スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

『闇の国のビアンカ』Vol.2「Angela vs Virginia」





「ヴァージニア様、貴女は、まるでシンデレラの様ですな…」


ワインを飲み干す彼女の傍らには、いつの間にか執事のパン・デ=ミックがいた。


「…あたしが…シンデレラ…?」


ほろ酔い加減の火照った瞳で、その山羊そっくりな執事を見詰め返す。
執事は、その真摯な紅い瞳で彼女を見た。


「あははははは…♪何を言い出すのかと思えば……それ、何かのお世辞かしら…?」


「わたくしは真面目に言っているのです。貴女様は本当にルカ様に愛されておられる…」


「あらあら…♪」


その言葉に、更に上機嫌となり杯が進んだ。


「…確かにね。人間の世界だと爪弾き者だったあたしが、ルカと言う素敵な王子様に好まれて…こんなお城に住めるなんて…夢にも思わなかったわ…」


ルカとヴァージニアがインキュバニア島に引っ越し、総動員で城を建設し、そこに住まう様になって1ヶ月余りが過ぎた。


「わたくしは全て存じておりますぞ…ここに至るまで、あなたが如何に酷い境遇で、地獄の様な苦しみをあじわったかを…貴女様はようやく報われたのです。ヴァージニア様…」


「デ=ミック…」


酒のためか、不意に目頭が熱くなるヴァージニア。


「よ…よして…そんな辛気臭い話…あたしは今の境遇で満足しているのだから…」


おもむろにパン・デ=ミックが近づく。
彼女の杯に、更に酌をした。


「…では、人間のことやビアンカに関しては、もはや忘れてしまうことですな…」


「…ちょ、それ、どういう意味かしら…?」




「ヴァージニア…」


そこへ、唐突にルカが現れた。


もともと蒼白な顔を更に白くした様な面持ちで。


「ルカ…」


「ルカ様…?」



「…この島に人間がやって来た。しかも大勢でだ。そのうちの一人はお前がよく知っている人間らしい…」


「ま、まさか…ビアンカ!?」


不意に表情が晴れた。自分が命を落とした原因となる女の名に、何故心が踊るのか、彼女にも分からなかった。



「いや…ミカエラだ」


「ミカエラですって!?」


ビアンカの友人にして、彼女を機関銃で撃ち殺した張本人である。


「…なんでアイツが…」


「詳しいことはわからぬ。だが、ラボミアの反政府ゲリラがミカエラを拐い、この島に逃げ込んで来たらしい。そして、それを追い本国から軍隊が送り込まれた…」



猛烈な勢いで立ち上がると、ヴァージニアはその場でドレスを脱ぎ捨てた。


「ヴァ、ヴァージニア様…!?」


裸の彼女を目の当たりに慌てふためくデ=ミック。


ヴァージニアは急ぎ、戦闘服である黒いコートに着替えた。


「どうする気だ…ヴァージニア…?」


「決まってるでしょ!人間どもを迎え撃ちに行くのよ!!」


ルカの制止も聞かずに、彼女は飛び出そうとした。その時、


「いいだろう。キミの好きにするがいいが…件のミカエラは殺すな…出来れば無傷で捕えるんだ…」


「…何故…?」


立ち止まると訝しげにルカを見返した。


「…上からの命令だ…」


そう言い残すと、ルカは再び去っていった。


「ルカ…」


その2人の姿を心配そうに見詰めるパン・デ=ミック。


「わかった…ルカ…あなたが言うのなら…」










「まったく…一体どうなってる…!?」


迷彩服姿のアンジェラは地団駄を踏む。

鬱蒼と繁った緑の闇の中で、突如友軍の姿を見失ったからだ。


「…馬鹿めが!このジャングルの中で群れから離れたらどうなるかわかっているのか…」


反政府ゲリラに誘拐された妹ミカエラを追い、ラボミアの総統たるアンジェラ自らが軍隊を率いてこの島までやって来た。


しかし、アンジェラの周りは15名の親衛隊のみを残して、先遣隊から連絡が取れなくなっていた。


「アンジェラ様!!」


「どうした?」


樹海を抜けると、見渡しのいい丘の上に出た。
兵の指差す場所を見上げると、そこには信じ難い光景が広がっていた…


「うっ…」



アンジェラの先遣隊32名が、そこに“居た”。


しかし、それは手足をもがれ、内臓をぶちまけ、首を切断されたバラバラの死体ばかりだった。


辺りは死臭が漂い、池の様な真っ赤な血だまりが出来ていた。


周りの木々は倒れ、武器が散らばっていることから、彼らが抵抗した素振りは見えるが、一体どんな攻撃を受ければ、こんな無惨な遺体が出来上がるのか…


「ま、まさか…ゲリラの反撃に遭ったのか…!?」


さしものアンジェラも口を押さえ動揺を隠せない。


「違う…見ろ…」


アンジェラが示した場所にはゲリラ達の死体も転がっていた…


「あれは恐らくゲリラの総員だ…奴らも我が軍も、同時に、そして無差別に襲撃を受けたようだ…」


彼らは更に死体の山に近づく。

「しかし、これは一体…?獣の仕業ですか?」


「獣だと…?これだけの数の軍隊を相手に…一体、何頭の熊やライオンが出たと言うんだ…!?それともこの島には怪獣でも棲んでいるのか!?」


アンジェラの言う通りだった。
鍛え抜かれた精鋭が集い、しかも最新鋭の重火器を備えた軍隊やゲリラ達をここまでの姿にする“獣”とは一体どんな化け物だと言うのか…?



「くっくっく…」


突然、人間の笑い声がコダマした。

女の声の様だった。



アンジェラ達は一斉に、その声のした方向に銃を向ける。


「あははははははは…」


今度は、不気味な殺気とは似つかわしくない陽気な笑い声が聞こえた。


「誰だ…!?」



丘の上に、不意に影が起き上がる。

いつの間に近付いたのか。
長い髪を靡かせ漆黒のコートを着た女がそこに立ち尽くしていた。


「弱いわ…ホントに弱いのね…♪人間って、なんて弱っちいのかしらね…?」



その背後には、巨大な満月が姿を現していた。



そのルビーの様な真っ赤な瞳を見た途端、アンジェラの背筋に悪寒が走った。

そして、何故か同じ色の瞳をしたビアンカを思い出していた。



「貴様…何者だ…!?」



「うふふ…あなた達、人間どもに、あたしが応える義理もなくてよ…」


そう言って、女は髪を撫で上げた。


「あたしは、ただ…人間を殺したいから殺すだけ…うふふ…あはははははは!!」



「まさか…?貴様一人で…」


アンジェラは、手に持つ巨大なガトリング・ガンを構えた。


「貴様がやったのかー!?」


一斉射撃。

耳をつんざく轟音とともに、アンジェラ達はその女、ヴァージニアに対し乱射した。



「あはははははは!!無駄な抵抗はお止しなさ〜い♪」



ヴァージニアは、アンジェラ達に襲い掛かる。

銃撃を掻い潜り、そこには一瞬で阿鼻叫喚の地獄が出現した。


ヴァージニア一人に、傷一つ付ける事も出来ず、彼らはズタズタにされていった…


「ば、化け物め…」


アンジェラは抵抗しながら退却するのがやっとだった。


だが、ヴァージニアの執拗な攻撃はなおも続いた。


「あはははははは!!」


「うわあああああーー!?」










《続く》





初掲載2010-12-18(改訂)

『闇の国のビアンカ』Vol.1「Creatures」




セバスチャンとわたしは、語らいながら道を進んでいた。

前に車で来た時は気づかなかったけど、ラボミアは砂漠が多い。
しかし、この辺りは緑も多く山々や湖など自然が溢れた美しい場所だ。

狭い国だが、地方によってかなり雰囲気が違うようだ。


目の前に池がある公園が見えた。
人影も少なく、緑に囲まれた、いかにも休むには持ってこいの場所だった。


「セバスチャン、ここで休憩しようか…」


「そ、そうだな。お、おで…腹減った……」


木陰に二人並んで座ると、仲の良いカップルに見えるだろうか。
身の丈2mの怪物と、蒼い肌をした鬼娘…人々には似合いのモンスター・カップルに見えたかも知れない。


「く…食うか?」


セバスチャンは、おもむろに用意したサンドイッチをビアンカに差し出した。
彼女は、レベッカと別れてから三日も何も食べていない。
喉を鳴らすビアンカ。


「あ、ありがとう。いただきます♪」


柔らかな風が水面を撫でると、小さなさざ波が出来た。
小鳥が囀り、二人の周りに落ちた食べ物の屑をあさりにくる。


「ここは静かだね…」


ビアンカが、そう呟いた刹那、激しい水飛沫が起き“何者か”が水面に黒い影を作った。


「なに?」


「で、でかい魚だな…」


だが、徐々に姿を現した“それ”は魚などではなかった。
長い蒼髪が水面に浮かび上がる。
やがて、青白い肌をした女体が静かに姿を現す。

尻までかかる髪から水を滴らせ、背中を反らすと乳房を揺らしながらゆっくりと身体を震わせ、こちらに向かい上陸する。


「お、女だ……」


長い髪を振ると、顔が次第に明かになってゆく。
それは、冷たい美貌を称えた妖艶な美女だった。
肌が異様に白く、生気がない。
そして、さらに異様なのはビアンカと同じ紅い瞳だった…。


ビアンカは、無意識に懐の拳銃に手を伸ばしていた。



「あなた、ビアンカね…?」


妖艶で冷たい美貌とは不釣り合いな明るい声を発した水辺の女。
だが、ビアンカは警戒を緩めない。
セバスチャンも冷汗を流しながら呆然と女の肢体に見とれてる。

(何故…わたしの名前を知ってる……?)


さらに近づいてくる女。

近づくにつれて、その女の肌に蒼いストライプの縞模様の鱗がテラテラと光るのが見えた。


(……この娘も、人間ではない………?)


「違うの?蒼い肌と角に…わたしと同じ紅い瞳…特徴は合うんだけど…?」

顔立ちの割に、妙に人懐っこい笑顔を見せた。


「あんたこそ誰なのさ?人に名前を尋ねるなら、まず自分から名乗りな…」


「ごめんなさい。わたしはシーラ。…シーラ・メイスン。この辺一帯はメイスン家の土地なの…」


メイスン家の土地?

こいつは“魔族”とかの仲間じゃないのか?


「ああ、わたしはビアンカ…あんた…」


「やっぱりビアンカなのね!♪」


シーラは、小躍りすると水滴を撒き散らしながら裸のまま走り寄ってきた。

「会いたかった!あなたの噂は前から聞いてたわ…あなたはわたしの憧れのアイドルよ♪」


ビアンカの服が濡れるのも構わず、シーラはビアンカに抱き着いてきた。


「アイドル…?」


ミカエラ、アンジェラにレベッカ…裸の女に抱かれるのは、これで何人目だろう。
どうしてわたしは同性ばかりにモテるのだろう?
困惑しながらも悪い気はしないビアンカだった。


「わたしは、見ての通りの水棲人間だけど…人間に育てられたの。あなたの活躍は色々聞いてる…あなたはわたしみたいなフリークスにとって誇りだわ…」


シーラの指先を見ると、蛙やアヒルの様な水掻きが生えていた。
フリークスと言うより、河童のような、明らか人間以外の生き物だ。
恐らくビアンカと同じ魔の血を引いているのだろう。
ビアンカは、半分は人間なのに、その人間からは迫害された。
だのに、この娘は人間に育てられたと言う。

ビアンカは、軽い嫉妬を覚えた。






《続く》


初掲載2010-01-01

第3部『闇の国のビアンカ〜序章〜』



「つ、ついに見つけたど……」


その男は、岩の様な顔を振るわせながら小躍りした。


異形である。

背丈は2mはあろうか、肩幅が異様に広く腕も太く長い。

そして、顔面の額だけが妙に出っ張り、目は落ち窪んでいる。
鼻は平べったく、口は蛙の様に横に裂けている。


『フランケンシュタイン』の怪物もかくやな異形の大男がニヤニヤしながら、ダンスをする様は正に異様だった。


彼は一体、何を見つけたのだろう?


意気揚々と、スキップしながら南欧ラボミアの山道を進んでいた。





ビアンカは、ようやく懐かしくも忌まわしい記憶の残るラボミアの北部に辿り着いた。


この砂漠で倒れていたところを、ラボミアの独裁者エステバンに拾われ、ミカエラと出会った。


だが、ミカエラの境遇に逆上したビアンカは思い余り、命の恩人でもあるエステバンを射殺してしまう。


そして、再び逃避行が始まったのだ。


だが、今は憎み合っていたエステバンの長女でミカエラの姉アンジェラとも和解した。


道中、何事もなかったワケではないが、今日は久々に“友達”に会える喜びでビアンカの胸は踊っていた。


林を抜けると、広い通りに出た。
穏やかな田園風景が広がる。
車を拾いたかったが、ビアンカの顔を見ると誰もが忌避し近寄りもしなかった。


「また歩くのか……」


背中のリュックに銃器や食べ物、懐に拳銃、腰には父の形見の剣を差した彼女の装備は、身軽なものではない。


そこへ、巨大な影が覆う。
急に天気が曇りだした?

「せっかくここまで来たのにツイてないな…」


だが、それは雲ではなく、ビアンカの背後に巨大な男が立っていたからだった。


「うわ…」


見れば、2mはある大男だ。しかも、顔や風体は見るからに怪異だ。
そのモンスターの様な男が立ち止まり、なにやら思案に耽っている。

「困ったど…」


ビアンカは、しばらくその男の様子を見物していた。

男は道端の岩に座り込み、腕を組み空を見上げている。

「あ、あの……」


思い余って声をかけてみたが、上の空だ。そのまま立ち去ろうとしたが、妙に気にかかる。


「何かあったんですか?」


「うわっ…なんだ、おめえは!?」


怪物も驚いたが、ビアンカも驚いた。

「な、なんでもねぇっ…道に、迷っただけだ…」


チラチラとビアンカの顔や角を見ながら男は言った。

「お、お前…おでが怖くない…のか?」


「別に……」


「お、お前の、顔は…どうして青いんだ?何か塗ってるのか…?」


「これが地肌だけど…それより、何処に向かうつもりだったの?」


「そ、総統府だ…」


「総統府?」


ビアンカが行くのも、まさに、ミカエラやアンジェラがいるラボミアの首都にある、その総統府だ。
不思議な縁を感じた。

「誰と会うの?」


「お、幼なじみのジョアンナだ…」


「ジョアンナ?」


ラボミア総統府に、そんな名前の人がいただろうか。アンジェラかミカエラの付添人か使用人かも知れない。


「幼なじみが…何故、そんな所に?」


「ジョアンナは…小さい頃に、将来を悲観した親御さんに遠い国へ捨てられただ…それを、最近ようやく見つけただよ…ラボミア総統府に居るらしい…」


小さい頃に捨てられた?
それって、まさか…


「そ、そのジョアンナさんて、どんな子なの?」


男は、なにやらうっとりしながら応えた。

「ああ、金髪でくるくるとカールしててよ…パッチリした碧い目の、とても綺麗な子だったよ…」


(ミカエラだ……!)

ミカエラに、こんな幼なじみがいたなんて…

ホントはジョアンナって名前だったんだ…


「おで、こんな風貌だからよ、誰も怖がって近寄らねえ…。だが、ジョアンナだけは違ってた…おでにいつも話しかけてくれて、遊んでくれた、唯一の友達だったよ……」

昔を懐かしむ様に目をつぶり、涙を浮かべる男。

こんな風体だが、きっと優しい心の持ち主なんだろう。


ミカエラは、ビアンカに対してもそうだった様に、自らのコンプレックスを隠して、特に世間からはみ出た異形の者達にも差別せず接していたのだろう。

自分は、そんなミカエラを捨ててジュリアーノと幸福を掴もうとしていたのか…


ビアンカに、後悔の念が生じた。

ミカエラに早く会いたい!


ビアンカは、立ち上がるとその男の手を取った。
「あんた、名前は?」


「え…おで?セ、セバスチャンだけど……」


「行こう…セバスチャン。わたしも、そのジョアンナ…一緒に捜してあげる」


「ほ、ほんとか?あ、ありがと…」



二人は、手を取り合いミカエラとアンジェラの待つ総統府へ向かった。


本物の天使に会いに…








《続く》



初掲載2009-12-29

『LUCA THE DARKLORD』




「ルカ卿…貴方に忠誠を誓います。我が主(マイロード)よ…」


そう言って、ルカの左手の甲に口づけをするのは、一見中年のマフィアにしか見えない大男モーロックだった。


「いいだろう…」


涼やかな瞳で“それ”を一瞥すると、軽く頷き玉座の様な椅子に真っ直ぐ座り込み、彼は頬杖を付いた。


従者は厳かに、その場を下がる。


ルカは、魔界で“伯爵”の地位を得ている、いわば貴族であった。

“カウント(伯爵)・ダークブラッド”もしくは“サー・ルカ”…それが、闇の世界での彼の通称であった。



客間には、ルカの祝勝の為に訪れる賓客で犇めいている。



そこには、所謂“人間”は一人もいない。

すべてが人外、もしくは悪魔、デーモンと呼ばれる類いの、闇の生き物達で埋め尽くされている。


「…どうした?ヴァージニア…。そこで寛いだらどうだ…?」



彼女は、真っ赤なドレス姿で着飾り、ルカの横で次々と訪れる賓客の姿を見て、彫刻の様に固まっていた。


「え…ええ…そうね。でも、ここが一番あなたに近いし、お客様すべてを見ることができるから…」


ルカは、ニヤリと皮肉な笑みを洩らし、彼女に振り返った。


「ふふふ…我輩もいい加減退屈になってきたところだ…」


「あたしは、あなたの側に居られれば…それだけで…」


「幸せ…か?」


一瞬、ドキリとした。

まるで、自分の心が見透かされたようだったからだ。



「我輩は、こんな男だ。常に従者に見張られ、魔界からは突っつかれる喧しい身の上の忙しい男だが、それでもキミは我輩に従うのか?」



ルカは、突き放す様に言った。
ヴァージニアは、彼の言う言葉の意味が半分は理解出来なかったが、そんなことは意に介さない。


「…あなたは、あたしを死の淵から救い上げてくれた恩人…それに、あなたにはあたしが必要なはずよ…」


それを聞いたルカは、シニカルな笑みからやがて、大口を開けて哄笑した。


「ふっふっ…はっはっはっは…」


その姿を、ただ畏怖と焦燥感で見返す彼女。


ルカは、ヴァージニアの手を優しく掴むと、従者達がそうした様にそっと口づけした。


「……ルカ…?」


「…そうだ。我輩にはキミが必要なんだ。もう二度と愛する者を失うつもりはない…」



魔界の伯爵たるルカは、従者達の群がる前で、この元人間の小娘に過ぎないヴァージニアに膝を屈し、頭を垂れた。


その姿に、そこに集うデーモンの群れは軽く騒然となったが、再び玉座に座り直し、辺りを睨み返すルカの稲妻の様な眼光にひれ伏した。



ヴァージニアは、未だ熱い手の甲を擦り、一人茫然自失していた。


(…ルカ…あたしは、本当の幸せをようやく手に入れました…)




ルカとヴァージニアが、メアリーを救うためにインキュバニア島にあるテンプル博士の許を急襲した際、その留守を狙う不埒な輩がルカの城を襲った。



先程、改めて忠誠を誓った魔族モーロックとその一味である。


テンプル博士を殺し、再びメアリーを失い、改めてヴァージニアの無償の愛に触れたルカは、その一報を聞きすぐに城に取って返した。



城では、ルカの配下達が半数は虐殺されていたが、残りの部下を集めたルカは、安堵しているモーロック達の寝込みを襲い、忽ち片付けてしまった。


モーロックの一味はルカ達の倍の数だったが、そのすべてをルカとヴァージニアが血祭りに上げたのだ。



地上に蔓延る魔族達の、つまらない勢力争いの一つに過ぎない小さな戦いだったが、この戦いで「サー・ルカ、ここにあり」と、魔界と地上にいる闇の生き物達に見せしめた意義のある戦いであった。







「ルカ様。応接間にモーロック卿が待ちかねておりますぞ…」



ようやく、従者達との会合が終わり、宴もたけなわの頃、ルカの執事たるパン=デミックが主人を呼びに来た。


「……そうか…」



パン=デミックは、燕尾服を着た巨大な山羊の姿をした魔族である。

その巨大な紅い眼と顎髭を、ルカの前でピクピクと動かしながら畏まっていた。


切れ長の涼しげな紅い瞳で、おもむろにパン=デミックを見返すと、彼は言った。



「デミックよ…お前にも色々と苦労をかけるな…」


そっとパン=デミックの肩に手を掛けると、軽く叩いた。


「勿体なきお言葉でございます。マイロード…」


「…手順通りにしたのだな……?」


「…はっ…」


「…では、この城はもはや奴のものだ…」



ルカと、デミックのやり取りを聞き、ほろ酔い加減のヴァージニアは不可解に思い口を挟む。


「ルカ…あなたは留守を襲ったモーロックを許し、城まで与えようと言うの…?」



ルカは、沈着を保ったまま彼女に振り返る。


「……許す?…我輩が……?」


「えっ…?」


「モーロックは、永遠に我が城に封じ込め、不死のまま永劫の苦しみを味わってもらう…」


「なんですって…!?」


ルカは、窓から差す眩い月光を浴びながら、呟いた。


「…奴の望み通り、この城はモーロックに与えてやるのさ。ふふ…未来永劫、この城を枕に暮らすことになるのだがな…」



ヴァージニアは、改めてルカの冷血ぶりにゾッとした。




「結界は準備万端、滞りなく…あとはルカ様が最後の呪文を唱えれば全てが完了します…」



「ヴァージニアよ…この城は捨てる。新しい屋敷を作り、そこに引っ越そう。我々の新居はインキュバニア島だ…」


「えっ……」



インキュバニア島…

それは、かつてテンプル博士が拠点とした、いわば“新生ルカ生誕の地”でもあった。


「……そこには、恐らく魔王軍を始め、総ての魔族が集うことになろう。…そして、キミの友人だったビアンカ…彼女もやって来るはずだ…」


ルカは、何故か沈鬱な表情だった。

だが、ヴァージニアは、ビアンカの名を聞き色めきたった。


「……ビアンカが…!?」










「サー・モーロックよ。気分はどうだ?」


応接間のドア越しに、ルカは尋ねた。

中で待ち構えているであろうモーロックは、戦いに負けたルカに対し、完全に心服していたが、隙あらば再び襲うつもりでいた。


「サー・ルカ…ようやくお越しで…」


「……残念ながら貴様と会わす顔がない。もはや、二度と会うこともないだろう…」


「ルカ卿…?」


刹那、空気が澱んだ。


部屋の中にいるモーロックの動揺がこちらにも伝わるようだった。


「ルカ卿……?今、なんと仰られました?」


「貴様の顔など二度と見たくないと言ったのさ…モーロック卿…」


中からドアノブを必死に捻る音が聞こえるが、一向に開く気配はない。


「ルカ卿!?…いったい何をした?…お、お許しを…!ち、忠誠を誓ったじゃないか…!?ルカ!!貴様ァー!!オレをどうする気だー!!」



慌てふためくモーロックの罵声と怒号に一顧だにせず、ルカは言い放った。


「堕ちよ……」


「う…!ル、ルカ…卿…!?う、うわぁ…な、なんだ…こ、これは…ぁああ…ルカ…ゆ、許してくれぇ!?に、二度とあんたに刃向かわない!!う…うわぁ…」


しばらく扉を叩く音が響いていたが、やがてそれが収まると、ルカは静かに踵を返した。



「さぁ、行こうか…ヴァージニア…」








《第3部へ続く!》







こうして、ルカとヴァージニアは、インキュバニアに居を移し、新たな生活が始まります。


そこに、新たな悲劇が訪れることを知ってか知らずか…





初掲載2010-12-17

『ミニクイアヒルノコ』Part.3「LIKE A HARDRAIN」《完結編》



「ビアンカ…!?」

車から伸びた腕が、彼女を引きずり込む。

走るケイン。
だが、悲鳴を上げる間もなくビアンカは姿を消した。
車内には屈強そうな男達が数人。

それに混じって赤毛の女が微かに笑う姿が見えた。

「……あ、あれは…ローザ…?!」


ビアンカをトイレに閉じ込めてた女の一人。
ケインが駆け付けた時には、車は発車し始めたところだった。

「おい!待てぇ!!」

黒いキャデラックは、そんなケインを挑発するかの様に急ターンを決めて、その場を走り去っていった。


ケータイに手を伸ばすケイン。

「ああ、サドラーか?俺だ…ケインだ…」


「朝っぱらからなんだよ?」
眠たげな男の声がケータイから響く。相手はケインの舎弟とも言える悪友だ。


「…ビアンカが…さらわれた…」


「……?ビアンカって、あの青い子か?なんだって、また…」


「いいから、すぐ仲間を集めろ!拉致した車の中に、彼女と同じクラスのローザがいた…」


「ローザ…?ローザって、あの、ローザか?」

電話のやり取りをしていたサドラーの声色が急に変わった。


「…そうだよ。あのローザだよ!あの女…何をするつもりか知らねえが、ビアンカを…」


だが、ケインにはローザが仲間と何をするかの事ぐらいは検討がついていた。
ただ、その惨さを認めたくなかったのだ。


「場所は…大体分かる…ありったけの武器も用意しとけ…」


「ジュリアーノにも知らせておくか?」


「よせ!ローザの背後にマルコーネが居るのは知ってるだろ?話がややこしくなる。そうだ、何か武器だけ貸してもらっとけ…」


「了解だ」


「急げ!俺は先に行くから…場所はまたあとで知らせる!」
ケインは、ケータイを切ると、もはや登校中だと言うのを忘れ、拾った自転車で急ぎ埠頭へ向かった。


(畜生…畜生!…俺が居ながら…なんてことだ!!…ビアンカ…無事でいてくれよ……)

心の中で祈りながら、彼はひたすら走った。






「これがビアンカかぁ…?なんでえ、気持ち悪い女だな…なんでこんな青いんだぁ?」
車でビアンカを拉致した男の一人が、彼女の顔を覗き込み言った。


「…そんなことないよ。よく見れば結構カワイイ顔してんのよ」

ローザはタバコを吹かしながら、それに応える。


当のビアンカは、ただ震えるばかり。

ビアンカの腕を掴むヒゲ面にスキンヘッドの男は、無理矢理引き寄せると身体をまさぐり始めた。

「い…いや……」


「ホントだ。イイもん持ってるぜ…色なんて関係ねえよ…フランキ〜」

運転席のフランキーは黒人だった。彼は振り向きもせず軽く一瞥した。


「当たり前だ。肌の色なんて関係ない…このお嬢ちゃんは俺の好みだぜ」


「悪りぃなぁ〜俺が先にイタダくぜ…」


スキンヘッドの男が、更にビアンカの下半身に手を伸ばす。


「や、やめて……」

涙を流しながら抵抗するビアンカだが、男達の前では非力過ぎた。


「ロレンツォ!ここでヤル気!?」


「準備運動だよおほっ…なんだあ、この姉ちゃん、尻尾が生えてんぜ!」


「ホントか?スゲーな…」

助手席に座っていた入れ墨だらけの長髪の男が、裸にされたビアンカの下半身をマジマジと見た。
もはや、ビアンカは、ただ涙を流すのみ。

「ああ…ローザさん…なんで、こんなことを…」


「ああ?気安くあたしの名前を呼ぶんじゃねえよ……」

その脚で、ミゾオチを思い切り蹴り飛ばした。

「あぐっ…」


「嫌いなんだよ…あんたが…あんたの顔が!それだけだよ…それにあんたは、あのケインとかゆーイケメンといちゃついてんだろ?それも癪に障るのさ…」


「そ、そんな……」


「あたしが、男との付き合い方を教えてやるよ〜あはははっ」

車は、彼らのアジトがある埠頭に向かっていた。








「おらっ…おとなしくしろや!!」

ただっ広い工場跡の床に、マットが敷かれていた。そこに乱暴に投げ付けられるビアンカ。

床には酒の缶や瓶、タバコの吸い殻などが散乱し、見れば、血の跡のような茶色いシミがいくつもあった。


「や、やめて…お願い……」

ほとんど裸にされたビアンカが、腰を抜かしたような姿勢で後ずさる。

「うるせえ!じたばたすんなや!」


殴り付けるスキンヘッド。
黒人のフランキーや、長髪入れ墨の男も、それに、ローザは、ただニヤニヤしながら推移を見守ってるだけだ。


「ローザさん…。大丈夫なんスか?」


「何がぁ…?」

入れ墨男が尋ねる。
「ホントに事件になんねーのか?」


「安心しなよ。このビアンカって子はクラスでも嫌われモンなんだよ…。コイツ一人消えたって、誰も心配なんかしないし、かえってせいせいすると思うよ〜」


「そうスね。こんなお化けみたいな女…」


「うほっ…スゲーぞ。アソコの形は普通の女と一緒だぜぇ〜〜」

スキンヘッドが叫ぶ。

ビアンカは、すでに抵抗する気力すら失い、この獣のような男のなすがままにされていた。


力付くで、自分の体内に異物が入り込む。

全身が刺し貫かれる様な激痛に身をよじらせ呻く。

「ひ…ひぃっ……」


「尻尾が邪魔だなぁ〜」


「おいおい…ロレンツォ、後がつかえてるんだぜ…優しく扱えよ…優しくな…」


「あはははははっ…壊さないよーにね」


「わかってるよ!うっせぇなぁ…一緒にヤルかぁ〜?」


「俺、ヤル!」

黒人フランキーが、ズボンを脱ぎだした。

だが、そのベルトを背後から引き寄せる者がいた。

「うあっ…」

体勢を崩し、よろめくフランキーの頭髪を掴み、背中を蹴り飛ばす。

その勢いで、前につんのめり鼻から床に激突する。


「ん……?」


フランキーの後ろに睥睨するは、茶色い瞳に怒りを漲せたケインだった。

「てめーら…」


「お?色男のお出ましだよ?」
入れ墨男が茶化すように言った。


スキンヘッドの、下敷きになるようにして嬲られるビアンカの姿を見て、ケインの沸騰は完全に頂点に達していた。


「全員、殺す……」


「へっ…お前一人でナニが出来るんだよぉ…大体もう、お前の彼女はロレンツォがイタダいちまってるぜ?来るのが遅いんじゃねえの〜?」


「ケ…ケイン…」

マットの上ではいずるビアンカの涙声が聞こえた。

「今…助ける…」


目の前で唾を飛ばす入れ墨男の耳を、いきなり引っ張るケイン。

「あだっ…あだだだ…ナニすん…」

懐から出したナイフで、その耳を切り裂き、さらに返す刀で脇腹を刺し貫いた。


「ひぇ…ひいやぁ〜…!!」

耳と脇腹の迸しる流血を押さえながら体勢を崩す入れ墨男。

笑って見ていたローザだが、舌打ちするとスキンヘッドのロレンツォの所へ駆け寄ると叫んだ。

「いつまでヤってんだよ!アイツをぶっ殺せ!」

ロレンツォは、ビアンカから腰を離し、立ち上がると猛然とケインに向かって行った。

入れ墨の返り血を浴びたケインは、ナイフを投げ捨てると、そのまま俊敏な動きでロレンツォの顔面にカウンターパンチを食らわせた。

「うごぉっっ…」


190センチはあろうかというロレンツォの巨体が揺らめいた。
そして、まるで駄々っ子の様にパンチを繰り返す。
もはや、ロレンツォの顔は血の華が咲き乱れ、原型を留めないほどに歪んでいた。

それを、怯えた目つきで柱で見守るローザ。

「次は、てめーだ。ローザァ〜!!」

ボロボロになったロレンツォが崩れ落ちる。

ケインは、ビアンカの横を通り視線を向ける。

「ケイン…」


「ヤバ…」

堪らず逃げ出すローザ。
しかし、すぐに首根っこを捕まれた。

「…ご、ごめんなさい!ゆ、許して…」

泣きながら謝るローザだが…

「…俺が、そんな甘い男に見えるか?」

ロレンツォ達がやったように、ケインはローザの服を引き裂いた。


「ひぃっ……あたしをどーする気なの?」


「女をいたぶるのは好きじゃねえんだが…お前は別だ…とりあえず裸にしてから考えるわ…」


その時、ビアンカが叫んだ。
「ケイン!危ない!!」


「え…?」

だが、気づいた時には、ケインの背中に衝撃と鈍い痛みが走っていた。


先程の、ケインのナイフを拾ったフランキーが意識を戻し、背後から刺したのだ。


激痛に顔を歪めながらも、そのナイフを抜き、さらに勝ち誇った顔のフランキーの額に突き刺した。

「ぎゃあぁっ…!」

悲鳴を上げるとフランキーは倒れた。

ビアンカが、ケインの傍に駆け寄る。

「だ…大丈夫?ケイン?」


「う…お前こそ…」

膝をつくケイン。それを身を屈めながら支えるビアンカ。

その隙に、ローザは後退り逃げ出す。が…


乾いた銃声が工場内にコダマした。


数発の拳銃の弾丸を喰らったローザが、床に突っ伏した。


見れば、入り口付近にケインの仲間数人が拳銃や武器を構えて入るところだった。


「あらぁ……ちょっぴり遅かったかねぇ…」

呑気な声を上げるのはサドラー。
長身で、陽気な容姿のお調子者。だが、ケインには頼もしい子分だった。

「お、遅すぎだぜ…」


痛む背中を押さえながら、ようやく笑顔を見せるケインだった。


そこへ、再び銃声。

今度はサドラー達が狙われた。

倒れたローザが、鞄から小さな拳銃で狙い撃っていたのだ。

「畜生…畜生…」

撃たれた脚から、流血しながらも、それを引きずりながら後退する。

なおも撃ち続けるローザ。

「ひえっ…」

その銃撃をかわしながら、仲間の一人がジュリアーノから借りたと思われる安物のマシンガンを投げ出す。

それが、ビアンカの眼前に転がった。


「もうよせ!ローザ!諦めな…勝負はついたろ!?」
ケインが叫ぶと、その横で立ち上がる影が目に入った。

裸のまま、マシンガンを手にし、ツカツカとローザの方へ向かって歩いていくビアンカ。


「うっ…?お…おい?ビアンカ!?」


「これを…こうすれば、撃てるんだよね…?」

どこで覚えたのか、ビアンカは、そのマシンガンの照門に眼を当て、引鉄に指を掛けた。


「ま、待てよ…ビアンカ…よせ……」


無表情のまま、銃口をローザに向ける。

ローザは、さらに撃とうとするが弾丸切れの様だった。

「あ…あ…ビアンカ…あ、あたしを撃つの…?」

引き攣った笑いを張り付け、後退る。


「あ、あんたに人を撃てるの…?人を殺せるの…?そんなことしたら、あんた、ホントの悪魔に……」


そんな言葉すら耳に届かぬ様に、ビアンカはマシンガンを乱射した。

唸る連続音が響き渡る。
弾丸が吐き出される度に、微かな断末魔が漏れ、血飛沫とともに掻き消されてゆく。


「ビア…ン…!?…あ、うぐぁっ…ぎぃあっあっ…ぐぁっ…」

ローザは、踊る様に身体をのたうち、床に沈んでいった。

ケインや、サドラー達は、ただ呆然とその姿を見守ることしか出来なかった。

すべて撃ち終えたビアンカの表情に、涙はなかった。

今までの、ただ悲惨な環境に翻弄されるままの弱々しい瞳は消え失せ、強い炎が彼女の瞳に宿り始めていた。










《完》












初掲載2010-02-05
前の記事へ 次の記事へ