きすびを返して歩き出した昆奈門に従い、高坂も後を追う。
尊奈門と山本は飛蔵を女から庇う様に立ち、左手を刀に当てた。
誰もが緊張の面持ちでいるなか、昆奈門だけが飄々とした顔で桜へと歩いて行く。
あと数歩で女の傍に行ける距離に着くと、昆奈門達に気付いたのか彼女が振り返った。
腰まである長い赤髪を揺らし、顔を見せる。
真珠の様な白い肌に、どこか幼さを感じさせる大きな瞳。
その目元から大粒の涙が、動きと共にほろりと落ちる。
すると彼女の頭上から桜の花弁が一つ、はらりと風も無いのに舞い降りた。
「‥誰です?」
驚きで目を見開かせるが、彼女は直ぐ様警戒を含む鋭い眼差しを浮かべる。
「私は雑渡昆奈門。
後ろにいるのは私の部下達です」
名を告げれば、彼女の視線は男達の顔から携える刀に移された。
「私を、斬りに来たのですか?」
怯える様子もなくそう口を開き、女は悲しげに‥どこか諦めにも見える表情を浮かべる。
「人に仇なす者と判断すれば。
だが話し合いで解決するなら、それに越したことはない」
探るような鋭い眼差しから、柔らかな笑みへと昆奈門が表情を変えれば
彼女はまるで鳩が豆鉄砲を喰った様にきょとんと呆けてしまった。
「お斬りにならないの?」
「‥斬られたいのですか?」
問いに問いで返され、可笑しかったのか女は吹き出して笑う。
「貴方のような人は初めてだわ」
クスクスと漏らす彼女の微笑みは後ろで咲き乱れる薄桃色の桜と同じ様に柔らかで、見ている者を惹き付ける何かがあるようだ。
少なくとも昆奈門は彼女の微笑みに魅入ったまま、視線を逸らせずにいた。
「まだ、名乗っていませんでしたね。
私はお乱と申します」
洗練された気品を纏う一礼は、一国を担う大名の姫君と見紛う程。
そんな光景に、目前で見ていた昆奈門や高坂だけでなく、離れていた山本、尊奈門、飛蔵までもが目眩を起こしそうな程に驚いていた。
人妖というからには妖しげで不気味なものと思い込んでいたが、お乱の姿はそれとは真逆で神々しさすら感じさせる。
誰もが言葉すら発せずにいるなか、先に我に返った昆奈門がゆっくりと口を開いた。
「先程の、泣いていた理由を聞いても宜しいだろうか‥?」
控えめな、相手を伺う気遣いを思わせる言葉に、お乱の表情が曇る。
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