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第15話「逆襲のタランテラ(後編)」




「アンジェラお姉様…?」


血塗れのアンジェラは、ついに力尽きた。歩道にひざまづき、そのままグッタリと倒れ込む。


ジープから降りたミカエラが駆け寄った。


「アンジェラお姉様…何があったの!?」


アンジェラを抱き抱えるミカエラ。


「ミ…ミカエラか…?やられたよ…ビアンカに…」


「ビアンカ?」


ミカエラは気付いた。

アンジェラ自身の真っ赤な血の他に青黒い血が混ざって軍服を汚していることに……


「ミカエラ…い、医者を……」


もはや息も絶え絶えのアンジェラが、妹ミカエラに命乞いでもするかの様な視線を投げる。

だが…


「……アンジェラお姉様……ビアンカに、ビアンカに一体何をしたの……??」


「!?」


そのただならぬ様子に気付いたロッソは、ジープを降りようとする。


「おいっ…どうしたミカエラ…?そいつは誰なんだ?」


ガルシア将軍の娘アンジェラを、ロッソが知らぬはずはない。

しかし、あまりにも変わり果てた姿に気付かない様子だ。


そこへ、通信が入る。


「エディか?そっちの様子はどうだ?……なんだと?」


「何かあったのですか?」


隣に並走していたジープに乗る女ゲリラ兵士クララが聞いてきた。


「南ラボミア刑務所で、暴動が発生している様だ…」


「なんですって!?まさかモニカが……?」


「ああ、恐らくアイツが扇動したんだろうが…マズイな…」


「何故ですか?暴動が起きた方が我々も仕事がやりやすいのでは…?」


そこに砲撃。


辺りに爆音が響き渡る。

「おいでなすった…」


数十台の戦車部隊が、突如現れた。


空にはヘリコプター部隊も居るようだ。


「ラボミアの治安部隊が現れたぞ…」


「エディ…治安部隊の数は分かるか?指揮を執るのは……なんだって?アルメイダ?」


「まさか、アルメイダ将軍自ら鎮圧に…?」


そこに銃声が響いた。


ラボミア軍ではない。
歩道にいるミカエラとアンジェラの方からだ。


「ミカエラ……?」


見れば、ミカエラがアンジェラの腰の拳銃を奪い発砲している。


「ミカ…エラ…何をするの?…止めて…」


はいずり回り逃げ出すアンジェラ。


「よくも、わたしのビアンカを!!お姉様だって許さない!!」


「お…おい!ミカエラ、何をやってる!?そいつは…ア、アンジェラか?」

ようやくその血塗れの女の正体に気付いたロッソ。


「ミカエラ!そいつはお前の姉さんだろ?何故こんな事をする?」


「あなたは黙って!!」


涙目になりながらアンジェラに向け発砲するミカエラ。


「ミカ…エラ…やめて……うぐっ」


弾丸がかすめる。


アンジェラの頬から血が流れる。


「アンジェラ様!!」


ラボミアの治安部隊がこちらに接近する。


「おいっ…マズイぞ…ひとまず避難だ…!おいっ…行くぞ!!」


ジープを走らせ、ミカエラを拾うロッソ。


治安部隊の兵士が、瀕死のアンジェラに近付く。 両腕を失ったアンジェラの身体を見て唖然とする。


「大丈夫ですか?アンジェラ様…これは酷い…」







一方、刑務所ではまだ暴動は拡大していた。
モニカら、反乱軍とは無関係の囚人達も加わり暴れまわっていた。

警備隊が必死に鎮圧しようとするが、火に油を注ぐ様なものだった。


「モニカ!!」


「なんだい、アイリーン?」


「このまま外に脱出しようよ…あたい、出口の近道を知ってるんだ!!」


「いいね。行こうか…案内しておくれよアイリーン…」


「任しとき!!」


モニカ、アイリーン、マキ、ヴィッキー。

そして、彼女らに協力していた看守ヴェルマは銃撃をかい潜りながら外へ向かい走り出す。

もちろんビアンカも一緒だ。


「ビアンカ…大丈夫かい?」


「ああ…」


ビアンカは、さっきまでの自分の姿を思い出していた。


アンジェラに残酷な仕打ちを受け、それが命の危険が及んだ時、自らに眠る“魔族”のパワーが解放された。

あの時は、自らのパワーに酔ったが…


あれが、本当のわたしなの…?


あれが、悪魔の本性なの…?



やっぱり、わたしは人間ではないのか…



ビアンカは、自らの恐ろしい正体に戦慄した。



「ビアンカーー!!」



ミカエラの声が聞こえた気がした。


幻聴にしては生々しい。

これは一体……?


そびえ立つ巨大な塀の向こうで、何やら爆音が聞こえる。


空には戦闘ヘリ。


何があった?


暴動鎮圧に、軍が動いたのか?



目の前にあった鉄格子が突如砕け散った。



外が見えた。



懐かしい外の世界の空気が入り込む。


“赤いコヨーテ”達のジープが突入して来る。

モニカが叫ぶ。


「ロッソ!!」


「待たせたなっモニカ!」


「焦らし過ぎだよロッソ!」


モニカはジープに飛び乗り、ロッソに抱き着いた。

「おっと…お楽しみは後だ。モニカ…まずは奴らを片付けようぜ…」


「ああ、一気にケリをつけようロッソ…」


ラボミア軍とゲリラ部隊は、そのまま戦闘に突入した。

辺りは、阿鼻叫喚の戦場と化した。





「ビアンカ…♪」


振り向くと、そこに迷彩服を着込んだミカエラが立っていた。


「ミカエラ…」


「ビアンカ…」


二人は見つめ合い微動だにしない。


涙が溢れる。


「やっと会えたね…ビアンカ……」


ミカエラが駆け寄って行く。


二人は強く抱き合った。

「ビアンカ…ビアンカ…わたしのビアンカ…もう何処にも行かないで…」


涙でクシャクシャになりながら、ビアンカを見詰めるミカエラ。


「行かないよ…ミカエラ…もう離さない…わたしにはあんたが必要なんだ……」




愛しいミカエラ…



もう何があっても離さないよ。



たとえ、世界中を敵に回しても。



人間でなくなっても構わない。




あんたと一緒に居られるのなら…







―女囚ビアンカ編・完―




《続く》

初掲載2009-10-09





♪luca turilli-new century's tarantella
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第14話「逆襲のタランテラ(前編)」





「な…なんだ……?」


ビアンカは、ついに立ち上がる。

背には身体がすっぽり隠れる程の、巨大な蝙蝠状の翼が現れた。


髪は黒から徐々に紅く染まり、二対の角は伸び硬質に黒くなる。

瞳は怒りを覗かせ、口には牙が更に伸びた。


そして、全身に瘴気を纏う……その姿は邪悪の化身そのものだった。


アンジェラは、腰のホルスターから拳銃を抜き即座にビアンカに向け発砲するが、弾丸は全て弾かれた。


「ば…馬鹿なっ…どうなってる……!?」


扉を叩く音が響く。


「アンジェラ様!今の銃声は……!?」


「お…お前達…」


だが、その隙にビアンカが目の前に近寄っていた。

顔には笑みを浮かべながら。

「アンジェラ……」


「うわあっ……」


ビアンカは、アンジェラの左腕を掴むと飴の様に軽く捻った。


骨の折れる音と血飛沫が上がる。

アンジェラの左腕は妙な方向にネジ曲がっていた…

「きゃあああっ…」


そのままビアンカは、腕を引きちぎった。


「う…腕がっっ…」


流血する左腕を押さえながら更に発砲するが、やはり効果なし。


「アンジェラ様!!……うっ…!?」


部下達が、扉をぶち破り入って来た。

その惨状に唖然としながら、ビアンカに向け発砲。

「アンジェラ様、大丈夫ですか?」


「こ、この悪魔を…殺せ!!」


だが、部下の一人はビアンカの放つ“気”で粉々に吹っ飛び、もう一人は目の前で首を撥ねられた。


「ひっ…ひぃ〜…」


今度は、アンジェラが悲鳴を上げて逃げる番だった。

脚は速い。

しかし、負傷した左腕を押さえ、なおかつ流血しながらだと話は別だ。


アンジェラは、部屋の外へ逃げ出しひたすら駆けた。

もはや生きた心地はなかった。

「な…なんだと言うのだ……あの化け物は…!?」


近くの壁が吹っ飛んだ。

ビアンカが気功波を放ったのだ。

「お…おのれ!」


無駄だと分かりつつも発砲するアンジェラ。


更に走る。


そこへ、入浴時間が終了した女囚達の列が現れた。

「しめた…」


その列に紛れ込むアンジェラ。


「うっ…なんだてめえはっ!?」


「こいつ…腕がねえぞ?」


「貴様ら、盾になれ!」


そこへ、猛スピードで飛来するビアンカ。

怒りで我を忘れ、女囚達目掛けて気功波を発射する。


「あ、あれは…ビアンカ…!?」


アイリーン達が気付いた。
しかし、アンジェラもろとも攻撃を受け、辺りは肉塊と血の海と化した。

「ぎゃあああっ…」


バラバラになった女囚達の中を掻き分け、アイリーン達が逃げ出す。


「……一体何が起きてるんだよ……?おいっマキにヴィッキーは無事かっ?」


「アイリーン…あんたも大丈夫か?」


死体の山を掻き分けマキとヴィクトリアが現れた。

「どうなってんだよ…ありゃビアンカなのか?」


ビアンカは、辺りを見回していた。


「アンジェラ…何処だ……」


そのアンジェラは、まだ死体の下に隠れていた。拳銃を構えながら。だが…

「ビアンカ!アンジェラなら此処にいるぞ!」


騒ぎに駆け付けたモニカとヴェルマだった。


「!?……き、貴様…」


拳銃を構えた右手を踏み付ける。

「ぐあっ」


ビアンカは、ヒタヒタと静かに近寄ってきた。


「お…おのれぇ……」


だが、そこへ警備隊が現れビアンカにマシンガンを向けた。


「お前達、おとなしくしろ!!」


だが、ビアンカは警備隊の一人を軽く捻り潰すと前進。

アンジェラの右手を踏み潰す。


「うぎゃああ……!!」


すかさず拳銃を奪い、警備隊に発砲するモニカ。

「チャンスだ!!アイリーン!」


「あいよっ」


アイリーン達も警備隊を後ろから襲うと、マシンガンを奪い取る。


刑務所内は、途端に修羅場と化した。


だが、その騒動がかえってアンジェラの逃げ出す隙を作ってしまった。


両腕を失ったアンジェラは、物陰に潜みつつ脱出を窺った。






一方、ロッソ達はガルシア邸を襲う。


凄まじい爆音と炎が屋敷を包む。


「エディ達が正面玄関を突破した様です!」


「了解だ。行くぜ…クララ、サルタナは俺に続け!!」


小隊を率いてロッソは裏口を窺う。


「やはり、こちらは手薄だな…」


警護の兵士数人を撃ち倒すと、更に屋敷に侵入するロッソ。


だが、その後ろに気配を感じた。


「お前達…そこを動くなっ!!」


ライフルを背中に突き付けられたロッソ。
すかさず両手を上げる。


「司令官!?」


「冗談キツイぜ。お嬢さん……」


振り向くと、ヘルメットに迷彩服を着、ライフルを構えたミカエラが居た。

ロッソの顔を見ると敬礼する。


「うふふ…お久しぶりね、ロッソさん。どう、これ?似合うかしら?おじ様のお古なの…」


「ミカエラお嬢さん…俺達が来るのを分かってたみたいだな…」


「お見通しよさっ…早く、わたしをビアンカの所へ連れて行って!!」


ニヤリと笑みをもらすと、ロッソはミカエラの腕を掴む。そして、トランシーバーで通信する。


「…こちらロッソだ。…ああ、ミカエラお嬢様は確保した。直ぐさま刑務所に急行だ!!」






刑務所では、完全に暴動となっていた。

カオスが建物全体を包み込む。


一方、その騒ぎの元となったビアンカは、急に力が抜けた様にへたれ込んだ。


翼は縮み、髪の色や角も元に戻っていった。


「ビアンカ…大丈夫かい?」


警備隊に向け発砲しながら、ビアンカを気遣うモニカ。


「ああ…平気。ありがとうモニカ……」


「とりあえず何か着なよ…」


と、近くにあった洗濯物の服を投げた。

ビアンカはそれを羽織りながら聞いた。


「アイツは…」


「うん?」


「アンジェラは何処に消えた?」


「分からないね。だけど、あんな身体じゃ遠くには逃げられないはずだ…すぐ見付かるさ…」


黙って頷くビアンカ。先程までの魔神の如き姿とは打って変わり、しおらしくモニカの傍に寄り添った。


「不思議な子だね…」


モニカは愛おしむ様に、ビアンカの身体を背中から抱き寄せた。








ミカエラを乗せた“赤いコヨーテ”達のジープが進む。


やがて、海沿いの歩道に差し掛かると目の前に血塗れの女がフラフラと歩いて来た。


もはや顔から血の気は失せて半死半生の状態だった。


ミカエラは気付く。


「アンジェラお姉様……?」









《続く》

初掲載2009-10-08

第13話「アンジェラ」

「やっほほーい風呂だ風呂だ〜」


「ほらっアイリーン!ちゃんと列に並びなっ」


女囚達がゾロゾロと列を作り、浴場へ向かっていた。


食事の後は短い休憩、そして労働の後に風呂が待っている。


「その子…大丈夫なのかい?」

看守ヴェルマが心配して覗き込む。


「大丈夫だよ。あたしが面倒見るから…」


モニカの後に寄り添う様に付き従うビアンカは、まだ朦朧とした意識のままだった。


「ふふ…手取り足取り、体中洗ってやるんだね」


その廊下に、軍靴の音が響いた。

冷ややかで、不気味な反響だけがコダマする。


「そいつがビアンカ・メタネーロかい…?」


副官を二人従えた長い黒髪の女が現れた。


「うっ…なんでアイツがここに……」


モニカはビアンカを遮る様に前に立った。


カーキ色の軍帽、軍服に黒いケープを纏い、手にはサーベルの様な鞭を持ち、こちらを睥睨する長身の女…


美麗だが、冷たさを称えたクールな顔立ち。


そして、薄紅色のサングラスから茶色がかった鋭い瞳がのぞく。


「アンジェラ…」


その言葉にサディスティックな笑みを浮かべる。

「モニカ…貴様に聞いてるんだよ…そこに隠れてる青っぽい娘はビアンカだろ?」


「だったら何だってんだよ?アンジェラお嬢さん…」


突如、アンジェラの膝蹴りがモニカのみぞおちを襲う。

「うぐあっ…」

悲鳴とともに身体を折り曲げるモニカ。


「口の聞き方に気をつけるんだね…薄汚いテロリストの雌犬がっ!!」


「アンジェラ・ガルシア大佐…何故、こんな所へ?」


ヴェルマが姿勢を正して、改めて聞いた。


「決まってるだろう…父を殺した悪魔を懲らしめに来たんだよ…」


「!?」


アンジェラは、モニカを跨ぎビアンカの髪を掴む。


「貴様か…ふふふ…やっぱり悪魔だね。悪魔そのものじゃないか…」


「わ…わたしは人間だ…」


不意に、ビアンカが口をきいた。振り向くモニカ。


「ビアンカ……?」


「こんなナリの人間が居るかっっ!!」


アンジェラは、ビアンカの首を思い切り絞めた。

「ぐふっ…」


「実の娘として、貴様は生かしちゃおけないんだよ…だけど、貴様には聞きたいことがある…来なっ…!!」


アンジェラは、そのままビアンカの髪を掴み引きずって行く。


「ああ〜っ…ビアンカ…」


追うモニカを羽交い締めで止めるヴェルマ。


「ダメだよモニカ!?あんたまで酷い目に遭うよ!!」


「ち…ちくしょう…」


涙を流しながら悔しがるモニカだがどうする事も出来ない。相手が悪過ぎた。


アンジェラ・ガルシアは“総統”エステバン・ガルシアの長女である。養子のミカエラと違い、血の繋がった実の娘だった。

美貌は母譲り、気性の激しさは父譲りで、父の仕事を手伝い、軍の幹部にまでなった剛の者である。




「……さて、どうしてくれようか……?」


拷問部屋の様な個室に監禁され、椅子に縛り付けられたビアンカ。


アンジェラは、エプロンの様な前掛けをし、おもむろに手袋を着けた。


「なあ、ビアンカ……どうしてパパを殺した?何故、ミカエラを誘拐した?…貴様は一体何者なんだ…?」


「う…う…」


自白剤を注射する。

ビアンカは、ようやく我に返って来た。


「あんた…誰だよ…」


「わたしはアンジェラ・ガルシア。ガルシア将軍の娘だよ」


「ガルシアの娘…?」


「貴様の拉致したミカエラは、わたしの可愛い妹なんだよ…わたしがどれくらい心配したか…貴様に分かるか?」


その言葉が終わらないうちにアンジェラはビアンカの右手の薬指の第一関節から先をニッパーの様な道具で切断した。


「う…ぐああっ…」

落ちる指。


夥しい流血。


「痛いかい…?当たり前さ…だけど貴様に殺されたパパや、誘拐されたミカエラ、そして、わたしの心の痛みはこんなものではないよ…」


苦痛に顔を歪めるビアンカ。


「う…うっ…そうか…ミカエラの姉ちゃんか……」


「馴れ馴れしくその名を呼ぶんじゃないよ蛆虫野郎!!」


アンジェラは、椅子を後ろから蹴飛ばした。

椅子ごと、つんのめるビアンカ。


「うぐっ…」


そして、再びその髪を掴み無理矢理起こした。


「貴様は…ここ最近、頻繁に現れる悪魔の仲間だろ?ええっ?貴様はこの国を滅ぼす為に地獄から来たんだろ?」


メスの様な刃物を口の中に突っ込み、そのまま頬を切り裂いた。


「や…やめろ……」


「やめるかよ…真相を聞くまではな…」


「…残念だけど、わたしは何も知らない…あんたの望む答えなんか体中探しても出て来ないよ…わたしは魔族の仲間じゃないからね…おばさん(笑)」


その言葉にキレたアンジェラは、ビアンカの服を引きちぎる。


「…なら、身体に聞いてやるよ」


剥き出しになった乳房を握り潰す。


「ぐ…この変態女…」


「口の減らない女だね!」


今度は、ズボンを剥ぎ取った。


「………やっぱり変態か…」


「あ〜ら、可愛い尻尾だこと……」


いきなりそれをむしり取るアンジェラ。


「ぎゃあああっ…!」


さすがのビアンカも凄まじい悲鳴を上げた。

青黒い血液が、臀部から流れる。


「くっ……ババア…」

涙目になりながらも悪態をつくビアンカ。


「言いたい事はそれだけかい?腐った豚がっ!」


小型の電動ドリルを鳴らすと、ビアンカの両脚を無理矢理開かせた。

「な…何を…」


「生意気にも、ココは人間と同じ形してるんだねぇ…?」


「や…やめろー!!」


だが、お構いなしにアンジェラはドリルを突っ込んだ。


ビアンカの、声にならない悲鳴が部屋中響く。


「さあ、答えな!貴様は悪魔の仲間で、わたしのパパを殺しに来た。あまつさえ可愛いミカエラまで誘拐して……」


唐突に涙を流すアンジェラ。


「うっ…う……」


激痛に身を悶えながらビアンカは上体を起こした。

「あ…悪魔はお前だ…アンジェラ…!!」


その時、ビアンカの瞳が更に紅く輝いた。


二対の角が伸びる。


背には、徐々に翼が盛り上がる。


手枷、足枷が弾け飛んだ。

失くした指と尻尾が再生し、身体中の傷が塞がってゆく…


「な…なんだ……!?」









《続く》

初出2009-10-06






第12話「ミカエラの予感」

「ほら、しっかりするんだよビアンカ…」

おもむろにモニカはビアンカの体勢を整える。


ビアンカは、まだ怯えたまま膝を抱えて泣いている。


「ほら、あんた達!見てないでこの子の服を返しておやりよ!!」

アイリーンやマキ達に向かい叫ぶモニカ。


「う…ヴィクトリア……あんた力あんだろ。行きなよ…」


ヴィクトリアと呼ばれた巨体の少女がビアンカの身体を抱えて服を着せる。だが、糸の切れた操り人形の様にヘナヘナと崩れるビアンカの肢体。


(……!?一体、どーしたってのさ、この娘は?さっきまでの威勢はどこに行っちまったんだよ…?)


そこへ看守がやって来た。
通称“ママ”と呼ばれる太った女看守ヴェルマだ。


「59房…何事もないか?」


「ママかい?」


「モニカ、食事の時間だ…」


「やっほほーい!メシだ〜メシだ〜」

アイリーンらが喜び勇んで牢屋を飛び出して行く。マキやヴィッキーらもそれに続く。


「ああっアイリーン!ちゃんと列になって…」



「ママ…」


「ああ、モニカ…仲良くしてるかい?早く並びなよ」


「悪いけど、あたしとこの子の食事…ここに持って来てくれないかな?」


「あんだって?」


ビアンカはまだ膝を抱えたまま、ぶつぶつ呟いてる。
モニカの髪を掴んでは何か怯えた目つきで見上げていた。

「ミカエラ…ミカエラ…」

また涙を流す。


「…こんな有様でさ…食堂まで行けそうにないのさ」


ヴェルマは黙って頷いた。






「…ほら、ビアンカ……口をあ〜んして」


だが、ビアンカはスプーンを珍しそうに見詰めるだけで何もしない。


「…ダメだね、その娘。完全に壊れちまってるね。何があったんだい?」


「あたしが知りたいぐらいだね!まあ、あんたに世話を頼まれたからこっちも仕方ないけどさ…」


今度は口の中でかみ砕いた食事を口移しでビアンカに食べさせているモニカ。


まるでキスでもしてる風な姿勢で抱き着いてきたビアンカは、ようやくそれを受け入れた。


「良かった…食べてくれたよ…」


「あんたの献身ぶりは、ちょっと度が過ぎてないかい…?」


「あたしがこの子に何か特別な感情を?よしてくれよ。そんな趣味はないよ。この子見てると妹を思い出すのさ…」


「ああ、病気で死んだっていうクラウディア…だっけ?」


「そう。クラウディアはもっと小さかったけど、あの子もいつも何かに怯えてた……病魔が精神まで蝕んでたんだよ。可哀相に……」


ビアンカの頬を撫でながら、モニカは目に涙を浮かべていた。


「ところで、ロッソとはまだ連絡は取れないのかい…?」


「ああ…最近行方をくらましてるみたいでね。先週、ほら総統の娘がアークランドで見つかったろ?今度はそっちに興味が行ってるみたいでね。政府軍がまだ強固だから違う作戦を考えてるらしいけど…なんて言ったっけ?総統の娘…」


「ミカエラ…ミカエラ…」


タイミング良くビアンカが呟いた。


「そう、ミカエラお嬢さんだよ…」


「なんでさっきからビアンカは、その名前を?」


「まさか総統を暗殺してミカエラを拉致した犯人って…?」


「ビアンカ!あんたなのかい?」


モニカは、ビアンカの腕を掴んで軽く揺さぶるが何の反応もなく、ただモニカの碧眼を凝視するのみ。

「ミカ…エラ…」








此処は、ラボミア共和国の南西部に位置する海岸。

その崖のそばに反政府組織“赤いコヨーテ”のアジトがあった。

地図を見遣りながら、頭の禿げた幹部が叫ぶ。


「ロッソ、本気かい?」


「当たり前だ…政府軍がまだ健在で、アルメイダ将軍が強硬な抵抗を続ける以上は俺達も手が出せない。こないだみたいに魔族が来ればどさくさで色々出来るんだがな…そう上手くも行かないね」


「だけど、総統の屋敷の警護も半端じゃねえぞ?」


「俺には確信があるんだ。ミカエラお嬢さんさえ連れ出せれば後はなんとかなる…」


「お嬢さんが俺達に味方するって保証があるのか?」


「あるさ…そして、ミカエラを連れて今度は南ラボミア刑務所を襲う」


「モニカ達を助けるのか?いや、むしろそっちが先じゃないのか…?」


「まあな。だが政治犯数人より、ミカエラは“錦の御旗”になる。どっちが反乱軍になるかの瀬戸際さ…」


「そいつは痛快だ。一気にひっくり返すか?」


「ああ…もう国内で争ってる時間も、あまり無くなって来たからな…兄貴が…」


「兄貴?」


「ああ、なんでもない……エディ、23時には出掛けるぞ。支度急げよ…」


「了解」





一方、戦車や装甲車でバリケードされた総統の屋敷では、ミカエラも動きを見せていた。


「お嬢様……?」


「お早う…アンナ」


アンナと呼ばれた年老いたメイドに向かい笑顔で接するミカエラ。


「まあまあ…ミカエラ様。お体の具合はもう…?」


「どこも悪くないわ!それに、おじ様亡きあとはわたしがしっかりしないとねさっ…早く食事の用意をして」


何かを予感するかの様に、ミカエラは窓の外に目をやった。

空はまだ明けたばかりだ。






《続く》

初掲載2009-10-04

第11話「女囚ビアンカ」

ビアンカの怪我は重傷だったが、持ち前の治癒能力で一週間程で快復し、普通に生活が出来た。


だが、彼女を待っていたのは更なる地獄だった。




此処は、ラボミア共和国南部にある女子刑務所。


広場で受刑囚達が騒いでいた。


「そこだ!やっちまえ!!」


「負けんなマキ!!」


取り囲む囚人は数十人。

1番大声を出してるのは赤い髪をした若い女アイリーンだ。


ビアンカは、マキと言う黒髪の娘と取っ組み合いの喧嘩をしていた。


そこへ、警備隊が現れる。

「またお前かーっビアンカ!!」


取り押さえられるビアンカ。

グレーの囚人服を着たビアンカは、すっかり快復し喧嘩するぐらい元気になっていた。


「なんだよ…離せよ!あんたら関係ないだろ…」


「やかましい!!」


ビアンカは警備員にめった打ちにされて、その場に沈む。

「へん…いい気味だよ…悪魔野郎…」


その騒ぎを冷ややかに見守る女が居た。

ブロンドの髪を持つモデルの様な容姿の女囚達のボス的存在のモニカだった。


「あの子はあんたに任せたよ…」


「ママ…」


ママと呼ばれた巨体を持つ看守ヴェルマは、モニカに視線を向ける。


「ああ、あたしに任せて……あんな小娘…」


ビアンカは、痣だらけになりながら独房に運ばれて来た。


「待ちなよ…」


「モニカか…?何か…」


「その子は、あたしの房で預かるよ…」


「しかし、あんたの所にはアイリーンやマキが…」


「大丈夫だよ…あたしがいるんだから…仲良くさせてみせるさ」


モニカが警備員にニヤリと笑ってみせる。
ビアンカが顔を上げ、その紅い瞳でモニカを見遣る。

「…誰だか知らないけど、余計なお世話だよ…わたしは…」


「黙ってろ!!」


またボコ殴りにされて倒れるビアンカ。






気が付くと、ビアンカは周りを女囚達に囲まれていた。


「お目覚めかい?小悪魔ちゃん…」


「うう…」

悪意に満ちた視線がビアンカの体中に纏わり付く。

「またやる気かい…」


「ふっふ…あんたホントに蒼いねえ…」


モニカが上座らしい場所から近付いてくる。

おもむろに頬に触る。


「………………?」


「瞳も真っ赤っか…角まで生えてる…」


「それがどうした…」


「あんた、何者なんだい…?まさか本物の悪魔だなんて言わないよね?」


「あんたにゃ関係ないだろ…」


モニカの顔に怒気がみなぎる。
アイリーンの方をチラリと見遣ると背を向けた。

「好きにしていいよ…」


ジリジリと近寄る女囚達。

「…なんだよ……」


「おいっ…尻尾があるか確かめてみようぜ!!」


「おもしれー!素っ裸に剥いちまえー!」


「やめろーー!?」


牢屋はたちまち修羅場と化し、ビアンカは瞬く間に裸にされていた。


「うっ……」

囚人達は息を呑む。


全身に鰐皮の様な鱗を持ち、蒼い皮膚は微妙な光沢を放つ。

そして、尻の上を蛇の様にのたうつ尻尾…


ビアンカは胸を押さえながら膝を抱え後退する。


「コ、コイツ…本物だ…」


「悪魔だ!!」


裸にされ際立つ、いかにも“魔女然”としたその姿に囚人達は恐れだす。


「あ…あ…」

だが、過去の迫害を思い出し恐怖を抱いていたのはビアンカの方だった。


「悪魔の子め!」


「なんて気味の悪い姿なんだ……」


「紅い眼を見るなよ。呪われるぞ……」


「地獄へ帰れ!化け物!!」


いつしか、涙が溢れて来ていた。


(ああ……ママ…助けて…

ママ……


何処に居るの……??


うう…ああ………)



「あれ?コイツ、泣いてるよ……悪魔のくせに意外と…」


「よしな…」


見兼ねて止めたのは他ならぬモニカだった。


「モニカ姐さん…」


「ビアンカ…何があったか知らないけど、相当酷い目に遭ってるみたいだね。あんた、一体どんな事やらかして“此処”に来たんだい?」


だが、ビアンカはモニカの姿が目に入らない。まだ身体を震わせて膝を抱えていた。

モニカが近付き、ビアンカの腕を掴む。
ブロンドの髪が頬に触れた。

「ミ…ミカエラ…」


無意識に、その髪を掴み呻いていた。


「ミカエラ…?」







一方、ミカエラはアークランド警察に身柄を拘束され、厳重に警護されたラボミアの屋敷に戻されていた。


「どうだ?お嬢さんの様子は…」


将軍が、執事とメイドに尋ねるが首を振るばかり。


「いけません。食事もとらず部屋に閉じこもり泣いてばかりです…」


「ふむ。父親が目の前で殺され自身は犯人に連れ廻されていたのだ。まだショック状態なのだろうが……医者は?」


「身体は病気も怪我も何も見つからないと。ですが、やはり精神的に…」


「…そうか…」


困った顔をしながら二人を見る将軍。



暗い部屋の中…


やつれた顔に金髪がかかる。

虚ろな碧い瞳は何も見ていない。

ただ、大好きな髑髏を抱え一人呟くミカエラ。


「ビアンカ…ビアンカ……今、逢いに行くわ。待ってて…可哀相なビアンカ………うふふ♪」


頬に涙が伝う。


口元に笑みが走った。









《続く》

初掲載2009-10-01
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