続きです。








椅子を蹴倒して机に手を突いたまま、フレンは動かない。
何から言ってやろうか、考えてるんだろう。

さて、まずはどこから攻めて来るのやら。
大体の質問に対する答えは用意できていたが、すんなり話が進むのか…?




「…とりあえず、何故レイヴンさんが部屋にいたのか聞かせてもらおうか」

まあそっからだよな。

「どうせおっさんから聞いてんだろ?」

「…君の口から聞きたい」

「同じ事だと思うがな。おっさん、わざわざオレの恥ずかしい格好を拝みに来たらしいぜ。どいつもこいつも、物好きだよなぁ」

「恥ずっ……!?」

フレンの顔が、耳まで真っ赤になる。
…なに想像しやがったんだ、こいつ…

オレは自分の胸元を親指で指しながら付け加えた。

「騎士団長様の噂の恋人とやらがどんな奴か、どうしても見たかったんだとよ」

「…普通に登城すればいいじゃないか…!」

「本人に聞けよ面倒くせぇ。で?他には?」

「他って…まだ質問に答えてないだろう」

「はあ?」

「だから、どうしてレイヴンさんを部屋に入れたんだ!!」

「別に深い意味なんかねえよ。部屋で話させろって言うから、仕方なく、だ。」

「そうじゃなくて……!」

…ほんと面倒臭えなこいつ。質問の『本意』は薄々わかってるが、オレとしてはそこに触れるのすらバカバカしい。
そんなこと、有り得ないからだ。

「面会の許可も取らずに、あんな時間に『女子の』宿舎に男を入れたことについてなら謝る。他の連中に示しもつかねえだろうしな」

「…もういい、わかった」

「あっそ。で、次は?」

「…っ…!…何を、話してたんだ」

「それもおっさんから聞いてんじゃねえのか」

「同じ事を二度も言わせないでくれ」

「全く…」


実は、これについてどう答えていいものか、オレは悩んでいた。
ポイントは一つ。
フレンに「何を」「どこまで」聞かれていたのか、ということだ。
聞かれていないなら、余計な事を言う必要もない。だが聞かれていたなら…普通に説明したところで納得するんだかどうだか。

「ユーリ!」

「あーもーうるせえな!おまえがおっさんに頼んでた仕事の話とか、オレが今何やってんのかとか、そういう話しかしてねえよ!!」

「…………」

「何だよ?」

「…嘘だ」

「は?」

「レイヴンさんから、僕との事、聞かれただろ」

オレはため息と共に、天を仰いだ。
案の定だ。
こいつの思考の、この辺りが理解できない。

「…だったらどうだってんだ」

「何て答えた?」

「いい加減にしろよ!知っててネチネチネチネチ、鬱陶しいんだよ!!」

一度こうなってしまうと止まらない。
売り言葉に買い言葉で、誰かが止めるまで際限なく、どうしようもない言い争いが続く事になる。

もう、引くに引けなかった。


「ネチネチって、君がちゃんと話さないのが悪いんだろ!?」

「どうせ昨日、おっさん締め上げて全部聞いてんだろうが!!残念だったな、口裏合わせてるヒマもなかったよ!!」

「口裏!?やましい話でもしてたのか!?」

「だからしてねえってんだろ!!」

「じゃあどうしてちゃんと話さないんだよ!?」

「またそこかよ!?だったら聞くが、何をそんなに気にしてんだよおまえは!!」

机を蹴りつけ、フレンに詰め寄る。鼻先がくっつくんじゃないかと思うぐらいに顔を近付けて真正面から睨みつけてやったら、急にフレンは泣きそうな顔をして一歩引いた。

…予想外だ。


「おい…」

「君は…今でも僕を、『親友』だと……『恋人』じゃないと、思ってるのか?」

「意味が…わからねえな」

「本当に、恋人の『フリ』をしてるだけなのか!?僕の前で見せる姿も、全部、演技だっていうのか……!!」

「ちょっ…、何でそうなるんだよ」

「君がレイヴンさんとどうこうとは思わないけど、僕がどう思うか、これっぽっちも気にならないのか?好きな人が自分の知らないところで誰かと二人きりとか、気分悪いに決まってるだろ!!」

「…………」

言ってる事が矛盾しまくりだ。
レイヴンのことが気になるからそんなこと考えるんだろうが。
オレが理解できないのはこれだ。おっさん相手に、オレが何を思うってんだよ。


「おまえさ…結局、オレのことも信じてないんだよな」

「な…どういう、意味だ」

「オレは別に、おまえとおっさんが二人っきりだったからって何とも思わねえ。勘繰ることすら思い付かねえよ」

「…!」

「妬くとかなんとかいう次元ですらねえ。そんなこと、あるわけないとしか言えない」

「ユーリ……」

「おまえがもし、オレの知らない誰かと一緒で…それをオレに隠してる、ってんなら嫌だと思うけどな…」

これは本当だ。
以前のオレなら、気になるにしたって今とは感じ方が違うはずだ。

「相手はおまえもよく知ってる奴な上、オレはそれを隠してもいない。…おまえ以外の誰か…しかも野郎なんてなおさら、そんな対象にはなり得ねえっつってんだよ」

「…でも…」

「何が『でも』、だ。おまえの妬き方はちょっとおかしいぞ。誰彼構わず敵視してんじゃねえよ、…ったく」

「…ユーリの気持ちはわかったよ。でも…やっぱり、わかってない」

「まだ何かあんのかよ…勘弁してくれ」

「ユーリはどうして、僕とのことを誰かに知られるのを、そんなに嫌がるんだ?どうしてレイヴンさんに対して、あんなに否定したんだ」

やっぱり聞かれてたか…。

「…当たり前だろ。胸張って言えるような事じゃねえだろうが。おまえだって困るだろ、他の奴らにオレの『正体』バレたりしたら。そうでなくたって、男同士とか、異常…」

「……もういい」

フレンはオレから目を逸らし、倒れた椅子を起こして座り直した。
じっと自分の手元を見つめる表情が、どこか思い詰めたように見えるのは、なんでだ…?

「…フレン…?」

「つまらない事をわざわざ聞いて、悪かった」

「な…んだよ、それ」

「ユーリ、他に何か言いたい事があったんじゃないのか?」

「は?」

「随分と機嫌が悪かったみたいだけど、今の話の事だけだったのか」


…何なんだ、急に…。
確かに話しておきたいことは他にもあった。
フレンの態度は気になるが、とりあえず先に確認したいことがある。


「おまえ、最終的にこの話の始末、どうつけるつもりだ?」

「始末?」

「オレはあと二週間もしないでこことはおさらばだ。オレがいなくなった後、どういう説明するつもりでいるんだよ?」

「…どうとでも説明しておくよ。何でそんなこと気にするんだ」

「新人共の扱い、どうする気だ」

「どう、って。嘆願書のことかい?…どちらにしても、新人のみで新規に隊を立ち上げる予定はない。彼女達にはそれぞれ他の隊で経験を積んでもらう。女性のみの隊の話は、あくまで近い将来にはという事であって、何も今すぐ彼女達だけで編成するつもりは初めからないよ。…君もわかってるんだと思ってたけど」

「…それならいい。話はもう一つある」

「何かな」

「…オレの扱いだよ」

「君の…?」

「昨日、おまえにおっさんのこと伝えに来た奴がいたろ。あいつもありがたい事に、オレとおっさんのことを心配してくれたらしくてな」

「その話は、もう」

「ここにずっと残って、おまえを支えてやってくれって言われちまったよ」

「………」

「最初はとりあえず、周りが勝手に『勘違い』さえしてくれりゃ良かったんだよな。そうすりゃカタがついた後も、オレとおまえは実は何の関係もないっつって終わりだったんだ。…『仕事上』は、な」

「…仕事上、ね」

なんか引っ掛かるが、もう口論するつもりもない。

「それがもう、完全に公認だろ。そう仕向けたってのは確かにあるが、その辺りどうやって納得させるつもりなんだ」

「だから…どうとでもするよ。…結婚を約束して故郷に帰したとか、今でも付き合ってるとか、いくらでも理由なんか作れる。ああ…そうだ、」

言葉を切ると、ふと、フレンが窓のほうへ顔を向けた。つられて外を見ると、いつの間にか雨は上がっていた。
オレは視線をフレンに戻したが、フレンは外を見たままだ。

「フレン?まだ続き…」

「振られた、って言うのもいいかもね」

「ふ……」

何言ってるんだ。
そんなこと言ったら、また縁談だの何だのの話が来るんじゃないのか。
それじゃ何のために、今まで、オレは……

「どうしたんだ?ユーリ。…何て顔、してるんだ」

どんな顔か知らないが、納得行かない。それが表情に出てるんだろう。

「おまえそれじゃ…結局、また面倒抱え込む事になるかもしれねえじゃねえか」

「…振られたショックで、もう結婚なんか考えられない、とか言うのも結構説得力あるんじゃないか?」

「あー…まあ、そう、か…?」

「仕事が終わっても、『役』は続けてくれるんだろう?何かあったら、また『演じて』くれればいい」

「…なんかさっきから、嫌な感じだな…」

「…よくわからないけど。とにかく、後始末はこちらできちんとする。…これ以上、君に迷惑はかけない」

「……そうかよ」

フレンは外を見たまま、こちらを振り返りもしない。
とりあえず、仕事が終わった後にきっちり帰れるならそれでいい、と思う事にした。
…過剰な期待と信頼が、重くなってたんだ。仕事以上のことに、応えてやるつもりはない。



「…雨、上がったな。午後は通常の訓練にするのか?」

「は?ああ…連絡来る事になってる」

「そうか。もう、戻って準備したほうがいいと思うよ。僕も仕事に戻らないと」

暗に帰れ、って事か。
…オレもとりあえず、話を続ける気にはなれなかった。


「邪魔したな。…来るのが遅れて、悪かった」

「…いや…ユーリ」

「あ?」

「右腕…、訓練の前に、ちゃんと医務室で見てもらってくれ」

「え…」

「レイヴンさんも、心配してた。…ごめん」

また余計な事まで話しやがって…。

「大丈夫だよ、大袈裟だな。まあ治療はちゃんと受けに行くよ」

「………」

「じゃあな」




執務室を出たオレは、思い切りため息を吐き出していた。
こう毎日浮き沈みが激しいと、本気で気分が滅入る。
フレンの態度も妙だ。
…オレ、何か地雷踏んだか…?

何がこんなに気になるのか、わからない。

仕事の期間は、あと二週間足らず。


……いや、まだ、二週間もある。
そう感じた。




ーーーーー
続く