滞在すると思う」
「そっか。じゃあ久し振りだね」
「なにが?」
「一緒に寝ようよ」
言われて、自分でも顔が引きつるのが分かる。何の企みもなしの言動なだけに質が悪い。
だが、子供のように無邪気に微笑みながら言うものだから、ユーリは承諾せざる終えなかった。
「風邪、感染すなよ」
「…感染ったら看病してあげるよ」
寝台の半分の空いたスペースに身を滑らせ、フレンの背中に腕を回して抱き締めてやる。
嬉しそうに笑っているが、苦しいのだろう。瞳は潤み、頬は赤く染まっていた。
居た堪れず、自分の胸へと押し付けるようにフレンを抱き込み、ぽんぽんと背中を擦った。
「…さっきは悪かった」
「僕のこと心配してくれたんでしょ?それなら、いいよ」
「だったら心配させないようにしてくれ」
「ははっ…、努力する」
意識がまどろんできたのだろう。言葉尻は掠れていた。
数分もたたないうちに聞こえてきた寝息にユーリはほっと一息吐く。
ずっと前からフレンの噂を耳にする度に、ユーリは無茶をしてるのではないかと気にかけていた。
帝都から送られてきた今回の依頼だって、フレンの身を心配した優秀な副官からだったのだ。恐らく、騎士達の心配を余所に、働き詰めだったのだろう。
「もっと頼れっての、バーカ」
指通りのいい金糸を梳きながら、ユーリは誰ともなく呟いた。
腕の中で眠る愛しい人はきっと、また無理をするだろう。それが彼の性分なのだ。
なら、また様子を見に来て叱りつけて、抱締めてやろう。
ユーリはそう遠くない未来にあるだろうことを思って、一人笑みを漏らした。
〇後書き〇
すんばらしいぐらいの意味不な文ですね!!グダグダでごめんなさい!
こちら小鳥遊さまに捧げます!なにやらご希望に沿えてない気がしますが…(汗)
返品、書き直しはばっちり受け付けますので!相互ありがとうございました(^^)