ユーリとフレン5
〜勘違いの行方〜
日夜繰り返される戦いの中に身を置いていれば疲れは溜まるもの。そこで無理をすれば判断力は鈍り、本来の力も充分には発揮できなくなる。
定期的な休息を取ることは必要不可欠であることを身を持って知っているユーリ達は、この日も違わず休む為に安価な宿に泊まっていた。場所は近いからという理由でオルニオンになった。勿論決めたのはユーリで、彼の持ち前の口の上手さによって半強制的に下された判断である。
その一行を率いるリーダーは、村へと入った時にばったり鉢合わせした親友の寝泊まりしている部屋で過ごしている。
調度フレンも休息を取る所だったらしく、ならば滅多に休みが被ることがないから一緒にいようと、ユーリが押しかけに行ったのだ。
当のフレンも当たり前のようにそれを受け入れた。それどころか、ユーリの申し出を聞くなり、とても嬉しそうに笑っていた。頬を染め、花が綻ぶように笑う姿は、その辺の純粋な少女よりも愛らしいものだ。
ユーリとフレンの相変わらずの仲の良さっぷりに仲間や部下も零れる溜息が隠せず、ご飯時になるまでは好きにさせとくことにした。
二人だけのあの世界に入っていけないから、という理由もあるが。
「ユーリとフレン寝てないといいんですけど…」
「寝てたら私の魔術で叩き起こしてあげるわよ」
「リタ、それはちょっと…」
時がたち夕飯の時間になったので、二人を呼びにエステルとリタがフレンの部屋へと向かう。折角の食事が冷めてしまう前にと、歩む足も自然と速くなる。
「ここでしたよね」
「ええ。んじゃ入りましょうか」
急いだ為か、割と早く目的地へと着いた。
そして入口の方へと行き、ドアをノックしようとしたその時だった。
『も…ユー、リ……やめ、て…』
微かに、だけどはっきりと聞こえてきたフレンの声にエステルの動きが止まる。
何事かとリタの方へと振り返った途端、続けてベッドの軋む音がした。
『今更何言ってんだよ。ほら…じっとしてろ』
『でも…、ぁ…やっ…!』
『いって!…爪たてんなって』
「…………」
「…………」
エステルとリタは黙ってお互いを見つめたまま、扉の前で立ち尽くしていた。
しっかりと耳に届いたフレンの強張った、しかし甘さの含んだ声色。ベッドのスプリング音。ユーリの少し切羽詰まった口調。
もしかして、いやそんな事。まさかこんな時間に。いやいや、でもあの二人なら。
普段は賢いと称えられる彼女等の頭も、この時ばかりは正常な働きを成すことは出来ずにいた。意味のない押し問答が脳内で繰り広げられている間に、追い討ちをかけるようにして再び室内から声が響く。
『むり…だよ、ユーリ……お願い…っ』
『何が無理なんだよ?』
『だって、こわ…い、……ひぁ!?』
『怖くねぇよ、痛いのは一瞬だ。いいから力抜けよ』
『や…待って、だめ…!』
『もう待たない』
『あ…ッ!!』
エステルはドアの前に添えたままだった手をゆっくりと引っ込める。同時にリタも踵を返し、扉に背を向けた。
怒りか羞恥か僅かに震えるその背をたっぷり数十秒眺めてから、エステルは場にそぐわないほど穏やかな口振りでリタの名を呼んだ。
「………戻りましょうか」
「…………そうね……」
二人は来た時と同じくらいか、それ以上のスピードでその場から離れていった。
「うぅ…ユーリの馬鹿…。やっぱり痛かったじゃないか!」
「それはお前が力みすぎるからだっての」
怨みがましく言いながらフレンは自分の耳朶を押さえ、涙の滲んだ瞳で睨み付ける。それをユーリは軽くいなし、清潔なタオルで浮き出ている血を拭ってやった。
「なんで急にピアス穴なんか…」
部屋で談笑したり触れ合ったりしていた時、何を思ったのかユーリに唐突に言われたのは『ピアス穴空けようぜ』だった。
最初はフレンも興味津津だったのだが、いざ針を刺す段階になって怖じ気ついてしまったのだ。情けないとは思うが、目の前に迫りくる針を見ていると怖くなり、瞬間的に身を退いてしまう。
いつもはもっと大きな刃物を振り回されても怯まないというのに、矛盾しているとユーリは内心で毒吐いた。
だが、そんな子供染みたところも好きだと思う自分もそうとうなものだ。
深く息をつきながら、ユーリはズボンのポケットを探って目当ての物を取り出す。細い青のリボンが巻き付けられたシンプルな袋。そして、未だぶつぶつと不平不満を口にしているフレンに向かってそれを投げつけた。
とっさの条件反射で上手くキャッチして、放ったユーリの方を見ると彼は開けてみろと顎で示す。促されるままにフレンは包みを丁寧に開いた。
「ユーリ、これ…」
開けて出てきたものは小さなピアスだった。小振りな石のついたごく有り触れたもの。
しかし、その石の色はどこか懐かしさや安心感の込み上げるものだった。自分の見慣れた色、大好きでいて大切な綾。
「オレのはこっち。綺麗だろ?」
「…! それ…」
「お前はブラックオニキス。オレのがアクアマリン」
「…僕のはユーリの色だね」
「ご名答。ちゃんとつけてろよ、それ」
目を細めニヤリと笑うユーリはさながら確信犯なのだろう。フレンが拒否できないと知っているのだから。
全く意地悪なものだとフレンは思うが、そんな所も引括めて愛しいのだからしょうがない。
せめてもの仕返しにフレンも口端を持ち上げて、悪戯に笑った。
「このピアスも君も…ずっと手離さないよ」
「あったりまえだっての!」
ひとしきり笑い合って、どちらともなく唇を重ねる。
二人の耳からは互いの色が美しい輝きを放っていた。
それから約10分後に呼びにきたレイヴンに、エステルとリタの様子がおかしかったと知らされる。
ピアス穴を空けていただけのつもりのユーリとフレンにとっては、二人の挙動不信な言動についての理由など知るよしもなかったのだった。
短文なのにふつーに長い…。
うーん、もっと短い文章が書けるようになりたいです。