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闇に染まる木々の間を音も無く走り抜けて行く。


まだ足軽達は到着しておらず、潜伏している偵察の緊迫した気配だけが昆奈門には感じられた。


静か過ぎる森を駆け抜けていると、突然首筋にぞくりと悪寒が走り、昆奈門は咄嗟に前方へ転がる。


シュッ


直ぐ後ろから風を切る音がした。


明らかに昆奈門の首を狙って放たれたのは、回転音が無く、棒手裏剣か小型の苦無だろう。


転がる勢いを利用して身を起こし、闇の中へ目を凝らす。




姿は見えずとも、居る。




巧みに気配を消し、部下達では悟ることすら難しいであろう相手は、じっと昆奈門を見つめている。


相手の出方を見極めようと動かずにいる彼へ、一向に攻撃が続く気配は無い。


それを疑問に思うこともなく昆奈門は闇へ向けて口を開いた。


「‥どうした、これで終いか、乱?」


まるで微笑みでも浮かべていそうな昆奈門の声に、闇の中からクスリと笑みが聞こえる。


トンッ


風もなく地上へ降り立ったのは、豊かな赤髪をなびかせるくの一、乱だった。


忍装束に身を包み、頭巾で顔を覆っているが、彼女の豊かな長髪は隠しきれずに流してある。


「やっぱりバレたか」


悪戯でも見つかったような乱の言葉に、昆奈門も含み笑いで返す。


「当然だ、こんな無謀な真似をするのは君しかいないだろう?」


くっくっ、と喉を鳴らして笑う昆奈門と乱の会話は、まるで旧友が冗談を言い合う仲の様に微笑ましい。


だが2人の纏う雰囲気は、戦で繰り広げられる死闘そのもの。


一瞬でも気を抜けば死に繋がる、凄まじい緊迫感。


偵察として見守る幾人かのタソガレドキ忍者は呼吸すらまともに出来ない重い空間に、ごくりと固唾を飲んだ。


「他の組頭じゃ有り得ないってこと?」

「そこまでの技術と度胸が無いだろうねぇ。敵地にたった一人で挑むなんて‥正気の沙汰とは思えない」


互いの挑発的な視線が交差する。


「私が狂ってるように見える?」

「君なら、正気でやってのけると思うけどね」




ニヤリと妖しげに笑う乱。




珍しく口元を上げて笑みを浮かべる昆奈門。






それぞれ装束からキラリと輝く物を取り出した次の瞬間






キィィンッッ




金属特有の甲高い音が響き、乱と昆奈門は手にした苦無でせめぎ合っていた。


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