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銀さんを待つ間にソファで微睡んでいたのは、時間にすればほんの僅かだった。疲労した身体を横たえてうつらうつらするのが心地よくて、僕は束の間の休息を堪能していた。


「お待たせ〜。ミートソースの缶詰発見したからそれのドリアにしたわ」

そのうち、淡々とした声と共に銀さんが現れる。その言葉に眠りの均衡を破られ、僕はゆるゆると眠い目を擦った。ぱちぱちと瞬きをして、緩慢な仕草でソファの上に起き上がる。

「ありがとうございます。美味しそう……ミートドリアですか?」

ローテーブルの上に次々並べられていく料理を見ながら、ポツリと呟く。ミートソースの缶詰で作ったというベースの上にチーズやらパン粉がかかったドリアは、見た目にも美味しそうな一品だ。いかにも食欲をそそる濃厚な匂いが漂って、ぐーきゅるきゅるとお腹が鳴る。相当の欠食児童っぷりに恥ずかしくもなるが、まさに背に腹は変えられない状況だ。

「さあ。そう言うの?適当に作っただけ。食おうぜ」

ハイ、と真顔でスプーンを手渡してくる銀さんは、多分にこういう料理があるかどうかすらもよく分かってない。発想力のセンスと手際の良さだけで、いつだってちゃっちゃと料理を作れる人だ。
僕がいつも作るのは和食が主だから、したがって万事屋の食卓に並ぶ料理も和食が多い。この手の洋食が出てくるのも珍しい。銀さんがたまぁに気の向いた時だけ作ってくれる特製オムライスは神楽ちゃんも大好きだし、うちの食卓を彩る為にも、大黒柱がもっと本気を見せてくれれば万々歳なんだけど。

それにしても僕だったらレシピと睨めっこしなきゃ作れないものを、勘だけでさらっと作れる銀さんって何なのだろう。不器用な僕に喧嘩売ってんのかな。



「あ、美味しい」

でも、どこか面白くない気持ちを抱えてスプーンを取った筈の僕なのに、一口目にして早くもそんな気持ちはどこかに吹っ飛んでしまった。だって本当に美味しい。美味しい料理を前にずっとツンケンしてられる人なんてそうは居ないだろう。

「銀さんってほんとに器用ですよね。基本は何でもできるし」

僕は料理を堪能しながら、素直に感嘆の声を洩らす。甘味作りの方が得意な銀さんだけど、お料理も上手なんて羨ましいったら。

「まあね〜。伊達にてめえより年食ってねーよ。つか俺が何でもできる訳じゃなくて、てめえが何も出来なさすぎだから。ありえねーだろ。うちに来て相当経つのに、何で未だに洗濯物抱えてすっ転んでんの?何で未だに包丁でザクザク手ェ斬んの?狙っててもできねえな、普通は」

銀さんもスプーンでドリアを崩しながら、これまた淡々と語る。でも、ニンマリした笑みに細められた双眸を仕上げとばかりに向けられ、僕は咄嗟に言葉に詰まってしまった。ずっと気にしてる不器用さをからかわれて、うっと素直に言い淀む。

「ま、またそういう減らず口を。てかそんなに文句言うなら、何で家事を僕ばっかりに押し付けるんですか。ズルいですよ、本当は当番制なのに!」
「いや、それは新八だから」
「理由になってねーよ!僕だから何ですか!」

気付けばまたテーブルを挟んでの小競り合い。でも今度は銀さんも早々に切り上げて、やっぱりまた人を食ったような笑顔を見せる。


「いいんだよ、別に。自分で作った方が数段美味い飯は食えっけど、新八の飯が食いてえんだもん」

『俺がね』。

重ねられた銀さんのセリフに、僕の顔は赤面に次ぐ赤面だ。ぼんっと爆発したような勢いで頬を紅潮させてしまう。
な、何でこの人っていつもこうなのだろう。僕がどうなるかを分かっている上でさらに誑し込んでくる、この手管。

散々に振り回された後で容赦なく撃ち落とされ、僕はもう声も出せなくなった。下を向いて、行儀悪くもカチカチと皿にスプーンをぶつける。せめてもの悔し紛れだ。

「だ、だから……銀さん、やっぱりズルくないですか?」

精一杯振り絞った声も何だか不安定に揺らいで、ときめきに狼狽えているのなんてバレバレだ。だって相手は銀さん。僕の心情なんて、それこそ手のひらで転がすくらいの感覚で自由に操れる。

そうやって顔も上げられずに赤面し果てる僕の上に、

「亀の甲より年の劫〜」

なんて、至極いつも通りの銀さんの声があっさりと降ってくるのは数秒後の話ではあるけども。



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「……ごちそうさまでした。美味しかったです」

さんざっぱら赤面した食事タイムも終え、僕はふうと息を吐く。途中でドギマギしたり恥ずかしくなったりはしたけれども、ご飯は確実に美味しかった。チーズと混ざった濃厚な味付けのソースは、育ち盛りの僕には特に美味しく思えたし。

「あ、デザートもあんの。さっき同時進行で作ってた」
「え、マジですか。あんな短時間で?」
「マジマジ」

既に食べ終えていた銀さんが、何気なく席を立つ。その言葉に僕は目を見張るけれども、言っているうちに銀さんの背中はさっさと居間から消えていた。

「はい」

そしてすぐ様に戻ってきた銀さんの両の手のひらには、見た目にも涼しげなガラスの器がのっている。中に揺らいでいるのは桃に違いなかった。いかにも柔らかそうに白く熟れた果肉。

「わあ……桃のコンポート?ですか?」
「あ、そう言うの?冷蔵庫にあったから適当に作ってみた」

銀さんの話はさっきとまるきり一緒。適当適当って、それ間違いなく料理が上手な人が言うセリフだよ。

冷蔵庫でよく冷やされていた為か、甘く味付けされた桃はひんやりしていて凄く美味しい。冷やされたことでさらに味が染みたのか、くせになる甘さ。僕が銀さんと神楽ちゃんにただ剥いてあげようと思って買っていた桃が、こうなって出てくるとは驚きだ。
こんな美味しい料理やデザートが作れるなら普段からせっせと作って欲しい。神楽ちゃんなんて絶対に喜ぶのに。……なのに、あの、この人は敢えて不器用な僕の手料理が食べたいって主張するんだから信じられない。


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