高い天井にブーツの音を響かせ、メロは足早に自室のある寮へと向かっていた。
ウィンチェスターの冬は極寒だ。円形のアーチがいくつも連なる外の廊下は、当たり前だが外界同然の寒さである。素晴らしく風通しの良いそこで、メロはマフラーが鼻までくるように被り直す。肩ほどの髪が白いマフラーから幾房も溢れ北風とともにサラサラと流れた。
きちんとボタンの閉められたピーコートは黒、膝丈程度の短パンも黒、おまけにハイソックスやブーツまで、とにかく身にまとっているものは全て真っ黒。しかしそんな取り合わせも、彼が着れば派手なくらいに見える。青白い肌、痩せこけて影になった鼻筋。ギョロギョロと動き回る大きな目。オカッパのように切り揃えられたブロンドの髪など、それはそれは魅力的であった。
メロは満足げに両手に紙袋を抱えている。
勢いよく寮の入口のドアを開ければ、なんとも甘い香りが鼻をくずぐった。メロにとってその匂いはある意味でとても重要なものだったし、身近なものだった。だからそれが何の匂いであるかはすぐに理解できた。

寮の一回は談話室や広い共同キッチンがある。
メロは通路から明かりが漏れたキッチンを覗いた。
そこにいたのはリンダだった。彼女は流し台の傍に立ち、何やら両手を動かしながら本と睨めっ子をしている。

「Hai!リンダ!」
メロがドアから手をふる。
「!あら、メロじゃない。おどろいたわ。」
リンダは顔を上げてメロを見た。
「鼻が真っ赤ね、どこか行ってた?」
「物資調達にさ。ところでリンダはここで何をしてるの?」
メロはリンダが手の平でコロコロと転がしているものを見つめた。リンダは少しドロっとしたチョコレートを丸めている。
「トリュフ作ってるのよ。明日はバレンタインデーでしょ!」
「旨そう!俺も食べたい!」
「ダメよ。ボーイフレンドにあげるんだから。」
「でも、材料ならある。」
メロはそう言うと、自分の抱えていた紙袋から何枚もの板チョコレートを机の上にばらまいて見せた。リンダは納得する。そして「メロはいつでもチョコレート持ってるもんね。」と溜め息混じりに呟いた。物資調達の物資とは、彼にとってはチョコレートなのである。施設を出なければチョコレートは買えない。

「そこにレシピはあるけど、もう遅い時間よ?まさかあげたい相手がいるとか?」
「自分で食べれるんだよ。」「……とめても無駄でしょうね。」

メロは言うなりコートやマフラー、手袋を脱ぎ、腕捲りをしてキッチンに立った。たまには板チョコレート以外のチョコレートだって食べてみたい…。メロはいつものように、問題を解く加減でトリュフを作り始めた。何しろ好奇心だけはあるし、思いついたことは何でも即座にやらないと気が済まない質なのである。故に人の話は大抵聞かない。彼の同室の相方なら、メロをそんな風に言って咎めるかもしれない。
ボールに生クリームを入れて軽く煮立て、刻んだチョコレートを入れる。
そこに少量のリキュールを加えて混ぜ合わせる…。


…メロのトリュフが出来上がったのは真夜中だった。


始めてにしてはなかなか上出来だった。見目も良いし、味も申し分ない。丁寧に皿に乗せされた何粒かのトリュフを大切に持ち、メロは寮の2階の自室に向かった。 自室の扉をそっと開けると、中はもう真っ暗だった。…と、言うのも、メロには同室の相手がおり、寝るのも何もその相手と同じ部屋で過ごしていた。その相手は――ニアと言う少年だが――、帰りの遅いメロを夜遅くまで、自分の睡眠時間を削ってまで待っているような性格ではなかった。よってこんな夜遅くに部屋に電気がついている訳もないのだ。

メロはゆっくりと手探りで自分のベッドまでたどり着く。慣れた部屋であるから、そのくらいのことは容易であったが、問題なのは、作ったトリュフだった。
後先考えず何でもかんでも自分本位に行動するメロにはよくある話で、行動を起こしたあとのその結果、今回の場合ならトリュフだが、メロはその残ったトリュフをどうするか全く考えていなかった。こんな暗闇の中で、食べてしまうのは心底勿体無いし、歯磨きをするにもこんな中では億劫である。電気をつけるにも、ニアはすっかり夢の中だろうし、彼の寝起きの悪さなら心得ているので憚れた。 仕方がないから
「もう寝るか。」
という決断を下す。
作ったトリュフは明日にでも大切に食べようと、机の上に置いて、メロも眠りについた。



「メロ、一限目遅れますよ。」
朝、ニアの声で目を醒ましたメロは、自分がスウェットにも着替えずに眠ってしまっていたことに気がつき、昨晩のことを寝ぼけた頭で必死に思い出す。

「メロ、昨日はどこに行ってたんですか?確かチョコレートの買い出しかなんかに行くと言って、それから戻らなかったでしょう。」
ニアは壁に掛かっている衣装鏡の前に立ち、白いシャツに袖を通しながらメロに問う。

「あぁ〜、確かトリュフ作ってて。」
「トリュフ?」
「なんかバレンタインとかでリンダがさぁ…」
リンダが……
メロは勢いよくベッドから降りると、思い出したという風に二人のベッドの隣になる机に駆け寄る。机というか、トリュフの乗った皿に。

しかし、そこにあったのはトリュフではなく、ただの皿であった。ココアパウダーの跡があるのだから、トリュフ自体は乗っていたはずなのだろうが…。
一瞬、メロの思考が停止する。おかしい。昨日確か、暗闇の中ではあったがこの場所に置いたハズだった。

ボケっと突っ立っているメロの横で、ニアが機嫌良さげに言い放つ。
「あ、そこにあったチョコレート、美味しかったです。ごちそう様でした。」
「…は?」


「だって、今日はバレンタインでしょう。」
ダッテキョウハ、バレンタインデショウ。

メロの頭の中をニアの言葉がかけめぐる。all things he said!!怒りを押しつける理由と場所がわからなかった。とにかく怒りだけが感情を支配しているのは解るが、("ありがとう?""バレンタインでしょう?")
メロの思考は以前固まったままである。
「メロ、さきに授業に行きますよ。あなたの気持ちは十分伝わりました。」

「…!!ちがーーーーーーう!!!!」

やっと出てきたメロの言葉はなぜか弁解の言葉であった。
しかしその叫びも、ニアが部屋から出ていった後のドアに当たっただけで、酷い勘違いをした彼に届きはしなかった。






終わっとく。

オチはニアが酷い妄想癖を持っていたということで…勘弁して下さい…

二人とも12歳くらい……です…ぶるぶる
あ、最初のメロの容姿に対する語りは長々といらなかったですね。いや、メロが好きすぎてね、ついついあの顔立ちの説明?を書いてしまいます。