「可哀相…?わたしが………?」


アンジェラは、ビアンカから顔を逸らした。そのまま拗ねた様に冷笑を浮かべる。

「何を言い出すかと思えば、貴様がわたしに憐れみとはね……」


その時、ビアンカの脳中にフラッシュバックしたのは、自分がフリークス団に居た際に裸で檻の中へ入れられていた時の記憶だった。


「何故だろう…この檻を見てると、とても哀しくなる…」


「檻を見て楽しくなる奴がいるのか?」


「アンジェラ…わたしはあなたに何をしたのか思い出せないの。ホントの自分がどんな人間だったのかも分からないの…思い出すのが恐ろしい気もする………」


アンジェラは鼻をならしてほくそ笑む。
再び、ビアンカに顔を近付けると言った。


「わたしは忘れたくても忘れられないね!貴様がどれほどの悪魔かって知りたいか?」


「悪魔……?わたしは悪魔なの……?」


「ああ、悪魔さ!本物のね!!」


「あああ………」

ビアンカは、不意に頭を抱えてうずくまる。
それを、渇いた瞳で見据えるアンジェラ。


「わたしは…一体何なの?」

その姿を見て、今度はアンジェラが憐憫の情を抱く。


「ま、まあ…記憶のない貴様に言ったところで仕方がないことだけどね…それよりビアンカ…」


「なに?」


ショックで蒼白になった顔を起こすビアンカ。


「……その…頼みがあるんだが…」


「ああっ…今すぐ何か着る物を持ってきます!」


「いや、服より…」


アンジェラは、食料と喪失した両腕を交互に見る。


「わ、わたしが…」

ビアンカは、スプーンを持つと食料をアンジェラの口許へ運ぶ。


「すまない……」


かつて、お互いを憎み合い、文字通り血で血を洗う殺し合いを演じた二人が、奇しくもここで口に食事を運ぶ様な事になるとは、なんと不思議な因縁だろうか。


「ふん…お世辞にも美味いとは言えないが…とりあえず腹は膨れたよ…」


裸のまま、脚を投げ出し壁にもたれ掛かるアンジェラ。腕が欠けている事で乳房が強調され、下腹部が月の光に照らされ、闇の中で白く浮かび幻想的な美しさに満ちていた。ビアンカは、その姿にくぎづけになっていた。


「なあ、ビアンカ…。こんな時でも人間ってのは腹がへるもんなんだな……はっはは…」

空腹が満たされた心の緩みからか、アンジェラは笑みをもらした。

ふと見ると、ビアンカは必死になって柵を掴んで力んでいた。


「ビアンカ…?」


「こんな檻…こんな……」

だが、そんな簡単に折れる代物ではない事は分かっていた。

「ビアンカ…無駄なことだ…」

アンジェラに両手があれば、そのビアンカの頬を撫でてやりたい心境だった。ビアンカはまだ柵を捻り続ける。


「よせ…」


その刹那、ビアンカの檻を掴む両手が微かに光り、柵が飴の様にひしゃげた。


「開いた…」

自らの“力”に改めて驚愕するビアンカ。


(お前が、生れつき持つ特別な力だ…)

ロッソの言葉が思い出される。


「ビアンカ…お前…」


だが、アンジェラはすぐに逃げようとしない。逆にビアンカの方が中に入り、寄り添う様に近付いてきた。


「アンジェラ…やったよ…あの嫌な檻が壊れたよ…」


「貴様は…一体何なんだ…?」


憎しみが消えたワケではない。しかし、目の前で自分に甘える様に瞳を凝視する少女に対してアンジェラは憎悪を向ける気にはなれなかった。


「ビアンカ……貴様には何があったんだ…?一体どんな過去を持つと言うんだ…」


肩にもたれ掛かるビアンカ。それを肘で抱きしめるアンジェラ。二人は奇妙な一体感を感じていた。


「ビアンカ…わたしと一緒に来るかい?」








《続く》



初掲載2009-12-01