※ほんのり暗いこへ滝小話。
※綾部→滝の描写があるように見えますが、綾部は仙蔵と恋仲設定なので、滝とは単なる深い友愛です。ルームメイトだしぬ。
※小平太がかなり暴君発揮?してますので、注意。



ある夜の話。
とうに戌の刻は回っている時分、4年い組の長屋からはうっすらと明かりが漏れていた。
中にいるのは、自室の綾部喜八郎と、平滝夜叉丸。それに同級でろ組の田村三木エ門、は組の斎藤タカ丸であった。
4人は久しぶりに集まり、花札に興じていた。もちろん、賭ける物は持ち合わせていない。ここ最近、寄り集まって遊ぶ習慣がつき始めていた所であった。
町暮らしの長かったタカ丸は、他の3人にいろいろな遊びを教えていた。最近は花札で遊ぶことが流行していた。

「菖蒲に牡丹…桜か。これじゃあ、凄く良い札を捨てなくちゃいけないなぁ…。」
あーあ、困ったなぁ…と、タカ丸が頭をかく。

「あ、小野東風じゃないですか!では、これは私がもらいますね〜。」
となりの三木エ門がラッキー!とばかりに、タカ丸が先程捨てた札の上へ勢いよく雨のカス札を重ねる。
次の順番は滝夜叉丸である。
しかし、彼は一向に動こうとしない。自分の持ち札を握りしめたまま、蒼白な顔をして押し黙っている。
それに気がついた三木エ門が、怪訝そうに滝夜叉丸の肩を肘でこずいた。
「おい、次、お前の番だぞ。」
「…え、あっ。」
少し遅れて、滝夜叉丸がびくっと反応を示す。そんな滝夜叉丸に驚いた三木エ門は首を傾げた。いつもの滝夜叉丸なら、勝負事には貪欲に取り組むはずだが、今は只々、心此処に在らずといった感じだ。
タカ丸も心配そうに眉を寄せて、
「滝夜叉丸君、どうかした?」
と彼の顔を除き込んだ。
そんな風にして、みんなの視線を集めた滝夜叉丸は、「いや、なんでもない…。少しぼうっとしてて…」などと誤魔化すようにして笑った。今度は真剣になって目の前の山札と、自分の持ち札とで睨めっこを始める。

綾部は唇を噛み締めた。彼は滝夜叉丸と同室であった。
とても、滝夜叉丸のこのような様子を見てはいられなかった。
楽しそうな振りさえもままならず、彼の白い首筋からは冷や汗らしきものが光っている。顔色は、どんどん悪くなる一方だ。
こんな状態は、もう2日前の夜から続いている。昼間は授業もあり、忙しいせいで幾分気は紛れているようだが、そんな滝夜叉丸を気遣って、この花札大会を企画したのは綾部であった。
少しでも、気が紛れればいいと、我ながら良い思いつきだと思っていたが、今は只、悔しかった。
そして、憎んだ。ある人物を。

あの野郎。まさか今夜も来るんじゃないだろうな。

「次、綾部の番だね!」
三木エ門に呼ばれて、あぁ…と、自分の札に目を通そうとした時。



「滝。」





突然、長屋の障子戸の奥から誰かの低い声が響いた。黒い影が、白い障子に落ちる。
その身体の輪郭、声。そして、この時間。


滝夜叉丸の肩がガタっと勢いよく揺れる。自分の札を、あまりの恐怖に床にばら蒔いてしまう。

綾部は反射的に、滝夜叉丸の側に飛んで入り、彼の細い肩を抱いた。
そんな光景に驚いた三木エ門とタカ丸は「なんだ?」とばかりにそんな二人に視線を送る。


「滝?居るよね?私の所においで、悦いことをしよう。」


長屋が急にしんとしたことを不信に思ったのか、また障子戸の奥から、今度は少しイライラしたような声がする。

滝夜叉丸は、目を閉じて、意を決したとばかりに立ち上がった。着流しの裾や、襟を整え、艶々に光る髪も手櫛で軽く整える。
綾部は長屋から出ていこうとする滝夜叉丸の手を反射的に掴んだ。本当に行くの…?、滝はそれでいいの…?と、視線だけで訴える。
すると途端に滝夜叉丸の表情がパッと薄暗く輝いた。

「自分でも、不思議な気分なんだ。」
恐いのも本当だけど…、
私は、それ以上に七松先輩が愛しいのだ…。



空気が、ひやりとはりつめた。
綾部は力なく、滝夜叉丸の腕を離した。まるで、自分が触ってはいけないものに触れている…、そんな嫌な感覚が、自分の精神をぐっと満たした。後ろの方で、ぽかんとしていた残りの二人も、なにやらただならぬ雰囲気に息を飲むしかなかった。


「先輩、今夜も来て下さったんですね。」

障子戸がすっと開け放され、外の人物が見える。
中から見えたのは、6年ろ組、七松小平太であった。



彼は部屋と廊下の境に立つ滝夜叉丸の細い身体を、ぐっと自らに引き寄せると
「滝、早く。」
と、低い声で誘う。
「あの約束を忘れるな。」



綾部は見逃さなかった。滝夜叉丸が七松に肩を抱かれた時、彼が震えながらもそれに応じ、七松の腰に腕を回したことも。
七松が、こちらにうっすらと不適な笑みを浮かべて部屋の中を一瞥し、去っていったことも…。








つづく〜かも。
小平太の言ったあの約束とは。
恐い暴君。
恐いでも好き。むしろそこが好き。

小平太と滝夜叉丸。
小平太は野獣。
滝はそんな先輩が恐いけど、愛しい。

そんな関係を見るの嫌いだけど、書くのは相変わらず好き(笑)

花札はこの時代には余裕でなかったでしょうね。すいません。