「銀さん……の、生活能力の高さを僕は尊敬します。普段からパチンコばっかり打つし、基本は働かないけど」

小さなスプーンで柔らかな果肉を丁寧に切り分けながら、僕は素直な声を洩らす。本当に銀さんってば宝の持ち腐れを地で行く人だ。やる気になれば何でもできるのに、絶対に自らやろうとしない。自ら進んでやる時はサボりとか、ギャンブルとか、僕に乗っかってきたりとか……あと、自分じゃなく誰かの為。

考えてみれば今もそうだ。誰かの為ならすぐ動けるし、何でもする気概すらあるのに、銀さんってば自分のことになるとてんでダメなんだから。


「最後余計じゃね?てかそこ尊敬されても微妙っつーか」

僕の話を聞いていた銀さんは微妙極まりない顔をしている。でも、僕が心から銀さんを尊敬しているのはもっと別の点だ。だからこそずっと隠しておこうと思う。僕はそれを銀さんに言わないし、言えない。

ただでさえ惚れた弱みもあるんだから、少しでもこっちに有利にしておかなきゃ。




「桃って元々甘いのに、こうやって煮ると尚更甘いですね。さっぱりした甘さから、こっくりした甘さになって」
「果物に糖分多めは基本だからな。砂糖は世界を救う」
「いや、どっちかと言えば銀さんは砂糖に巣食われてる方ですから。まったくもう、過剰な糖分摂取は控えてってアレほど」

甘いデザートを食べながら、テーブルを挟んで何気ない会話をする。繊細な皮から綺麗に果肉を剥がされた桃は火照った身体に心地よく、甘くひんやりした喉越し。どんどん食べられそうな味のコンポートにひとしきり舌鼓を打った。


「……でも、甘くて柔らかくて美味しいです」
「だろ」

素直にパクつく僕に、したり顔で笑う銀さん。
こうやっていつものように居間で食事を摂ってるだけなのに、何となく甘いような雰囲気に満たされている気がするせいか、僕は少しドキドキしていた。柔らかな桃の果肉を齧る僕を見る銀さんの目が、変に鋭い。

「あ、新八」
「!」

すると一瞬の後でひょいっと腰を浮かせた銀さんが、おもむろに僕の隣に座り込んできた。僕の肩を抱き、ぐいっと自分の方に引き寄せて、僕の口の端に親指の腹を当てる。何かを拭われたと気付いたのは、その指を銀さんがペロリと舐めたからだ。

「甘いのついてた」

桃の果汁が付いていただろう舌先を見せ、いたずらに笑う銀さんにドキドキする。変に距離が近くなったせいか、心臓が暴れて落ち着かない。
さっきは散々とんでもないことを言わされ……いや、自分から言っていた僕なのに、身近にある銀さんの顔にはもう狼狽えてしまう。


「ど、どうも」

視線も合わせられずにおろおろと礼を述べると、再び銀さんの指が伸びた。僕の顎を掴んで、自分の方に振り向かせる。

「もっと甘いの発見」
「ひゃっ」

言うなり唇にキスされて、おかしな声をあげてしまった。甘くひんやりした、デザートみたいなキス。
銀さんの肉厚の唇に僕の薄い唇がぷにゅっと潰され、果肉のように甘く蕩ける。


「ん。コレ美味え」
「……ば、ばか」

僕の唇を一回だけ奪った銀さんは、どこかいたずらっ子のような顔をしていた。そしてまた“あの目”で、僕をじっと見つめる。

「バカでいーよ」

甘くて鋭い、その視線。捕らえられた僕を決して逃さない、その眼差し。
気付いた時には、僕はまるで花に引き寄せられる蝶のようにふらふらと靡いて、銀さんからまた自然とキスされていた。甘い味がする銀さんの舌を吸って、吸われて、ちゅっちゅっと何度も角度を変えて唇を食む。

「……こ、こんなことばっかりしてたら、そのうち本当のバカになっちゃいそう……」

唇を触れ合わせたまま囁いて、甘く吐息。
気付けば銀さんの膝にちょこんと乗せられている始末だし、銀さんどころじゃなく、僕だって本当の意味で手に負えない。むしろ二人してバカだ。

「もうなってるなってる。特にお前。肝心なとこでアホだし、そのくせ身体はエロいし」
「ま、また僕のこと小馬鹿にして!銀さんだって!」
「だから俺はバカでいいってば」

ふざけた言葉に僕は怒るけど、銀さんは軽く受け流すだけだった。喚く僕の口目掛けて、スプーンで掬った甘いデザートをいきなり突っ込んでくる。

「ほら。あーん」

無理やり食べさせておいて『あーん』も何もない。でも柔らかい果肉を舌に乗せられ、どこかやらしげにスプーンで口内をちゅくちゅくと掻き回されているうちに、僕はすっかり怒る気力を失っていた。スプーンが引き抜かれて銀さんの舌が突っ込まれてきても、もう抵抗も何もできない。


「ん……んん、」

柔らかく熟れた果肉が二人の舌の間で潰され、とろんと果汁が滲み出る。文字通りに甘いキス。

「……ふあ」


舌先で上顎をくすぐられて、抱えられた腰が変にわななく。身体のどこかがざわりと騒めく。口の中に性感帯があるなんて、銀さんに教えられなければ絶対に知らなかったことだ。
擽られると、身体が反応するポイントがある。僕が身を捩ったり肩を震わせるたび、銀さんはそこばかりを執拗に責めてくるから、次第に思考が濁って頭はぼうっとしてきた。

僕の口の中でぬるぬる緩慢に動く、銀さんの太い舌。さっきと違って余裕たっぷりに僕を味わうくちづけ。僕の味を堪能するみたいな舌の動き。
桃の果汁が唾液と絡んで、甘く追い詰めてくる銀さんの舌で翻弄され、僕をぐずぐずに溶かしていく。




「銀さん……」
「ん?」
「大好き」

だから唇が離れた頃には、すっかりと僕は夢見心地の気分だった。銀さんに全身で絡み付いて、とろんとした眼差しで上を見上げる。まるで水の中にいるかのように視界が潤んで、たゆたっている。銀さんの腕の中はすごく心地良くて、ドキドキするのに、僕をどこまでも安心させる。

でも自分でも意識せず出た愛の言葉は、今度こそ銀さんを顕著に狼狽えさせてしまったようだった。

「……。……お前、それな!?お前のそういうとこがおかしなもん釣れる理由なんだって!!」

はああ、と重々しいため息を吐き、銀さんは忌々しそうに僕の顎を掴む。ぐいと上向かせられ銀さんと視線が絡んだけど、正直僕には銀さんの言っていることがさっぱり分からない。

「は?釣れる?」

したがって目をパチクリさせながら聞き返したけど、銀さんはもう黙って首を振るばかりだった。でも僕に答えてくれない代わりに、敢えて優しく僕の頭を撫でた。

「いいよ、何も気にしなくて。お前は分かんねえままで居て」

そして、蕩けるような声で低く囁いてくる。

こうやって僕から責任を奪って、僕のことを自分の中に閉じ込めておこうとする理由は解せないけれども、生憎と僕にとってのその檻は甘美なものでしかない。
僕から硬い芯をすっかりと奪って、ぐにゃぐにゃの淫らな肉に変える魔法の呪文。


「布団行こ。さっき敷いてきたから」

けれども、ちゅっと額に落とされるキスと共に囁かれた言葉には仰天した。思わず逞しい胸を押し返して、凝然と銀さんの顔を見る。

「きょ、今日はもう嫌だってば」
「嫌じゃないってば」

おいィィィィィィ!!??

ひりつく喉からようやく押し出した拒絶の言葉すら軽く反転され、僕はもはや信じられないと言わんばかりの目で銀さんを見た。あれだけ激しく何回も交わったのに、その上でまだできるっていう銀さんが信じられない。
でもたぶん、そんな風にして軽々とリミッター外すことなんて、これまた銀さんにしか出来ない荒業だろうけど。

「無理です!むり!僕はもう銀さんのタフさについていけないってば!」
「ついていけるって、むしろお前しかついてこれねえ。圧倒的にムッツリすけべなてめーしか。てか俺だけじゃなく、お前も結構性欲強いよな」
「ばっ……し、信じらんない!」

悲痛な声で言い募る僕をよそに、銀さんは淡々と呟く。僕を共犯者然として見やる眼差しでいたずらっぽく笑う。その色っぽいような顔に胸がズキンと疼いて、僕はもう黙ってしまった。ドキドキしてたまらない。

「いい匂い〜。このボディソープ買ったの新八?」

僕の無言を降伏と受け取ったのか、銀さんは悠々と僕を抱いてひょいっと軽く立ち上がる。そのまま僕の首元に鼻を近付けて、くんくん嗅いでいる様は本当のオオカミも顔負けだろう。て言うか往々にして呑気過ぎるしタフ過ぎる、我が家のこのケダモノは。

「もー……」

でも頬を染める僕は文句の一つもつけられず、もう銀さんの好きなようにさせておいた。マーキングさながらに首筋にぐりぐり鼻を擦り付けられつつ、銀さんの腕にしっかりと抱かれて。

「てか軽ッ。お前大丈夫かよ色々。ちゃんと肉食ってんの」

横抱きにしていることで僕の体重をはっきり感じるのか、銀さんはようやく気付いたように呟くけれども、そんな事だってもはや今更の話だ。悔しくなった僕は銀さんの首に手を回しつつ、ツンと頬を逸らして反論に徹する。


「銀さんがマトモにお給料くれたら、お肉だって何だって食べられます。言っとくけど僕は成長期です、食べ盛りなんです。それなのにたび重なる食糧難に喘いでるのは、誰のせいですかね」
「……。可愛くねーな、新八」
「いいです、可愛さなんて僕いらないです」
「また可愛くしてやっからなオイ」

ブツブツ呟く銀さんにこっそり笑って、僕はさっきの銀さんよろしく、その厚い胸にぐりぐりと顔を埋めた。深呼吸して銀さんの匂いを深く堪能する。僕が大好きな匂い。


どこまでも僕をドキドキさせるのに、どこまでも僕を安心させる、銀さんの腕の中。




以前も、今も、この先もずっと──この人だけが僕の大好きな人。








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