解説(6)

「12月の」(2014.11脱稿)

タイトルの由来はthe band apartの楽曲から。この曲の中の、「30秒後はわからない 30分後は変わらない? 30日後はわからない 30年後はどんな景色?」という歌詞が好きで、この曲をテーマにした牧神を書いてみたいとずっと考えていたのです。

11月22日の「いい夫婦」の日に、何とか更新が間に合って良かったです。それにしても、前作のバブリーでゴージャスなホテルネタから一転して墓参りとは…大丈夫でしょうか(汗)。SD同人界広しと言えども、墓参りをネタにした話はなかなかないような気が…あっ、もしかしてこの解説から先に読まれている方がいらっしゃいましたら、もちろん牧神のどちらかが死んだネタではございませんのでご安心下さい(^_^;)。

私は以前、別のジャンルでも攻受の共通の知人が亡くなって二人で通夜に参列するというネタで書いた事がありまして、それがそのジャンル・カプで初めて出す本だったため、同カプの友人をビビらせてしまった前科があります(>_<)。ちなみにその友人曰く、「初っぱなから葬式ネタだったので、この人大丈夫か?と心配になった」との事…あっはっは(笑えない)。

墓参りというのは、普通に付き合ってる段階ではまず一緒に行かない気がするんですよね…やはり結婚とか婚約とか、よっぽど深い関係にならない限りは。なので、今回の話は大人牧神ならではの内容になったのでは?と思っています。だって、牧神にはずーっと添い遂げてもらいたいんだもの〜!夫婦ですよ夫婦!キャー!(落ち着け)
この話に出てきた牧の妹は、4つ年下で化粧品会社の商品開発部に勤務している設定です。まあ、間違いなく濃いキャラクターになる事は必至かと…オリキャラ設定は好き嫌いが分かれる所でなかなか難しいのですが(^_^;)、いずれ折を見てまた再登場させたいと思います。


次回作は、「木曜の晩には誰もダイブせず」「終電まぎわのバンジージャンプ」に続く、「SDの登場人物が何だかんだでみんな仲良かったらいいなシリーズ」第3弾です(笑)。「牧神と愉快な仲間たちシリーズ」とも言う…ちょっと意外な人物が登場しますので、よろしければぜひまた覗いてみて下さいね(*^o^*)

今年も残すところあと一ヶ月ちょっと、いよいよ冬シーズン到来ですが、冬仕様の牧神っていいですよね〜(*´∀`)定番のクリスマスネタ・お正月ネタ・大雪ネタとか、もうありとあらゆるパターンの牧神が思いつくよ!きっと週末にはスノボとか行ったりするんだわ〜!しかし私はスキーもスノボもやった事がない…が、頑張る??(;´Д`)
昔はスキー・スノボと言えば広瀬香美だったけど、今って誰なんだろう…やっぱEXILEとかかな〜。

いつも拍手ありがとうございます!本当に励みになります。また近いうちにお目にかかれれば幸いです。

12月の

あれは俺が高2で神が高1の時だから、かれこれ13年ほど前の話になるだろうか。部室で、刷り上がったばかりの「海南大附属高校バスケットボール部・部員名簿」を何気なく捲っていた俺は、神の緊急連絡先として父親ではなく、母親の名と携帯番号が記されているのが目に留まった。

「……」

考えられる理由としては両親の離婚によるものか、父親が単身赴任で不在であるとかだろう。あるいは死別によるものか―――そこへ、ドアをノックする音と「失礼します」という声がして、入ってきたのが神本人だった。

「あのー、牧さん…」

当時の神は、シューターとしての才能を開花させるだいぶ前だったからどこか頼りなげと言うか、ただ細いだけの印象しか与えていなかった。しかも俺を「怖い」と思っているのが丸分かりで、その時もかなり離れた位置から恐る恐る声を掛けてきたのだった。

「何だ?」

俺が返答すると、神はビクリと肩を震わせつつも一応は俺から顔をそらさなかった。なかなか大した奴だと感心していると、「そろそろ練習が始まるんで、武藤さんに呼んでこいって言われました」と告げてくる。

「わかった、今行く」
「はい、じゃあ…」
「あ、ちょっと待て神」

そそくさと、その場を立ち去ろうとした神を呼び止める。あからさまに居心地悪そうな空気を放ちながら振り返ってきた神に、俺は構わず口を開いた。

「お前の緊急連絡先、お袋さんの名前になってたけど…」

神はぎょっとしたようにその大きな目を見開いたが、俺が手にしていた冊子の表紙に書かれた「名簿」という文字を見て納得したのか、深々と呼吸を繰り出した後に「父親は、俺が小5の時に亡くなりました。交通事故で…」と言った。

「そうか、それは…辛い話を聞いて悪かった」
「いえ、もう5年前の話ですから。今は特に辛いって事もないですし」

気まずい沈黙が流れる。何と返したらいいのか考えあぐねている俺に、神の方から「あの、実は…」と切り出してきて、そのやけに思い詰めたような口調に俺が目を見開く番だった。

「どうした?」
「父親の名前、真一郎って言うんです。真っていう字は、真実の真の方なんですけど。何か、牧さんの名前と似てるなあって思って…」

急に流暢に喋り出した神にさすがに面食らったが、前々からそんな思いを抱いていたに違いない。機会があれば話したかったのだろうと解釈し、俺は神に注いでいた視線を少しだけ和らげた。

「あー…まあ、似てるっちゃ似てるな」
「そうなんです。あっ、だからと言って、牧さんに父親像を重ね合わせてるとかじゃないですよ」

すみません、と神は軽く頭を下げ、今度こそ早足で部室を後にして行った。残された俺は神が閉めた扉と名簿とを見比べ、神の発言をゆっくりと頭の中で反芻した後に独りごちた。

「つまり、俺が老けてるっていう事か…?」

不思議と嫌な感じはしなかった。神の父親が亡くなっていたと聞かされたのもあって、神妙な気分に浸っていたからかも知れない。ただ神の持つ淡々とした佇まいが、その時はどういう訳かすぐには忘れられなかった。





「辻堂って都会になりましたよね」

―――あれから時は過ぎ、すっかり成長した神は細いだけだった体にしなやかさを加え、さらには匂い立つ色香まで醸し出すようになっていた。俺の腕の中で、ほんのり桜色に染まる肌がまたたまんねえんだよなとほくそ笑んでいると、何かを察したらしい神に「聞いてますっ?」と咎められる。

「あー、聞いてる聞いてる。辻堂が都会になったとか何とか」

先ほど駅に着いた時に見た、大きなショッピングモールを慌てて脳裏に蘇らせる。神は、俺がきちんと話を聞いていた事に対して不満げに唇を尖らせたものの、すぐにそれを引っ込めて「そうですよ、あのテラスモールが出来てから2年?3年?…ぐらいは経ってますもんね」と、窓の外を流れる景色に目を転じた。

辻堂は言うまでもなく海南大附属高校の所在地であり、俺や神が大事な数年間を過ごした聖地であるが、今日、俺たちがここに来た理由はその海南へ向かうためではなかった。辻堂駅から海南方面とは逆のバスに揺られ、向かっている先は市営霊園だった。そこに神の親父さんが眠っている墓があり、目的はもちろん墓参りのためである。

「親父さんの命日、1日だったっけ?」
「そうです、12月1日…先週の月曜日ですね」
「そうか。本当は命日に墓参りできれば良かったんだけど、ちょっと遅れて悪かったな」
「まあ、平日でしたからね。月曜じゃ、俺も仕事休めなかったし…」

今日はその命日に一番近い日曜日で、初冬にしては暖かく、穏やかな日差しが降り注いでいた。ここが湘南だからという事もあるだろう。恐らく、都内に比べて1、2度ぐらいは気温が高いのではないか。寒いのが苦手な俺は、あと数年経ったらこの辺りで家でも買って神と暮らしてえな、と割と本気で考えていた。そんな構想を頭に描いている俺をどう思っているのか、神が柔らかい眼差しを寄越しながら言葉を繋ぐ。

「それに、命日だったらうちの母親が墓参りしてるから大丈夫ですよ。母親も久々に父親と積もる話もあったでしょうし、二人きりの方がかえって良かったんじゃないですか」

あまりにもっともすぎる神の意見に、俺も確かにな、と頷いてみせる。

「ああ、そういう事なら俺なんかの出る幕じゃねえわ」
「でしょ?」

そこへ、「次は霊園前、霊園前です」という機械的な女性アナウンスが流れ、誰かがすかさず停車ブザーを押す。次停まります…という、運転手の低く不明瞭な声がひっそりと発せられた。





バスから降りたのは俺たちを含めた十人ほどで、全員が霊園を目指して歩き出していた。だらだらとした坂道を、舞い落ちてくる枯れ葉を踏み締めながら登る。

「線香と花は?」
「霊園着いたら、受付で買います」

誰一人会話をしている者はなく、俺たちも短いやり取りの後はどちらからともなく口を閉ざした。坂道を上がりきった所に霊園があり、見晴らしのいい敷地が広がっている。俺たちのような墓参り客の他に、法事か四十九日かで訪れている喪服姿の団体もいくつか見受けられた。

受付に座っていた、眠たげに目をしばたたかせている中年の男から線香と花を買う。神は財布から千円札を取り出しながら「あっ、うちの墓ってどこだったっけなあ…」とぼやき、男から釣り銭を手渡されついでに墓の区画番号を尋ねていた。

「南東・ま・7ですね…すみません、メモに書いてもらっていいですか?…はい、ありがとうございます」

仏花の挿さった手桶と線香の束、そして無造作に番号を書き付けられた紙切れを受け取った神が俺に向き直り、薄い笑みを浮かべてみせる。

「墓の場所、いっつも忘れちゃうんですよね…このメモ、なくさないように取っとこう」

そう言って神は財布に紙切れを大事そうにしまい込んでいたが、数日後にはレシートと一緒に捨てられる運命にあるのは何となく予想がついた。だが、その事にはあえて触れずに黙って神から手桶を引き取る。

暖房が効いて暑いぐらいだった事務所を出ると、冷えて乾き切った空気が頬に当たり、その温度差でぶるりと肩を震わせた。反射的に神の空いている手を掴もうとして、寸での所でそれを抑える。俺の中でそんな葛藤が生じている事など知る由もない神が、「今日は墓参り日和ですね」と反応に困るような事を呟いた。墓参り日和かどうかはともかく、雲一つない晴天には違いなかった。

「こっちが南東かなあ」

ところどころで掲げられている案内表示を頼りに墓を探し、ようやくたどり着く。先週、神のお袋さんが供えたらしい花が手向けられていて、墓石の周りの雑草なども綺麗に取り除かれていた。とりあえず近くの石段に荷物を置き、コートとマフラーを脱いでその上に載せる。

「水、汲んでくる」
「あっ、お願いします」

鞄の中から雑巾の入ったビニール袋を取り出している神に声を掛け、その場を離れる。一番近い水道で手桶に水を汲みながら、整然と墓石の並ぶ光景を改めて見渡した。それは何とも静謐な眺めで、ここにはいったいどれだけの魂が宿り、眠りについているのだろうといった事にぼんやりと思いを馳せた。

「牧さんちのお墓ってどこにあるんでしたっけ」

水の張った手桶に、雑巾を二枚投げ入れながら聞いてきた神に「鎌倉」と答え、さらに続ける。

「極楽寺と稲村ヶ崎の間ぐらいかな」
「また、いい所にあるんですね…でも、死んだら別々になっちゃうのかな」
「まあ通い婚にはなるかも知れねえけど、藤沢と鎌倉だったら全然近いし大丈夫だろ」

手が切れそうなほど冷たい水で雑巾を絞り、墓石を拭き始める。神のお袋さんが綺麗に掃除してくれたおかげか、雑巾には特に目立った汚れは付着しなかった。墓標には埋葬されている人々の没年月日や俗名が記されていて、一番最後に「富美子」とあるのは恐らく神のお祖母さんだろう。そして、その右隣に神の親父さんである「真一郎」という名が刻まれているのを視界に捕らえた。

「交通事故って言ってたよな、親父さん」

萎れてしまった花を抜き取り、空いたスペースに新たに買った花を挿し込んでいた神の動きが止まる。

「そうです。前にも話したかな―――車で取引先に向かっている途中で、急に飛び出してきた女の子とボールを避けきれずに電柱に衝突したそうです。即死だったらしいですけど…」

少し口をつぐんだ後、「でも良かったです」と神がポツリと言った意味がすぐにはわからなかった。

「良かったって?」
「おかげで、女の子は無傷だったと聞いたので…母親も、女の子は助かったし、お父さんも苦しまずに天国行けて良かったじゃんねって言ってましたよ、あの時」

きっと、事あるごとにそんな風に言い聞かされてきたのだろう。そういうお袋さんによって形成された神の人格が、俺の生涯に多大な影響をもたらす事になったと言っても過言ではない。

「でも、牧さんはまだ死なないで下さいね」
「えっ?」

墓石を磨く作業を休め、屈んでいた姿勢を起こす。神が一見、そうとはわからないぐらいに瞳を潤ませながら俺を凝視している。

「今、牧さんに先立たれたら俺、どうしたらいいかわかんないから…」

珍しく弱々しげに頭を垂れる神の背中をわざと強めに叩き、「死なねえよ、って言うか勝手に殺すな」と俺は笑った。

「最低でも、人間の平均寿命ぐらいは全うするつもりだから安心しろ」

一通り掃除が済んだ所で、線香の束にライターで火をつける。わずかに風が吹いていたせいか、なかなか安定した火種は灯らずに少しだけ苦戦したものの、どうにか白い煙は立ち上って特有の香りを鼻先に漂わせた。

「じゃあ牧さん、お先にどうぞ」

線香皿の網の上に線香を置いた神が、俺をチラリと一瞥して脇に退く。神家の長男を差し置いて俺が先でいいのか、という素朴な疑問には「俺の旦那さんは牧さんですから」という、思わず顔がにやけるような答えが示される。

「そっか、じゃあ俺から…な?」

自然と緩む頬を咳払いで締め、改めて背筋を伸ばした俺は柄杓に掬った水を墓石に掛けた。手を合わせて目をつぶり、孫を見せられない事への謝罪と、神を必ず幸せにするからどうか見守ってほしい、という誓いを胸の内で唱えた。
俺と入れ替わりに墓前に立った神が、同じように墓石に水を掛けて手を合わせる。伏せられた瞼の透明感のある白さと、黒々とした長い睫毛の繊細なコントラストが美しかった。

お参りを終えた神は俺に向かって礼を述べ、「今度は、牧さんちの墓参りにもご一緒させて下さいね」と言った。

「ああ、そうだな。うちは両親が健在だから、普通にお彼岸の時期に行くだろうけど…何なら、うちの家族と一緒に行くか?」
「えっ、牧さんの家族とですか?それはいきなり、ハードル高いです…」
「構わねえよ、お前は俺の嫁なんだから。うちの妹なんかめちゃくちゃ喜ぶぞ」
「あー…」

妹、と聞いて途端に神が戸惑ったような、むず痒そうな表情を窺わせたのには理由があった。俺たちが付き合い始めて間もない頃、鎌倉までドライブしに来たついでに実家に寄ってもらった事があったのだ。

妹は、就職と同時に家を出て一人暮らししているが、その日はたまたま実家に帰っていた。そして、神を紹介した際に妹がまじまじと神を見据え、開口一番言い放ったセリフが―――。

「しっ……んじらんねえぐらい肌綺麗ですけど、どこの化粧品使ってんですか?って聞かれたんですよね。初対面で」
「済まなかったな、妹は化粧品会社で働いてるから…あれは完全に職業病だな」
「いえ、それはいいんですけど、別に何も使ってないよって言ったら、えー洗顔だけですか!って驚かれたんですよね。男だから洗顔だけじゃないですか、基本的には」
「でも、確かに綺麗だよな」

身支度を整え、トートバッグを肩に掛けた神の顔筋がピシリと凍りついた。

「人んちの墓の前で何言ってんですか…」

行きますよ、と早々にその場を立ち去る神を慌てて追いかけ、すぐに追いつく。明らかに赤みの差した頬を指先で押すと、光の早さで振り払われた上に恨めしげに睨みつけられた。

「もう!牧さんっ…」
「まあ今度二人で行こうな、とりあえずな」

努めて真剣な口調で告げると、ようやく神の足が止まった。しばしの空白の後、「はい」という消え入るような返事が返され、それから霊園を出るまで二人の間で言葉が交わされる事はなかった。

辻堂駅行きのバス停は霊園の斜向かいにあって、時刻表を見た限りではあと5分後に次のバスが到着するようだった。定刻通りに運行されているかは不明だが、一応は来る予定になっているバスを待つ事にする。

「牧さん、辻堂着いたら…」
「ああ、寄ってくだろ?海南」
「そうなんですけど、今、3時15分ですから―――ここから駅までが30分ぐらいで、そこからまた海南まで歩くと4時過ぎちゃうかな。日曜だから、その時間だと校門閉まってるかも知れないですね」

神が携帯で時間を確かめながらそう言ったので、俺もつられて腕時計に視線を落とす。

「んー、でも行くだけ行ってみるか。俺はけっこう海南行く用事あるけど、お前は最近行ってないんだろ?」
「そうですね、確かに…じゃあせっかくだから行ってみましょうか」

先ほどまでは抜けるような青空だったのに、12月ともなれば3時台で既に夕景の色が混ざり始めている。周囲の並木が、満遍なく黄色や赤で染まっているのを眺めているうちに定刻通りバスが来て、どうやらそれは霊園始発のようであった。

ガラガラのバスに乗り込み、一番後ろの座席に腰を下ろす。「このバスは―――経由、辻堂駅行き…」という運転手の聞き取りにくいアナウンスを耳にしながら、俺は座席の下で手のひらを広げて「神、手」と小声で促した。
程なく重ね合わされた神の手を、様々な思いを込めて握り締める。「発車します…」という、やはりはっきり響かない声と共に扉は閉まり、エンジンの吹かされる重い振動を全身で感じ取った。
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プロフィール
嬉野シエスタさんのプロフィール
性 別 女性
誕生日 5月10日
地 域 神奈川県
血液型 AB型