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『ミニクイアヒルノコ』Part.3「LIKE A HARDRAIN」《完結編》



「ビアンカ…!?」

車から伸びた腕が、彼女を引きずり込む。

走るケイン。
だが、悲鳴を上げる間もなくビアンカは姿を消した。
車内には屈強そうな男達が数人。

それに混じって赤毛の女が微かに笑う姿が見えた。

「……あ、あれは…ローザ…?!」


ビアンカをトイレに閉じ込めてた女の一人。
ケインが駆け付けた時には、車は発車し始めたところだった。

「おい!待てぇ!!」

黒いキャデラックは、そんなケインを挑発するかの様に急ターンを決めて、その場を走り去っていった。


ケータイに手を伸ばすケイン。

「ああ、サドラーか?俺だ…ケインだ…」


「朝っぱらからなんだよ?」
眠たげな男の声がケータイから響く。相手はケインの舎弟とも言える悪友だ。


「…ビアンカが…さらわれた…」


「……?ビアンカって、あの青い子か?なんだって、また…」


「いいから、すぐ仲間を集めろ!拉致した車の中に、彼女と同じクラスのローザがいた…」


「ローザ…?ローザって、あの、ローザか?」

電話のやり取りをしていたサドラーの声色が急に変わった。


「…そうだよ。あのローザだよ!あの女…何をするつもりか知らねえが、ビアンカを…」


だが、ケインにはローザが仲間と何をするかの事ぐらいは検討がついていた。
ただ、その惨さを認めたくなかったのだ。


「場所は…大体分かる…ありったけの武器も用意しとけ…」


「ジュリアーノにも知らせておくか?」


「よせ!ローザの背後にマルコーネが居るのは知ってるだろ?話がややこしくなる。そうだ、何か武器だけ貸してもらっとけ…」


「了解だ」


「急げ!俺は先に行くから…場所はまたあとで知らせる!」
ケインは、ケータイを切ると、もはや登校中だと言うのを忘れ、拾った自転車で急ぎ埠頭へ向かった。


(畜生…畜生!…俺が居ながら…なんてことだ!!…ビアンカ…無事でいてくれよ……)

心の中で祈りながら、彼はひたすら走った。






「これがビアンカかぁ…?なんでえ、気持ち悪い女だな…なんでこんな青いんだぁ?」
車でビアンカを拉致した男の一人が、彼女の顔を覗き込み言った。


「…そんなことないよ。よく見れば結構カワイイ顔してんのよ」

ローザはタバコを吹かしながら、それに応える。


当のビアンカは、ただ震えるばかり。

ビアンカの腕を掴むヒゲ面にスキンヘッドの男は、無理矢理引き寄せると身体をまさぐり始めた。

「い…いや……」


「ホントだ。イイもん持ってるぜ…色なんて関係ねえよ…フランキ〜」

運転席のフランキーは黒人だった。彼は振り向きもせず軽く一瞥した。


「当たり前だ。肌の色なんて関係ない…このお嬢ちゃんは俺の好みだぜ」


「悪りぃなぁ〜俺が先にイタダくぜ…」


スキンヘッドの男が、更にビアンカの下半身に手を伸ばす。


「や、やめて……」

涙を流しながら抵抗するビアンカだが、男達の前では非力過ぎた。


「ロレンツォ!ここでヤル気!?」


「準備運動だよおほっ…なんだあ、この姉ちゃん、尻尾が生えてんぜ!」


「ホントか?スゲーな…」

助手席に座っていた入れ墨だらけの長髪の男が、裸にされたビアンカの下半身をマジマジと見た。
もはや、ビアンカは、ただ涙を流すのみ。

「ああ…ローザさん…なんで、こんなことを…」


「ああ?気安くあたしの名前を呼ぶんじゃねえよ……」

その脚で、ミゾオチを思い切り蹴り飛ばした。

「あぐっ…」


「嫌いなんだよ…あんたが…あんたの顔が!それだけだよ…それにあんたは、あのケインとかゆーイケメンといちゃついてんだろ?それも癪に障るのさ…」


「そ、そんな……」


「あたしが、男との付き合い方を教えてやるよ〜あはははっ」

車は、彼らのアジトがある埠頭に向かっていた。








「おらっ…おとなしくしろや!!」

ただっ広い工場跡の床に、マットが敷かれていた。そこに乱暴に投げ付けられるビアンカ。

床には酒の缶や瓶、タバコの吸い殻などが散乱し、見れば、血の跡のような茶色いシミがいくつもあった。


「や、やめて…お願い……」

ほとんど裸にされたビアンカが、腰を抜かしたような姿勢で後ずさる。

「うるせえ!じたばたすんなや!」


殴り付けるスキンヘッド。
黒人のフランキーや、長髪入れ墨の男も、それに、ローザは、ただニヤニヤしながら推移を見守ってるだけだ。


「ローザさん…。大丈夫なんスか?」


「何がぁ…?」

入れ墨男が尋ねる。
「ホントに事件になんねーのか?」


「安心しなよ。このビアンカって子はクラスでも嫌われモンなんだよ…。コイツ一人消えたって、誰も心配なんかしないし、かえってせいせいすると思うよ〜」


「そうスね。こんなお化けみたいな女…」


「うほっ…スゲーぞ。アソコの形は普通の女と一緒だぜぇ〜〜」

スキンヘッドが叫ぶ。

ビアンカは、すでに抵抗する気力すら失い、この獣のような男のなすがままにされていた。


力付くで、自分の体内に異物が入り込む。

全身が刺し貫かれる様な激痛に身をよじらせ呻く。

「ひ…ひぃっ……」


「尻尾が邪魔だなぁ〜」


「おいおい…ロレンツォ、後がつかえてるんだぜ…優しく扱えよ…優しくな…」


「あはははははっ…壊さないよーにね」


「わかってるよ!うっせぇなぁ…一緒にヤルかぁ〜?」


「俺、ヤル!」

黒人フランキーが、ズボンを脱ぎだした。

だが、そのベルトを背後から引き寄せる者がいた。

「うあっ…」

体勢を崩し、よろめくフランキーの頭髪を掴み、背中を蹴り飛ばす。

その勢いで、前につんのめり鼻から床に激突する。


「ん……?」


フランキーの後ろに睥睨するは、茶色い瞳に怒りを漲せたケインだった。

「てめーら…」


「お?色男のお出ましだよ?」
入れ墨男が茶化すように言った。


スキンヘッドの、下敷きになるようにして嬲られるビアンカの姿を見て、ケインの沸騰は完全に頂点に達していた。


「全員、殺す……」


「へっ…お前一人でナニが出来るんだよぉ…大体もう、お前の彼女はロレンツォがイタダいちまってるぜ?来るのが遅いんじゃねえの〜?」


「ケ…ケイン…」

マットの上ではいずるビアンカの涙声が聞こえた。

「今…助ける…」


目の前で唾を飛ばす入れ墨男の耳を、いきなり引っ張るケイン。

「あだっ…あだだだ…ナニすん…」

懐から出したナイフで、その耳を切り裂き、さらに返す刀で脇腹を刺し貫いた。


「ひぇ…ひいやぁ〜…!!」

耳と脇腹の迸しる流血を押さえながら体勢を崩す入れ墨男。

笑って見ていたローザだが、舌打ちするとスキンヘッドのロレンツォの所へ駆け寄ると叫んだ。

「いつまでヤってんだよ!アイツをぶっ殺せ!」

ロレンツォは、ビアンカから腰を離し、立ち上がると猛然とケインに向かって行った。

入れ墨の返り血を浴びたケインは、ナイフを投げ捨てると、そのまま俊敏な動きでロレンツォの顔面にカウンターパンチを食らわせた。

「うごぉっっ…」


190センチはあろうかというロレンツォの巨体が揺らめいた。
そして、まるで駄々っ子の様にパンチを繰り返す。
もはや、ロレンツォの顔は血の華が咲き乱れ、原型を留めないほどに歪んでいた。

それを、怯えた目つきで柱で見守るローザ。

「次は、てめーだ。ローザァ〜!!」

ボロボロになったロレンツォが崩れ落ちる。

ケインは、ビアンカの横を通り視線を向ける。

「ケイン…」


「ヤバ…」

堪らず逃げ出すローザ。
しかし、すぐに首根っこを捕まれた。

「…ご、ごめんなさい!ゆ、許して…」

泣きながら謝るローザだが…

「…俺が、そんな甘い男に見えるか?」

ロレンツォ達がやったように、ケインはローザの服を引き裂いた。


「ひぃっ……あたしをどーする気なの?」


「女をいたぶるのは好きじゃねえんだが…お前は別だ…とりあえず裸にしてから考えるわ…」


その時、ビアンカが叫んだ。
「ケイン!危ない!!」


「え…?」

だが、気づいた時には、ケインの背中に衝撃と鈍い痛みが走っていた。


先程の、ケインのナイフを拾ったフランキーが意識を戻し、背後から刺したのだ。


激痛に顔を歪めながらも、そのナイフを抜き、さらに勝ち誇った顔のフランキーの額に突き刺した。

「ぎゃあぁっ…!」

悲鳴を上げるとフランキーは倒れた。

ビアンカが、ケインの傍に駆け寄る。

「だ…大丈夫?ケイン?」


「う…お前こそ…」

膝をつくケイン。それを身を屈めながら支えるビアンカ。

その隙に、ローザは後退り逃げ出す。が…


乾いた銃声が工場内にコダマした。


数発の拳銃の弾丸を喰らったローザが、床に突っ伏した。


見れば、入り口付近にケインの仲間数人が拳銃や武器を構えて入るところだった。


「あらぁ……ちょっぴり遅かったかねぇ…」

呑気な声を上げるのはサドラー。
長身で、陽気な容姿のお調子者。だが、ケインには頼もしい子分だった。

「お、遅すぎだぜ…」


痛む背中を押さえながら、ようやく笑顔を見せるケインだった。


そこへ、再び銃声。

今度はサドラー達が狙われた。

倒れたローザが、鞄から小さな拳銃で狙い撃っていたのだ。

「畜生…畜生…」

撃たれた脚から、流血しながらも、それを引きずりながら後退する。

なおも撃ち続けるローザ。

「ひえっ…」

その銃撃をかわしながら、仲間の一人がジュリアーノから借りたと思われる安物のマシンガンを投げ出す。

それが、ビアンカの眼前に転がった。


「もうよせ!ローザ!諦めな…勝負はついたろ!?」
ケインが叫ぶと、その横で立ち上がる影が目に入った。

裸のまま、マシンガンを手にし、ツカツカとローザの方へ向かって歩いていくビアンカ。


「うっ…?お…おい?ビアンカ!?」


「これを…こうすれば、撃てるんだよね…?」

どこで覚えたのか、ビアンカは、そのマシンガンの照門に眼を当て、引鉄に指を掛けた。


「ま、待てよ…ビアンカ…よせ……」


無表情のまま、銃口をローザに向ける。

ローザは、さらに撃とうとするが弾丸切れの様だった。

「あ…あ…ビアンカ…あ、あたしを撃つの…?」

引き攣った笑いを張り付け、後退る。


「あ、あんたに人を撃てるの…?人を殺せるの…?そんなことしたら、あんた、ホントの悪魔に……」


そんな言葉すら耳に届かぬ様に、ビアンカはマシンガンを乱射した。

唸る連続音が響き渡る。
弾丸が吐き出される度に、微かな断末魔が漏れ、血飛沫とともに掻き消されてゆく。


「ビア…ン…!?…あ、うぐぁっ…ぎぃあっあっ…ぐぁっ…」

ローザは、踊る様に身体をのたうち、床に沈んでいった。

ケインや、サドラー達は、ただ呆然とその姿を見守ることしか出来なかった。

すべて撃ち終えたビアンカの表情に、涙はなかった。

今までの、ただ悲惨な環境に翻弄されるままの弱々しい瞳は消え失せ、強い炎が彼女の瞳に宿り始めていた。










《完》












初掲載2010-02-05

『ミニクイアヒルノコ』Part.2「恋心」




「きゃあ〜〜っ!!」


ビアンカが、トイレの個室に入るや否や、ホースやバケツで水をかけた奴がいた。

「うふふ…どお〜?キレイさっぱり流れたぁビアンカ〜?」

その女子達は、執拗に水をかけ続けた。

もはや、下着までびしょ濡れになったビアンカがひたすら叫ぶ。


「やめてよ〜〜っ!」

だが、出ようにも外から鍵を押さえつけられ出られない。


「あはははははっ…」


「おい!お前ら何やってんだよ!?」


突然、男の声が響いた。

「あんだよ…うっせぇなぁ!?」

女子の一人が振り向く。
脅せばビビる生活指導かと思ったが、違った様だ。

「おいっ…ビアンカ…今、助けてやるからな!」


「ケイン…?」


彼は、女子トイレだと言うのも気にせず、堂々と進入してゆく。



「ちょっ…てめ、男子が入ってくんなよ…」


「うるせえ…殺すぞ…」

静かな怒りを露にしたケインの双眸を見て怯む女子達は、そのまま逃げるように去って行った。


ビアンカは、文字通り水洗便所と化した個室から無事救出された。




「大丈夫か…?」

濡れた制服の上から、ケインは自らの上着を着せるが、彼女はただ震えるばかり。

「寒い……」


「ああ、ダメだこりゃ…着替えないと。そうだ。ウチに来いよ…」


「えっ…?」


ケインの家は、学校とビアンカの家の間の距離にあった。

「この姿で帰ったら、またお前んちの母ちゃんが心配するだろ?とりあえずウチで服を乾かせよ?乾燥機を使えばいい…」


「…でも……」


「いいからいいから…」


ビアンカは無理矢理手を引っ張られ、促されるままにケインについて行った。
だが、彼女も悪い気はしなかった。


幼なじみで、唯一の親友ケイン…

ビアンカが、彼に微かな恋心を抱いていたのも確かだ。



彼女には少し大きめの、ケインのシャツとズボンを着て佇むビアンカ。

「……ありがとう、ケイン…」


「ああ、気にすんなって。それ、似合ってるぞ」


ケインも、彼女と同じく父親を早くから亡くした為、母親と二人暮らし。
そのため、母親は昼間、仕事に出掛けている。

いみじくも、誰も居ない家で二人きりになってしまった。


だが、膝を抱えたままふさぎ込むビアンカを見て、ケインは何も言えなくなってしまった。

ただ、黙々とタバコを吸い始めるケイン。


「ケイン…」


「ん…?」


「…死にたいと思ったこと、ある…?」


「き、急に、何を言い出すんだよ…」

苦笑いしながら、灰皿で燻る火を潰してゆく。


「自分なんか、この世に必要ないんだ…って思ったことある…?」


凍り付いた瞳で見据えるビアンカ。

ケインは、その紅い瞳に吸い込まれそうになった。


「……そんなこと考えてたのか?」


「毎日…」


ケインは、軽く深呼吸すると言った。


「バカだなぁ…お前は…」

その言葉に反応して、睨みつけるビアンカ。

膝を崩し、四つん這いの様に床に手をつき、ケインに近づいてゆく。


「どうせバカですよ…」


「お前が居なくなったら、お前の母ちゃんが悲しむだろ?…それに…」


「…それに?」


「俺も…だ…」

照れた様に、目を伏せながらケインは言った。


ビアンカの瞳が微かに潤む。
だが、口許には笑みが漏れていた。
それを堪えるように唇を両手で塞ぐ。


「嬉しい…」


ケインは、照れ隠しに再びタバコに手を伸ばす。

不意に、その手を押さえつけるビアンカ。

ケインが顔を上げると、彼女が更に近づき、二人の距離は縮まった。


ケインも顔を寄せる。

それに応えるように、ビアンカは瞳を閉じた。


唇を重ね合う二人。


ビアンカは、腕をケインの背中に回していた。


「ケイン…ありがとう。あなたのお陰で、わたし、生きていられる気がする…」


「大袈裟な奴だな…」


二人は再び、口づけした。





翌日の朝。


布団の中でビアンカは、昨日のことを思い出しては一人悦に浸っていた。


何か生まれ変わったような気分になり、心は高揚していた。


「ママ、おはよう」


「なんだか楽しそうね。ビアンカ…何かイイ事あったの?」


「別に」


普段の暗い表情とは、打って変わった、娘の姿を見て母マリアは安堵する。

「まあ…元気になったみたいで、ママも嬉しいわ」

と、頬にキスをした。

不意に、それを避けようとする娘の態度を訝しむ。


「はは〜ん…」


「なに?どうしたの?ママ…」


「ううんなんでもない…(笑)」

しかし、マリアはニヤついた笑いを隠さなかった。


「気になるなー…その笑い方…」


簡素な朝食を済ますと、勢いよく家を飛び出すビアンカ。

「行ってきま〜す」


数十メートルも進むと、人通りの少ない交差点に差し掛かる。


ビアンカがそこで信号待ちをしていると、おもむろに真っ黒いボディのキャデラックが近付いて来た。

不審に思いながら、信号機を見詰めていると、後ろから呼ばれる。

「ビアンカ!」


振り向くと、駆け寄るケインの姿が見えた。

「ケイン」


静かに手を振るビアンカ。
その刹那、背後のキャデラックから伸びた腕に捕まれた。


「え……っ?」


「ビアンカ…!?」










《続く》


初掲載2010-02-02

『ミニクイアヒルノコ』Part.1《ビアンカ学生時代編》




「誰がやったの…?」


ビアンカが、目を離した隙に、机の上の給食のスープの中に虫を入れた奴が居たらしい。


刹那、教室中が静まり返った。
スープの中の虫は、今だに触手を蠢かしている。


青いブレザーの制服に蒼い肌のビアンカは、一際目立つ。

その彼女が凛とした声を上げ、教室中の生徒達を睨み返してる。


再び、何事もなかった様に喧騒が始まる。

注目は一瞬だけ。

まるで、彼女などそこに存在しないかの様に各々がお喋りを始めた。

ビアンカも、怒った顔を見せたのはわずかで、すぐにポーカーフェイスに戻り、立ち上がる。


そして、そのまま教室を出て行った。



校舎裏の花壇。

その傍らにウサギ小屋があった。

ビアンカは、そのウサギの姿を見ながら、ただ独りで泣いていた。

涙を流しながら、彼女は、ふと気付いた。


「赤い眼…」

ビアンカも、ウサギも同じ様な真っ赤な色。


「わたしと同じだね…」


「きっとウサギも泣き虫なんだろな……」


影がさした。
その声に振り向くと、一人の男子生徒が立っている。

「ケイン…」

涙を見せまいと、必死で頬を拭う。

「よおっ…何やってんだよ。こんなとこで…」


その男子生徒は、茶髪に茶色がかった瞳、少し不良っぽい雰囲気だが、割とイケメン。

ビアンカの幼なじみ、ケインだった。


「あ…あんたこそ、何しに来たの…?」


「別に…」

おもむろにタバコを取り出すと、火を着けプカブカと吸いはじめる。

その煙を、さも欝陶しいかの様に手で扇ぐビアンカ。


二人の間に、気まずい沈黙が続いた。


「…また泣いてただろ?」
言いながら、煙を吐き出す。


「な…泣いてなんかないよ……」

ふて腐れるように、そっぽを向くビアンカ。


「…他人がお前をどう思っていようが、あんまり気にすんなよ…」

ポツリ一言呟く様に吐き捨てると、ケインはその場をそそくさと立ち去って行った。


「えっ………?」

ウサギを抱きしめながら、ケインの後ろ姿を追う。


再び教室に戻ると、彼女の机が定位置になく、窓際にゴミ箱とともに積んであった。

見ると、机の板には稚拙な絵柄で、スーパーマンの様なヒーローがツノを生やした悪魔みたいな女を殴りつけている漫画の絵が描かれていた。

そのヒーローの吹き出しに
「やったぞ!悪魔を倒した!」
と、あった。


伏し目がちな瞳で、それを見遣る。


「あ、悪魔じゃない…」


どこからか、クスクスと彼女を嘲笑する声が聞こえてくる。


「ふふふ……」


「あはは…魔女が何か言ってる……」


「悪魔の子のくせに、なんで人間の学校にいるんだよ?」



その声達は、直接頭に響いてくる気がした。

押し上げる感情を抑え、涙を堪えながら、必死で耳を塞ぐ。


「あんなの生きてたってしょうがないだろ…」


「ふふふ…あはは…」



午後の授業は体育。

バスケットだった。

しかし、ロッカーにビアンカの体育着が見つからない。

呆然と立ちすくんでいると、クラスメイトの女子の一人が声をかけてきた。

「どうしたの?ビアンカ…授業始まっちゃうよ?」


「わたしの体育着がないの……」


「ああ、だったら、あたしの貸したげる…今日、風邪っぽいから見学しようと思って…」

彼女は、おもむろにロッカーから自分の着替えを出して、ビアンカに渡した。


「あ…ありがとう!」


満面の笑みを浮かべ、それを受け取った。


授業の試合が始まり、何か妙な違和感を覚えた。

どうも、さっきから自分を見てみんなが笑っている気がする。

そして、シュートのボールがやたらと自分に集中する。

堪らず、抜け出しトイレで着ていた体育着を脱いで確かめてみた。


それの背中には、マジックで「わたしは悪魔よ。みんな、わたしを殺しに来て」と書かれていた。

「…酷い…」


その服をゴミ箱に投げ捨てると、ビアンカはそのまま学校から飛び出した。





「お帰りなさい」


母のマリアが笑顔で迎えるが、ビアンカは無言のまま鞄と服を投げ、そのままシャワールームに飛び込んだ。

裸になり、自らの蒼い裸体を見て、嘲笑する。

「ふふ…悪魔だ…あはは……」

自らを卑下しながら、口では笑い、嗚咽を漏らす。


「わたしが…わたしが何をしたの……??なんで……みんな、わたしを除け者にするの……」


マリアが台所で夕飯の仕度をしていると、ビアンカの居る風呂場からガラスの割れるような音が響いた。


「ビアンカ!?どうしたの……!?」


母が駆け付けて見ると、そこには粉々に砕け散った鏡と、両手を血まみれにしたビアンカが立っていた。


「ビアンカ…大丈夫!?」


「ママ…ママ!なんで、わたしを産んだの…!?」


血まみれの手で、母に掴み寄る。


母マリアは、暴れる娘を宥めるので精一杯だった。

「ママ…わたしは悪魔の子なんでしょ?だから、クラスの皆がわたしを疎外するんだ…こんな…こんな蒼い皮膚に…ツノまで生えてる…どうして、わたしだけこんな姿なの?」


「あなたは人間よ。悪魔なんかじゃない…」


「嘘だ!!?」


マリアは、泣きわめく娘を静かに抱きしめた。


「あなたはママの子よ。わたしがお腹を痛めて産んだ、大事な大事な可愛い娘ですもの…」


「ママ……」


マリアの抱擁で、ビアンカの心の闇は少しは晴れた気がした。


しかし、あの忌まわしい出来事が起きるのは、一週間後のことだった。







《続く》



ビアンカは、幼い頃より、いじめられっ子でした。そして、ミカエラやヴァージニア達も。

彼女等は、それぞれが違う人生を歩みながら、やがて一つの縁で出会うことになります。


読者の方で、いじめに遭った方は居ますか?

自分は、イジメらしいイジメはなかったですが、いじめられっ子に味方して「村八分」状態になった事は何度かあります。



この物語は、綺麗事を抜きに“虐げられた者達”の「復讐」と「前進」

そして、過去の自分たちへのレクイエム…


初掲載2010-01-31

ビアンカ外伝・V『追憶のインフェルノ』


「オヤジ、ミノスが呼んでるぜ…」


貴公子然としたその姿からは似つかわしくない言葉が口から吐き出された。


「アスタロトよ。クチの利き方に気をつけろ…」


私はそれとなく窘めたが、聞く耳を持つ男ではない。

アスタロトの頭を軽くなでた。
蒼い肌に、真っ赤な瞳…すべてが私にそっくりだ。


そして…地上に置いてきたあの娘。


私が人間との間にもうけた娘。


マリアの子、ビアンカの面影がだぶる。


マリア…

あの頃の私は間違っていたのか?


お前は今どうしている?





「では、行ってくる…母上には心配するなと伝えておけよ」


「了解だ、オヤジ。後は任せてくれ」


宮殿の回廊を抜けると、私を待つ二人の影があった。


紅く長い髪に蒼い肌、真っ白な衣装を纏う女と、ツバの広い帽子をかぶるピエロの様な男。


「イシュタルか…?それにベリアル公。お揃いで何用だ?」


「ベルフィ兄さん…ミノスに呼ばれたらしいじゃない?」


「地獄の裁判官が御呼び立てとは穏やかじゃないねぇ〜…へへほっ」


二人を軽く見遣ると私はその間を通り過ぎる。


「だから、どうした?」


「…だから…どうした…ですって!?兄さん…せっかく手に入れた公の地位が危うくなるかも知れないのよ?」


「私が、何の罪を犯したと言うのだ?」


「きっとアレだろ?貴公が人間界に居た時のアレだよ…うん」


ベリアルのニヤニヤ笑いがやたらに気に障る。


「ベリアル…」


「なんでしょう?」


振り向いた奴の首を有無を言わさず撥ね飛ばした。


「うはっ…」


「兄さん…戯れが過ぎます」


「“無礼討ち”さ。イシュタル…お前も去れ…でないとお前もベリアルの様になる」


「まあっ……」


「私の剣で斬られれば、死にはせぬがしばらくは首と胴が別行動になるが…それでも構わんのだな?」


「ベルフィ兄さん…」



二人を撒いた私は、地獄の裁判官ミノスの許へ。



そう。

賢明なる読者諸君は既にお気づきと思うが、此処は地獄の一丁目。


その更に闇の奥深い場所に我等が魔族が棲まう魔界が沈澱している。



先程のアスタロトとは、我が息子にして我がベルフェゴール家の跡取り。


もちろん魔族との子だ。


イシュタルとは、私の妹で魔王ウインドウ様の王妃。
つまり、我が一族は王族と言うことだ。


ベリアルは、魔界の元帥格だが、私とはソリが合わないらしい。


最後に、私の名はベルフェゴール。


ベルフェゴール一族の長にして、魔界の公爵。


そして、ビアンカの父親……







蛇が大群でトグロを巻いた屋敷が地獄の裁判所だ。その周りに骸骨の形の木が生い茂る。
いつ見ても悪趣味な場所だが、我等が魔族にとっては素晴らしい楽園だ。


何しろ罪を犯した人間共を裁く所だからな。


そして、私も裁判長ミノスに呼ばれた。


私を人間共と同等に裁く気か?


面白い。


やれるものならやってみろ。


私の気に障る事があれば、ミノスと言えどもこの天魔の剣のサビにしてくれる。


「お呼びですか?ミノス殿…」


「おうおう。ベルフェゴール公。ようこそ魔界の裁判所へ」

デップリと太り、猪の様な牙を生やした裁判長ミノスが椅子ごとこちらに振り向いた。


「お招きいただき光栄とは言い難いですな。…で?いかなる用件で私が?」


「それよ。貴公には何か思い当たる節はあるのかね?」


「私が以前、人間界に居た時のことかと…」


ミノスは牙を生やした口でニヤリと笑うと何やら蛇蝙蝠の肉をかじりつく。


「君もどうかね?人間の肉は最近ご法度でな…」


「人肉が禁止と?」


付き合うように私も蛇蝙蝠の肉を頬張った。魔界生物だが、なかなかの美味だ。


「君には有り難いことではないのかね?なにしろ君は人間と……」


空気が凍り付いた。


私の殺気をミノスも感じた様で、押し黙ってしまった。


「なるほど……私の忠誠心を、魔王は疑われているワケですか…」


「……端的に言えば、そういう事だ。ベルフェゴールよ…」


「うっ…」


その声は、ミノスの居る椅子のすぐ後ろから聞こえた。

その恐るべき声の主。

それは、まさに魔王ウインドウその人だった…。
巨大な角を生やした威厳ある虎の化身かの如き風貌が眼前に現れた。


「陛下……!!?」


私はその場に平伏した。

何故こんな所にウインドウ様が居る…?


陛下は私をそれほどまでに疑っておられるのか…


「どうだ…ベルフェゴール」


「はっ…」


「汝は、敵を殺せるか?」


「戦となれば、敵を殺すのは至極当然かと」


「フフフ……では、殺してもらおうか…」

魔王は首を横に向け、何やら合図をすると副官の蝿魔神ベルゼブブが誰かを鎖で繋いで連れて来た。


私は目を疑った。


「マリア……?ビ、ビアンカ……!?」


ベルゼブブが連れて来た人間とは、紛れも無い我が妻マリアと娘のビアンカだった……


「あなた……」


「パパ…パパなの?」


「う……陛下……これは…?」


「御覧の通りさ…人間を連れて来たのだ。それがどうした?さあ…」


我は冷や汗をかいていた。魔王は生贄をお望みか?


「さあ、殺せ!ベルフェゴール公よ……」


「うっ…う……こ、殺しましょう……」


私は剣に手をかけた。


「イシュタルとの婚姻の折に、わしが汝に賜った天魔の剣…切れ味を見せてもらおう!!」


「あ…あなた……やめて!!せめて娘だけは助けてください!」


(ば…馬鹿な……私にマリアやビアンカを殺せるか……しかし、陛下は私の忠誠心を疑っておられる……)


「何をしているベルフェゴール!!たかが人間二人殺せずに人間界を支配出来ると思うてか!?」


魔王は激しい口調と裏腹に冷静に事態を見守っている。
裁判長ミノス等は面白がってニヤニヤと高見の見物だ。おのれ……


(いっそ魔王と刺し違えるか……?)


そう思った刹那、黒い疾風が横切った。

「うっ……」


血飛沫が舞ったかと思えば、そこには首を飛ばされたマリアとビアンカの遺体が横たわっていた。

「あ…ああ……」


見れば、目の前に剣を手にしたアスタロトが憤然と立っていた。


「ア…アスタロト…貴様、何故……マリアを…?何故、お前の姉ビアンカを斬った………?」


呆然としていると、雷鳴の様なアスタロトの声が響いた。


「オヤジ!目を覚ませ……これがあんたの愛したマリアか?ビアンカ姉さんかっ…!?」


「うっ……?」


そこには、マリアやビアンカには似ても似つかぬ醜悪な魔物が二匹死んでいた。
やはり、魔王は私を試していた?


「魔王……ウインドウ様…これは……!?」


「ふふふ…もう良い。汝の本心は分かったわ。やはり汝に人間討伐は任せるには荷が重いようだ」


「そ、そんな……」


私は、剣を杖の様にそこにうなだれた。


「チ…チャンスを。もう一度、チャンスをお与えください…必ずや人類を……」


私は必死に嘆願した。


「その意気やよし…だが、二度目はないぞ。ベルフェゴール公よ…」


「戦場にてマリアやビアンカに遭おうとも、必ずや血祭りに上げて見せます…」


「よかろう…」


言うや、魔王は立ち上がり漆黒のマントを翻し立ち去って行った。


「オヤジ…」


「ありがとう。アスタロト…お前の様な息子を持って私は幸福だ…」


「俺は何も…ただ、オヤジが心配だったから」


「戦には付き合えよ」


「いいのか?俺が出陣しても」


「記念すべき初陣だ」


アスタロトの頭を撫でた。


ああ、付き合ってもらおう。
我が生涯と一族の命運を賭けた大試練だ。


そして…


マリアとビアンカ…


お前達に逢える日も近いだろう。









《完》


初掲載2009-10-21

ビアンカ外伝・U『My Sweetie Devil』



彼はベルフィゴ・モンターニャと名乗ってました。


恐らく偽名だと思います。


挙動不審な彼のイメージにピッタリな、胡散臭いネーミング。


彼はいつも私に言っていました。


「俺は某国のスパイだ」


「テロリストと罵られても仕方がない様な仕事をしている」


「だけど、喧嘩なら誰にも負けない」



……この、最後の言葉がいつまでも耳に残ってるんです。

彼の笑顔と同じで、子供っぽくて可愛い…とさえ思えます。


私は彼を愛していました。

命の恩人であると言う以前に、彼の優しさや純粋な人柄に惚れていたのだと思います。




……だけど、純粋ゆえの怖さってあると思うんです。



あの年の春、彼との間に授かった娘が産まれたのです。


約束通り、彼の命名した
「ビアンカ」と名付けました。


私にそっくりな黒髪のとても可愛い娘です。


私は娘を普通の人間として育てて来ました。



蒼い肌と鱗、小さな角に尻尾がある以外はまったく普通の女の子なんですから。



例え、彼の正体が人類以外の何者かでも私はこの娘を愛おしく思います。


両親は、私が悪魔の子を産んだからと忌避して近寄りもしません。


私はおかしいのでしょうか?


私は呪われているのでしょうか?







「……それで、この私にどうしろと……?」


白髪の神父は、あの頃と比べ随分と白髪も抜け、さらに年老いた印象だった。
さも面倒臭そうな顔をして、マリアの顔と横に隠れる娘の顔を見比べていた。


「私は命を狙われています」


「なんと…一体誰にです!?」


マリアは神父の耳元で囁いた。


「あなたと、あなたの信者からです……」















マリアは、気がついた時には柱に縛られ炎の中に居た。


髪と肌と衣服の焦げる臭いが、まるで人事の様に思えた。


神父の腕の中に娘が居た。


「お願いです。私はどうなっても構いません。娘を……」


「分かった…この娘だけは手を出さない事を神に誓おう…」


「ママ………!?」


娘が泣き喚いてる。


泣かないでビアンカ…


あなたには神様がついているのよ…




火の勢いがますます強くなる。



熱い…



意識が遠退いてゆく…



空に、黒い翼の彼の姿が見えた気がした。



二人が再び出会える日は、ついに訪れなかった。




そして、地上に残されたビアンカは、その後、フリークス・サーカス団に売り飛ばされた。



【完】

初掲載2009-08-03
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