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「花弁散る彼の下で…」雑乱パロ第18話







「‥外が少々きな臭いな」


屋敷で書類に目を通していた昆奈門が、ポツリと呟くのを山本が聞いた。


「そうで、ございますね」


何を指してか瞬時に理解した山本が、同意を込めて返事をする。


五年前の流行り病はこの領地だけではなく、周囲の国々にまで猛威をふるい、壊滅的な被害が出たと報告は聞いていた。


他の領地では未だに飢餓に苦しみ喘いでいることだろう。


「数は少ないが、年々国境で起こっている争いが目立ち増えている」


昆奈門が溜息を吐きながら、手にしていた書類を机に置く。


丁度、その文面には国境に住まう民家が襲われた、とその被害を報告するものであった。


「‥他国から逃れた難民を保護することは出来ますが。全面的な支援となりますと、我が領地の蓄えではすぐに底を突いてしまいます」


主の言わんとすることを察し、山本がそう進言する。


「分かっている、この地も漸く整い始めたのだ。
これ以上、民に負担を掛ける訳ないだろう?」


先に内心を突かれた昆奈門が、やれやれと肩をすくませる。


だが、その感情を読み取れない瞳の奥には何やら策がある様に妖しげな光が伺えた。












「お乱さまーっ!」


今日も里の子供達は土地神となった彼女の元へと通っていた。


「こんにちは、お清ちゃん」


微笑み出迎えるお乱に、甘えるように抱きついたお清。


すぐにお乱へ顔を上げると「友達も一緒」と告げた。


「おきぬちゃん」


お清が振り返る先、お乱から僅かに距離を置いた少女が佇んでいる。


おきぬを目にして、お乱は理解した。


(五年前の飢餓で、親を亡くしたのね‥)




絶望の宿る暗い瞳




自身だけが生き残ってしまったという罪悪感




「どうして‥」




己の中で渦巻く激情が出口を見つけることもできずに渦巻いている




「土地神様なら、どうしち父ちゃんと母ちゃんを助けてくれなかったのっ!?」




募った感情は憎悪となって、渦から黒い濁流へと変化し


土地神だと聞いた人物へとぶつけられた




自身に力があったのなら、助けられたであろう命。


だが、今それをこの少女に話したところで言い訳にしか聞こえないだろう。


「神様なら、何で私達が苦しんでるのに助けてくれなかったのっ!!」


怒りと憎しみで睨むおきぬに、お乱はゆっくりと歩み出ると、その体を両腕で抱き締めた。


「ごめんなさい」


ぎゅう、と抱き締めた少女の肩に彼女は顔を埋めた。


途端に、感情的だったおきぬは驚きで目を見開いた。


自らを抱き締めるお乱の体が震えていたからだ。


「貴女の御両親を助けられなくて、ごめんなさい」


お乱の口からは、ひたすら謝罪の言葉が繰り返される。


その震える声と、包み込む腕に込められる力がお乱の心境を物語っていた。




「花弁散る彼の下で…」雑乱パロ第17話







昆奈門とお乱、二人が出会ってから五年の時が流れた。


仕事の合間を見てはちょくちょくお乱の元へと通う昆奈門の影響か


鬱蒼と茂るだけだった山には少しずつ人の手が入っていき


今では、生える木々の枝から暖かな日の降り注ぐ場所となっていた。




「‥やっと、緑になりましたね」


桜の根本からでも見渡せる様になった里を見つめながら、お乱が呟く。


あれ程黄土色の広がっていた田畑は、すっかり濃い緑に覆われ


当時はカラカラに乾燥していた様に感じた風も、仄かに甘い水の匂いを運んできている。


「お乱殿が力を貸してくれたお陰ですよ」


彼女の傍らで、同じように里を見つめる昆奈門が応えた。


「私は知恵を貸したに過ぎません。
豊かになったのは昆奈門様や、里の皆の努力があったからですよ」


少し眉を歪めて笑うお乱に、昆奈門はゆっくりと首を横にふる。


「貴女の知恵のお陰で水脈を知り、川を整備出来た。
崩れやすい地盤を固め、ここの土に適した作物も育てて早々に実らせるまで至ったのです」


今までの記憶が昆奈門の脳裏に過った。




確かに、絶望的な状況からの始まり


ひび割れ、枯渇した川


湿り気の無い、砂の様に流れる土


それらを目前にして、本当に緑になるのかと殆どの者らは口を揃えた


だが、お乱の言葉に従い大地に穴を掘れば水がこんこんと湧き


民家や小屋の再建の為に切り出した山肌は、大雨が続いても崩れる心配は無かった


気候に合った作物も、お乱の助言があったからこそ、植えて一年目にして見事な実りをもたらしてくれた




「手探りで試行錯誤を繰り返していたら、きっとここまで早く豊かな土地へはならなかったでしょう」


瞼を閉じてから、昆奈門はお乱へ向き直ると再び目を開く。


「里の者達に希望という光を示したのはお乱殿だ。
貴女の光と、導きがあったからこそ皆は諦めることなく歩み続けることが出来たのですよ」


だからこそ、と言葉を繋ぎ昆奈門は後ろへと佇むお乱の本体・桜の木へと視線を移した。


桜の幹には真新しい注連縄が巻かれ、神々しさの増した姿が二人の目に映る。


「里の皆は貴女に敬意と感謝を込めてお乱殿を祭り、ここの土地神として迎えてくれたんです」




多くの者が足を運び、顔を見せ声を掛ける




生まれ落ちてから、暗い森に独りぼっちだったお乱にとって


人に迎えられる居場所が出来たことで、どれだけ救われたことだろうか‥




「感謝したいのは私の方です。
この土地の地理や知識があっても‥私一人ではどうすることも出来ませんでした」


お乱の目元にキラリと溢れた涙が光る。


「私のしたことは、足を踏み出すきっかけを生み出したに過ぎません。
実際に大地を潤し、実りをもたらしたのは昆奈門様や里の皆の力があってこそ」


ゆっくりと彼女は自らの胸に両手を合わせ、僅かに顔を伏せた。


ふわり、と朝日の様に鮮やかな赤い髪が揺れる。


「それでも、私が皆の役に立てたのならば、嬉しいです」


そう言葉を紡いで


お乱は柔らかな微笑みを浮かべたのだった。






「花弁散る彼の下で…」雑乱パロ第16話





 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄




「整備は順調に進み、住民達も喜んでくれていますよ」


土地の視察から数日が経ち、漸く作業が安定したのを見計らい、昆奈門は単身でお乱の元へと訪れていた。


「今のところ食糧は配給してるし、水路が出来上がれば畑の収穫も望めるようになります」


昆奈門から村や里の報告を聞き、お乱の目に安堵の色が浮かぶ。


「良かった‥」


呟き、伏せた目を再び昆奈門へと上げた。


「本当は不安だったんです。
昆奈門様には失礼だと分かってはいましたけど、外のことは何一つ分からないのが恐くて‥」


申し訳なさそうに眉を歪めるお乱に、昆奈門はフフッと微笑む。


「信用と信頼は全く別ですからね、不安に思うのも仕方がない」


然程気にもしていない、といった感じの昆奈門だが


お乱は「それでも」と言葉を紡いでいく。


「私は昆奈門様に里の全てを託した身です。
ならば私は心の底から貴方を信頼し、一切疑ってはなりません。
それこそ全てを託した私自身を疑うというものですから」




余りの深刻そうなお乱の表情が痛々しくて、昆奈門は小さく溜息をついた。


「相当な生真面目の様だな、お乱殿は」


己よりも小柄な彼女の頭を優しく撫でながら、更に言葉を続ける。


「先程の言葉はまるで、夫への告白の様に聞こえてしまったのは私の気の所為‥なのかな?」


僅かに頬を染めて、恥じらう素振りを見せた昆奈門の姿に


今度はお乱の顔がボンッと音がしそうな程に一気に赤く染まった。


「こ、昆奈門様っ!?
私はそんなつもりはっ‥戯れはよして下さいっ」


「はははっ、その様に堅苦しく考えてしまうから、そう聞こえてしまうのですよ」


笑い声を漏らす昆奈門へ、からかわれたと気付いた彼女は羞恥で抗議の声を上げる。


「もぅ、昆奈門様ったら」


少し怒ったような表情を浮かべるお乱に、昆奈門は微笑んだ。


「失礼。
だが、貴女は悲しげな顔よりも今のように表情豊かな方が似合いますよ」


自身より遥かに年下である昆奈門にそう言われ、お乱の鼓動が大きく脈打つ。






「そんなことを言われたのは、初めてです」




漸く、昆奈門は彼女の笑った顔を見ることが出来たのだった。




[第一章]完

「花弁散る彼の下で…」雑乱パロ第15話



粗方の指示を終え、一息ついた昆奈門は傍らで高坂と話をしている山本へ声を掛けた。


「陣内、提案があるんだが」


直ぐ様話を中断し、山本は主へと向き直った。


「水路整備に必要な人手、この土地の者達を雇うのはどうだ?」

「宜しいと思いますが、それだけの働き手が集まるでしょうか‥」


昆奈門の案に対し、山本は不安げに眉を寄せる。


「今この土地に必要なのはその日の食糧だ。
ならば昼飯と日当が出るなら、皆歓迎のはず。
それに老若男女問わずとすれば更に人手は集まるだろう」


そこまで聞き、納得した山本が頷くと同時に、偶然話を聞いてしまったのか飛蔵が部屋の外から身を乗り出した。


「ざ、雑渡様、その話は本当でごぜぇますかっ?」

「嘘を言う必要があるまい。
ここでの収入が無い以上、こういった方法が一番だと思ってな」


「でも、銭を稼げてもこの土地にゃ商人が‥」


確かに、食い物にありつけるとしても、買い物をする為には少なくとも山を越えて町まで行かねばならない。


馬がいるなら話は別だろうが、食うに困る住人達に足となるものは無く、この貧しい土地に来る行商人も当てには出来ないだろう。


「それも問題無い」


暗い表情の飛蔵が何を言わんとしているのか察し、昆奈門が口を開く。


「我々が町の商人達の仲買役となって品物を運ぼうと考えていた。欲しい品をウチの部下に言えば、数日後には此処へ届けれる様にし、品物と代金を引き換えれば必要な物も手に入る。
更に町へ行った際に、商人達へこの土地の話を流せば商いをしに足を運ぶ者も出てこよう。
町からの流通も生まれれば、物資に困ることも無くなる」


昆奈門の話を最後まで聞くと、最早飛蔵の口から言葉は出てこなかった。


安易に疑問を口にしたが、更に先の先まで見通した対策を講じようとする昆奈門の姿が仏の様に見え


飛蔵は心からの感謝を伝えようと両手を合わせて深く深く頭を下げた。




それしか昆奈門へ伝える術を思い付かなかったのだ。




「花弁散る彼の下で…」雑乱パロ第14話



「それでは、お乱殿の件はこれで良いな。
次に、土地の整備についてだ。
水の供給を第一とし、水路の整備に着手せよ」


すらすらと、何をどの様にしていくのか昆奈門の口から言葉が紡がれていく。


きっと、土地を歩きながら脳裏で組み立てていたのであろう内容を、彼は部下達へ区切る事無く伝えた。


「水路の指揮は陣内に任せよう。陣左を補佐に付ける、好きに使え」

「はっ」


紙に書き記さずとも主の指示を脳裏に刻んだ山本と高坂が、頷いてその意を示す。


しかし、自分だけ何も任されなかった尊奈門だけが、ムスッと不貞腐れたような表情を浮かべる。


(‥また私は除け者扱いか)


山本や高坂のように様々な仕事を任せてもらう事が少ない尊奈門にとっては、この状況はどうしても憤りを感じてしまう。


悔しさで下を向き、膝に置く手に力を込めていると、昆奈門から声が掛かった。


「そう怒るな尊奈門、お前には一番重要な仕事を任せようと思っていた所だ」


聞こえた言葉に、尊奈門は信じられずガバッと顔を上げて驚きの表情を主へと向ける。


「ほ、本当ですか昆奈門様っ!?」

「ここで嘘を申してどうなる、それともお前は私が信用出来んか‥?」


態と悲しげな表情を浮かべて、大袈裟にしてみせる昆奈門へ、尊奈門は慌てて弁解を口にする。


「めめめっ滅相もありません!!どのような仕事もお申し付け下さいっ」


焦る尊奈門を見てクックッと笑い声を漏らすと、そのまま昆奈門は言葉を続けた。


「お前には、この土地に住まう者達の生活面、当分の食糧確保を任せる」

「は、はい!」


バッと頭を下げる尊奈門だつたが、直ぐ様続けられる昆奈門の言葉に、懐から紙と筆を取り出して写し始める。


「一日に一度、各民家の人数を元に米と味噌を支給。
更に農業面では、荒れ地でも収穫可能な粟(あわ)・黍(きび)・稗(ひえ)の種籾を配り、先の収入源となるようにせよ」


簡潔な内容のそれは、書き写すと同時に尊奈門の脳裏で何をどの様に行うべきかと構築ささっていく。


若い部下の考えを巡らす真剣な表情に、昆奈門は期待を寄せる眼差しを向けたまま、満足げに微笑む。


「支給する米や味噌、粟(あわ)・黍(きび)・稗(ひえ)の量。
それに掛かる費用がまとまり次第書類を提出するように。
人命に関わる事だ、慎重にな」

「はいっ!!」


一つの仕事を丸々任された事に嬉々とした表情で返事をする尊奈門。


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