「何か話があったのではないのか?」


やれやれと溜息をついて山本が尊奈門に尋ねれば、青年はハッと我に返り懐から一つの文を取り出した。


「村の外れで人妖を目撃したという噂を耳にしまして‥」


文を受け取り、はらりとそれを広げてみれば、尊奈門が調べたのであろう人妖の情報と、目撃した状況が詳細に書かれていた。


「東の村外れ‥あの山林には誰も住んでいないはずだが、村人はなぜそこへ?」

「なんでも、病に効く貴重な薬草が生えているらしく
それらを採取する際、特定の場所で人妖と呼ばれる者を目撃するようです」


頭の中でそれらの情報を全て整理してあるのか、昆奈門からの問いにもすらすらと簡潔に答える尊奈門。


「今のところ被害は無いようですが、これから何が起こるとも言い切れません。
早急に対処した方が宜しいかと思い、報告致しました」


若輩ながらも迅速な判断をした尊奈門へ、昆奈門は満足気に「ふむ」と頷く。


「‥女の人妖、か」


目撃された姿は同じ女


それも、すすり泣いているだけのもの


だが…




確かに被害は無くとも人妖と呼ばれる何者かがいる事で要らぬ不安を煽り、人々の生活に影響が出る事は目に見えている。




「これは私が直に向かおう」

「昆奈門様直々に、ですか‥?」


驚く尊奈門の目の前でしっかりと昆奈門は頷いてみせた。


「得体の知れぬ相手となれば、この目で直接確認した方が対策も立てやすいだろうからな。
陣内、陣左を同行させ、尊奈門を案内役とする」


名を挙げられ、尊奈門は嬉々とした表情で「はっ」と主へ頭を下げる。


仕える身の彼にとって、同行を命じられるなどこの上ない名誉であるのだ。


尊奈門の瞳に、浮き立つ気持ちが表れ、期待に輝く。


「出発は明日だ、支度を頼む」

「はい」


「‥は?」


昆奈門の一言に、静かに承諾の返事をする山本と対照的に、尊奈門は疑問の声を上げた。


「あ、明日で御座いますか?」


てっきり今すぐ出発するものだと意気込んでいたのか、拍子抜けしたように問い掛ける。


「当然だ。
先ずはこの書面と、屋敷での仕事を粗方片付けていかねば後々問題になりかねん」


さも当たり前のように述べられた言葉に、正論だと納得した尊奈門だったが


「それに」と続けられた言葉には呆れ顔を浮かべるしかなかった。




「これ全部片付けないと、陣内が承知しないしねぇ」



チラリと向けられた主の視線に、山本は涼しげな表情でニコリと返すのだった。