恋を自覚するというのは、覚悟を決めるに等しい。たった一人の人間を思い、愛していくのは並大抵の気持ちじゃ出来ないのだから。
それに、その人物の全てを受け止めるだけの器がなければ進展しない。少し先の未来にもその人といたいと願うのならば、相手の本質を見つめていくことが必要だ。
そうして時が経つにつれ、それは段々と恋から愛へと形を変えていく。
そう、だからこれは愛を確かめる行為なのだと。愛し合う者たちにとっては至極、当たり前のことなのだと、フレンは必死に自分に言い聞かせた。


「…あのなぁ、」

「な、に…」

「そんなに固くなられっとやりにくいんだけど」


想いを打ち明け、互いが互いを好きだったと判明し、晴れて恋人となった。やはりというか、ユーリはフレンを傍から見ても分かるぐらい大切にし、またフレンもユーリのことを心から大事に思っていた。
そんなひたむきな愛を育てていき、いつもお互いの温もりを感じられることに喜びを抱くようになって、早一ヶ月が経とうとしていた。
忙しいのもあってか、それまで抱き締めたりキスしたりすることはあっても、その先へは未だ進んでいない。初なフレンとは違い、人並み以上には経験のあるユーリにとって、この一ヶ月というのは理性との闘いであった。
愛しい人がいるというのに己の手で慰めるのは虚しいし、ましてや他人を抱くなどは以ての外だ。だが、立派な成人男性が沸き起こる性欲を抑えるのも至難の技であって。
だからといって、フレンの意思を無視して無理矢理抱くのは気が引けた。むしろあってはならない。

そんなこんなで、ループのようにぐるぐると終わりのない思考の波に捕らわれて、とうとう我慢の限界が訪れたのが昨日。お前を抱きたい、と告白したのが3時間前で、それの意味が分からずにいたフレンに気落ちしながらも説明したのが2時間前。
やっと意味を理解したフレンが顔を真っ赤にして慌てふためいていたのが1時間前。そして、思い詰めた表情で意を決したように「よろしくお願いします」などと、色気も素っ気もない誘い文句をフレンから言われたのが30分前だ。
そのフレンは現在、ユーリの下で石のように固まっている。
アイスブルーの瞳は極度の緊張の為に涙で滲み、薄く開いた唇は僅かに震えていた。ユーリのこととなると、フレンはどんなことでも全力でぶつかってきた。
今回も例外はなく、散々悩んだものの返事はたったの一言で済ましている。正面から向き合い、視線を逸らさずに告げていた時、怯えに身体がわなないていたのを、フレンは知らない。
本当は怖いくせに、とユーリは内心で毒付く。現に今だって、掴んだ手首から絡めた足から僅かな振動が伝わってくる。
ユーリが大袈裟なほど溜息をつくと、押し倒したフレンの肩がビクッと跳ね上がった。それを見届けた後、ユーリはゆっくりとフレンの上から退く。温もりが離れることに多少の名残惜しさが残るが仕方ない。
ユーリが退いたことにより、動きの自由になったフレンは上体を起こした。驚きと困惑に瞠目する瞳には、確かな安堵が混じっている。
それを見て、ユーリは罰が悪そうに頭を掻いた。


「無理させて悪かった」

「えっ…?」

「お前が怖がってんの知りながら、セックスなんてできねぇよ」

「……っ」

「もうしないから安心し……ッてぇ!?」


言い終わらないうちに強く髪を引かれ、ユーリの首が曲がる。自然と引っ張られる方向に身体を向けることになった。
部屋にはユーリとフレンしかいないのだから、元凶が他の人物であるわけがない。身体を向き直そうとしたら、ぶつかるかの勢いでフレンが思い切り抱き付いてきた。あまりの衝撃に今度は背中が曲がり、ユーリは軽く呻き声を上げた。
流石のユーリも文句を言おうと口を開いたが、それは失敗に終わる。否、出来なかったのだ。

己の薄い唇に、柔らかく少しカサついた何かが触れ、そして離れた。それがフレンの唇だと理解する頃には、ユーリの目の前には泣きそうに顔を歪めたフレンの姿があった。


「おまっ、フレン」

「やめないで」

「なに言って…」

「お願いだから…、やめないでくれ」


そう言ってユーリに縋り付くフレンの身体はやはり強張っている。波のように揺れる瞳からも恐怖の色は消えていない。
それなのにフレンはユーリにやめないでほしいと切に願う。ユーリは意味が分からず、ただ目の前で不安気にしているフレンを見つめる。
ユーリの言いたいことが分かったのか、フレンはくしゃりと顔を綻ばせた。


「ほんとは怖いよ。だけど…」






「それ以上にユーリがほしいんだ」


言い終わるや否や、胸元へと顔を埋めてしまったフレンに、ユーリは破顔する。
なんだ、結局気持ちは同じなのだ。
それが分かれば、もう諦めることなどない。


「やめろって言っても聞かねぇからな」


その応えは笑顔で返される。ユーリは久し振りに見たそれに胸が熱くなるのをリアルに感じた。再び、ベッドへとフレンを倒せば細い身体はシーツの海へと沈む。
先程より心身が弛緩したのか、ゆっくりとユーリの背へとフレンの腕が回る。


「愛してる」

「…僕も」


それが合図のように二人は目を閉じ、唇を重ねあった。







さぁ、キスから始めようか