Sea Monster

話題:創作小説



断崖から眼前に広がる海原を見下ろす。
ドス黒く波打つ水が白波を立て、断崖の足元に突き出た岩場にぶつかっては砕けて消えるを繰り返している。
その岩場に乗り上げた黒く巨大な何かが、ぶつかる波に押されては揺れている姿がよく見えた。

アレを、処理しなければならない。

岩場に降りると黒く巨大なその姿をハッキリと確認出来た。
大きさは10メートル近くはあるだろうか。見上げるだけで首が痛い。
丸みを帯び、水を入れた状態で地面に置いた水風船のように潰れたそれは、ゴムの様な質感の皮膚に覆われている。その皮膚にはフジツボだったり藻の様なものが無数に付着していてボコボコとしており、滑らかさなどまるで無い。



ギュウ

と、声が聞こえた。
どこか苦しげで悲しげに聞こえたその声がした方へ顔を向けると、巨大な何かの顔があった。
つるりとしたそれは小さな目玉を此方に向けると、無数の歯が生えた口を僅かに開き、再び声を上げる。

鯱。

それは海のギャングの異名で呼ばれている生物とよく似た顔をしていた。
しかし、我々が知っているその生物とはまるで違う姿をそれはしている。
目が合うと一瞬の間を置いて、同じような顔が次々と黒い巨躯から頭を持ち上げ此方を見下ろすと、ブヨブヨとした身体を波打たせて見せた。
まるで救いを求めるように。
或いは近付くなと敵意を向けているかのように。
コレ。否、コレらの感情を知る事は出来ないが、その何方にも見えた。

コレを今から数日掛けて解体し、処理するのが我々の仕事だ。
あまりに巨大で重量のある身体を海へと帰すのは、ハッキリ云って不可能に近い。しかし、かと云って放置も出来ない。
このままにしておけば、陸上で身動きの出来ないこの生物はいずれ衰弱死し、軈て強烈な腐敗臭を放つようになる。その先にあるのは体内に充満した腐敗ガスによる大爆発だ。例え様のない悪臭に加え、散乱する溶けた肉片や臓物が辺りを赤黒く染めるグロテスクな様は、正に地獄といった様相になる。
なのでその前に解体し、出来る限り軽量化して運び出すしかないのだ。
その巨躯故に安楽死など生温い事は出来ない。
毒薬を打とうとしても硬く厚みのある皮膚が針を通さないし、苦肉の策として目や呼吸孔の様な柔らかい部分から薬を体内に打ったとしてもあまりに身体が大き過ぎる為、効き目が薄く死に至る事はまず無い。
また身体に高圧電流を流して感電させるのはある程度効き目があるようだが、一時的に動きを鈍らせる事は出来ても、やはり絶命まではしない。
そういった具合に過去に先人達が思い付く限りの安楽死方法を試したが、結局見つからず今に至る。
では、ならばどうするのか。
答えは簡単だ。生きたまま解体するのだ。
幸い、感電させて動きを封じる事は可能であり、大木を伐採する際に使うような大型のチェーンソーの刃は硬く分厚い皮膚を突破する事が出来る。皮膚さえ裂いてしまえば何とでもなるのだ。それは安楽死から程遠いものではあるが。

防護服にゴーグル、マスクを装着しヘルメットを被り身を守るとチェーンソーを手に取った。
持ち慣れた、しかしズシリと腕に伸し掛かるそれのスイッチを入れるとモーターが鋭い唸り声を上げ、刃を高速で回転させる。

耳を劈く喧しい回転音に、目の前の巨躯がより一層波打った。







いつの頃からか海に棲む生物達は姿を変えてしまった。
『進化』と呼ぶにはあまりにも奇妙で奇怪な姿の彼らは瞬く間に既存の生物達と入れ替わり、広大な海原を支配した。
例えば目の前のこれも、その生物の一つだ。鯱に似た顔を複数持っている為、そのまま多頭鯱と呼ばれている。
余談ではあるが、その見た目が神話に登場する多頭の蛇の化け物に似ている事から、ヒュルカと呼んでいる国もあるそうだ。
その性質は鯱と同じで複数頭からなる群れで行動し、優れたチームワークを狩りの際に発揮する。
非常に賢く、群れによって独自の文化を持っていたりと野生動物としては優れた知性を持っているが、その巨大さと悍ましい姿から『モンスター』或いは『悪魔』などと呼ばれ、人々から恐れられていた。
これは多頭鯱だけに限った事ではなく、他の海洋生物も同じである。

『人間があまりにも汚すから海が怒っているんだ』

作業中の事故で死んでしまった、先輩だった人がよく口にしていた言葉だ。
初めて耳にした時は随分と荒唐無稽な話だと思っていたが、昨今になって急速に進んだ海洋汚染の現状や海洋生物達のモンスター化のタイミングを考えると納得せざるを得ない。
いつの頃からか黒く染まった母なる海は、自らを汚す事を止めない人類を敵と見做したのかも知れない。



静寂と足元に広がる夥しい量の血溜まり、辺りを漂う生臭い臭いが解体作業が一段落ついた事を告げる。
目の前には人の背丈程の大きさの頭が切り落とされたままの状態で転がっており、その数は8つ。
仲間達と手分けして解体に臨んだが、感電させて動きをある程度封じているとはいえ、蠢く巨体を往なしながらの作業はなかなかに骨が折れた。
皮膚と肉を裂くのは簡単であるが骨はそうはいかない。その巨躯を支える骨は太く頑丈で、此方が用意出来る道具では容易く事を進められない上、感電による麻痺状態も長続きせず、様子を見ては電流を流すのを繰り返す為、どうしても時間が掛かってしまう。
厄介な事に、この生物は見た目通りの生命力を持つので頭を1つや2つ切り落としたくらいでは死にはしないのだ。蛇足ではあるが、コレが絶命したのは五つめの頭を切り落とした頃だったか。

そうして苦労して胴体から切り離したそれらを用意したトラック数台に分けて載せると、海洋生物研究所へと搬送する。
生物学的に不可解で未だに謎の多いこの生物の身体の構造を調べる上で、貴重なサンプルとなるそうだ。
いつの日か、コレを含めた奇妙な生物達の生態や正体が解明される日が来るのだろう。

岩場に残された力無く転がる巨大な肉塊を一瞥すると、今日の作業の一切が終了した事を告げるホイッスルを鳴らした。







久々に見た夢をモデルに。
多頭の鯱が質感を含めなかなか気持ち悪かったが、見た事も無いのに存在していない生き物をリアルに描く脳って凄い。
それにしても、夢を見れるという事は深く眠れている証拠でもあるが、内容が内容だから何か嫌だ。

Memory deletion

話題:創作小説

 電脳化が進んだ世界というのは便利だ。
 コンピュータと変わらない脳は、かつて多くの人が望んだ願いを容易く叶える事が出来る…そう思っていた。

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raison d'etre

話題:創作小説


 医療用クローンが、世に定着してから十数年程の月日が流れた。

 倫理的・道徳的観点から禁止されていたクローン人間だが、今現在、医療行為で使用する目的に限り、自身のクローンを保管する事を国が推奨し、国民の多くが自身のコピーを持つ時代となった。

 クローンの主な用途は、オリジナルのドナーである。
 医療用クローンがドナーとして主流になる前は、患者は臓器移植が必要な際、臓器提供者が現れるのを待たなければならなかったが、クローンからその必要な臓器を摘出、移植をする事によりスピーディーな治療が可能となり、ドナー待ちをしている間に患者が症状の悪化等で死亡する事は無くなった。

 自身のクローンをドナーとする最も大きなメリットは、何といっても拒絶反応が出ない事である。
 人間の身体には、自分自身以外のものが体内に侵入してくると、それを異物として認識し、排除しようとする免疫機能が備わっている。風邪等で細菌やウイルスが体内に入ると熱が出たりするのはその為だ。
 分かりやすく云えば、移植された臓器を異物と認識し、攻撃してしまうのが拒絶反応である。

 拒絶反応は免疫抑制薬により抑えられるが、一部の臓器を除いて一生涯服用し続ける必要があり当然、副作用もある。
 だが、クローンからの臓器移植であれば、拒絶反応が出る事はない。クローンはオリジナルのコピー故、移植された臓器を異物と認識しないからである(例外はあるが稀なケースである為、ここに記述はしない)。

 将来的にはオリジナルの脳をクローンの身体に移植する事を目標としており、現在は実用に向けて動物を利用しての臨床研究の段階である。
 これが実用化されれば、一部の難病患者については完治が望めるだろう。

 とはいえ、医療用クローンが認められていると云っても、やはり倫理的・道徳的観点からその存在を疑問視する声は少なくない。
 またクローンの殆どが部位毎にではなく完全な人の姿で造られる為、彼らの『人権』の有無について屡々、論争が起こっている。
 しかし、クローンには基本的に意識や意思は存在しないとされており、医療従者にとってクローンは人間というよりも臓器というパーツを取る、生きた消耗品という認識であった。

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終末には雨が降る

話題:創作小説



 雨が降っている。

 雨粒が幾つもの筋を残し流れていく窓の向こうに見える空には、どんよりとした分厚い雲が掛かっている。
 何となく薄明るい雲を見るに、今は昼なのだろうか。昼夜問わず薄暗い所為か、時間の感覚も少し狂っているように感じる。最後に青空を見たのはいつだったろう。


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第一妖取締課・零班


話題:創作小説


第一妖取締課・零班
滑空するもの

ザックリとした設定
第一妖取締課・零班設定

キャラや物語の設定が大まかに確定したので、大分前に書いたものですが、一部書き直して再掲。


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