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それは君だけの特権【碧斗さまより】


【-空色うさぎ-】碧斗さまより


『それは君だけの特権』


凛々の明星の面々は、依頼完了報告のためダングレストに来ていた。
相変わらずの夕暮れ時のような風景はどこか哀愁をさそうとユーリは何とはなしに思っていた。
そこでふと違和感に気づく。いつもより人が多いことに。しかもよく見れば騎士団の人間もチラホラと確認できる。
何事かとユーリ達が訝しんでいると背後から聞き覚えのある呑気な声が聞こえた。

「ジュディスちゃんとその他じゃないの〜」

いつの間に近づいていたのか背後にいたのはレイヴンだった。

「あら、お久しぶりね」
「相変わらずだなおっさんは」
「それよりレイヴン、どうしたのこの状況?何かあったの?」

ジュディスはいつもの笑顔で、ユーリは呆れたように返し、カロルは街の異様な雰囲気を聞く。
そしてその返答は一同を驚かせるには十分だった。

「あー、今ヨーデル殿下が来てんのよねー」
「えぇっ!?」

これには全員が驚いた。皇帝自らがギルドの本拠地に来るだなんて誰が想像するだろう。
理由を聞けば帝国とギルド間で新しい条約が締結されている最中だという事だった。

「しっかしよくもまぁ殿下直々に出向けたもんだ。命だって危ねーだろうに」

とはユーリの言。 するとすかさずジュディスが含み笑いを浮かべて続ける。

「そこはほら、天然殿下には優秀な右腕がいるじゃない?」
「あ!そっか!フレンがいるもんね!!」

そう言ってカロルが笑った。

「そーゆー事。実際うちの首領が動く方が危ないのよ」
「あ?そっちにはおっさんがいるじゃねぇか」

元帝国騎士団の隊長であり、ギルドの幹部でもあったレイヴンの実力はユーリもよく知っている。そう思っての発言だったのだが、レイヴンは眉根を寄せた。

「いや、おっさん一人じゃ、ね」

そしてギルド側が自分で帝国側にフレンという事になっているのだと説明してくれた。
ちなみに今レイヴンがここにいるのはいわゆるお使いらしい。

「あと場所がこっちなのは帝国側のフレンちゃん自身がギルドと帝国の全面戦争止めた一件からダングレスト内でも一目置かれてるから街の人からの反発ってのも少ないのよ」

そう言われてユーリに一つ思い当たる事があった。

「逆に帝都では貴族達がうるさいってか?」
「そゆこと」
「…笑えねぇな」

世界が変わりつつある今でも貴族達は相変わらずらしい。
苦々しげにユーリが呟いた。

「まぁ、ね。ま、でも殿下やフレンちゃん達が頑張ってくれてるからね。これでも昔よりはずっとマシなのよ?」

そう言ってレイヴンは笑っていた。実際帝都でも下町への扱いなど昔より格段によくなったと思う。
これもフレンや天然殿下、エステル達が頑張ってくれてるからなのだとユーリも思っていた。
そしてその手伝いをするのが自分達の仕事だとも。
ただ唯一そのせいでフレンに会えないのは癪だったが。

「ま、とゆーわけでおっさんはそろそろ愛しのフレンちゃん所に戻るんで」

ユーリがフレンたちへと想いを馳せている間にさっさとユニオン本部へとユーリにとって聞き捨てならない台詞を残して去ろうとするレイヴンをユーリは当然逃さなかった。

「ちょっと待て」
「わー青年目が怖い!怖いって!!」

先ほどの発言の影響もあってかユーリの目は完全に据わっている。
そんな鋭い瞳に肝を冷やしていたレイヴンへと残りの二人からも声がかかる。

「そうね、私も久しぶりにフレンに会いたいわ」
「僕も!」
「「え?」」二人の発言に驚いたのはレイヴンだけでなくユーリもだった。
二人して目をぱちくりさせている。

「あら、だってずっと会ってないもの。私だって癒されたいわ」
「僕もフレンに会いたい!レイヴンばっかりずるいよ!」

そう言って二人は拗ねたようにレイヴンに言いよる。

「ずるいって…おたくらだってフレンちゃんに会えてるでしょ?特に青年は」

そう言ってユーリを見る。
が、ユーリは明らかに不機嫌さがわかる表情でレイヴンを見ていた。
その表情でレイブンは悟る。

「……マジ?」
「…というわけで連れてってくれるよな、おっさん?」

真っ黒なオーラを漂わせたユーリに肩を叩かれたレイヴンには顔をひきつらせながら了承するしかなかった。

「ユーリ・ローウェル…!!」

ギルドユニオン本部にて一行を出迎えたのはフレンの副官、ソディアだった。
彼女はユーリを見るなりギッと彼を睨む。
彼女とユーリは一度は和解したものの、やはりフレンが絡むと納得できない事が多いらしい。
ユーリに会うたび鋭い視線を送っている。
もっとも、当のユーリは気にも留めていないのだが。

「レイヴン殿、これは…!!」

ソディアはその勢いのままユーリ一行というよりユーリを連れてきたレイヴンに詰め寄る。
だがレイヴンはいつもの調子で飄々と経緯を話す。
そんな彼らにソディアの怒りは増していく。

「今は大事な協議の最中なのですよ?!それなのに部外者を…」

言ってなおもユーリを睨みつけるソディアの背後からそれとは対照的な穏やかな声が聞こえた。

「ソディア?どうかしたのかい?」

ソディアの後ろから表れたのは美しい金髪に空色の瞳を持った帝国の現騎士団長。

「フレン!」
「フレンちゃん!」
「隊長!」

口々にフレンを呼ぶ面々にフレンは驚きながらもその中にユーリがいるのを見てとり、顔を綻ばせた。

「ユーリ!」
「フレン!元気そうだな」
「君こそ、相変わらずだね」

そうやって二人の世界状態な会話を続けてしまう。

「ちょ、フレンちゃんおっさん無視〜?」
「私達だって久しぶりに会うのにひどいわ」
「そうだよ〜!」
「隊長!」

そんな二人に口々に不満を漏らす面々を、フレンは申し訳なさそうに見、ユーリは二人の再会を邪魔された事で睨んでいた。

「す、すまないジュディス、カロル、久しぶり。元気だったかい?」
「ええ。元気よ」
「僕もだよ」
「良かった」

そう言ってフレンが笑えばその場は一気に和やかムードに一変する。
これもフレンの大きな魅力の一つだと一同は同時に思った。

「そういえば、どうしてここに…?」
「ああ、たまたま依頼でこっちに来ててな」
「そうだったのか」
「それより会議は?」
「ああ、丁度今終わって…」
「お久しぶりです皆さん」

フレンが言い終わる前にユニオン本部のドアが開き、そこから出てきたのは金髪の少年。
現皇帝ヨーデルその人だった。

「久しぶりだな」

皇帝になったヨーデル相手といえど相変わらずな態度のユーリをフレンが咎めるように見るが、ヨーデルもユーリも気にした様子は無かった。
ヨーデルはジュディスとカロルにも挨拶する。
それがすんだ途端ヨーデルは何かを思い出したかのようにフレンに向き合う。

「フレン、あなたにお願いがあるのですが」
「何でしょう、ヨーデル殿下?」

皇帝ともあろう人間がその部下である騎士団長にお願いとはなんとも不思議な話だと一同が思ったが、この二人なら有り得ると妙に納得してしまうのだった。

「あなたの料理が食べたいのです。作っていただけませんか?」「えぇぇぇぇぇ?!?!?!ヨーデル殿下本気ぃぃぃぃ?!?!?!」

とっさに反応したのは以前ギルドと帝国の料理対決の際、フレンの料理でひどい目に会ったカロルだった。
それに苦笑し、ヨーデルは首を振る。

「僕が食べたいのはこのレシピ通りに作ったフレンの料理です」
「このレシピ通りの料理…ですか?」
「ええ、お願いできますか?」
「はい、もちろんです」
「良かった。実はもう材料などは手配してあるのです」

以前料理対決で使った会場に材料などは全て手配しているとヨーデルは付け足した。
会場へ行く道中、レシピを見ながら集中して歩いているフレンの横で一同は小声で会話する。

(レシピ通りのフレンの料理はプロ顔負けだとエステリーゼに聞いて以来ずっと食べてみたいと思っていたのです)
(あー、確かにレシピ通りならあいつの料理は完璧だな)
(僕、それなら食べたい!)
(た、隊長の手料理…)
(私は両方興味があるのだけれど…)
(おっさんもフレンちゃんが作ってくれるのなら…と言いたいけれどカロル少年の様子からレシピ通りを希望)
(おっさんは黙ってろ)
(それ以前にこれは僕とフレンとの個人的な話なのですが?)
(……)
(ユーリ!殿下相手に睨み効かせないで…!!)
(あら、殿下は全く怯んでないわよ?)

こそこそと話し合っているうちに険悪になっていく一行の横でひたすら黙々とレシピと向き合っていたフレンが急に申し訳なさそうにヨーデルに声をかけた。

「ヨーデル殿下、殿下さえよろしければユーリ達にも食べてもらいたいと思うのですがよろしいでしょうか…?」

そう言って小首を傾げる様子はこう言ってはなんだが可愛らしくとても年上の男性とは思えないとヨーデルは思いつつ、そしてそんな彼の要望を断れるわけも無かった。

「いいですよ。あなたならそう言うと思ってましたし」
「ありがとうございます…!!」

そう言って満面の笑みを浮かべるフレンに一同は癒されていた。
会場に着くなり料理を始めるフレン。
料理がし辛いからと鎧を外した上から付けたエプロン姿が眩しいと一同が癒されながら思う。
当の本人はそんな事思われているとは露ほども思っていなかったが。

「いやーまさかフレンちゃんの手料理が食べられるなんておっさん幸せだわ〜」
「楽しみだね!」
「隊長の手料理…」
「どんなのが出てくるのかしら?」
「僕も楽しみです」

皆がフレンの(食べられる)手料理を心待ちにしている間、ユーリの不機嫌メーターはどんどんと上昇の一途をたどっていた。
自分の恋人の手料理を喜んで他人に食わせたがる奴なんていない。
自分の恋人の手料理を喜んで他人に食わせたがる奴なんていない。
当然ユーリもそんな人間の一人で。知らず机を指でトントンとせわしなく叩いていた。
そんなユーリを料理が出来るまでの間、皆で”落ち着きが無い”だの”男の嫉妬は見苦しい”だの散々言い倒していた。
そうこうしている内に完成し並べられた料理は見事なもので、見た目は当然のことながら、レシピ通り作られていた為味も完璧以上のものだった。

「ご馳走様です。とても美味しかったです」
「殿下にお褒め頂いて光栄です」
「美味しかったわ。ご馳走様、フレン」
「ありがとう、ジュディス」
「美味しかったよ!フレン!」
「カロルもありがとう」
「流石隊長!完璧です…!!隊長の右に出る者はいませんっ!!」
「ソディア、それは褒めすぎだよ…」

そう言って口々に賛辞を述べる。
それにフレンは笑顔で応答し、和やかな雰囲気で食事会の幕は下りるかと思えた。
が、異変は既に起こっていたのだ。

「ホントに!おっさんもこれなら毎日食べたいわ〜。いっその事お嫁に来ない?」
「あ、あの…」

そう言ってレイヴンがフレンを褒めちぎり、フレンが困る。いつもならユーリの強烈な蹴りか拳が飛んでくる場面だ。
が、何も起こらない。フレン以外の人間が不審に思いユーリを見ると彼は机の上に突っ伏していた。

「ユーリ?!」

慌てたフレンが駆け寄る。
そんなフレンにユーリが唸るような声で確認するかのように問いかけた。
―お前これレシピ通りに作ったんだよな…?―
と。
だがフレンは困ったように首を振る。やっぱり、と苦しげながらもどこか嬉しそうにユーリが呟いた。
そして一同は顔を見合わせていた。
その様子を見たフレンは慌てて訂正を入れる。

「あ、殿下達にお出ししたのはご注文どおりレシピ通りだったのです」

その一言に一番安堵していたのはカロルだった。そしてフレンは続ける。

「ただ…ユーリが何だか不機嫌だったから、少しでも機嫌なおして欲しくて君のだけちょっと張り切っちゃった…かな?」

フレンは料理を作っている最中、不機嫌そうに机を突くユーリが気になっていたらしい。
そう言って照れくさそうに笑うフレンにもユーリはノックアウトされていた。
ユーリには当然一口目でその料理がレシピ通りでない事くらいわかった。
そして周囲の反応からその料理を出されたのが自分だけだという事も。
フレンが対人兵器料理を出すときは張り切ったリ相手に喜んで貰おうと頑張った時。
それを長年一緒に居て知っているユーリにはフレンの気持ちが伝わり、それが何より嬉しく、一気に自分の中から不機嫌さは消えていった。
しかし体は当然違う。いくら長年慣れた対人兵器料理とはいえ無傷というわけには行かない。
それでもフレンがアレンジをきかせたお手製の対人兵器な手料理をユーリが完食していた事は言うまでも無い。
当然原因を言わないまま机に突っ伏しているユーリと、それを心配そうに介抱するフレンに一同は呆れたり、負けるものかと闘志を燃やしたりと様々な反応を示していた。
そしてその後もユーリだけが3日間寝込む羽目になり、尚且つその原因であるフレンに(当然理由は言えないまま)体調が悪いと付きっきりで看病させたとか。









○感謝文○

なんとなんと!リク内容が『ユリフレ前提のフレン争奪戦』という面倒なものにも関わらず、本当に書いていただちゃいました!!
しかも完成度が高すぎます…!色んなキャラをだしてるのに、一人一人がちゃんと目立ってるんですよ〜!その上、いい感じにバカップルなユリフレも加えてくださっているから、フレンが誰が一番好きなのかも分かるという…(感動)
料理ネタは私も好きなのでほんとにツボりました♪

碧斗さま、こんなに素敵な小説を本当にありがとうございました!大切に大切にさせていただきますvv
これからもよろしくお願いします!!

碧斗さまの素敵サイトにはこちらから↓↓
-空色うさぎ-





渚のように攫いましょう




相互お礼☆
【-空色うさぎ-】碧斗さまへ





太陽の光が照り付ける。小鳥の鳴き声を目覚まし変わりに、フレンはゆっくりと閉じていた瞼を開いた。
もぞもぞと布団の中で寝返りをうち、枕元の時計に目をやればそれは6時前を指していた。最近、目も回るぐらい忙しくて、ろくに睡眠時間を確保できていない為に、眠気が抜けない。
だが、二度寝なんかできる状況ではないのだ。今日もまた積もりに積もった、報告書やら始末書やらの書類に目を通さなければならない。近々行われる騎士団の演習の準備もしなくては。街の復興だってある。
フレンは今日一日のスケジュールを頭の中で組み立てていると、時計の短針と長身が直線になっていた。
ああ、もう支度をしなくてはとベッドから起き上がると、早朝特有の薄白い光の中、異様なほど目立つものが視界に入った。


「よお」


片手を軽く上げて飄々とした態度で挨拶する人物に、フレンはまだ夢の中なのだろうかと本気で考えた。だが、流石に肌寒さも感じるような夢なんかあるわけないと思い直す。
だとしたら、目の前にいる見慣れた人物は、


「どーしたフレン?寝ぼけてんのか?」

「……な、ッ」

「な?」

「なん、でっ、ユーリがいるんだ!?」


寝起きの為に中々声が出し辛かったが、フレンは構わず声帯を震わせる。
何故、と言われた本人に至っては別に気にするでもなく、ベッドへと近付いてくるものだから、フレンは余計に混乱した。
普段は回転がいいと褒められる頭も今日ばかりは働いてくれず(起きて間もないのだから当たり前なのだが)、そうこうしているうちに、ユーリがベッドに乗り上がってきていて、余計にフレンは驚愕する。
反射的に後ろへとずり下がるが、狭いベッドの上では直ぐに追い詰められてしまう。フレンの背中が壁にぶつかったのを見計らって、ユーリは壁に手をつき、腕の中へとフレンを閉じ込める。
日中は鎧に隠れている為に焼けることのない鎖骨へと口付けると、細い身体は大袈裟なほど跳ね上がった。


「…ユーリ、んっ…ぁ!」


思わず上がってしまった己の甘い声に、フレンは頬をさぁっと赤く染めあげる。
その敏感すぎるぐらいの反応に、ユーリはくつくつと喉の奥で笑うと、最後に薄紅色した唇に軽いキスを落として離れた。
急に離れた体温が少しだけ名残惜しい。フレンは不思議そうにぱちぱちと瞬きを繰り返し、ユーリを見つめる。見上げてくる透明な碧の双眸にユーリは苦笑すると、顎で外を指す。


「ほら、目ぇ覚めたんならさっさと支度しちまえよ」

「あ、うん…」


フレンは小さく返事をすると、時計に目を向ける。6時15分。そろそろ準備をしないと朝の演習に間に合わなくなる。
乱れたベッドを正し、いつもの騎士服に着替えようとした所で、刺すような視線に気付く。ちらっと視線をずらせば、ユーリが笑いながらフレンの方を眺めていた。


「あの、ユーリ…」

「ん?」

「見られてると着替えにくいんだけど」

「んなの今更だろ?なんだったら手伝ってやってもいいぜ?」

「……そこで大人しくしててくれ…」


どこまでも我が道を行く幼馴染みに、フレンはがくりと項垂れる。確かにユーリの言う通り、今更恥ずかしがるような仲ではないが、少しぐらい気を遣ってくれてもいいだろうに。内心でぶちぶちと文句を言うが、どうせ聞いてもらえる訳ないのだと諦めた。
熱視線に耐えながら手早く着替えを済ませ、備え付けの簡易な洗面所へと向かう。
顔を洗いながら、ふとフレンはとあることに気付く。ここ最近、ユーリは城にはおろか、下町にすら顔を見せていない。ギルドの仕事が忙しい為だと以前にうんざりと、それでも存外楽しそうに話していた。
そんな彼が何故、ここにいるのか。しかも、こんな朝早くに。
フレンが身仕度を終えても、ユーリは部屋にいた。それに少しの安堵を覚えつつも、フレンはユーリに尋ねる。


「ユーリ、何か僕に用事があったんじゃないのか?」

「まぁ、な。仕度は終わったのか?」

「ああ。だから、何かあったなら聞くけど……」


言い終わらぬうちにガシッと手首を掴まれる。フレンは驚いてユーリを見やれば、何とも含みのある笑みを浮かべた彼と目が合った。
こういう笑顔を見せる時のユーリは碌なことを考えていない。そして、大概それは自分に何かしら事を及ぼすものだということも、長年の経験から熟知している。


「うっし!それじゃあ行きますか!!」


気合いの入った言葉が今は耳に痛い。手首を掴まれたまま、窓の方へと向かうユーリにフレンは半ば引き摺られるようにして連れて行かれた。
頭の中で警鐘が鳴るが、もう時既に遅し。
ぐいっと腕を引っ張られたかと思うと、フレンはユーリと向かい合わせになるように抱えられた。急な浮遊感に不安になり振り返ると、綺麗なまでの青空が広がっている。
慌てて下を見れば、ユーリが窓枠に足をかけていた。
これは、まさか。もしかして、


「えっ…、なに、ちょっとユーリ!降ろしてくれ!!」

「いいかー、しっかり掴まってろよ」

「待って、ゆ───」

「じゃあ行くぞ、フレン!!」


必死の制止も虚しく、ユーリはフレンを器用に片手で抱えたまま、窓から飛び降りる。
ガクンと落ちる感覚。その間、フレンは無我夢中に目の前の幼馴染みにしがみついていた。














「信じられない!!あんなことして怪我でもしたらどうするんだ!」

「怪我しなかっただろ?ならいいじゃねえか」

「そういう問題じゃないよ!!」


あの後、フレンは目を瞑りながらくるだろう衝撃に構えていたが、ユーリは持ち前の運動神経の良さと太い木の枝を生かして見事に着地し、案外あっさりと地上に降ろされた。
確かにそこまで高くはなくとも、成人した男一人背負って落ちたのだ。いくらフレンが身長の割に軽いと言っても、危ないことには変わりない。
だが、それをいくら咎めても、ユーリは素知らぬ顔で流していた。


「大体っ!こんなとこで油売ってたら演習に間に合わなくなるじゃないか!」

「それは心配いらねぇよ」


にやり。口端を上げながらユーリは笑う。その笑みに何か良くないものを感じたフレンは一歩下がろうとするが、ユーリが腰に腕を回してきた為にそれも叶わなくなる。
引き離そうとしても、やたらと力強いユーリの腕を引き剥がすのは不可能だった。仕方なく抱かれたまま、大人しく見上げる。
いつもなら同じ目線であるのに。


「どういう意味だい…?」

「そのまんま。お前は今日から3日間休みだから」

「なっ…!!そんな勝手なこと出来る訳ないじゃないか!」


予想外の言葉に直ぐさま反論するが、ユーリは全く聞いていないようで、フレンの手を引っ張りながらそのまま歩いて行ってしまう。
自然と後ろについて行く羽目になったフレンが尚も抗議の声を上げようとした所で、間延びした穏やかな声音が遮った。


「頼まれたんだよ」


何を言っているのか分からない。それを察したユーリが再び、「頼まれたんだ、お前の部下に」と付け加えた。
その一言でフレンは全ての合点がいく。途端、顰めていた表情が柔らかく綻んだ。
いつもより強引な彼のこの態度は、自分を想ってのことだっただなんて。


「…いつから凛々の明星は人攫いまでやるようになったんだ?」

「バーカ、これはオレ個人のビジネスだっての」

「ユーリの気持ちってこと?」

「さてな。つか、なに締まりのないツラしてんだよ」

「ひどいな、嬉しかったのに」


照れたような笑いを隠しもせずに浮かべるフレンは、いつもの凜とした表情とは違い、酷く幼く見える。だが、ユーリはこのあどけない表情が好きだった。
星触みを討ってから、フレンは昔以上に仕事に追われるようになった。正式な騎士団長という位を授かったというのもあるが、魔導機を失ったということが人々にとってかなりのダメージとなったようで、混乱の渦は瞬く間に広がっていった。
それらを一つ一つ迅速かつ的確に解決していくというのは、生半可な者では出来ない。上に立つ人間の手腕によっては国ごと潰れてしまう。
そんな緊迫した状況の中でも、フレンはしゃんと真直ぐに前を見ていた。どんな困難があっても決して諦めなかったし、弱音も吐かなかった。
その結果、少しずつではあるが世界は変わり始めている。

全てのことをフレン一人でやってのけた訳ではない。フレン自身、一人で全部できると自惚れてもいない。
だけど、今ここにある平和な時を作るために最も尽力し、また皆の幸せを願い続けたのは他の誰でもない、フレン・シーフォという一人の人間だった。
だからこそ、ユーリは思うのだ。走ってばかりの幼馴染みを立ち止まらせるのは自分の役目だ。彼を守るのは自分だけだ、と。


「上司思いの部下もったじゃねえか」

「そうだね…。あと、素直じゃない親友も」

「ははっ、優しいコイビト、だろ?」

「否定はしないけど…なんだか釈然としないな。
それよりも……、」


言葉と共にフレンは急に立ち止まる。不思議に思ってユーリも歩みを止め、振り返ってフレンの姿を確認しようとした。
だが、何故かさっきまですぐ後ろにいた金色が見当たらない。代わりに、視界に飛び込んできたのは澄んだ碧だった。


「ありがとう、ユーリ」


言い終わると同時に触れた唇への温もり。柔らかな感触は少しの体温をユーリに分けて、すぐに離れた。
それが何なのか確かめるまでもない。
目の前で真っ赤な顔をして俯くフレンを見れば、一目瞭然なのだから。
ああ、なんて可愛らしい!


「たくっ…、癒すつもりが癒されちまったな」

「ユーリ…?」

「なんでもねえ。それより、ほら」


ひらひらと手を揺らす。それが何を示してるのか分からなかいほど、フレンは初でもなかったが、素直にその手をとれるほど子供でもなかった。
だが、心地良い温かさを知っている身体が、その甘い誘惑に逆らえる訳もない。自然と体の動くままにフレンは差し延べられていた手を強く握りしめた。
ユーリは眩しそうに目を細める。


「3日間、エスコートよろしくね?」

「任せとけ!」


徐々に高くなる太陽の光を身体一杯に浴びながら、二人は笑いあった。早朝に比べて、随分と寒さも和らいでいる。
でも、きっと温かいのは、身体だけじゃない。

きゅっ、と互いの手を握れば、何よりも安らぎ、どんなものよりも優しい温もりが、二人の掌に伝わった。










○オマケ○

門番をしていた騎士に、ソディアは簡素な手紙を受け取った。
何となく嫌な予感がしつつも、その手紙を開く。そういえば今朝の演習に、団長の姿を見なかったな、とぼんやり考える。
しかし、それも束の間で終わった。代わりに、手紙を破かんばかりの勢いで握りしめる。
確かに、自分は団長に休ませるようにと言った。できれば纏まった休暇をとるように言った。
言ったのだが……、


「誘拐しろとは頼んでいないッ!!」


ソディアの怒声に門番の騎士は驚いて、持っていた槍を落とした。
その日、般若の顔をした彼女はフレンとその誘拐犯を探しに行こうとしたところで、たまたま通りかかった天然殿下に止められたのはまた別の話。








○後書き○

ひゃ〜…無駄に長い…!書き直したりしたのに、グダグダなのは何故!?
リク内容が『任務で忙しいフレンを休憩(デート)させるユーリ』でしたが…沿えてますか…?
何はともあれ、この小説は空色うさぎの碧斗さまに捧げます♪返品や書き直しはいくらでもしますので!
碧斗さま、相互&リクエストありがとうございました〜!!



いつだって、ここに




相互お礼☆
【君恋。】小鳥遊弓弦さまへ






ぼんやりとする意識の中、覚醒を拒む脳に逆らってゆっくりと瞼を開けた。月明りの眩しさに手で影をつくる。
まだ定まらない視界に映る風景からして、己の私室であることが分かった。
だが、此所まで来た経緯を全く覚えていない。
フレンはいつもの機敏さに反して、のろのろと上体を起こす。今更ながらに自分はベッドで寝ていたことに気付いた。
身体がいやに怠く、頭も鉛を流し込んだように重い。喉も渇いている。
だけど、それ以上に自分の置かれた状況を把握せねばと、思考を巡らせていた時、木製の扉がギギ…と鈍い音をたてて開いた。


「なんだ、起きてたのか」


部屋に入ってきたのは、闇夜に紛れそうな黒を身に纏った男だった。自分のよく見知った人物だったので、フレンは知らず強張っていた肩の力を抜いた。
カツカツとブーツを鳴らしながら、ユーリはベッドの側まで近付く。そして、フレンの額に掌を当てるなり舌打ちを一つ零した。


「…ユーリ?」

「なかなか下がらねぇな」


額に当てていた手を滑らせ、寝乱れた薄いシャツを軽く整えてやる。剣技や態度は大胆なのに、酷く丁寧な所作で服やシーツを直していく。
フレンはその動作を静かに眺めていたが、ふと一つの疑問が浮かんだ。


「なんでユーリが此所にいるんだい?」


まだ靄のかかった記憶を探れば、彼と最後に会ったのは二ヶ月前の筈だ。その彼が何故、此所にいるのか。それが分かれば、今、自分がこうして寝ている理由も判明するかもしれない。
そう思い、フレンはユーリの顔を覗き込むように下から見上げた。逆光により、ユーリの表情が伺えないのを残念に思う。


「……誰かさんの依頼で帝都に寄ってみたら、たまたまお前がいた。それで、近寄ったらいきなり倒れやがったんだよ」

「…僕が?」

「お前が」


そこまで聞いてフレンはようやく理解した。これまでの記憶が曖昧(むしろすっぽり抜けていた)なのは、巡回の途中で気を失ったからなのだと。そこで、ユーリが運悪く見つけたということで。
そうとなれば、今置かれている状況も納得できる。何たる失態だと悔やんだ所で、もう遅い。
確か巡回していたのは昼頃だった。そして今は月の位置からして真夜中。そうなると、優に半日分の仕事を残してしまったということだ。

こうしてはいられない。今は一日でも、一時間でも惜しいのだ。そんな時に倒れて寝込んでしまってた己に不甲斐なさと、ユーリや騎士団員達に迷惑をかけてしまった罪悪感が込み上げる。
フレンの憶測では、たぶんユーリは今の今までずっと側についていてくれたのだろう。彼だって忙しい身なのに、自分のせいでこれ以上の負担を増やしたくない。
フレンは布団を捲り、床へと足をついた。ひんやりとした温度に身震いする。
吐き出す息の熱さに、それなりに高熱があることを知るが、仕事は待ってはくれない。近くにあるスリッパを引き寄せて履き、ふらつきながらもなんとか立ち上がると、思い切り怪訝そうな顔をしたユーリと目があった。


「ユーリには迷惑をかけてしまったみたいだね…本当にごめん。
僕はもう大丈夫だから。みんなが待ってるんだろう?」


だから戻りなよ、と言いかけたところでフレンは、視界が急に回った気がした。
なんだろうと思った時は既にユーリの腕に支えられていて、立暗みにより倒れかけたのだと理解する。


「たくっ…どこが大丈夫なんだよ」


呆れたような声音。一度ならず二度までも晒してしまった自分の醜態に、フレンは思い切り眉を顰める。気を取り直すように直ぐさまユーリの腕の中から離れ、一言礼を述べてから机に向かう。
ズキズキと鈍い痛みを訴える頭を無視して、椅子を引いて座ると、フレンは机上にあった書類を目前に引き寄せた。
それをユーリが黙って見てる訳もなく、すぐにフレンの名を呼んだ。咎める色を多分に含んだ声に、フレンは徐に振り向く。


「…なにやってんだ?」

「なにって…」


この様子を見て分からない筈がない。フレンとしては、今日の会議で使う書類のまとめを行おうとしていただけだ。
だが、暗闇に紛れずに輝く黒の瞳が、あまりに厳しく細められていた為に、フレンは言葉を呑まざる終えなかった。鋭利な刃物のような双眸に射抜かれ、肩を竦める。

何も言わずとも分かる。ユーリは怒っているのだ。それも、ちょっとやそっとではない。
長年の付き合いから、フレンはユーリと幾度も喧騒を繰り返してきた。時には、もう前の関係へと修復出来ないのではないかと思ったことさえもある。しかし、結局はどんな時だって二人とも、お互いのことを想っていた。
だが、今のユーリは何かが違っている。今まで見たことのない表情で、感じたことのない空気を纏っていて。
フレンは何故、ユーリがこんなにも激怒しているのか分からない。でも、これだけは言えていた。
ユーリのこの想いは自分に向けられている。


「ユーリ、どうしたんだ?なにを怒って……ッ!!」


尋ねた言葉は最後まで続かなかった。ユーリがフレンの腕を引っ張り上げ、無理矢理に壁へと押し付けたからだ。
強かに背を打ち付け、一瞬息が詰まる。咳き込んでいるフレンに目もくれずに、ユーリは細い手首を顔の横で固定した。


「いたっ…!」


力一杯握りしめられ、思わずフレンは苦痛の声をあげる。逃れようと身を捩るものの、純粋な腕力ではユーリの方が上なのだ。ただでさえ風邪で弱っているのに、振りほどける訳がない。
少し上から見下ろしてくるユーリの表情はさっきと同じように無機質で、まるで冷たい。その様に、背筋が凍る。


「お前なにしてんだよ」

「なに言って…」

「なんの為にオレが此所にいるのか考えなかったのかよ」

「だからもう戻っても大丈夫だから、って…」

「ふざけんな!」


段々と語気が荒くなっていく。普段、淡々としたユーリの口調が、今は勢いを増していくばかりであった。


「無理して身体壊して、いつもいつも突っ走って、走り回って!
一人で全部背負い込んで、それで…っ、オレが何も思わないと本当に思ってんのかよ!!」

「…っ!」


言われた内容に、フレンは瞠目する。
一気にまくし立てまたお互いが黙り込めば、そこには再び静寂が戻った。
先程まで知り得なかったユーリの憤りの原因が、今は手に取るように分かる。確かに自分に向けられていた感情。ただ、それは激しいながらも、怒りという言で済むようなものじゃない。

いくらか落ち着きを取り戻したらしく、ユーリがスッと音もなく離れる。
向けられた背中から伝わるものを、フレンは知っていた。ユーリがいつもいつも教えてくれていたから。
なら、自分はこれから何と言うべきなのか。何と応えるべきなのか。フレンはもう決まっていた。
離れた距離を埋めるように、フレンはユーリにゆっくりと近付く。後ろにフレンがいることは気配で感じているだろうに、ユーリは振り返らない。
それでいい、とフレンは思った。


「ユーリ…、」

「……」

「……ありがとう…」


それだけ言って、フレンは踵を返す。向かう先にはベッドがある。
本当はこのまま寝ていられるような状況でないことも確かだ。星触みを倒して魔導機を失った世界は今、混沌の中にある。上に立つ者は、混乱の渦中にある人々を導いていかなければならない。

だからこそ余計に、自分というものを大事にしなければならないというのに。その責任に押し潰されて、目先のものを見落としていた。
フレンの周りを気遣い、己のことのように考えられる優しさは美徳だ。だが、全てを一人で担うなど到底できる筈がない。華奢な肩に多大な期待は重すぎる。
その為に自分がいるのだ、とユーリは思っている。フレンの背負うものを、少しでも軽くするために。


大人しくベッドへと潜り込んだ幼馴染みを見て、溜息を吐く。怒鳴るつもりはなかったのにな、と一人ごちる。
だが、フレンが倒れたあの時、ユーリは心臓が止まる思いだったのだ。スローモーションのように傾いていく大切な人の姿なんて、二度と見たくない。そうならないように、自分が支えていくのだと、眠るフレンの隣りでユーリは誓っていた。
だから、それぐらい勘弁してほしい。


「ユーリ、明日はまだ帝都にいるのかい?」


あのまま寝たのだとばかり思っていた人物から声をかけられて、ユーリは一瞬だけ吃る。ベッドの方を見れば、上掛けから顔を半分覗かせたフレンがじっと見つめていた。


「色々やることがあるからな、一週間は滞在すると思う」

「そっか。じゃあ久し振りだね」

「なにが?」

「一緒に寝ようよ」


言われて、自分でも顔が引きつるのが分かる。何の企みもなしの言動なだけに質が悪い。
だが、子供のように無邪気に微笑みながら言うものだから、ユーリは承諾せざる終えなかった。


「風邪、感染すなよ」

「…感染ったら看病してあげるよ」


寝台の半分の空いたスペースに身を滑らせ、フレンの背中に腕を回して抱き締めてやる。
嬉しそうに笑っているが、苦しいのだろう。瞳は潤み、頬は赤く染まっていた。
居た堪れず、自分の胸へと押し付けるようにフレンを抱き込み、ぽんぽんと背中を擦った。


「…さっきは悪かった」

「僕のこと心配してくれたんでしょ?それなら、いいよ」

「だったら心配させないようにしてくれ」

「ははっ…、努力する」


意識がまどろんできたのだろう。言葉尻は掠れていた。
数分もたたないうちに聞こえてきた寝息にユーリはほっと一息吐く。

ずっと前からフレンの噂を耳にする度に、ユーリは無茶をしてるのではないかと気にかけていた。
帝都から送られてきた今回の依頼だって、フレンの身を心配した優秀な副官からだったのだ。恐らく、騎士達の心配を余所に、働き詰めだったのだろう。


「もっと頼れっての、バーカ」


指通りのいい金糸を梳きながら、ユーリは誰ともなく呟いた。
腕の中で眠る愛しい人はきっと、また無理をするだろう。それが彼の性分なのだ。

なら、また様子を見に来て叱りつけて、抱締めてやろう。

ユーリはそう遠くない未来にあるだろうことを思って、一人笑みを漏らした。













〇後書き〇

すんばらしいぐらいの意味不な文ですね!!グダグダでごめんなさい!
こちら小鳥遊さまに捧げます!なにやらご希望に沿えてない気がしますが…(汗)
返品、書き直しはばっちり受け付けますので!相互ありがとうございました(^^)




恋色スペクトル



この想いの始まりは

きっとあの時から




****


雪解けの街、オルニオン。
顔を隠していた太陽がようやく姿を表したそこは、名前の通り雪が降った後の名残を残していた。地面には所々、花が咲いたように雪の白が散っている。
いつもなら活気のある街の住人達も、肌を刺す寒さに流石に耐え切れず、今日は室内にて休憩中だった。
交代制の見張りをしている騎士以外、皆が家の中でたまの団欒を楽しんでいる。

それはこの部屋でも例に漏れなかった。




「フレン、紅茶おかわり」


我が物顔で幅広いソファーに腰掛け、カップを差し出す。あたかも当たり前のような動作は遠慮の欠片もない。
ちらりと向けられた視線は明らかに不満を含んでいた。


「…ユーリの方が近いじゃないか」


もっともな意見をもってフレンはあしらうが、ユーリはそれに対して特に何か言うでもなく溜息を吐く。
その態度にフレンはムッと眉を寄せたが、それも一瞬のことだった。
なぜなら、先程まで近況報告をし合っていた為に、此所には自分達だけでなく、ユーリの仲間達がいる。そうなれば当然ながらエステルもいておかしくない。
その上、今日は大事な話もあったので皇帝陛下であるヨーデルまで側にいるのだ。
二人っきりなら遠慮なくしかめっ面するところだが、皆の前で(しかも確実に世界を支えているだろう面子でもある)そんな失態をさらす訳にはいかない。
そう、気心知れてる幼馴染みに何を言われようとも───


「分っかんねえかなぁ…オレはお前が淹れてくれたのが飲みたいんだよ」


フレンは手に持っていたカップをあやうく落としそうになった。慌てて態勢を持ち直したので難は逃れたが、顔を赤く染めて餌を求める魚のようにぱくぱくと口を開閉する。時折、漏れる不明瞭な音は言葉としての意味をなさない。
端から見ても、ユーリの発言に狼狽していることは明らかだった。

その様があまりにも普段とのギャップがありすぎて、フレンの隣りに座っていたヨーデルは思わず吹き出してしまった。
釣られて、エステルやジュディスも笑みを浮かべ、リタやカロルは声をたてて笑い、レイヴンに至っては実に面白そうに眺めている。
そんな周りの反応にフレンは常の冷静さはどこへやら、耳まで真っ赤にしながら居心地悪そうに視線を泳がせた。
いつだって、心構えなどしても、結局ユーリの口には勝てないのだ。


「ふふっ…フレン、貴方の淹れた紅茶を飲みたいと仰ってるのですから、淹れてあげてはいかがですか?」

「よ、ヨーデル様…」

「ほらほら、天然殿下直裁のご命令だぞ」

「ユーリ、君…っ!」

「あっ、私もフレンが淹れてくれたのが飲みたいのですが」


ヨーデルにニコリと微笑みかけられ、フレンはとうとう席を立つ他なかった。別に淹れるのが嫌だった訳でもないのだ。ただ、何となく意地を張っただけ。
フレンは顔を隠すよう俯き加減でカップを受け取った。だが、遠目から見ても可哀相なほど、満面に朱をそそいでいるのが分かる。
いつになく落ち着きない動作で台所へと向かう細い背中を見送ってから、ユーリは今まで耐えていたものを吐き出すように、声にだして笑った。


「ちょっとからかっただけだってのに、かわいーの」

「アンタ…確信犯でしょ」

「ユーリってフレンに意地悪するの好きだよね…」

「さぁ?」


大袈裟に肩を竦めて見せるユーリに、リタとカロルは内心でフレンに同情した。こんな性悪な友人を持つと何かと大変だろう。
ユーリも他の人にその手のことをやらない分、フレンだけはここぞとばかりに弄りたがる。その度にフレンもフレンとで、律義に反応を返すものだから、余計にユーリの悪戯心を煽っていた。
もう十何年も繰り返してるだろうことをよくも飽きずにやるものだと、感心すらしてしまう。だが、それも彼だったら納得してしまうのも事実だ。
現に、頬を染め、子供のように表情をコロコロと変えるフレンは愛らしい。それはまだ子供なリタやカロル、女好きであるレイヴンから見ても思えることだった。


「好きな子ほど苛めたくなるものね」

「まっ、そんなとこ」


何に対してもあまり執着することのないユーリが心から大事にするもの。それが親友であり、恋人でもあるフレンだった。
お互いを大事に思うが故、衝突することも多々ある二人だが、本当の意味での決別はしていない。それを以前にエステルが『目には見えない絆なんですね!』と、称していた。
此所にきてふと、レイヴンはとある疑問が浮かんだ。それは安直だが、最も気になっていたこと。


「そういえば、青年とフレンちゃんは何処で知り合ったのよ?」

「あっ、それ私も知りたいです!」


尋ねたレイヴンに続いてエステルが身を乗り出さんかの勢いで同意する。
今までユーリからフレンとの過ごしてきた日々の話を聞くことはあっても、肝心の二人が出会うきっかけについては一度も話されたことがなかった。同じ下町育ちだからと言って、世界で一番広い街である帝都のこと。皆と顔を合わせるなんてことはないだろうし、それなりの出会い方でなければ知り合うこともないだろう。
おまけに、二人の性格はお世辞にも合っているとは言えない。例え知り合ったどころで、性質の違いからユーリとフレンがくっつくなどは考えにくいことなのだ。
だが、二人は実際にこうして支え合って生きてきた。
それならば、一緒にいるようになった理由があってもおかしくはない筈。

レイヴンとエステルの質問に同調するように、他の面々もユーリに目を向けて答えを待つ。リタやジュディスは単純な興味だろうが、カロルは憧れている人物二人の話なものだから、聞きたいことこの上ない。
ヨーデルに至っては、信頼どころか溺愛している部下の話であれば、何でも知りたいといった所。
やたらとキラキラとした目で見つめてくるのは勘弁してほしい。それらの視線にユーリは息を詰まらせ、「あー」とか「うー」とか言葉を濁していた。
絶対に言いたくない訳じゃないが、あまり話したくないのは事実だ。でも、こんな風に見つめられては軽くあしらう訳にもいかない。
どうしたものかとユーリが思案していると、後ろからパタパタと小走りする足音が響いた。


「ユーリ、さっきから何を唸っているんだい?」


そこに丁度よく戻ってきたフレンにユーリは音がしそうな勢いで振り返った。
なんてこう間の悪い奴なんだと、内心で毒付く。そんなユーリの心情を知るよしもないフレンは小首を傾げ、不思議そうな顔をしていた。
その無防備な表情があまりにも自分のつぼに入っていたものだから、ユーリは思わず突っ伏してしまう。


「ユーリ青年とフレンちゃんの出会いについて話してたのよ〜」

「僕とユーリの出会い…ですか?」

「うん。ユーリとフレンはどうやって知り合ったのかなーって」

「ああ、なるほど…」


ようやくユーリの様子がおかしい訳に一人、納得したフレンはおかしそうに笑う。
まだ熱い紅茶の入ったカップを順に並べると、おもむろに椅子に腰掛ける。


「何笑ってんだよ…」

「うん?君のことを知りたいって言う人がいることが嬉しいんだよ」

「…オレだけじゃねえっての」


ユーリは横目で睨んでいたが、フレンが優しく愛しそうに微笑むものだから、重い溜息を一つだけ吐いてソファーに深く座り直した。
フレンの淹れてくれた紅茶を啜りながら、目線だけで了承の意を示す。
それは些細なもので、よっぽど注意深く見ていなければ分からないようなものだったが、長らく共にいたフレンには直ぐに伝わったようだ。
もう一度、フレンはくすぐったそうに笑うと、目を細めて過去を振り返った。

その綺麗な碧の瞳には、慈しみの色だけが拵えられていた。

















その日は大雨だった。
あまりの降水量に警備兵から警告が出されるほどで、外へと出ることは叶わず、下町の住人は渋々家へと籠っていた。


「みんな、最近雨が続いてて嫌でしょうけど、外には出られないから部屋で遊びましょうね」


孤児院の先生であるライナの呼び掛けに対し、直ぐさま元気な返事が返ってくる。それを満足そうに聞きとげた後、ライナは窓へと目を向けた。
そこにいたのは鮮やかな金色もつ子供。みんなの遊びに加わるでもなく、じっとただ外を見つめている。そんな子供の様子を訝しむだけの余裕はなかった。まだ降りやみそうにない雨に、内心では焦りばかりが募る。
孤児院の経営は下町の住人の寄付金だけで成立っていた。自分達の生活だけでやっとだというのに、親のいない子供の為にと、みんなで僅かなお金を出し合っていたのだ。
しかし、こう雨が続いててしまえば仕事ができなくなってしまう。下町には農業者や出店での商売人が多い。その為に、儲けは天候に左右されやすいのだ。
決して贅沢をしていなくとも、もともとが貧困な下町にとってはそれは損害が大きい。
そうなれば自然と、孤児院の存続にも関わってくるのだ。

(ああ、神様…この子たちだけでも幸せにしてください……)

ライナはそっと心中で祈りを捧げる。
自分の身などはどうにでもなるが、親のいない子供達が放り出されてしまえば、どうなるかは目に見えていた。
運がよければその日限りの生活はできるかもしれないが、大抵は人身販売の商品にと闇業者に捕まってしまう。生きた人間を飼いたがる貴族など山のようにいるのだ。
買われた人間の末路は奴隷や見せ物、性道具など様々だった。同じ生をうける人間同士なのにと、いくら怒りをぶつけても無駄なのは分かりきっている。それを黙認しているのは貴族でも闇市でもない。帝国なのだ。
唇を噛み締めて目を瞑ったところで、何かが服を引っ張る感触にハッとした。
下を見れば茶髪を二つに結んだ女の子の姿。僅かに目が潤んでいるのは何故だろうか。
屈んで頭を撫でると、今にも溜まった雫が零れ落ちそうになった。


「どうしたの、ドナ?」

「ライナ先生、フレンくんがいない…」

「えっ…」

「フレンくん、ずっと窓からお外見てたのに…いなくなっちゃった……」


ライナは立ち上がり慌てて室内を見渡すが、それらしき人物が見当たらないことに絶望を覚えた。こんな大雨の日に外に出てしまえば、ただでは済まないだろう。
否、それ以上に心配していたことがあった。天災よりもずっと恐ろしいもの、それは人間である。

まだ6歳と幼いながら見た目の麗しいフレンは、幾度となくその手の輩に目をつけられてきた。その度に最悪の事態を免れてきたのも、ひとえに下町の住人のおかげであった。
だが、いつもなら助けてくれるその住民達も今は皆、家の中だ。子供が大人の力に勝てるはずがない。
ドナを宥め、子供達に絶対に外に出ないようにと口早に告げると、急ぎ外へと飛び出した。

(どうか無事でいて…!)

容赦なく打つ雨にも負けず、ライナは全速力で走る。
ずっと真直ぐ行ってところにある広場にも輝く金は見つけられず、辺りを見回した。まだ時間はそこまで経っていない。子供の足でそう遠くには行けないだろう。
肩で息をしつつも、下町を横断する小さな川に沿って再び走った。

少しだけ奥まで行くと、薄暗い中でも美しい金糸が目に飛び込む。


「フレンっ!!」


良かった、無事だった。
押しかける安堵に足が崩れそうになるのを、必至になって奮い立たせる。呼び掛けに反応して振り返ったフレンの顔は、いつもより白かった。


「ライナ先生…」

「駄目でしょう、勝手に外に出たりなんかして!」

「ごめんなさい…でも、この子……」


駆り立てる焦燥と、影にもなっていた為に気付かなかったが、フレンの後ろにはフレンと同じ歳ぐらいの子供がいた。肩にかかるぐらいの黒髪は闇に紛れそうだったが、どこか神聖なものを感じる。俯いているので表情は読めないが、髪の間から覗く横顔は端正であることが窺えた。


「その子は…?」

「分からないけど、ずっと外にいたの」


未だ顔を上げようとしないその子供に近付く。
ビクッと肩が跳ねたかと思うと、そのまま距離を離された。そこにきて初めて顔を上げた子供の表情を見て、ライナは絶句する。
そこにあったのは何処までも暗く、哀しい面をしている子供だった。
ここにきてようやく理解する。フレンは何の理由もなしにただこの子供を追って外に出たのではない。この子供が持つ悲哀の感情を無意識に感じ取っていたのだ。
元来の世話焼きな性格のせいか、このまま何もなかったかのように放っておくことは、もう出来そうになかった。
腰を屈め膝をつき、目線を合わせる。長めの前髪から覗く黒色の双眸は、まるで鋭利な刃物のようだった。


「急に近付いてごめんなさい。びっくりしちゃうわよね」

「………」

「あなた、名前はなんて言うの?」

「…………あんたに関係ない…」


睨み付ける瞳は明らかな拒絶を含んでいる。
手を伸ばせばまた一歩下がり、近付せようとしない。それを許さない。
ただ宙を漂うしかない己の右手を胸元で握り締めて、先生と呼ばれ続けてきた自分の過去を振り返る。だが、いくら考えてもこういう時の対処の仕方など思い付きもしなかった。無力な自分が怨めしく、またもどかしい。こんな哀しみの感情を持て余しながら、一人彷徨う幼い子供さえ救えないのだろうか。
降り続ける雨に衣服は重さを増すばかりだった。


「お願い、私を信用してくれないかしら…?」

「……信用?」

「ええ。私はあなたを傷つける気はないの。だから…」


どうか伝わるようにと真直ぐ見つめると、目の前の子供は再び俯いてしまった。丁度、ライナの前に立つフレンが子供に一歩歩み寄る。
逃げる様子のない子供を見て、ライナはほっと一息吐く。もしかしたら上手くいったのかもしれない、と。
フレンはゆっくりと歩いていく。向うも未だ退こうとはしない。
目前までフレンが来た途端、子供はがばっと勢いよく顔を上げた。そして、事もあろうかフレンを思いっきり突き飛ばしたのだ。


「フレン!!」

突然のことに対応が遅れたフレンはそのまま尻餅をつく羽目となったが、特別驚きはしなかった。
ただ、碧の澄んだ瞳は目先で肩を上下する子供を見つめている。その視線をも受け止めながら、子供は髪を振り乱し怒鳴った。


「ふざけるなッ!お前ら大人が、母さんをうばったクセに…っ!!」

「おかあさん…死んじゃったの…?」


フレンの問いにギッと鋭い眼光を向ける。しかし、フレンは動じることはなかった。
気持ちが高ぶりつつあるのか、子供の声音が先程よりも大きくなる。


「そうだよっ…、オレの母さんは重い病気にかかった。それで母さんを助けてくれって頼んだのに……みんな、オレを無視したんだッ!
ガキじゃあ話にならないって言って!!母さんは…いつもみんなを、助けていたのに……っ」

「そう…、すごく、かなしかったんだね」

「なっ…!お前なんかに何が分かるって言うんだよ!!」


立ち上がり、服に付いた泥を軽く払うとフレンはまた子供へと近付いた。一歩一歩踏み締めるように進む足取りは、冷たい雨に打たれ続けてきたとは思えない程しっかりとしている。
しかし、フレンが近寄ることを断固許そうとしない子供は、強い眼差しを向ける。つくった拳は、握り締めすぎて爪が掌に食い込んだらしく、血が滑り落ち、細い手を赤く染めていた。

「来るなっ!!」

「…なんで?」

「どうせお前達だって…最後は逃げるに決まってるんだ!」

「逃げない。僕は逃げないよ。君から離れたりなんか、しない」

「うるさいッ!近寄るな!!」


地を叩き付ける雨をも覆うような悲痛な叫びは、ライナの胸の深い所に刺さった。
近付くフレンから逃げるように、黒髪を翻して駆け出す背中にライナは手を伸ばすが、寸でのところで届かなかった。
しかし、それ以上に目を疑うようなことが目の前で起こる。


「危ないッ!!」


ぬかるみに足を取られた子供が、横に倒れる。その先には小さくとも、雨のせいで勢いを増した川があった。
子供の軽い身体は糸も容易く水に呑まれてしまうだろう。ライナは駆け出した。

だが、間に合わない───


「ユーリッ!!」


フレンは大声で叫ぶなり、川に落ちていく子供の後を追って、自らも飛び込む。
驚愕に息を飲む音がしたのは自分のものだろうか、それとも名を呼ばれた子供のものだろうか。どっちにしろ、ライナには判別がつかない。
流されていく子供二人を追い掛ける。
足は今までにない程、速く大地を蹴っていた。

数十メートル行ったところで、運良く鉄の棒に引っ掛かっていたフレンと子供の姿を見つけるなり、ライナは助かった嬉しさに破顔する。
あと少し流されてしまえば、帝都から出てしまっていたのだ。そうなれば、どうすることもできない。
今も安心できる状況ではないだろうが、放り出されているロープを使えば引き上げられるだろう。


「二人とも無事ねっ!?待ってなさい、今助けるから!!」


手速くライナはロープの先に輪を作り、川に投げる。それは黒髪の子供の側に落ちた。
だが、子供はそれを取ることを躊躇う。大人に関わることに戸惑いがあるのだろうが、ライナにはそんなことは関係なかった。

助けられる生命を助けたい。
それは孤児院を担う一番の理由だ。


「あなたの恨み言は全部、私が聞いてあげるわっ!だから、今は生きなさい!!」

「………」


子供は無言で見返していたが、何かを決意したように素早くロープを身体に巻き付ける。
そして隣りで棒に捕まっていたフレンを引き寄せ、力の限り抱き締めた。いきなり子供の腕の中に収められ、フレンは瞠若する。
上からライナの笑い声が耳に入った。それでいいのよ、と聞こえた気がする。


「引き上げるわよ、ユーリ!フレン!」


柵にロープを縛り付け固定し、ゆっくりと引き上げていく。
いくら軽いといえ、水を多分に吸った服を身につける子供を二人引き上げるのは女性には重労働な筈なのに、ライナは始終笑顔のままだった。
徐々に上がっていく二つの股体。水面を睨み付けるように見つめる子供に、フレンは自らもしがみつく。

冷たい水によって体温は下がっていたのに、どこかが温かくなる。その感じにフレンは覚えがあった。
それを思いだそうとしているうちに、身体はいつの間にか地上へと上がっていた。

地に立つなり、子供は肩で息をする女性を一瞥して、フレンと向き合う。
その眼にある光を見てフレンは顔を綻ばせる。


「よかったね、ユーリ」

「……なんでオレの名前を知ってるんだ?
それに、お前泳げないだろ。なのに何で飛び込んだ?」


一瞬だけフレンはきょとんとするが、問われた内容を理解するなり楽しそうに笑った。
その屈託ない笑顔はひび割れた心に染み入るように浸し、そして優しく広がる。この感じは自分の愛した母親がくれた気持ちと、酷似していた。
己が全身で感じた、受け取っていた無償の愛情と…。


「ユーリ、ってその腕輪に彫ってあるのが見えたんだよ。いい名前だね」

「私はフレンが呼んでいたから、ね」


ユーリはいつも身に着けている腕輪を見やる。それは母親がユーリのために作ってくれたもの。不器用ながらも懸命に残してくれたもの。
突き飛ばしたあの一瞬で、それを見ていたフレンに内心で驚愕する。
それよりも問いたださなければいけないこどかある。子供は目の前で金糸を揺らす人物を真直ぐに見つめた。


「……今のでお前たちも死んでたかもしれない。なのになんで…」

「死なないよ」


きっぱりと言い切られ、子供は眉を寄せる。
死なないかどうかなんて分からないじゃないか、暗に視線で訴えかけるがフレンは微動だもせず、また死なないよ、と繰り返す。


「言ったでしょう?」




「ユーリから離れないよ…って」


ふわりと微笑みかけられ、顰めていた眉間がのびた。
代わりに喉がひくひくと震え、目の奥が熱くなる。口内は渇いているのに、どこかが確実に潤ったのが分かった。
凍て付いていた気持ちがゆっくりと、ほぐされる。消えていく。

たった一人の親を亡くし、独りで生きていく為に心に壁を作っていた。そんなに強くもない心が悲鳴をあげていたのに、気付かないフリをして、また蓋をして閉じ込めていた。
だが、張り詰めた感情が一つでも崩れてしまえば、後はもう歯止めなんか利くわけもない。
頬を伝う温かいものが何なのか理解すると同時に子供は──ユーリは、フレンにどん、としがみついた。


「ぅあああぁぁっ──!!」


溜まっていた何かを吐き出すように、ぶつけるように大声で泣いた。

もう強がらなくてもいいのだろうか。
もう独りじゃないのだろうか。
ぐるぐると何度も同じことが頭を巡っていくが、どれ一つとして言葉にすることはできない。
だけど、フレンはそれを尋ねるでも咎めるでもなく、ただユーリの背中を擦っていた。


大丈夫だよ、もう独りじゃないよ、

ユーリの側にいるから……。





















「あの後、結局みんなして風邪ひいて寝込んだんだよね」


昔を懐かしみ、思い出すフレンの表情は優しく清らかだった。今も変わらないそれが、ユーリは嬉しく思う。

その後、ひとしきり泣いたユーリはフレンとライナに連れられ、孤児院へと入った。
生活的にも厳しい中、一人でも子供が増えるというのは非常に辛かったにも関わらず、ライナは笑顔で迎えた。
理由は至って単純。

『一人でも多くの生命を助けたいから。』

その為になら、どんな困難をも乗り越えてみせる。
その一途な想いは、今のユーリとフレンの生き様にしっかりと反映していた。


「いや〜青年にも熱い時があったのねぇ」

「あー…マジで恥ずかしい過去だ…」

「なんで?僕は昔のユーリも、今のユーリも好きだよ?」


いきなりの爆弾発言に一同は黙り込む。否、何も言えなくなった。
投下した本人がまったくの自覚無しだということに、ユーリは頭を抱えたくなる。

だが、これも彼の魅力なのだろう。それこそ、昔から変わらない輝き。
フレンの持つ、見返りもなしに何をも愛し、慈しむ心があったからこそ、ユーリはあの時、あの瞬間にもう一度誰かを信じてみようと思えたのだ。


「お前には勝てねーな…ほんと」


ユーリの溜息混じりのぼやきは、随分穏やかな音をもってその場に溶けた。
宣言通り、あれからずっとフレンはユーリの側にいた。寄り添うように、支えるように、愛おしむように。
対してユーリも、その気持ちを無駄にせず、自分からも余り有る愛情を注いでいた。
端からは、親のいない者通しの傷の舐め合いに見えたかもしれない。だが、確かにそこには信頼という絆が存在していたし、親愛というもので固く結ばれていたのだ。
だからこそ、二人なら大丈夫と、自信をもって言えるのかもしれない。


「今度、ライナ先生に会いに行こうか」

「おっ、それいいな」

「僕も行きたい!」

「私もユーリとフレンの先生見たいです!」

「そんな魅力的な女性ならおっさんも見たいわ〜」

「なら、今からでも皆さんで行きませんか?」


ヨーデルの提案に反対する者はいなかった。
善は急げとばかりに皆が準備を始め、支度をする。お土産を買って行こうだの、協力を申し出ようだのと、自らのことのように楽しんでいる様子に、ユーリとフレンは人知れず微笑み合った。


「なんだか凄く嬉しいね、ユーリ」

「だな。フレンとオレの…家族のためなんだぜ」

「なら…ユーリ、僕たちの家へ帰ろう?」


満面の笑みを浮かべてフレンは手を伸ばす。
ユーリはその手を躊躇うことなく、握り締めた。





大事なその手の温もりを感じる。
守っていくだけの力がある今だからこそ言える。




(例えちっぽけな存在だったとしても、)

(永遠に君だけを想う)














◯後書き◯

ユリフレの昔話の捏造であり妄想でありの小説でした。
んもう、gdgd☆←えー
いや、ただユーリとフレンの出会いが書きたかったんですよ。あの年齢まで一緒にいるならそれなりの出会いであり、誓いでありがあったんだろうなぁ…と思いまして。
そして、自分の心の赴くままに書いたら何やらエラいことになりました(笑)
補足ですが、ライナ先生というのは孤児院の院長さんです。

とにかくやったら長い文章であるにも関わらず、ここまでお付き合いしてくださった方、ありがとうございました!

真夜中の攻防戦2 ユリフレ

※温い性描写




何回も迫り、逃げられ。
何回も告り、かわされ。
そんなことを何度も何度も繰り返していくうちに、オレの血の滲む努力は見事、実を結んだらしい。

フレンもオレを好きで、オレもフレンが好き。所謂、恋人となり、愛しい人が近くにいて幸せを感じる日々。
しかし、愛し合う者同士には欠かせない、夜の営みを行う上で新たな問題が起こった。








真夜中の攻防戦2
〜上と下と男の意地〜






いつものように触れたり戯れ合って、慈しむように唇を重ねて、当たり前のようにベッドへと押し倒した。
オレを見上げるアクアマリンの瞳が驚きに瞬くのを見て、極力優しい声音で囁きかける。


「フレンを抱きたい。いいか…?」

「…ユーリ……」


首筋に唇を寄せて、辿るように上へと舌を這わせ、耳朶を甘噛みする。びくりと跳ねて逃げをうつ身体を体重をかけて押さえると、諦めたのかフレンはゆっくりと力を抜いた。
とりあえず了承も得たっぽいし、有り難くこの美味しそうな股体を隅々まで食そうと思う。それじゃあいただきまーす……という段階まできて、行動を止める白い手の存在に気付いてしまった。
見ればフレンは眉を寄せて、酷く不満たらたらな表情をしている。なんだ?オレなんかしたっけ?この行為が嫌だったら殴ってでも止めるだろうし(実際、この前に押し倒した時は本気で腹蹴りされた)、怖いというのならフレンの場合は泣きそうな顔をするから、分からないわけがない。
じゃあ何故なんだもしかしてオレのこと嫌いになったかそんなこと言われたら無理矢理襲ってやろうか、などと物騒なことを思い始めた時、フレンの口から割ってでた言葉は予想を遥かに超えるものだった。


「…なんでユーリがする側なんだ?」

「………は?」

「僕だって男なのに……その…、されてばかりだ…」

「つまりお前は男役がやりたいと…?」


蒸気させた頬を朱色に染めあげ、視線を彷徨わせた跡、遠慮がちに頷いた。その反応を見てオレは自分がフレンに伸し掛かられる所を想像してみた。
………。うわ、無理無理。絶対に無理。上に乗り腰振って喘いでくれるのは大歓迎だけど(そんなことされた日には出血大サービスだな)、フレンがオレを抱く側だなんて考えるだけで具合が悪くなりそうだ。フレンの嬌声なら可愛いと思うけど、オレの喘ぎ声だなんて聞いた日には、気持ち悪さにヤるどころではなくなるだろう。確実に。
お互い好きならどっちが上でも下でもいいじゃないかと思われそうだが、これだけはフレンでも譲れない。オレが突っ込まれる側だなんて何としても阻止しなければ!


「オレがお前を気持ち良くしてやりたいんだ。だから抱かせろ」

「それは…僕だって同じだよ」

「お?まじか。じゃあお前はオレのを口でご奉仕してくれれば…」

「ユーリっ!」

「冗談だっての……たぶん」


訝しそうに見てくる彼を誤魔化す為に額や瞼、頬などに軽いリップノイズをたてながら口付けを落としていく。
フレンはくすぐったそうに身を捩るが、嫌ではないらしい。仕上げに唇を重ねて、深く早急に彼を求めればフレンの身体からはいとも簡単に力が抜けた。
小さな舌を絡め、吸い上げると腰に響く、高い声が漏れる。

うん、やっぱフレンは下だって。さっきから聞こえる甘ったるい声色に下股に熱が集中して、早く繋がりたい衝動に駆られるが、あまり焦っては怯えさせてしまう。
ゆっくり、丁寧に快楽を引き出していってやらないと…、なんて考えながら触れていたら、オレの手を止めようとフレンは力も入ってないくせに、必死に手首を掴んできた。
このまま無視して行為を続行することも可能だったけど、あまりにも懸命な様子に、一応は聞く態勢をとってやる。
フレンは呼吸を調えると、強く睨み付けてきた。その真直ぐな碧の双眸も今は潤んでいて、本人には可哀相だが迫力は全くない。むしろ、オレの加虐心を刺激するだけだ。


「お前それ誘ってんの?」

「なん、で…?」

「素かよ……マジで天然ってタチわりぃ…」


溜息混じりにぼやけば、フレンは意味が分からないというような顔で、オレを見上げた。それに笑って応えてやり、腕の当たりに添えていた手をすっ、と肩まで滑らせる。布の擦れる感触にまで反応する敏感な身体が愛らしい。
他人と身体を重ねるのは初めてなフレンを自分の思うような色に染めあげるのは、さぞかし快感だろう。例えるなら真っ白でまだ足跡すらない雪野原の上にダイビングする感じ。ああ、雪っていうよりフレンは空や海のイメージのが強いけど。
首筋に唇を這わせて、尖らせた舌で顎まで舐めると白い喉がひくりと鳴った。小動物を連想させるその様子はただただ熱を煽り、余計にこの行為を止められなくさせる。(はなから止める気もさらさらないのだが)

「ユ、…リ、待って…!」


涙を溜めた瞳を揺らしながらオレを見つめるフレンに心臓が跳ねた。
切れ切れの哀願を可哀相に思う反面、それは酷く愛らしい。もっと泣いてほしいと感じてしまうオレはほとほと意地が悪いのかもしれない。そんな奴に引っ掛かったお前に同情するよ。

唇を降下させていきながら、皮膚の薄い首筋を所々吸うと、あっさりと鮮血の痕が散らばった。
はだけた胸元から覗く胸の突起は、弄ってもいないのに固く尖り、紅く色付くそれが美味そうな果実のようだ。
胸を掌で撫でながら、気紛れに突起に触れてやるとフレンは息を詰めて、唇を引き結んでしまう。ああ、下唇噛んだら駄目だろ。綺麗なのにもったいない。


「フレン、声堪えんな」

「……っ」


いやいやと首振る様が小さな子供のようで思わず笑ってしまうと、不満そうな色を浮かべた双眸が真直ぐに見つめてくる。こんな状況下においても透明で、澄んだ光を拵える蒼の瞳が大好きなのだけど、快楽に歪ませてやりたいとも思う。
なだめるように瞼に口付け、胸元に添えたままの手で主張し続けている突起を摘んだ。途端、目を見開いたフレンに微笑んでやりながら、先程よりも少し強めにその尖りを嬲ってやった。


「あ…ぅ!」


真一文字に結ばれていた筈の唇からは艶やかな声が漏れる。自分の発した声に信じられないと言わんばかりの表情で硬直するフレンが可愛らしく、感じてるその声を自覚させる為、今度は弄っていない方の突起に唇を寄せた。
口内に招き入れ、舌で転がすようにねっとりと舐め上げてやると、歓喜した身体は素直に反応を返してくる。


「ふ、ぁ…ユーリ、だめ、だ…ッ」


何が駄目だと言うのだろうか。未だオレの手を止めようと奮起しているフレンを眺める。羞恥に頬を染め、荒い息を吐きながらも快楽に呑まれまいとするその態度は、男の嗜虐心を余計に高めるだけだと知らないのだろう。
無意識で人の心を揺さぶるのだから質が悪い。

とりあえず、ばたばたと動く腕が行為を進める上で少し邪魔だったので、愛用の剣紐を使って頭上で一括りにしてしまう。
自分の置かれた状況を把握しきれてないのか、真ん丸に見開いた目がぱちぱちと瞬きを繰り返す。だが、それも束の間の出来事で、すぐにまた拘束する紐を解こうと躍起になる。気付いた所で、今更遅いだろ。


「ユーリ!これ解いてくれ!」

「だーめ。そしたらお前また抵抗するだろ?」

「当たり前じゃないか!!」

「……そっか。フレンはオレとすんのがそんなに嫌だったんだな…」

「えっ……ユーリ…?」


できるだけ悲しそうな声色で呟けば、予想通り戸惑いの含んだフレンの声が聞こえた。
顔を俯かせれば長い髪も手伝って、フレンからオレの表情は伺えない。普段は鬱陶しいだけだがこういう時には便利なものだ。


「悪かった…フレン。もうしねぇから、よ…」

「ちょ…ユーリっ!」


我ながら素晴らしい出来の演技に、胸中で自分に拍手を送りたくなる。
フレンのおろおろとした様子がありありと伝わってきて、吹き出しそうになったが必至に我慢した。ここで嘘だとばれたら終わりだ。色んな意味で。
そう、決定的な言葉を貰えるまで…もう、あと一息なのだから。
オレが内心で何を考えてるのかなんて知りもしないフレンは、続く沈黙にとうとう絶え切れなくなったのか、小さな声で「ユーリ、」とオレの名前を呼んだ。
流石に顔を上げる訳にはいかず(長年連れ添ったフレンは、オレの顔を見れば大抵のことは分かってしまう)フレンの滑らかな胸元に顔を埋め、ゆるゆると抱き締めることで先を促した。


「その…ユーリとするのが嫌な訳じゃないんだ」

「…お前、抵抗してたじゃねぇか」

「それは恥ずかしかっただけで……あと、やっぱり僕もユーリにしてあげたかったから…」

「でも、オレはお前を抱きたい。愛してやりたい」

「うん、そうだね。ユーリだって、そうなんだよね……だから、…」


ふいにフレンは言葉を途切らせる。言いにくいのか、上でもごもごと声を濁らせていたが、決心したのか一つ大きく息を吸った。
ああ、もうすぐだ。あと一越え。


「君なら、ユーリなら……いい、よ…」

「……」

「その……抱いて、くれ…っ」







・・・・・。

神様、仏様、星触み様。
どうか教えてください。
なんですか、このカワイイ生き物は。食っていいですか。もうかぶりついちゃっても許されますか。ああ、はいそーですか。

心の中での問い掛けは置いとこう。まじめに我慢の限界だ。
オレは伏せたままの上半身を素早く起こして、噛み付かんばかりの勢いでフレンと唇を重ねた。
目を白黒させていたフレンに構わず、口内に舌を捩じ込んで乱暴にまさぐってやった。すると、直で腰にくる艶めかしい嬌声が上がり、調子に乗って絡めとった舌を吸い上げる。
唾液さえも飲み込めないほどに深く蹂躙していると、息苦しさにフレンが身を捩る。それでも離したくなくて、一層強く求めると美しい碧眼は荒れ狂う海面のように揺れた。


「んぅ、ゃ…ゆ…、りぃ…」


制止を訴えているのか、将又縋っているのか。どちらにせよ、意味の成さない声はただオレを興奮させるばかりだった。
フレンの頬がべたべたになるぐらい、二人分の混ざり合った唾液が溢れても止める気になれずにいた。力の抜けた身体は震えるばかりで、もう抵抗の類はしない。
もっと長くキスしていたいのは山々なのだが、そろそろ呼吸困難になりかけているフレンを見て、しょうがなく身を引いた。


「ぷはぁ…はっ、はぁ…!」

「うっし。フレンの了解も得たことだし、いっちょ張り切るか!」

「はっ……ユーリ…?」


現状を把握しきれてなくても不穏な空気は感じ取ったらしい。恐る恐ると呼び掛ける声はいつになく不安の色が濃かった。
でも、今更気付いてももう遅い。生憎とここで止めれるほど、辛抱強くはないんだな。

フレンを見てにっこりと微笑んでやると、ようやく自分がとんでもないことを言ったと理解したらしく、再びオレの下から逃げようと身を捩らせた。
そんな可愛らしい抵抗も片手であっさりといなし、お仕置と言わんばかりにズボンの中に手を突っ込んで、緩く反応を示していた自身を握ってやる。


「ひゃ…っ!」


裏返った悲鳴をあげて、フレンは目をギュッと瞑ってしまう。
年齢の割に未成熟な彼の半身を、形を確かめるようになぞっていくと切なそうな吐息が漏れる。
それと同時に柳眉を吊り上げて、潤んだ瞳でキツく睨みつけてきた。


「 っ…、ユーリ、君…さっきのは演技だったのか!」

「いーや、本心だぜ?愛しいコイビトに抱かせてもらえなくて、傷心してたんだよなぁ」

「今すぐ、やめ…、あっ!」

「それは無理なお願いだ。第一、どんな状況にあろうと騎士に二言はねぇよな?」


にやりと口端を吊り上げて笑いかけると、何か言いたそうにしながらも、案の定フレンは黙り込んでしまった。
騎士道精神云々に実直なフレンにとっては、突かれると痛いところだろうことは分かりきっている。分かった上でやるオレは勿論、確信犯。
嗚呼、好きすぎてごめん。


「あっ…ぁ、は…」


幼い自身の尖端を指で抉り、裏筋をなぞる。溢れてくる蜜がくちゅ…と、厭らしい水音を奏でているが、既にフレンは快楽に歯向かう術を持っていないらしい。
直接的な快感に慣れていない身体は追い上げれば、すぐにでも達してしまいそうだった。だが、それでは面白くない。もう少しこの陶然とした表情を見ていたかった。


「だ、め…ユーリ、んっ…も、う…!」

「まだ早いだろ?もう少し我慢な」

「やっ…ぁ」


耐え難い熱に捕らわれ始めているフレンが泣きそうに顔を歪めた。いや、実際もう泣いてるか。頬に伝う幾つもの筋が限界を物語っているようだ。
苛めすぎたかもしれない、なんてちょっとだけ反省。
零れる雫を舐めて吸ってやると安心したのか、またぼろぼろと涙が溢れてくる。
快楽に直面するとフレンは泣き虫になるなんて…初めて知ったな。


「ユ…、リっ、ユーリ…」

「あー、悪かったよ。そんなに泣くなって」


あやすように背を撫でてやりつつズボンのファスナーに手をかけた。あまり怖がらせないように、ゆっくりと下着ごとズボンを脱がせると、引き締まった白い太股がふるりと震える。脱がせた衣服を適当に床へと捨てて、改めて上からフレンの痴態を眺めた。普段からは想像できないほど乱れた様子は、あまりにも扇情的で淫猥だった。
知らず生唾を飲み込んでしまう。余裕ぶってはいるものの、美味そうな餌を前にオレだってそろそろ限界だ。

断続的に与えていた柔い刺激を急激に強くすると、フレンは背をのけ反らせて身悶える。強い快感に耐え切れず、腕を激しく動かすものだから、先程縛った手首は赤くなっていた。
うっすらと汗ばんだ胸にキスを落とし、ツンと勃った突起に吸い付いた。軽く歯をたてると堪らないとばかりに、首を振り甘い声を上げる。


「あっ、ふ…やぁ…!ユーリ…っ!」

「イケよ、フレン…」

「うあぁ───ッ!!」


ぐりっと鈴口を抉ってやると、高く尾を引く声をあげながら、フレンは呆気なく果てた。吐き出された白濁はオレの手で受け止めたが、フレンの腹にも少し飛び散った為に汚れてしまった。
生理的な涙を流す瞳は焦点が合っていないらしく、空を彷徨っていて、呼吸を整えようと肩を大きく上下させている。

汚した手を近くにあったタオルで拭いた。別にそのまま舐めとったって良かったのだが、それをやったら確実にフレンの機嫌を損ねてしまうだろう。ここまできて、おあずけは厳しすぎる。
フレンの腹も拭いてから、髪を梳くように頭を撫でてやる。暫くそうしていると、ようやく意識がはっきりしてきたらしいフレンが力なく睨んできた。
こんな時まで強気な幼馴染みに、もう笑うしかない。


「んなに怒るなって。ヨかったろ?」

「…ッ、ばかユーリ…!」

「ははっ、なんとでも。なぁ、それより…」


屈んで鼻先が付くか付かないかぐらいまで近付く。藍玉の瞳が揺れたのは敢えて見ないフリ。


「…続き、いいだろ?」

「ぁ…」


いつも以上に低い声で真直ぐ見据えながら言うと、フレンは居心地悪そうに視線を逸らした。そして、赤らんだ目元を隠すように、不自由な腕で顔を覆ってしまった。
一応拒否られてはいないらしい。
無言は肯定、と勝手に解釈させてもらおう。


「他のこと考えらんねぇぐらい気持ちよくしてやるよ」


言って、フレンの下半身に手をやりさっきよりも奥まった部位まで指先を伸ばす。
瞬間、フレンが大きく息を詰めた。だけど、もう止まらない。ずっと待ち侘びた瞬間にようやく辿り着ける。それは言葉に出来ないほど嬉しいものだった。
たかがセックスするだけだろと言われればそれまでだが、本当に心から愛しい人となると話は別だ。
側にいつつも、手に入れることの出来なかった人。それが今、自分の腕の中にいる。
長年の努力もこれで報われた







………筈だった。









「ユーリ、フレンっ!聞いてくだ、さ……」



何の脈絡もなしに勢いよく開いた扉。顔を覗かせたのはエステリーゼことエステル。
いつもならノックなしに入ってくることなど絶対にないお姫様は、よっぽど伝えたかったことがあったのか息を乱していた。どうやら走ってきたようだ。

石のように固まるエステル。
鉛のように動かないフレン。
ああ、なんだお前ら二人揃って間抜けな面しやがってというかダメじゃないかエステルいくら気心知れた仲だからといっても入室前には「入りますわよ、オホホ」とか言わなければ。
てか、あれだ。オレ達の今の状況・・・・・、




「わあああぁッ!!」
「キャアアアっ!!」
現実逃避していたオレの耳に、フレンとエステルの叫び声が響いた。


「ユユユーリななな、なにしてるんです!!?」

「エエエステリーゼ様、なにっ、もまったく全然してません!!」

「いや、聞かれたのオレだし」


えらく動揺するフレンとエステルを見てると、こっちが冷静になってきた。
そして冴えた脳はある仮定を導き出す。

ここはオルニオン。オレ達はここに滞在中。何かと物騒な時間帯。それに加えて、エステルとフレンの叫び声。

…つまり……、





「エステリーゼ様!何事ですか!?」
「どうしたのエステル!?」
「何かあったのかしら?」
「みんな大丈夫なの!?」


駆け付けてきたのは案の定、つり目ねーちゃん、リタ、ジュディ、カロル。あ、おっさんも後ろにいやがる。
予想的中。百発百中。
穴があったら入りたい。いやむしろ逃げたい。
この沈黙はなんだよ、みんなしてオレ見てくんな。いや、フレンだったら良いってこともないが。
てか、フレンの方が見られたらヤバい。手首縛ってあるし、泣いてるし、ズボンとか穿いてないし。

・・・・・。
あれ、このシチュエーションってどう考えても…、


「きっ、貴様ーーッッ!フレン団長によくもっ!!」

「ユーリ、あああんた!強姦趣味なんてあった訳!?」

「うぅ…見損なったよユーリ!」

「友達を無理矢理なんて…あまりよろしくないわよ?」

「青年、いくら溜まっててもそりゃダメよ」

「だぁーー!!違うっての!つか、剣振り回すな!危ねぇから!マジ死ぬって!!」


ひとまずフレンにシーツをかけて抱き締める。頭に血が昇ったソディアを振り切るにはこれしかない。(流石にフレンごとオレを斬ろうとはしないから)
つか、リタやカロルはともかく、ジュディやおっさんは明らかに分かってるだろ。にやにやと人の悪い笑み浮かべやがって。

ともかくあらぬ誤解はとかなくては、これからの未来にかかってくる。
ひとまずこの状況を説明するべく、つり目のねーちゃんと向き合った。


「早くフレン団長から離れろッ!団長のそんなお姿見れてうらやま……じゃなくておこがましいぞ!!」

「…お前、今、羨ましいって言ったよな?」

「…ソディア、君…」

「なっ…言ってない!言ってません、団長!!」


聞き捨てならぬ言葉ではあったが、それは置いとこう。兎にも角にもこいつらにオレ達が恋人同士として、この行為に至っていたということを理解させなければいけない。
言葉でどれだけ伝わるかは分からないが、やるしかない。伊達に口の悪い毒舌マシンガンとは言われてねぇ!(嬉しくはないが)


「いいか、お前ら。耳穴開けてよーっく聞いとけよ。
オレとフレンは恋人。そんでもって、この状況は愛する者同士の当然の営みなわけだ。だから、無理矢理なんかじゃない」

「…なら、なぜ団長の腕を拘束する必要がある?」

「それはだな…」


常より目付き鋭く、並んでいる見知った姿を見つめた。常人には意味不明な緊張感が走っている室内は、凶暴な魔物と対峙する時よりも真剣な空気に包まれている。
そんな中、腕の中で羞恥に震えているフレンの背を優しく撫でてやりながら、オレは声高らかに締めの言葉を言う。


「フレンは縛りプレイが好きなんだ…
「そんな訳あるかああぁぁッ!!」



それまで大人しく抱き締められていた筈のフレンは、叫んだのとほぼ同時に、オレの顎に目掛けて頭突きをかましてきた。


いざとなったら体当たりが十八番のフレンの頭突き。
当然のことながらオレはそこで気を失うのだった。


「ユーリ青年、悪いこと言わないから、次からは誰もいない所にした方がいいとおっさんは思うわ…」


最後に聞いたのはレイヴンの有り難い助言だった。








(どうしよう!ユーリが死んじゃった!)
(落ち着いて下さい、団長!深夜にこっそり埋めればバレません!)
(いや、生きてるから)
(馬鹿っぽい…)
(フレンとユーリが恋人……フレン、本当は女性だったのですね…)
(エステル、それは違うわよ…)












○後書き○

長らく放置していた真夜中の攻防戦の続きです!はい、石投げられる覚悟はできてます!でも、見捨てないであげて下さい(T▽T;)
なんかもう長ったらしくてごめんなさいな感じですが、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!




 
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