「セルジオの親父も長くねえなぁ…」
酒場には、ステファネリ一家の名だたる幹部が集まり、力の衰えた自分のボスを嘆く。
「ああっ…むしろ新興のマルコーネ・ファミリーの方が勢いもあるし、若い連中が集まってる。現にビットリオはマルコーネに降ったって話だ…」
その言葉に幹部達はどよめいた。
「何?親父さんの右腕だったビットリオがか…?」
暗い酒場が、なお暗くなる。
「ああ…もうステファネリ一家もおしまいかねぇ…」
チラリと外を見ると、スポーツカーの横で派手な身なりの美女をナンパしている金髪碧眼の青年がヘラヘラと笑っていた。
「待てよ。アリッサ…僕はもう君しか見えない!君がいないとダメなんだ♪」
大袈裟な身ぶり手振りで、アリッサの気を惹き車に乗り込ませるジュリアーノ。
呆れたような顔でアリッサはジュリアーノの傍に寄る。
「あんたのその瞳にはいつも負けるわ…」
「ありがとう♪」
「ステファネリの跡取りが…あんな坊やじゃな…」
病床に伏せるジュリアーノの父親、セルジオ“ドン”・ステファネリは、息子の顔を見るなり、身体を起こした。
「おっ…ジュリーか…?よく来た…」
「親父、あまり無理すんな…」
「…なんの、このセルジオ…まだまだ死ぬ気はせんよ…ゴホゴホ!」
「おい…寝てろって…」
強引に身体を倒すと、優しく毛布を掛ける。
そのジュリアーノの手を握り、その碧眼をまっすぐ見つめるドン。
「…親父…」
「アル…アルとマリオは、信用出来る男だ。お前が困った時は奴等に頼るんだ…ぐふっ」
「何の話だよ…?」
「…だが、ビットリオ…奴には気をつけろ…」
「ビットリオおじさんは親父の最高幹部じゃねーか…」
「ふふ…お前の瞳は死んだクラウディアにそっくりだ…」
「母さんに…?」
「ジュリー…お前は、わしの希望だ…ふふふ…」
意味深な笑みを残し、セルジオはそのまま寝入ってしまった。
「親父…」
その年の10月、ジュリアーノの父親、ドン・ステファネリは逝った。
葬式は盛大なもので、各地に散らばる幹部から、生前世話になった一般人から警察の者、果ては政治家までがセルジオを偲んだ。
その中に、黒服に長身、茶髪のロン毛の男がボルサリーノ帽を胸に当て、跪いていた。
「ふふ…安らかに眠れ。セルジオの旦那。ステファネリ一家は俺に任せておけ…」
“ドン”の霊前で頭を垂れるビットリオは、一人ほくそ笑んだ。
(…これでファミリーは俺のものだ…)
「ビットリオ…おじさん…?」
その声に振り向くと、普段の麗らかな笑顔が消えた悲愴な表情のジュリアーノが立ち尽くしすていた。
「おお…ジュリー…」
両手を拡げて、彼を抱き締めるビットリオ。
「…親父さんはいい男だった。これからは力を合わせてステファネリ一家を支えていこうな。これからはお前が“ドン”だ。ジュリアーノ…」
「ビットリオおじさん…」
「式が終わったら相談しようじゃないか。今後の事を…」
「そんな暇はないよ。ビットリオ…」
「ん?」
ジュリアーノは、懐からベレッタを出すと、そのままビットリオの胸板に突き付ける。
そのあまりに意外な行動に、一瞬目を疑うビットリオ。
「…てめえ…こんな群衆の前で俺を殺る勇気があるのか!?」
「へっ…」
今度は、その拳銃をコメカミに突き付けた。
その異変は、たちまちセルジオを偲ぶ者達の注目の的になった。
セルジオの用心棒だったアルとマリオもマシンガンを宙に向けて放った。
また、ビットリオの部下やマルコーネ側に裏切ろうとしていた幹部達もそれぞれジュリアーノの部下に銃やナイフを突き付けられていた。
「こ…これは…!?」
「お前の動きが筒抜けだって事ぐらいは分かってんだろ…?」
「だが、今日は親父の葬式だぞ!?…それに一般人や警官、政治家までいるんだぞ!!」
「…だから?」
「お前は正気か?ここで俺を殺したらどうなるか…」
「君の部下や反セルジオ組が一堂に会するのは、この日ぐらいしかなかったんでね…ふふふ♪」
「…お、親父さんが君を見たらなんて言うか…」
その言葉にキレたジュリアーノは、ビットリオの脚を思い切り蹴飛ばし、その場に倒して、更に拳銃を向けた。
「てめーに親父の名を語る資格はねえよ…ビットリオ…!!」
ジュリアーノは、さながらローマ皇帝の如く右手を高く掲げると親指を上げ、それを今度は下に向けた。
それを合図に、主だった反セルジオ組やビットリオの部下達は一斉に“粛清”された。
悲鳴と怒号が交わされ、その場は突如、修羅場と化した。
だが、そのあまりに突然の“処刑”現場に人々はただジュリアーノの姿を畏れ立ち竦むのみ。
倒れ、血塗れになる部下達の姿を唖然として見つめるビットリオ。
「な…なんて事を…なんて…」
目の前にいる、一見、天使の様な青年は、もはやビットリオには紛れもなく死神にしか見えなかった。
(俺は…見誤っていたのか?
セルジオの息子は腑抜けだと思っていたが…
コイツはとんだ猛獣だったようだ…)
「こんな…公衆の面前で…お前は…コーザ・ノストラではない…お前のやり方は間違いだ。お前は狂ってる…」
「…ビットリオおじさん…僕はあんたが嫌いじゃなかったが、親父を裏切る奴は許さねえ…」
観念した様に、ビットリオは笑みを漏らした。
「何がおかしい?…最後に言いたい事はあるか?」
「ふっ…お前は、親父さんよりクラウディアにそっくりだよ。顔もだが、そのせっかちな性格もな…」
「母さんか…親父も同じ事を言ってたよ…」
再び、拳銃を後頭部に当てる。
「言いたい事はそれだけか?」
「お前の母親クラウディアは、若い時はとんだじゃじゃ馬でな…ふっふっふ…だが…」
「!?」
「俺もクラウディアを愛していた…」
「母さんを…?」
「ジュリアーノ…お前も好きだったよ…やはり俺はお前達には勝てない運命らしい…ふふふ…」
「ビットリオおじさん…」
再び、銃声が響いた。
それは「ジュリアーノの時代」の幕開けを告げる祝砲だった。
【完】
初掲載2010-05-31
[イラスト/tyakki様]
いつもジャン吉小説をご愛読ありがとうございます♪(o^-')b
タイトルはフレンチ・ノワールのパロディです(笑)( ̄▽ ̄;)
応援よろしく!!\(^_^)(^_^)/