パトリックは、地獄の暗殺者である。

闇の刺客、魔界の処刑人…そして“死神パトリック”
様々な通り名を頂いていたが、特に気に入っていたのが“魔王より魔王らしい魔王の様な奴”と言う異名だった。



「なんだぁ…この有様はぁ……??」


2メートルはあろうかと言う巨大なショットガンを肩に担ぎ、黒い鍔広の帽子に黒いコートに身を包んだパトリックは、戦場跡の様な死体が転がる地に脚を踏み入れる。


それは、ラボミア軍とジュリアーノの兵隊達の無惨な死体だった。


「また地獄に戻っちまったのかと思ったぜ…へへ…最近の地上も景気がいいらしいや……」



ビアンカの父ベルフェゴールは、ロッソと行動を共にせず、娘の危機には姿を現さず辺りを見守っていた。

新たな危険を察知したからだ。
それも、自分の身に降り懸かる危機だった。

闇夜に隠れ、姿を消していたベルフェゴールだったが、この地獄からの来客の臭いを感じていた。 小屋から離れた地に彼は待っていた。


「そこに居たなぁ…ベルフェゴール公…」


「死神パトリックだな…?」


「ご存知とは光栄ですな。しかし、会った途端にお別れ会とは寂しいけど、これも我輩の任務なんでねぇ……悪く思うな…」


ショットガンを構えるパトリック。


「パトリック、お前が来るとは…。魔王は…もう我々の動きを察知していたか…」


腰から、自らの愛用の剣を抜き構えるベルフェゴール。


「だから我輩を寄越したんだよ…お前さんの嫁も息子も、もうベリアル様に捕えられたよ…」


「おのれ…ウインドウめ……」

パトリックの言葉を聞き、怒りを瞳に宿したベルフェゴールは、左腕から稲妻の様な光線を発射する。


だが、それを吐息だけで軽く弾き返す。


「アディオス!大公…」


剣を構え、襲い掛かるベルフェゴール。
パトリックのショットガンが炸裂した。
それは、空間そのものを破裂させベルフェゴールの肉体を粉々に吹き飛ばす。
彼の細胞は地上から完全に消え失せていた。


(……ビアンカ…我が娘よ……もう一度、会いたかったぞ………)


ベルフェゴールは、断末魔さえも微塵に粉砕されていた……




「うっ………」


突然の悪寒を感じたロッソは、頭を押さえてうずくまる。


「どうした…ロッソさん…?」

酒を酌み交わしていたジュリアーノと幹部数人は、ロッソの急変に色めき立つ。


(あ…兄者……ま、まさか……!?)


ロッソは、兄ベルフェゴールの異変を感じた。だが、周りで心配そうに見守るジュリアーノ達を見返すと、何事もなかった様に立ち上がり、再び椅子に座り直す。


「ああ…なんでもない……ちょっと飲み過ぎたかな…」


「おいおい!だらしねえぜ…ゲリラの大将!!」


アルがロッソに近寄り、酌をする。

「まだまだ夜は始まったばかりだぜ…なあ、ジュリアーノ…」


「ああ、僕は少し酔い醒ましに外を歩いて来るけどな……」


「なんでえ!ウチのボスもたいしたことねえなぁ〜はっはっは…!」


「アル…あとで撃ち殺してやるから待ってろ…」


「お待ちしております。ドン・ステファネリ!!」


敬礼で応えるアルだった。


ジュリアーノは、火照る顔を外の冷気で冷ましにふらつく脚どりで出て行った。





アンジェラは、ビアンカから借りた服を腰に纏った姿で地下牢を抜け出す。


「ビアンカ…借りが出来たね……」


「気にしないで下さい。アンジェラさん……」


「もう一度聞くよ。わたしと一緒に……」



「ビアンカ!そこで何をしているの!?」


それは、様子を見に来たミカエラだった。
月が逆光になり顔は陰っているが、明らかに驚愕した表情が見えた。
ビアンカの横に佇むアンジェラの裸身が目に映る。

「ア…アンジェラ…?ビアンカ…あなた一体何をしてるの?」


「ミカエラ…ごめん。わたし…」


「逃がさないわよ!」


階段を駆け降り、アンジェラにタックルするミカエラ。その衝撃で床に倒れる3人。

「うぐっ…ミカ…」


「アンジェラ!!あなたはわたしが殺すの!」


「ミカエラ…貴様…邪魔をするな……」


ミカエラを留めたのはビアンカだった。

「ミカエラ…アンジェラを…許してあげて…ここは見逃してよ…」


「ビアンカ!あなた、自分が何を言ってるのか分かってるの!?」


そこに渇いた銃声が響いた。いや、銃声と言うより爆音に近かった。

それは、ロッソ達の居る小屋の方からだった。


「今の音は…?」

3人は顔を見合わせた。


ドアを突き破り、現れたのは刺客パトリック。

アルの頭とドアを同時に吹き飛ばし、さらにロッソの右半身をも粉々にしていた。


「な…なんでえ!コイツは……??」

さすがのマフィア達も慌てふためく。酔っ払っているため、武器を手にするのも覚束ない。


血の吹き出る右肩を押さえながら、ロッソはパトリックを睨み据える。


「そろそろ来ると思ってたよ……死神パトリック…」









《続く》


初掲載2009-12-02