「ビアンカ…!?」
車から伸びた腕が、彼女を引きずり込む。
走るケイン。
だが、悲鳴を上げる間もなくビアンカは姿を消した。
車内には屈強そうな男達が数人。
それに混じって赤毛の女が微かに笑う姿が見えた。
「……あ、あれは…ローザ…?!」
ビアンカをトイレに閉じ込めてた女の一人。
ケインが駆け付けた時には、車は発車し始めたところだった。
「おい!待てぇ!!」
黒いキャデラックは、そんなケインを挑発するかの様に急ターンを決めて、その場を走り去っていった。
ケータイに手を伸ばすケイン。
「ああ、サドラーか?俺だ…ケインだ…」
「朝っぱらからなんだよ?」
眠たげな男の声がケータイから響く。相手はケインの舎弟とも言える悪友だ。
「…ビアンカが…さらわれた…」
「……?ビアンカって、あの青い子か?なんだって、また…」
「いいから、すぐ仲間を集めろ!拉致した車の中に、彼女と同じクラスのローザがいた…」
「ローザ…?ローザって、あの、ローザか?」
電話のやり取りをしていたサドラーの声色が急に変わった。
「…そうだよ。あのローザだよ!あの女…何をするつもりか知らねえが、ビアンカを…」
だが、ケインにはローザが仲間と何をするかの事ぐらいは検討がついていた。
ただ、その惨さを認めたくなかったのだ。
「場所は…大体分かる…ありったけの武器も用意しとけ…」
「ジュリアーノにも知らせておくか?」
「よせ!ローザの背後にマルコーネが居るのは知ってるだろ?話がややこしくなる。そうだ、何か武器だけ貸してもらっとけ…」
「了解だ」
「急げ!俺は先に行くから…場所はまたあとで知らせる!」
ケインは、ケータイを切ると、もはや登校中だと言うのを忘れ、拾った自転車で急ぎ埠頭へ向かった。
(畜生…畜生!…俺が居ながら…なんてことだ!!…ビアンカ…無事でいてくれよ……)
心の中で祈りながら、彼はひたすら走った。
「これがビアンカかぁ…?なんでえ、気持ち悪い女だな…なんでこんな青いんだぁ?」
車でビアンカを拉致した男の一人が、彼女の顔を覗き込み言った。
「…そんなことないよ。よく見れば結構カワイイ顔してんのよ」
ローザはタバコを吹かしながら、それに応える。
当のビアンカは、ただ震えるばかり。
ビアンカの腕を掴むヒゲ面にスキンヘッドの男は、無理矢理引き寄せると身体をまさぐり始めた。
「い…いや……」
「ホントだ。イイもん持ってるぜ…色なんて関係ねえよ…フランキ〜」
運転席のフランキーは黒人だった。彼は振り向きもせず軽く一瞥した。
「当たり前だ。肌の色なんて関係ない…このお嬢ちゃんは俺の好みだぜ」
「悪りぃなぁ〜俺が先にイタダくぜ…」
スキンヘッドの男が、更にビアンカの下半身に手を伸ばす。
「や、やめて……」
涙を流しながら抵抗するビアンカだが、男達の前では非力過ぎた。
「ロレンツォ!ここでヤル気!?」
「準備運動だよおほっ…なんだあ、この姉ちゃん、尻尾が生えてんぜ!」
「ホントか?スゲーな…」
助手席に座っていた入れ墨だらけの長髪の男が、裸にされたビアンカの下半身をマジマジと見た。
もはや、ビアンカは、ただ涙を流すのみ。
「ああ…ローザさん…なんで、こんなことを…」
「ああ?気安くあたしの名前を呼ぶんじゃねえよ……」
その脚で、ミゾオチを思い切り蹴り飛ばした。
「あぐっ…」
「嫌いなんだよ…あんたが…あんたの顔が!それだけだよ…それにあんたは、あのケインとかゆーイケメンといちゃついてんだろ?それも癪に障るのさ…」
「そ、そんな……」
「あたしが、男との付き合い方を教えてやるよ〜あはははっ」
車は、彼らのアジトがある埠頭に向かっていた。
「おらっ…おとなしくしろや!!」
ただっ広い工場跡の床に、マットが敷かれていた。そこに乱暴に投げ付けられるビアンカ。
床には酒の缶や瓶、タバコの吸い殻などが散乱し、見れば、血の跡のような茶色いシミがいくつもあった。
「や、やめて…お願い……」
ほとんど裸にされたビアンカが、腰を抜かしたような姿勢で後ずさる。
「うるせえ!じたばたすんなや!」
殴り付けるスキンヘッド。
黒人のフランキーや、長髪入れ墨の男も、それに、ローザは、ただニヤニヤしながら推移を見守ってるだけだ。
「ローザさん…。大丈夫なんスか?」
「何がぁ…?」
入れ墨男が尋ねる。
「ホントに事件になんねーのか?」
「安心しなよ。このビアンカって子はクラスでも嫌われモンなんだよ…。コイツ一人消えたって、誰も心配なんかしないし、かえってせいせいすると思うよ〜」
「そうスね。こんなお化けみたいな女…」
「うほっ…スゲーぞ。アソコの形は普通の女と一緒だぜぇ〜〜」
スキンヘッドが叫ぶ。
ビアンカは、すでに抵抗する気力すら失い、この獣のような男のなすがままにされていた。
力付くで、自分の体内に異物が入り込む。
全身が刺し貫かれる様な激痛に身をよじらせ呻く。
「ひ…ひぃっ……」
「尻尾が邪魔だなぁ〜」
「おいおい…ロレンツォ、後がつかえてるんだぜ…優しく扱えよ…優しくな…」
「あはははははっ…壊さないよーにね」
「わかってるよ!うっせぇなぁ…一緒にヤルかぁ〜?」
「俺、ヤル!」
黒人フランキーが、ズボンを脱ぎだした。
だが、そのベルトを背後から引き寄せる者がいた。
「うあっ…」
体勢を崩し、よろめくフランキーの頭髪を掴み、背中を蹴り飛ばす。
その勢いで、前につんのめり鼻から床に激突する。
「ん……?」
フランキーの後ろに睥睨するは、茶色い瞳に怒りを漲せたケインだった。
「てめーら…」
「お?色男のお出ましだよ?」
入れ墨男が茶化すように言った。
スキンヘッドの、下敷きになるようにして嬲られるビアンカの姿を見て、ケインの沸騰は完全に頂点に達していた。
「全員、殺す……」
「へっ…お前一人でナニが出来るんだよぉ…大体もう、お前の彼女はロレンツォがイタダいちまってるぜ?来るのが遅いんじゃねえの〜?」
「ケ…ケイン…」
マットの上ではいずるビアンカの涙声が聞こえた。
「今…助ける…」
目の前で唾を飛ばす入れ墨男の耳を、いきなり引っ張るケイン。
「あだっ…あだだだ…ナニすん…」
懐から出したナイフで、その耳を切り裂き、さらに返す刀で脇腹を刺し貫いた。
「ひぇ…ひいやぁ〜…!!」
耳と脇腹の迸しる流血を押さえながら体勢を崩す入れ墨男。
笑って見ていたローザだが、舌打ちするとスキンヘッドのロレンツォの所へ駆け寄ると叫んだ。
「いつまでヤってんだよ!アイツをぶっ殺せ!」
ロレンツォは、ビアンカから腰を離し、立ち上がると猛然とケインに向かって行った。
入れ墨の返り血を浴びたケインは、ナイフを投げ捨てると、そのまま俊敏な動きでロレンツォの顔面にカウンターパンチを食らわせた。
「うごぉっっ…」
190センチはあろうかというロレンツォの巨体が揺らめいた。
そして、まるで駄々っ子の様にパンチを繰り返す。
もはや、ロレンツォの顔は血の華が咲き乱れ、原型を留めないほどに歪んでいた。
それを、怯えた目つきで柱で見守るローザ。
「次は、てめーだ。ローザァ〜!!」
ボロボロになったロレンツォが崩れ落ちる。
ケインは、ビアンカの横を通り視線を向ける。
「ケイン…」
「ヤバ…」
堪らず逃げ出すローザ。
しかし、すぐに首根っこを捕まれた。
「…ご、ごめんなさい!ゆ、許して…」
泣きながら謝るローザだが…
「…俺が、そんな甘い男に見えるか?」
ロレンツォ達がやったように、ケインはローザの服を引き裂いた。
「ひぃっ……あたしをどーする気なの?」
「女をいたぶるのは好きじゃねえんだが…お前は別だ…とりあえず裸にしてから考えるわ…」
その時、ビアンカが叫んだ。
「ケイン!危ない!!」
「え…?」
だが、気づいた時には、ケインの背中に衝撃と鈍い痛みが走っていた。
先程の、ケインのナイフを拾ったフランキーが意識を戻し、背後から刺したのだ。
激痛に顔を歪めながらも、そのナイフを抜き、さらに勝ち誇った顔のフランキーの額に突き刺した。
「ぎゃあぁっ…!」
悲鳴を上げるとフランキーは倒れた。
ビアンカが、ケインの傍に駆け寄る。
「だ…大丈夫?ケイン?」
「う…お前こそ…」
膝をつくケイン。それを身を屈めながら支えるビアンカ。
その隙に、ローザは後退り逃げ出す。が…
乾いた銃声が工場内にコダマした。
数発の拳銃の弾丸を喰らったローザが、床に突っ伏した。
見れば、入り口付近にケインの仲間数人が拳銃や武器を構えて入るところだった。
「あらぁ……ちょっぴり遅かったかねぇ…」
呑気な声を上げるのはサドラー。
長身で、陽気な容姿のお調子者。だが、ケインには頼もしい子分だった。
「お、遅すぎだぜ…」
痛む背中を押さえながら、ようやく笑顔を見せるケインだった。
そこへ、再び銃声。
今度はサドラー達が狙われた。
倒れたローザが、鞄から小さな拳銃で狙い撃っていたのだ。
「畜生…畜生…」
撃たれた脚から、流血しながらも、それを引きずりながら後退する。
なおも撃ち続けるローザ。
「ひえっ…」
その銃撃をかわしながら、仲間の一人がジュリアーノから借りたと思われる安物のマシンガンを投げ出す。
それが、ビアンカの眼前に転がった。
「もうよせ!ローザ!諦めな…勝負はついたろ!?」
ケインが叫ぶと、その横で立ち上がる影が目に入った。
裸のまま、マシンガンを手にし、ツカツカとローザの方へ向かって歩いていくビアンカ。
「うっ…?お…おい?ビアンカ!?」
「これを…こうすれば、撃てるんだよね…?」
どこで覚えたのか、ビアンカは、そのマシンガンの照門に眼を当て、引鉄に指を掛けた。
「ま、待てよ…ビアンカ…よせ……」
無表情のまま、銃口をローザに向ける。
ローザは、さらに撃とうとするが弾丸切れの様だった。
「あ…あ…ビアンカ…あ、あたしを撃つの…?」
引き攣った笑いを張り付け、後退る。
「あ、あんたに人を撃てるの…?人を殺せるの…?そんなことしたら、あんた、ホントの悪魔に……」
そんな言葉すら耳に届かぬ様に、ビアンカはマシンガンを乱射した。
唸る連続音が響き渡る。
弾丸が吐き出される度に、微かな断末魔が漏れ、血飛沫とともに掻き消されてゆく。
「ビア…ン…!?…あ、うぐぁっ…ぎぃあっあっ…ぐぁっ…」
ローザは、踊る様に身体をのたうち、床に沈んでいった。
ケインや、サドラー達は、ただ呆然とその姿を見守ることしか出来なかった。
すべて撃ち終えたビアンカの表情に、涙はなかった。
今までの、ただ悲惨な環境に翻弄されるままの弱々しい瞳は消え失せ、強い炎が彼女の瞳に宿り始めていた。
《完》
初掲載2010-02-05