話題:創作小説
化け物駆除をするようになって、今年で五年になる。人員の入れ替わりが激しいこの業界ではベテラン扱いだ。
私が勤めているのは化け物駆除を専門にしている小さな会社で、町の中の小さな山を背にした所にある本社ビルは古く老朽化が進み、スチームパンクの世界に迷い込んだような様相になっている。
薄汚く薄暗いビルではあるが某アニメの世界に入り込んだような気がして、個人的にはとても気に入っていた。
そのビルのエントランスで、なかなか来ない相棒を待ちつつ支給された武器のチェックを暇潰しに行う。
肝心なところで使い物にならないでは、命が幾つあったって足りやしない。
化け物の駆除と云えば昔は技術を持った一部の人間しか出来なかったが、今は彼らからノウハウが伝わり、また化け物用の武器などの開発が進んでいる為、一般人でも手順さえちゃんと踏んでやれば容易にする事が可能になっている。
一通りチェックが終わると、やたら厳つい銃と刀身が太く長いナイフをそれぞれウエストポーチの専用ケースへとしまった。
それとタイミングを同じくして遅刻だと慌てた様子の相棒がやってきたので、軽く嫌みを云ってやると車に乗り込み依頼があった現場へと出発した。
今回の依頼は市が管理している山林に住み着いた化け物の駆除であった。
無害なものなら放置で良かったそうだが、付近に生息している獣を食い荒らしたり林業の人間を襲うなど凶暴性がみられる為、死者が出る前にどうにかしてほしいとの事だった。
依頼の現場である山林は市内から車で一時間程の所にある。
周囲に人家などはないが近くに隣県へ繋がる道路がある為、いつか化け物がらみの事故が起こる可能性がある事を考えると、早急に駆除すべきなのは明らかだった。
舗装がされていない脇道へ入ると、拓けた場所に車を止める。
依頼者によれば件の化け物は人工的な音に敏感らしいというので、車のクラクションを山林の奥へ向けて何度か鳴らした後、エンジンを掛けたままにして誘い出す事にした。
待っている間、化け物の詳細が記された書類を眺め、数日前から練っていた駆除計画の確認をする。
対象となる化け物はその身体を硬い殻に覆われていると見られ、ナイフは不向きである事が考えられる為、武器は銃や最悪爆薬を使用し、それで歯が立たなければ忌避剤を使用し素早く撤退する事。
それに加え処理施設へ搬送する際の解体手順を数パターンもう一度頭に叩き込むと、それぞれ準備を始めた。
銃に弾を込め、駆除用手榴弾を幾つかと忌避剤の詰まった瓶をポーチにしまうと息を殺して不規則に並ぶ木々の向こう側に集中する。
どれくらいそうしていたのだろうか。
遠くで風も無いのに枝が擦れる音が聞こえてきた。それは徐々にこちらへと近付いてくる。
愈々来たな…。
銃を構え、姿の見えないそれを睨み付ける。
次の瞬間、地響きを伴い周りの木々を薙ぎ倒しながら形容し難い姿の化け物が飛び出してきた。
自動車程ある蟹のような胴体に、甲羅に覆われた人間の腕のようなものが一本生えているそれは、指を器用に蠢かせながらこちらへ向かって素早く這いずり迫ってくる。
相棒が化け物目掛けて銃を何発か発射するが、専用の銃弾も硬い殻に覆われているそれには余り効果がないらしい。
銃が無意味なら武器として渡されているナイフも当然刃が立たないだろう。
私は相棒に後ろに下がるように云うと、早くも使う事になった駆除用の手榴弾を幾つか化け物目掛けて放り投げた。
手榴弾は緩いアーチを描きながら化け物にぶつかるとその瞬間、目映い光を放ち鋭い破裂音を響かせ炸裂した。二度、三度とそれが続くと急激に辺りが静まり返る。
やったか?
爆破の衝撃で飛ばされた身体を起こすと気絶でもしたのか、化け物が腹を見せた状態で引っくり返り、腕のような脚をヒクヒクと痙攣させていた。これなら近付く事が出来る。
相棒と共に素早く化け物の元へ移動するとウエストポーチの鞘からナイフを抜き、止めを兼ねてそのまま解体を始めた。
駆除した化け物はその場に放置すると腐敗して“障気”と呼ばれる毒を放出する為、専門の処理施設に運ぶ事が義務付けられている。
生きていても死んでいても人に害をなすとは、相容れない生き物だ。
そんな事を考えながら脚を胴体から切り離す作業に入る。
化け物とて頭を落とせば止めを刺せるのだが、こいつには頭が見当たらない上に心臓を潰そうにも身体中が硬い殻で覆われている為、まずは動きを封じる事を先決とした。
身体中を覆っている殻は硬いが、よく見れば関節の内側は柔らかくナイフで容易に切る事が出来そうだ。
ナイフを突き立てると思った通り柔らかく、刃が面白いほど進んだ。ある程度切ると残りの硬い部分を相棒と一緒に体重を掛けて引っ張る。
こちらはなかなかすんなりとは出来なかったが、何度も繰り返していると生木の折れるような音を立て胴体から離れた。
これで化け物が正気を取り戻したとしても安全だ。
次に止めを刺す為に腹にナイフを入れる。
硬い殻を切る事は出来ないので脚の時のように柔らかい部分を探し、少しずつ刃を進めていく。
腹側の殻は他の部分より柔らかいらしく、乱暴にナイフを進めると一部が割れ、柔らかい中身が顔を出した。
人の腸のような内臓が蠕動しながら出てくるその様は、下手なゴア映画よりもおぞましいものだった。
視界の端でうねうねと蠢くそれに気分が悪くなったが、何とか堪えるとナイフを進める。
あと少しで殻を剥がせるところまできた時だった。
突然、電話が鳴った。
鳴っているのは社用携帯なので、どうやら会社から掛かってきたようだ。
急な着信音に狼狽してしまったが相棒に残りの解体を任せると、その場から離れ応対する。
時間が掛かっているが大丈夫か?
そう訊ねられ腕時計を見ると、現場に到着してからかなりの時間が経っていた。
取り敢えず経緯を説明し大丈夫だと答えると、化け物を処理施設に搬送するのにユニックを用意して欲しいと頼み、電話を切った。
急いで戻ると、化け物の傍らに踞る相棒の姿があった。
急に体調でも悪くなったのだろうか。介抱しようとした時だった。不意に鈍い音がして彼女の身体から力が抜けると、私の身体に寄り掛かる。
脱力し、全ての体重を預ける相棒の姿に恐る恐る音がした箇所を見ると、駆除した化け物と同じ姿をした小さな化け物が腕のような脚から伸びる手で、不自然に曲がった彼女の首をギリギリと絞めていた。
ああ、今の音は首の骨が折れた音か。
相棒の死を目の前にしながら何処か冷静であった。
人員の入れ替わりが激しい業界。五年も居れば一人や二人の仲間の死を目の当たりにするのは至極当然の事だ。
相棒が死んでも尚、その首を絞め続ける小さな化け物を強引に引き剥がすと、地面に叩き付け踏み潰す。
人の首を折るほどの力はあるようだが、身体が小さいからか踏み潰す事は容易いようだ。
そのまま死骸を踏みにじると、乾いた笑いが喉から溢れた。
恐らく駆除した化け物は身体の中に卵か子供を抱えていたのだろう。
それが母体の危機に乗じて出てきたというところか。
まさかこうなるとは予想もしていなかった。
相棒が死んでしまったのは私の責任だ。
短い時間といえど彼女を一人きりにするべきではなかった。
地面に転がる解体の済んだ死骸を見やる。
殻を剥がされ、露出した体内の奥で蠢く無数の目玉と目が合った。
2016-4-5 08:58
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