解説(7)

「大人ヒットパレード」(2014.11脱稿)

タイトルの由来はBRADIOの「オトナHIT PARADE」で、小説を書くにあたって表記を変えてしまいました。
ものすごい余談ですが、このBRADIO(ブラディオ)というバンドのボーカル・真行寺くんは、レキシ(元SUPER BUTTER DOG)の池ちゃん、SCOOBIE DOのMOBYに続く久々に思い切ったアフロヘアの人なので、「アフロ枠の新星」として個人的には期待してます(笑)。昔はスキマスイッチの常田くんもアフロだったんだけどねー(^_^;)


「木曜の晩には誰もダイブせず」「終電まぎわのバンジージャンプ」に続く、「SDの登場人物が何だかんだでみんな仲良かったらいいなシリーズ」第3弾ですが…みんな大好き・彩ちゃんの登場です。はっきり言って捏造です(>_<)まあ今更か!でも、高校時代は接点のなかった牧と彩子って、社会人になったら何かいい飲み友達になってそうな気がするんですよね。お互い、タイプではないから恋愛には発展しなさそうだけど…(笑)

あと今回、神と彩子が試験を受けている「アスリートフードマイスター」についてちょっと調べてみました。里田まいが取得した事で有名になったこの資格(里田まいはジュニアマイスターだったと思いますが)、一次試験が1月、一次合格者のみが受ける二次試験が3月にあるようです。神と彩子は、ジュニアマイスターの講習会で久々に再会したという設定です。

それにしても、やっぱり彩子は書いてて楽しい!(≧∇≦*)ぜひまた登場させたいキャラの一人ですね!あと、どうやら牧神の結婚指輪は、以前アップした「ゆっくりまわっていくようだ」内で物議を醸した「ハリー・ウィンストン」に決定したようですね(笑)。その辺の経緯はまた、改めて書いてみたい気がしますが…

次回作は、当初小ネタとして書く予定だったのが、いろいろこねくり回しているうちに長くなりそうなんで、普通に一本の作品として上げたいと思います。初冬にありがちな、槇原敬之の「ふーゆーがーはーじーまるよ〜♪」的な内容です。そして甘いです!さすがの私も、「もうお前ら勝手にやってろよ」と言いたくなるような…いや、でも牧神だからしょうがないです。牧神はラブラブが正義です!牧が、とろけそうな顔で神を見つめているのを想像しただけで鼻血が…(*´∀`)
小ネタは小ネタで、また新たにネタを考えたいと思いますのでよろしくお願い致します。


さて先日、こちらからもリンクを貼らせて頂いている「ボサノバ」様に、当ブログの事を紹介して頂きました。ありがとうございます!私は確かに20年前にもSDで活動してはいましたが、相当のブランク(何せ20年…)を経て再燃したクチなので、牧神としてはまだまだ修行中の身です。長く牧神で活動されている和美様は、まさに牧神の鑑とも言うべき方なので、私も早くその域に達せるように頑張りたいと思います。どうぞ、末永くよろしくお願い致します。

いよいよ明日から12月ですが、12月も牧神、そして来年以降ももちろん牧神で突っ走ります。自分でも大丈夫か?と若干心配になるほどハイペースですが、何だか勢いが止められないので本能の赴くままに突き進む所存です。多分、私の中で何らかのダムが決壊して、長年せき止めていた情熱が溢れ出しているんだと思います…(*^o^*)

牧神とは全然関係ない話で締めちゃいますが、来年1月に出るthe band apartのニューアルバム「謎のオープンワールド」が眠れないほど楽しみです。早く、早く聴きたい…!!「殺し屋がいっぱい」ってどんな曲なのーっ?!

大人ヒットパレード

「今日の試験、何時からなんだ?」

ダイニングテーブルでテキストとノートを食い入るように見ている神に尋ねると、頬杖を外し、やや殺気立った眼差しを投げかけられる。

「2時からです。渋谷だから、あと30分ぐらいしたら家を出ます」

神が食器棚に置かれた時計を確認し、再びノートに視線を落とす。俺もそれに倣って神の手元を見下ろしながら、自分の顎を親指の腹で軽く掻いた。

「アスリートフードマイスターって確かあれだよな?田中将大の嫁が持ってるっつー…」
「里田まいが持ってるのはジュニアマイスターの方で、俺もそっちは取得済みなんですけど、今日受けるのは上級マイスターです」
「なるほどな…で、どうなんだ?受かりそうなのか?」

次の瞬間、俺たちの間の空気にピシッと音を立てそうなほどの亀裂が入り、俺は自分が地雷を踏んでしまった事をまざまざと知らされた。

「今、聞くんですかっ?それを?」
「…すみませんでした…」

素直に謝る俺に、神が大袈裟にため息をつきながらも「まあ、牧さんが美味しいコーヒー淹れてくれたら受かる可能性もなきにしもあらずですけど」と、その唇の端を引き上げてみせる。俺が先ほどから既に、コーヒーの用意をしている事に気づいた上での発言であるのは言うまでもない。

「もちろんわかってるって、お前の黄金比率はコーヒー8の牛乳が2だもんな」

ほら、と手渡したマグカップを満面の笑みで受け取り、意気揚々と口をつける。テーブルの上には赤ボールペンで凄まじく書き込まれたテキストと本人にしか解読不可能なノート、そしてノートのコピーと思われる用紙が散乱している状態だった。

「まあ、彩ちゃんにノートをコピらせてもらったから、一次試験はどうにか通りそうな気はしますけど…」
「彩ちゃんって、彩子の事か?あー、何か去年の講習会で久々に会ったって言ってたよな」

テーブルの端から落ちそうになっているコピー用紙を一枚取り上げ、何気なく目を走らせる。

「何だあいつ、めちゃくちゃ字ぃ綺麗じゃねーか」
「書道五段らしいですよ。おかげであの講習会に出てた人は全員、彩ちゃんのノートのコピー持ってます」
「だろうな…」

神もそれなりに字は綺麗な方だと思うのだが、ノートに関しては「自分だけがわかれば良し」「他人に見せる気はゼロ、むしろマイナス」という主義であるらしい。神のノートの意味不明な羅列と、清々しいほど整然とした彩子の字とをつい見比べてしまった俺に、神が思い切り不貞腐れた口振りで「牧さんが何を考えているか、俺にはちゃんとわかってますよ」と言い捨てた。

「あっ、いや、俺は別に…」
「いいですよもう、全然気にしてませんからー」

それのどこが気にしてねえっつうんだ―――そう口走りそうになるのをぐっと堪え、神の向かいに腰を下ろして自分のコーヒーを啜る。今日のコーヒーほど渋く、苦々しいと感じられる事はないような気がしてならない。

「あーあ、彩ちゃんはスポーツメーカーに勤務してるからいいけど、俺なんてスポーツとほとんど関係ない職種だからなー。強いて挙げれば、旦那さんが現役アスリートって事ぐらいで…」
「いいじゃねーか。お前それは最大の武器で強みだぞ、マジで」
「ええ、彩ちゃんも全く同じ事言ってました」
「あ、そう…ええっ?」

あまりに自然な受け答えに、うっかり聞き流しかけた俺は慌てて意識を現実に引き戻す。やはり、俺が驚きの声を発した理由にちゃんと気づいている神が俺を見やり、困惑したように首を縦に振ってみせる。

「あいつ、俺たちが付き合ってるって知ってんの?」
「はい、去年の講習会で再会して30秒ぐらいで言われました。『神くん今、牧さんと一緒に住んでるんでしょ?どうよ、現役アスリートとの夫婦生活は』って」
「ふっ…いや当たってるよ、当たってるけどな」
「誰に聞いたの?って言ったら、『えー、仙道くんとか藤真さん』って即答されて、その瞬間に俺は全てを諦めました」

まさに、無の境地といった面持ちの神がマグカップの中身を一息に呷る。それについては俺も同意見だった。仙道や藤真の名が出てきた時点で、もはや「終わった」と言っても過言ではない。

「まあ隠してる訳じゃねえけど、大っぴらに公表する事でもねえもんな」
「そうなんです。俺としては静かに夫婦生活を送りたいけど、やっぱり相手が牧さんですから。世間がほっといちゃくれない、みたいな…」

でも嬉しいな、という密やかな神の呟きをもちろん俺は聞き逃さなかった。目線だけを上向けて理由を問うと、神が何とも照れ臭そうな笑みを浮かべながら俺を覗き見ている。

「単に呆れられてるだけかも知れないけど、牧さんと付き合ってるのが公認みたいになってるのは気分がいいです。正直、自慢したいぐらい」

普段は死んでも言わないようなセリフを紡ぐ神に、「熱でもあるのか?」という言葉が喉元まで出掛かるのを必死で飲み込む。そんな不注意では済まされない発言をしてしまったが最後、今日の夕飯は抜きどころかまともに口も聞いてもらえなくなるのは避けられない事態だ。しかし、ともあれ嬉しい事には違いなく、俺は勝手ににやけてしまう顔をどうにも抑えられなかった。何とか空咳をして気持ちを落ち着かせ、真正面から神の顔を見つめ返す。

「俺も、お前と一緒にいられてすっげー幸せ。そうだな、例えるなら…鵠沼海岸に向かって神が好きだって叫んでもいいぐらい」
「あっそれやめて下さいマジで、俺が恥ずかしいのみならず周りの人への迷惑行為にもなりかねませんので」
「えっ嘘だろーおい、何だよその取り付く島もねえ感じ…」
「じゃ、時間なんでもう行きますね」

慌ただしく席を立った神がテーブルの上をさっさと片付け、ひとまとめにして鞄にしまい込む。その、一切無駄のない動きを呆気に取られながら眺めていた俺の前に空のマグカップが置かれ、「ごちそうさまでした」と口早に告げられる。やや消化不良気味ではあったものの、愛情の裏返しという事で俺なりに解釈しておく。当然それも口にしたが最後―――とにかく、己の保身のためにも余計な発信はしない方が吉だ。

玄関先でピーコートを羽織り、マフラーをぐるぐる巻きにしている神に「これから風呂掃除して、洗濯物と布団取り込んだら車で迎えに行くから」と声を掛ける。それに対し、「あー、ありがとうございます」と礼を述べる神はおおむねいつも通りの佇まいだった。

「そう言えば彩ちゃん、来月だか再来月だかに結婚するらしいですよ」

コートのポケットからiPodを取り出し、絡まっていたイヤホンをほどいていた神が思い出したように俺を振り返る。

「へえー、そうなんだ?じゃあ今度、何かしら祝ってやんないとな」
「そうですね、牧さんがお祝いしてくれたら喜ぶと思いますよ…あっ、ちょっと忘れ物…」

言いざま、神はバタバタとスリッパの音を響かせながら俺の横をすり抜けて寝室へ向かう。そしてまた、小走りに戻ってきた時には左の薬指にプラチナリングが嵌められていた。

「…今日は大事な試験なんで、お守り代わりです」

俺の反応を待たずにそれだけ言うと、やはり俺の顔は見ずに靴を履き始める。「何も聞くな」というオーラが痛いぐらいに伝わってくるのを無視し、屈めていた身を起こしかけたタイミングを狙って半開きの唇にキスを落とした。

「頑張れよ」

神の唇がほのかに湿り気を帯びたのを見届け、その肩を一回だけ叩く。それでも神は無言のままだったが、俺に叩かれた箇所を幾度か撫でさすった後、長い睫毛を伏せながらこっくりと頷いてみせたのがたまらなく愛おしかった。





東急プラザの駐車場に車を停め、試験が行われている会場のビルに向かう。終了時間は3時45分と聞いていたが、ちょうどビルの入り口あたりに着いた時には3時50分を回っていた。

試験を終えてきたらしい人々が三々五々ビルから出てくるが、ほぼ全員が二十代から三十代と思われる女の子たちだった。何となしに居心地の悪さを覚えていると、飛び抜けて背の高い男と派手な出で立ちの女が出てきたので片手を上げて合図する。

「あっ、牧さん」

ホッとしたように表情を緩めた神が俺に気づき、その直後に彩子の、「あーっ、牧さん!」という甲高い声が響いて周囲の女の子たちの注目を一気に浴びてしまう。ちょっとしたざわめきが起きている事などまるで眼中にないといった風に、彩子がブーツの踵をカツカツ鳴らしながら駆け寄ってくる。

「おう、久しぶりだな。元気か?」
「うん、まあ元気だけど…って言うか、ねえ?話には聞いてたけど、神くんの旦那さんってほんとに牧さんだったのね!やだーっ、すごい圧巻…!」
「ちょっ、彩ちゃん声デカいって…!」

慌てて追いついてきた神に咎められ、「あっ、ごめんなさーい」と手のひらで口を覆ったものの目は笑っている。こいつも、仙道や藤真と同じ系列の人間である事をすっかり忘れていた。

「お前さあ、話には聞いてたけどっつーのは、誰にどんな話を聞いたんだ?」
「んー、主に仙道くんとか藤真さんだけど、そんな大した話は聞いてないわよ?ただ、あのいっつも途切れなく女がいたはずの牧さんが神くんにメロメロだとか…」
「ふーん、なるほどな…うん、そりゃ事実だな、紛れもなく」
「牧さん!」

耳の先まで真っ赤になった神に一喝され、とりあえずは黙ったものの全く悪い気はしていない。ところで…と俺は試験を終えた二人に、真っ先に掛けるべきであったセリフをようやく切り出す。

「二人とも試験お疲れさんな。で、どうだったんだ?」
「聞かないで下さい…」

まさか問2の解答が「トランス脂肪酸」だったなんて…と神が、その顔に暗い陰を落としながら部外者には一切理解できないセリフを吐く。その隣で彩子も「あー、あれは盛大な引っ掛け問題だったわね」と相槌を打っていたが、それもまた俺などには想像もつかない内容だった。

「でも神くんだったら多分大丈夫よ。だって今日の神くん、勝負に出てるもんね」
「えっ?」
「その指輪。すごいよねー、何たってハリー・ウィンストンだもんね。って言うかもう、牧さんの愛情しか感じられないんだけど」

彩子の指摘通り、神の左の薬指には控えめにダイヤの付いた指輪が光を放っていて、当然俺の同じ指にも同じデザインのそれが収まっているのだった。もちろん彩子もとっくに周知済みであり、「ほら、牧さんだって…」と、俺の左手首を女にしておくには惜しいほどの握力で引っ張り上げる。

「そう言や、さっき神から聞いたけど結婚するんだって?おめでとう」

そんな彩子の左手にも、明らかに婚約指輪以外の何物でもない指輪が輝いていたので俺はもう一つの本題を思い起こした。「あら、ありがとう」と、俺の手を離した彩子が自分の指輪をしみじみと眺め入る。

「実はもう6年ぐらい同棲してて、私は結婚はまだ先でいいかなって思ってたんだけど、彼がね、ちゃんとしたいって言うもんだから…」

柄にもなくはにかんでみせる彩子に、俺まで心なしか喜ばしい気持ちになってしまう。やはり、昔からの仲間が幸せになっていくのを目の当たりにするのはいいものだ。それは神も同じらしく、いかにも感慨深げに目を細めながら彩子を見ている。

「おー、そりゃ彼氏も賢明だな。お前みたいないい女は、捕まえるべき時に捕まえとかねえと後で取り返しのつかねえ事になりそうだもんな」
「あら神くん、旦那さんがそんな事言っちゃってるけど大丈夫?」
「うん、だって彩ちゃんがいい女だっていうのは疑いようのない事実だしね」

彩ちゃんならいい奥さんになれるよ、とこれまた俺にとっては最強で最高の嫁である神が太鼓判を押す。「神くんが言ってくれるなら絶対大丈夫ね」と、眩しいほどの笑顔をたたえる彩子は確かにいい女だった。

「まあ、一応試験も終わっただろうし、彩子も結婚決まったっつー事でお祝いしてやるよ、近々」
「えー、じゃあ肉で」
「即物的すぎるだろ!」
「あ、俺も肉食いたい」

渋谷の往来で、突如沸き起こる「カルビコール」の方がよほど俺には恥ずかしいのだが、呆れつつも「わかった、肉な?」と応じてやると、これまた二人してにんまりと微笑んだ。

「キャーッ嬉しい、麻布十番ね!麻布十番に美味しい焼き肉屋さんあるから!神くん、一緒に骨付きカルビ食べようね!」
「あー、骨付きカルビいいよねー。彩ちゃん、一緒にハサミでチョキチョキして食べようね、牧さんの奢りでねっ」
「まあ骨付きカルビでも何でもいいけど、出来れば給料日の後で…って聞いてねえし」

何やら肉の話題で盛り上がっている二人を黙って見守るしかない俺だったが、不意にとある案を思いついて口を挟む。

「そうだ彩子、結婚祝い何がいい?お前の事だから、どうせ酒とかだろうけど…」
「えっ、いいの?悪いわねー、じゃあヴーヴクリコのラ・グランダムで」
「…お前は本当に飲ん兵衛だな!根っからの!」
「そうかなあ、だって神くんだってけっこう飲めるんでしょ?」

いきなり矛先を向けられた神は、即座に「滅相もない」と言わんばかりに手を振り、「いやー、俺は彩ちゃんには負けると思うよ絶対…」と力なく笑うのみだった。

「牧さん、車どこ停めたんですか?」

ひとしきり話が済むと、急に風の冷たさが身に染みるようになる。冬至の頃と比べ、だんだんと日が伸びてきたとは言えまだ一月だ。これ以上、路上で立ち話をするのも限界だろう。神が尋ねてくるのへ「東急プラザの駐車場」と返し、彩子に「お前も乗ってけよ」と促した。

「家まで送ってく。今どこに住んでんだ、都内か?」
「武蔵小山だけど…車って何乗ってるの?」
「車?BMW」

一拍以上の間を置いた後、彩子の艶めいた唇からため息にも似た声が漏れ出る。

「牧さんってさ、ほんっとーに1ミリたりとも期待を裏切らない男ね…」
「彩ちゃん、牧さんは去年までプジョーに乗ってたんだけどBMWに乗り換えたんだよ…」
「嘘っ、またプジョーって!どんだけイメージ重視なのっ?!」
「つーかどんなイメージなんだ、俺は…」

どうしようかな、と彩子は瞳をくるりと回転させながら俺と神とを交互に見上げ、そして言った。

「せっかくだしBMW乗りたいけど、ちょっとヒカリエ寄ってから帰るね。それに…」
「それに?」

彩子はすぐには答えず、今度は神に数秒ほど視線を留める。神の大きな、潤み気味の目が不思議そうに瞬かれた。

「牧さんが乗ってけよって言った時の神くん、すっごい能面みたいな顔してたから」
「えっ…!」
「じゃ、今日はこれで。またねーっ、神くんあとでLINEにメッセ入れる!」

焼き肉楽しみにしてるねー!と手を振りながら彩子が軽やかに去っていくと、甘い香りのする一陣の風と共にその場には俺と神が残された。

「…あのー…」

嵐が過ぎ去った後のように、二人して茫然と立ちすくんだまま彩子を見送る。何ともばつの悪そうな表情を滲ませた神が、何度かためらった末に口を開いた。

「牧さん、俺ね…さっきは本当に、本当に何も他意はなかったんだけど、心の声を見透かされたかも知れない…」
「心の声?」
「牧さんと二人きりで帰りたいなっていう…あとね、牧さんのBMWクーペに乗っていいのは俺だけだっていうかね…あーもう違うんです、ほんと違うから。ごめんね彩ちゃん…」

やたらと「違う」を連発する神が珍しく冷静さを欠いている様子なので、俺もこの機に乗じて日頃は遠慮している行為を申し出てみる。

「手、繋ぐ?」
「えっ、ここ思いっきり246号沿いの歩道ですよね?しかも渋谷だし。ダメです、絶対ダメ」
「こういう時のお前、マジで容赦ねーよな…」
「あー、すっげー恥ずかしいなあ俺、彩ちゃんに悪い事しちゃったなあ…」

その後も神はぐずぐずとぼやき続け、俺の「あいつさっき、LINEにメッセ入れるっつってたじゃん。確認してみれば?」という提案は、「そんな恐ろしい事できませんよ」の一言でばっさり切り捨てられた。
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プロフィール
嬉野シエスタさんのプロフィール
性 別 女性
誕生日 5月10日
地 域 神奈川県
血液型 AB型