柔らかいのって、
気持ちいいですよね
ユーリとフレン8
〜柔軟体操はしっかりと〜
ただ今大売り出し中のギルド、凛々の明星は皆で息抜きにオルニオンへと訪れていた。
何故いつも休息するのにオルニオンなんだと、提案したユーリにカロルが尋ねると、とても良い笑顔でこう返された。
『天然ものはな、自分のだって示しとかないと誰かに狙われるかもしれねぇだろ?』
その言葉の真意の全てが分かるほどカロルは大人でもなかったし、かと言って全てが理解できぬほど子供でもなかった。
何はともあれ、オルニオンにて無事宿を借りることができたユーリ達は、各々が自由に寛いでいた。
ユーリが筋肉の使いすぎで固くなった身体をベッドの上でおもむろにほぐしていると、真似るようにカロルも伸びをする。
一人がやれば、またもう一人。すると結局、みんなして室内で体操をするという何とも間抜けな構図が出来上がった。
「は〜…たまにやると気持ちいいね!」
「たまにじゃ駄目だろ。こういうのは毎日やって効果がでるもんだ」
「でも、一人でできるものだと限界があるわよ」
「それならエステルとかジュディにも手伝ってもらえよ」
「二人のほうが楽しいですしね。リタ、私手伝います!」
エステルが自分のベッドから降りてリタの下へと行くなり、足を伸ばして座るリタ肩へと手をかける。慌てて身を捩ったリタを余所に、エステルはゆっくりとリタの上体を前へと倒していった。
その途端……、
「いっ、痛い痛い痛い!いーたーい!!」
「ご、ごめんなさい、リタ!」
リタの心底痛そうな叫び声に、エステルは驚愕しつつもすぐに身を引いた。
肝心のリタはというと、眉を顰めて未だ痛そうに足を擦っている。
「リタって身体、固いんだね…」
「ううう、うるさい!!大体、身体が柔らかくて何の利点があるっていうのよ!?」
「いい若人がそんなんでどーするのよ」
「そういうおっさんも固いけど、な」
寝そべっていたユーリが弾みをつけて起き上がる。
今まで剣士として生きてきたせいか、相手の動きで柔軟性の高さは何となく把握できていた。ユーリから見て、リタとレイヴン、それにエステルは身体が固いように映る。
だからといって、リタの言う通り何か大きな利点があるのかと聞かれたら、特別何もなかった。
ただ、怪我をしにくくなったり、急な動作をしたときの身体への負担を考えると、身体が柔らかいのに越したことはない。
「お前らもうちっと身体ほぐせ。適度なストレッチでもしてりゃあ筋も伸びんだろ」
そう言いながらユーリがお手本とばかりに上体を前に倒す。額が膝に付きそうなほど倒れるものだから、エステルが心配そうな声をあげるが、直ぐにそれは感嘆の声となった。
カロルも負けじ魂でユーリの後に続き、足を開いて前に腕を伸ばす。肘が余裕で床に付くぐらいまでは伸ばせるが、それ以上は如何せきつかった為に、妙な呻き声が上がる。
そうして皆で誰が一番か競いあうことに夢中になっている中、部屋の扉がゆっくりと開かれた。
その体勢のまま一斉にそちらへと目を向けると、見慣れた人の姿があった。陽光を背に扉から入ってきた人物は、その光景を見て驚きに目を見張るなり破顔する。
「よお、フレン。宿借りてるぜ?」
「それは構わないよ、ゆっくりしていってくれ。
ところで…これは何をやってるんだい?」
「みんなの中で誰が一番身体が柔らかいか勝負してるんだよ!」
元気よく答えるカロルに対してエステルやリタ、レイヴンはやや疲れ気味に頷いた。ジュディスはいつもの微笑を浮かべながら、未だにベッドの上でストレッチをしている。
いつの間にか勝負事へと成り果てたことに、ユーリは苦笑するが自分もやや本気になっていたのも事実だ。
皆が皆ベッドの上で身体を伸ばしたり、足を組み替えたりする様は傍目から見ると面白い。思わずフレンはクスクスと笑い声を零した。
「なに笑ってんだよ」
「いや、なんか楽しそうだったから…」
「フレンもやってみません?」
「いえ、僕は遠慮しておきます」
「固いこと言わないでさぁ〜。丁度鎧も着てないんだし、ね」
「え、でも…」
「いいからオレのベッド来いよ」
ユーリは立ち上がり扉の側で立ち尽くすフレンのもとまで行くと、腕を掴み強引に自分のベッドまで連れていく。
そして、足を伸ばして座らせるとフレンの後ろに回り、肩に手をかけた。
展開の早さに付いていけずにいるフレンを余所に、皆の目は興味津津に金髪の青年に向けられている。
「いいか、倒すぞー」
「あの、ユー……っ」
言い終わる前にユーリの手に力が込められて、フレンの上体は前に倒される。と、同時にエステルやカロルから歓声が上がった。
「凄いですフレン!!」
「顔が足に付いてるよっ!」
「あら、随分と柔らかいのね」
「軟体動物みたいね、アンタ…」
仲間の感想に対しユーリは鼻を鳴らして笑う。
昔からの付き合いでフレンの身体がもの凄く柔らかいことを知っていた。自分だけが知っていた彼の事に得意気になる。
「フレンちゃん苦しくないの〜?」
「はい…、息はし辛いけど苦しくはありませんよ」
「コイツ昔からめっちゃ柔らけぇんだよなぁ。おいフレン、次は足開いてみろよ」
手を放し、ユーリが言うと渋々ながらもフレンは大きく足を開く。それにもまたエステル達は感嘆を漏らし、一心に彼を見つめる。
ユーリが再びフレンの肩に手をつき力を込めると、なんの抵抗もなく前へと倒れてベッドに沈む。急な動作も難無くこなせるのだから、ユーリの言う通りこれなら怪我等も少なくなるかもしれない。
「さーて、今度は仰向けに寝てみろよ」
「えっ…まだやるのか?」
「当たり前だろ。久し振りに柔軟体操付き合ってやってるんだからよ」
「もう大丈夫だから……って、ユーリ!!」
反論も許さないとばかりに、ユーリは強引にフレンを仰向けに寝かせて、左の足首を掴む。胸まで膝をつけたかと思えば、伸ばしてみたり。今度は両足ごとやってみたりと好き勝手にされていくうちに、いくら柔軟性の高いフレンでも、運動しているのとさして変わらないその状況に段々と息が上がっていった。
苦しそうな息遣いが聞こえてるのか聞こえてないのか。それでもユーリは意地悪い笑みを浮かべながら、仰向けに寝るフレンの上で面白そうに筋を伸ばしている。
「ユっ、リ…もう、やめ…」
「なに言ってんだよ。ほら、もっと力抜けって」
「ちょ…、ぁ、待って…!」
吐息混じりにフレンが制止を訴えるがユーリは聞く耳持たずといった感じで、その行為を続けている。
赤く染まったフレンの顔を見て、些か心配になった仲間が止めようとしたところで、とあることに気付く。
確かにユーリは笑っている。だが、それはいつものような皮肉がかった笑みではなく、いわばイジメっ子のようなものであった。
そして、フレンはと言うと、頬や首筋を桜色に染め、荒く息を吐き、空色の瞳は生理的に浮かぶ涙によって潤ませていた。一言で言うなら艶めかしい。
彼の為にも、その表情は見てはいけなかったような気がした。嫌でも情事中を連想させるような表情は、見ている方が恥ずかしくなってしまう。
そして、瞬時に皆は理解した。ユーリは最初からこれを狙ってやっていたのだと。
「どーしたぁフレン?んなやらしい顔してよ」
「なっ…!!何言ってるんだよ!」
「照れんなって。そんな顔しなくても後でたっぷり可愛がってやるさ」
「〜〜ッ!!」
某称号の大魔王のごとく、ユーリは声高らかに笑う。それと同時にフレンの掠れた悲鳴が響いた。
普段温和な姫は真っ赤な顔をして固まり、元気が取り柄の少年はぼんやりと遠くを眺め、魔導機大好き少女もまた布団の中に潜り込んでしまい、豊満な身体を持つクリティアっ子に至っては、妖艶な笑みで楽しそうに見つめている。
唯一ストッパー役になりそうな無精髭を生やした男も既に白旗を上げていた。
フレンを助けることも、ましてやユーリを止めることも出来ないまま時は過ぎていき、結局二人の戯れあい(?)を止めたのは、散歩から帰ってきた青の賢い成犬だったとか。
フレンって身体柔らかそうだなぁって思って出来た産物。
予定ではもっと短かった筈なのになぁ…(;・ω・)