昆奈門とお乱、二人が出会ってから五年の時が流れた。


仕事の合間を見てはちょくちょくお乱の元へと通う昆奈門の影響か


鬱蒼と茂るだけだった山には少しずつ人の手が入っていき


今では、生える木々の枝から暖かな日の降り注ぐ場所となっていた。




「‥やっと、緑になりましたね」


桜の根本からでも見渡せる様になった里を見つめながら、お乱が呟く。


あれ程黄土色の広がっていた田畑は、すっかり濃い緑に覆われ


当時はカラカラに乾燥していた様に感じた風も、仄かに甘い水の匂いを運んできている。


「お乱殿が力を貸してくれたお陰ですよ」


彼女の傍らで、同じように里を見つめる昆奈門が応えた。


「私は知恵を貸したに過ぎません。
豊かになったのは昆奈門様や、里の皆の努力があったからですよ」


少し眉を歪めて笑うお乱に、昆奈門はゆっくりと首を横にふる。


「貴女の知恵のお陰で水脈を知り、川を整備出来た。
崩れやすい地盤を固め、ここの土に適した作物も育てて早々に実らせるまで至ったのです」


今までの記憶が昆奈門の脳裏に過った。




確かに、絶望的な状況からの始まり


ひび割れ、枯渇した川


湿り気の無い、砂の様に流れる土


それらを目前にして、本当に緑になるのかと殆どの者らは口を揃えた


だが、お乱の言葉に従い大地に穴を掘れば水がこんこんと湧き


民家や小屋の再建の為に切り出した山肌は、大雨が続いても崩れる心配は無かった


気候に合った作物も、お乱の助言があったからこそ、植えて一年目にして見事な実りをもたらしてくれた




「手探りで試行錯誤を繰り返していたら、きっとここまで早く豊かな土地へはならなかったでしょう」


瞼を閉じてから、昆奈門はお乱へ向き直ると再び目を開く。


「里の者達に希望という光を示したのはお乱殿だ。
貴女の光と、導きがあったからこそ皆は諦めることなく歩み続けることが出来たのですよ」


だからこそ、と言葉を繋ぎ昆奈門は後ろへと佇むお乱の本体・桜の木へと視線を移した。


桜の幹には真新しい注連縄が巻かれ、神々しさの増した姿が二人の目に映る。


「里の皆は貴女に敬意と感謝を込めてお乱殿を祭り、ここの土地神として迎えてくれたんです」




多くの者が足を運び、顔を見せ声を掛ける




生まれ落ちてから、暗い森に独りぼっちだったお乱にとって


人に迎えられる居場所が出来たことで、どれだけ救われたことだろうか‥




「感謝したいのは私の方です。
この土地の地理や知識があっても‥私一人ではどうすることも出来ませんでした」


お乱の目元にキラリと溢れた涙が光る。


「私のしたことは、足を踏み出すきっかけを生み出したに過ぎません。
実際に大地を潤し、実りをもたらしたのは昆奈門様や里の皆の力があってこそ」


ゆっくりと彼女は自らの胸に両手を合わせ、僅かに顔を伏せた。


ふわり、と朝日の様に鮮やかな赤い髪が揺れる。


「それでも、私が皆の役に立てたのならば、嬉しいです」


そう言葉を紡いで


お乱は柔らかな微笑みを浮かべたのだった。