翌日、軽やかな四つの蹄が地面を蹴る音が里に響き渡った。
雑渡家の屋敷から山一つ分離れたその村は、豊かな中心地と打って変わって細々とした土地が広がり
忘れた頃に見える民家が寂れた雰囲気を漂わせる。
馬上で揺られながら周囲を見渡す昆奈門へ、山本が並ぶように馬を近付けて口を開いた。
「ここ一帯は土地が痩せており、里からも距離がある為に未だ整備が整っておりません」
「なぜ今までそれが私の耳に入ってこなかったのだ?」
話を聞き、昆奈門の鋭い眼差しが山本に向けられる。
「‥私の独断に御座います」
自らの非を詫びるかのように、山本は目を俯せた。
「七〜八年前から立て続けに起こっている山崩れや洪水、流行病の対処に追われておりました故。
何より、此処に住まう者が少なかった事と、この土地のみまるで護られているかの様に天災の被害が全くありませんでした」
確かにずっと慌ただしかった政が済み、静かにゆったり出来るようになったのはここ最近になってからだったな、と昆奈門は山本の言葉を聞きながら思い返す。
「それで報告しなかった、と?」
「は‥、軽率である事は重々承知しております。
しかし」
続けようとした山本を、昆奈門は片手を上げて止めた。
「お前の言いたい事は分かっている。
被害はなるべく最小限に、私がお前でも同じ判断をしただろう」
その台詞に、山本は驚きで目を見開いた。
己の勝手な考えで貧しい生活を送る民を見捨てたに等しい行動を取った。
責められこそすれ、同意してもらえるなど思いもせずにずっと罰せられるものと、山本は覚悟してきたのだ。
「‥そう仰って頂けるだけでも、幸いに御座います。
ですが、今はせめて昆奈門様へ報告するべきであったと後悔しております」
「まぁ、過ぎた事をとやかく言うつもりは無いが、次からはなるべく話してくれると助かるよ」
笑ってあっさりと許す主に、山本は感謝の気持ちでいっぱいだった。
本来ならばこのような情報操作など、君主を謀ったと斬首もの。
それだけではなく山本家の取り潰しまでされてもおかしくない程の大罪だ。
なのにお咎めなしということは、それほどに山本を信頼しているからに他ならない。
何度感謝の言葉を告げても足りない、山本は静かに頭を下げる。
それだけで伝わると言わんばかりに、昆奈門も小さく微笑みを返した。
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