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全く微動だにしない昆奈門へ彼女が押し込んでいる為に、ガチガチッと乱の苦無が鳴る。


「力では私に敵わない。分かっているだろう?」


まるで子供に言い聞かせる様な口調で話す昆奈門。


「力だけじゃ勝てない。それも分かってる?」


からかう様に言う乱が突然身を引いたかと思えば、今度は昆奈門の死角から刃を突き立てる。


予測の難しい不規則な乱の攻撃は、周囲で見守る昆奈門の部下達では全くついて行けず、昆奈門のみが難なく刃を止めていく。






幾度も苦無がぶつかり合い、弾かれてはまた合わさる。


攻防を繰り返すなか、昆奈門の右目だけは真っ直ぐに乱を見据えていた。


(‥何を焦っている?)


彼の知るなかで乱らしくないその戦い方に、疑問が浮かぶ。




乱の仕える城は、敵を様々な方法で惑わす事に長けた忍を抱えていたはず。


戦って勝つことよりも、戦そのものを起こさないように相手の戦意や士気を落とす術で生き残ってきた。


乱もまた『敵であっても傷付けたくない』という優しさのある女性で


“戦うことなく戦を終わらせる”と噂される女忍組頭として有名だ。


その惑わすことに秀でた彼女が、直接的な戦い方をしている事に昆奈門は違和感を覚えてならない。




「ふんっ!」


ギィンッッ


突き出された刃を強く弾けば、苦無は乱の手から高く飛び出した。


くるくると回転しながら落下するそれを受け止めると、昆奈門は双剣のように2つの苦無を構える。


更に飛び道具がくるだろうと思っていた昆奈門の予想に反し、乱は肉弾戦で挑んできた。


素早く拳を突き出し、幾度も昆奈門へ繰り出される攻撃。


だが、武器を手にし、尚且つ大柄な昆奈門相手にはあまりにも不利過ぎた。


苦無を使用することなく乱の鳩尾へ拳を捩じ込み


勢いを利用して、そのまま彼女の体を地面に叩きつける。


「かはっ…」


背は地面、更に鳩尾を押し付ける昆奈門の拳に挟まれ、乱の肺から空気が押し出された。


彼が手を離しても呼吸はままならず、乱は咳き込むように息をする。


そんな侵入者へ起き上がる隙すら与えず、昆奈門は彼女の首へ苦無の刃を宛がった。


僅かでも身動ぎしようものなら一瞬でそこを斬り裂くであろう男に、荒い呼吸をつきながらも乱は抵抗を止める。


「今日は随分と消耗しているな。
武器を取られるなど‥、頭ともあろうお前が、らしくない」


包帯から覗く右目は冷酷そのものだが、彼の口から紡がれる言葉の端々には彼女を案じているのが伺える。


だが、それ以上の追及はしない。


互いに踏み込んではならない領域が忍にはあるのだ、と問い質すようなことはしなかった。






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