我が名は不乱堂健(フランドウ・ケン)博士。
通称“フランケン”



人間と動物のDNAを掛け合わせた生物や、クローン人間、死体を再利用したサイボーグ兵士等…


数々の狂った実験のために、社会からは疎まれ、学界からは爪弾きにされたマッドサイエンティストとは、この儂のことじゃ。




助手の番場伊夜子(バンバ・イヤコ)は、若くて美人で聡明だが、どうやらわしの莫大な財産を狙っているらしい。


わしは御年85。

異常者で、醜く、老い先短い儂に、こんな美人がノコノコと近づいてくるはずがないのだ。



さて、どうしてくれようか…?



「博士。ご機嫌麗しゅうございます♪今宵も月が綺麗ですわね」



絹の様な金髪を靡かせながら、儂に身体を寄せる伊夜子は確かに美しかった…。


もはや、性欲とは無縁な儂だが、伊夜子の蠱惑的な表情と健康的な肢体には抗い難い魅力があった。


「さて、博士!今夜はいよいよ新型ウイルスと生物の融合ですね♪これが完成されたらきっと世界中の軍事産業が黙っていませんよ」



女狐め…。

実験用の儂のペット、マイケル(チンパンジー)をすっかり飼い慣らして肩に乗せながら儂に微笑みかける。



猿は騙せても、儂は騙されんぞ。



「そうじゃな。アレが成功すれば画期的な新兵器になるはずじゃ…じゃが、その前に…」


儂が持っていた端末のボタンを押すと、伊夜子の座る椅子の周りから鉄の拘束具が飛び出し、彼女の身体の自由を奪った。



「きゃっ…!?…は、博士…一体これは何の真似ですか…?」


身動き出来ない身体のまま、伊夜子は驚きの表情で儂を見つめ返した。


「とぼけるなよ…女狐め…お前が儂の財産を狙って近づいたのはとうにお見通しだ…じゃが、儂はまだおぬしにやられるほどボケてはおらんぞ…」



儂は、拳銃の撃鉄を引いた。



「博士…?一体何のことですか…?わたしは、ただ…世間からどんなに非難されようと信念を曲げない貴方を尊敬していただけです…」


伊夜子は涙を流していた。


その言葉は、何故か悲しげで真実味を帯びていた気がした。


じゃが、女狐め。
女の涙ほど危険なものはない。


「黙れ!黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!!儂は騙されんぞ!?」


儂は迷わず引き金を引いた。


研究所にコダマする凶悪なる銃声。



「博士……!?」


伊夜子のコメカミ辺りが赤く弾けた。


その勢いで椅子ごと倒れ伏す。





儂は、生死を確かめる為に、彼女の顔を覗き込む。


もはや、伊夜子は息も絶え絶えのまま血溜まりに臥せていた。


「は、博士…」


「なんじゃ…まだ言いたい事があるのか…?」

再び、拳銃を向け発砲しようとした時、伊夜子の言葉は儂の胸を抉った。


「博士…わたしは貴方をその孤独の苦しみから解放してあげかっただけなのです。でも、信じてもらえなかったのはわたしの不徳ですわね…ふふ…」


「…なんじゃと…!?」


「博士…不乱堂博士…わたしは貴方を愛していま…し…」



彼女は、その可憐な瞳を見開いたまま息絶えた。


最後に、何を言いたかったのか…。


今となっては知る由もない。


ただ、一つ分かるのは、儂が取り返しのつかない事をしでかしてしまったということ。


「伊夜子……儂は…お前の愛を受け入れられなかった…じゃが、まだ遅くはないぞ…!儂はお前を必ず…」


博士は発狂したかの如く叫ぶと、伊夜子の遺体を抱え、そのまま研究所のラボへ入っていった。











数ヶ月後―――



不乱堂博士は不慮の事故で、この世を去った。


葬儀に参列する者や墓に花をやる者は居ない。



唯一、

黒衣の金髪の娘がただ一人佇むのみ。




娘は、死人の様な蒼白な顔に、生まれたての小鹿の様な覚束無い足取りで墓地を後にした。



「行くよ…マイケル」


チンパンジーのマイケルが、その後を追う。




「この身体…慣れるまでにまだ時間が掛かりそうじゃな…のう?伊夜子…?じゃが、儂らはいつまでも一緒だよ…」




娘は一人呟いた。











《END》



※エムブロにて初出12.10.20
『Dr.フランケンの遺産』改題