古色蒼然とした京都の街並みが雨に濡れる。
商店街を抜けた、民家の並ぶ一角に僕の真藤家と山室家が並んでいた。
止まない雨。
窓際から顔を覗かせる僕の隣には、軽く寝息を立てる君。
さっきまで身体を重ね合わせていた亜利沙が横で寝ている。
お互いに初めてだった。
亜利沙の母親が帰ってくる前に、そろそろ姿を消そうか。
「健ちゃん…うちは健ちゃんのこと、昔から好きやったで?」
突然の告白。
高校2年になって、久しぶりの会話がこれだった。
亜利沙の山室家と、僕の家、真藤家は先々代からのお隣同士。
もちろん、亜利沙と僕は小さな頃から兄妹のように仲良く、ともに遊び、時には食事をし、お互いに学校に通うようになると一緒に登校するぐらいの仲良しだった。
だけど、お互いに思春期を迎えると、変に意識するようになり、僕は男友達とばかり遊ぶようになり、彼女と言えるかどうか分からないけど仲の良い女友達も出来、亜利沙は亜利沙で違う高校に進学したこともあり、2人の仲は疎遠になっていった。
登校の時も、軽く挨拶をする程度。
それぞれ違う方向へ進み、会話もほとんどなかったに等しい。
昨日までは…。
「あっちゃあ…こりゃ酷い雨だぁ…」
天気予報を恨みながら、僕はスーパーの前で雨宿りしていた。
そこへ、現れたのが亜利沙だった。
「健ちゃん…」
「亜利沙…?」
長い髪と制服を肩までグショグショに濡らした亜利沙が、同じくびしょ濡れの僕を見て驚く。
乱れたポニーテールを触りながら、気まずそうに空を見つめる亜利沙の首筋が妙に生々しく感じた。
「凄い雨やね…」
「ああ…」
僕のいやらしい視線を見透かされた様な亜利沙の強い瞳に僕は釘付けになった。
もともと色白だった亜利沙だが、久しぶりに見た肌は、ますます色気と深みを増したように綺麗になっていた。
そんな思念を誤魔化すように、僕は適当に会話をする。
「久しぶりやね……元気?」
「ん〜…あんまり元気やない!パンツまでびちゃびちゃやもん…早く温いお風呂入りたいわ〜」
「僕もや」
「そや。健ちゃん、うち来るか?」
「なんで?」
「今日、うちは母親帰るの遅いねん。久々に遊ぼうよ」
「隣同士やないか。僕は帰るで」
「野暮なこと言わんとき。オナゴの誘いは断ったらあかんで」
「うっ…」
確かに、僕は亜利沙の肉体に欲情したけど、僕には彼女がいる。
亜利沙は嫌いではないが、特別な感情はない…と、思う。
それに、2人は久々に会ったばかりだ。
「なぁ、健ちゃん…うちは健ちゃんのこと、昔から好きやったで?」
突然の告白。
一瞬、何を言ってるのか分からなかった僕は戸惑いすらなかった。
「…………そうなん?なんやねん。藪から棒に!」
しかも、土砂降りの中でのシチュエーション。
2人は、止まない雨に覚悟を決めて、ついに走り出した。
そんな折りに亜利沙が口走った言葉。
「あ〜言ってもうた!めっちゃ恥ずかしいわ〜」
「僕も恥ずかしいけどな…」
「…でも、今日会えて良かった。うちなぁ…」
「…なんや?」
「まあ、ええわ!とにかく家上がり!」
はぐらかされたまま、2人は誰も居ない山室家に入る。
亜利沙は先にシャワーを済ませ、頭にタオルを巻き、最近流行りのミニの浴衣を羽織り涼んでいた。
僕は、久々に上がった山室家の食卓やお風呂に感嘆していた。
(変わってないなぁ…)
7年ぶりぐらいだろうか。
小さい頃は、この冷蔵庫から勝手にアイスを出して食べていたのを思い出す。
亜利沙のお父さんがついでに僕にビールを頼み、それを持っていく。
何もかもが懐かしく思えた。
そんなお父さんも5年前に癌で亡くなった。
それ以来、亜利沙の母親は女手ひとつで家計を支えていた。
環境は変化したけど、冷蔵庫の位置や風呂の場所は変わりなかった。
この狭い風呂も、昔は亜利沙と一緒に入った記憶がある。
もちろんお互いに小さかったから何もなかった。当たり前だが。
そんな感慨に浸りながら、身体を拭いていると亜利沙の足音が聞こえた。
「健ちゃん、お父んのお古があったで。とりあえず、これ着とき…」
なんの躊躇もなく風呂の扉を開ける亜利沙。
僕は咄嗟に股間を隠すのがやっとだったが、手遅れだったようだ。
「あ………ゴメン…」
「い、いきなり開けるヤツがあるか!」
亜利沙は、顔を赤らめ、その大きな瞳を更に大きくしながらも視線を逸らす。
僕は、とりあえずタオルを腰に巻き付けた。
亜利沙は、自分が持ってきた“お父んのお古”とやらを僕に投げつけた。
「うおっ…っ」
「これ、着とき!」
「あ…ああ、サンキュー…」
気まずい沈黙を破ったのは亜利沙の方だった。
「…健ちゃん…ボーボーやな…」
口を押さえながら、いたずらな視線を僕の股間へ向ける。
「なっ…お、お前かてどうせボーボーやろが!?」
「うちはツルツルやもん!」
「嘘こけ!!」
「嘘やないで!健ちゃん、うちのアソコ見たんか?」
「見なくてもわかるわ!!」
だが、亜利沙のクスクス笑いがますます止まらない。
「…なんや?」
「…健ちゃん…想像したやろ?…大っきうなっとるでぇ……?」
そう。
不覚にも僕は、亜利沙の裸体を想像し、反応してしまったのである。
「あっちゃあ…こ、これは…」
必死に股間を押さえる僕だが、このシチュエーションを一体どうやって説明したらいい?
だが、亜利沙が意外な行動に出た。
羽織っていたミニの浴衣の裾を、自ら捲り上げたのだ。
「ええよ…健ちゃんなら見せたるさかい…」
亜利沙は、下着を着けず、素裸の上にただ浴衣を羽織っていただけだった。
初めて見る亜利沙の…いや、初めてと言うのは語弊があるが…
白い太股の間の淡い茂みに包まれた亜利沙のアレは、シャワーのあとだからか、少し濡れている様に瑞々しかった。
顔を赤らめながら、上目遣いの瞳で僕を見詰める亜利沙。
「…どや?ツルツルやろ?」
「ああ…ホンマなやぁ…」
目を逸らさなくてはいけない心と裏腹に、僕の瞳は一点に集中する。
僕の不肖の“息子”が、ますます反応したのは言うまでもない。
恥ずかしそうに、裾を直しながら、亜利沙が近づいてくる。
洗い立ての髪とオンナの匂いが僕にまとわりつく。
爆発寸前の僕は、思わず亜利沙の肩に手を回した。
そのまま、僕に凭れかかる亜利沙。
柔らかな胸の感触がますます僕を刺激した。
目を瞑る亜利沙。
僕は、そのままのし掛かるようにして亜利沙にキスをした。
「………んん…」
「亜利…沙…」
目を再び開くと亜利沙は言った。
「かんにんやで。健ちゃん…あんたには彼女おるんやろ…?」
「あ…ああ、まあね」
「けどな。うちは最後に健ちゃんに会いたかった。ゆっくりと遊びたかっただけなんや…」
「最後に…って、なんや?」
頬を、僕の肩に乗せながら亜利沙は泣いていた。
「うちのお母んがな。再婚することになったんや。それでな。来年には此処を引っ越さなあかんねん…そしたら、もう健ちゃんとは会えなくなんねん…」
さっき、風呂場で回想していた山室家の思い出。
そして、亜利沙や亜利沙の両親との記憶。
それが、再び走馬灯のように甦って胸を去来した。
「寂しくなるなぁ…」
僕は再び、亜利沙を抱き締めた。
「中学ぐらいから、うちら段々疎遠になってたやないか?最後にゆっくり会いたかったんや。きっと死んだお父んの導きやな…」
「ホンマにそうやな…」
「健ちゃん…うちのこと、好きか…?」
失われそうになり、僕は初めて気づいた。
僕は昔から、亜利沙が好きだったんだ。
きっと、これが“初恋”だったのだろう。
「ああ…僕も亜利沙のこと…」
「……なんて?」
「…好きや…」
「…ありがと…健ちゃん…」
知らず知らずに、僕は亜利沙の丸い乳房に埋もれ、指は脚の間を這わせていた。
「…離ればなれになっても、うちのこと忘れんでな…」
「当たり前や…」
僕の指の動きに、亜利沙の身体が反応し、痙攣するような動きを見せる。
「あっ……んん…」
「…痛かったか…?」
ううん、と言うように首を振る。
亜利沙の唇が、僕の耳に近づく。
再び、泣いているようだった。
「うち嬉しい…」
「僕もや…」
知らないうちに雨は止んでいた。
空にはうっすらと七色のアーチがかかっている。
半年後、淡く甘い思い出とともに、亜利沙と母親は去っていった。
さよなら。
僕の初恋。
※初掲載2012-07-06(ブログリ)
《完》