「見て!ビアンカ…綺麗♪♪」
ミカエラが子供みたいにはしゃいでる。
可愛い…と、思う。
そこには一面、花畑が広がっていた。
まるで、どこかで見た水彩画の様な幽玄な雰囲気すら漂う場所だった。
「国境を越えたな。ここは隣国アークランドに入る…」
地図を見ながらビアンカは言った。
振り向くとミカエラは、いつの間にか車を降りて花畑の中に埋まっていた。
「うふふ……」
「ミカエラ…ナニやってんだよ。行くよ?わたしら密入国者なんだから早く逃げなきゃ…」
「大丈夫よ…ここいらは検問が緩いから…」
「なんで分かるん…ハッ…」
考えてみれば、ミカエラは隣国ラボミアの首席の娘じゃないか…
つまり、周辺の国々の情報は詳しいはずだ。
独裁者エステバンは、周辺区域にも畏れられながらも慕われていたらしい。
つまり、周辺の国々には行き来しやすくなっているワケか…
なるほど。
これは、格好のナビゲーターだ。
「ビ・ア・ン・カ…」
声に顔を上げると、そこには満面の笑みをたたえたミカエラが立っていた。手を後ろに組み何かを隠している様だ。
「何?…何持ってるの?珍しい花でもあったの?」
「ジャジャ〜ン」
ミカエラが笑顔で取り出したのは人間の髑髏だった。
「ひ…ひぃっ…」
あまりにも驚いたビアンカは、そのままシートに尻餅をついた。
「あははははは…ビアたん臆病ね〜(笑)」
「ふ…ふざけんなミカエラ!?どっからそんなもん見つけてきた…」
「ん…そこにいっぱい落ちてた…」
ミカエラが指差す方向に、みすぼらしい小屋があった。
花畑ばかりに気を取られて気がつかなかったが、周りを見渡すと何やら異様な気配がする建物が数軒並んでいた。
「ミカエラ…行くよ」
「え〜?なんで…」
そこへ、銃声。
ジープと地面に数発、弾けた。
「きゃあ〜っ!!」
その場にしゃがみ込むミカエラ。
ビアンカは即座にマシンガンを取り出した。
どうやら小屋の方から、ライフルを撃った者が居る…?
「そこにいるのは誰!?」
甲高いが力強い、若い女の声だ。
ビアンカは、ミカエラを無理矢理ジープの中に引っ張り込むと、再びマシンガンを構えた。
「誰だと聞いてるの!?」
ビアンカは、不思議と聞き覚えのある声だと思った。
「あんたこそ何者だよ?いきなり発砲するなんて……」
「…………………」
少し間を置くと、小屋の中から若い女が出て来た。
インディアンの様なおさげ髪を結った白い肌の女だった。
ライフルを構えたまま、ビアンカとミカエラを見据える。
「まさか………」
ライフルが下がる。女が再び声を発する。
「ビアンカ……?」
…なんで自分の名を知っている?
「あんた、誰……?なんでわたしの名前を…」
「あたしよ!ヴァージニアよ…!?」
その名を聞いて、ビアンカは思い出した。
ヴァージニア…?
まさか、あのフリークスの館で共に逃げた?
あの“狼女さん”??
でも、目の前にいる女は、あのフサフサした犬みたいな毛むくじゃらのヴァージニアには似ても似つかない。
「あんたがヴァージニアなはずないよ!あの子は多毛症で、全身が犬みたいに毛むくじゃらだったからね…」
その女は、首を振る。
「ビアンカ…治ったのよ。病気が……パパが特効薬を見つけてきたのよ!不治の病ではなかったの…」
「治った…?」
ビアンカは、目の前に居るヴァージニアが、あの“狼女さん”とは別人にしか見えなかったが、声や雰囲気は確かにあのヴァージニアだ。
近付いて来る女。
「そう…治ったんだね?おめでとうヴァージニア…」
ビアンカは、無理に笑顔を取り繕っていたが心境は複雑だった。
何か、分かりあえる友人を一人失ってしまった気がした。
体毛が無くなったヴァージニアの素顔は、確かに綺麗だった。
ミカエラとはまた違う、精悍で野生的な美しさがあった。
「それで…こんな所で何を…?」
ビアンカが尋ねると、ヴァージニアは不意に手を握ってきた。
「まあ、こんなところで立ち話もなんだから中へどうぞ?」
「え…でも…」
ミカエラの方を向くと、何か嫉妬した様な目付きでヴァージニアを睨んでいた。
「あの子は?恋人かしら?」
「な…なに言ってんだよ。今そこで知り合ったばっかりのミカ…ガブリエラさ」
「新しいお友達ね?ガブリエラさん、よろしくね?あたしはヴァージニア…ビアンカとは古い仲なの」
何か、二人の間に火花が散った気がした。
「とりあえず、中でお茶でもどうぞ」
結局、ビアンカとミカエラの二人は無理矢理、小屋に入れられた。
小屋の中は意外と整然として、思ったより小綺麗だった。
何か、肉が腐った様な臭いがする以外は…。
「たいしたおもてなしは出来ないけど…」
飲み物と、何かシチューのような食べ物を運んで食卓に並べた。
ビアンカとミカエラは、居心地悪そうに椅子に座っていた。
「ヴァージニア…なんで、こんな辺境で暮らしてるの?せっかく“普通の人間”になれたのにさ…」
「普通の人間?あたしが…?」
「だって、あんた。病気は治ってそんな綺麗な顔になったじゃないか…」
「ふふ…まあね。外見はね」
ミカエラは、遠慮もせず料理にがっついていた。
「美味しい」
「ありがとう、ガブリエラさん…」
「ミ……ガブリエラ。少しは女らしくしろよ…」
「女じゃないもん」
笑顔でスープを飲み込んだ途端、ミカエラはそのままテーブルに突っ伏して眠り込んでしまった。
「うっ…ミカ…ガブリエラ?」
「あんまりがっつくから効き過ぎたみたいね」
「な、何言って…んだ…ヴァージ…??」
ビアンカも、強烈な怠さと眠気に襲われた。
身体の自由が利かない…
痺れが肉体を蝕む…
「…り、料理に…何か混ぜたな……?」
目の前が真っ暗になる。
やがて、ブラックアウト。
ビアンカと、ミカエラはそのままテーブルの上で眠りだしてしまった。
「…忘れたの?ビアンカ。あたしは“狼女”ヴァージニアだってこと…」
《続く》
初掲載2009-09-16