「ほら、しっかりするんだよビアンカ…」
おもむろにモニカはビアンカの体勢を整える。
ビアンカは、まだ怯えたまま膝を抱えて泣いている。
「ほら、あんた達!見てないでこの子の服を返しておやりよ!!」
アイリーンやマキ達に向かい叫ぶモニカ。
「う…ヴィクトリア……あんた力あんだろ。行きなよ…」
ヴィクトリアと呼ばれた巨体の少女がビアンカの身体を抱えて服を着せる。だが、糸の切れた操り人形の様にヘナヘナと崩れるビアンカの肢体。
(……!?一体、どーしたってのさ、この娘は?さっきまでの威勢はどこに行っちまったんだよ…?)
そこへ看守がやって来た。
通称“ママ”と呼ばれる太った女看守ヴェルマだ。
「59房…何事もないか?」
「ママかい?」
「モニカ、食事の時間だ…」
「やっほほーい!メシだ〜メシだ〜」
アイリーンらが喜び勇んで牢屋を飛び出して行く。マキやヴィッキーらもそれに続く。
「ああっアイリーン!ちゃんと列になって…」
「ママ…」
「ああ、モニカ…仲良くしてるかい?早く並びなよ」
「悪いけど、あたしとこの子の食事…ここに持って来てくれないかな?」
「あんだって?」
ビアンカはまだ膝を抱えたまま、ぶつぶつ呟いてる。
モニカの髪を掴んでは何か怯えた目つきで見上げていた。
「ミカエラ…ミカエラ…」
また涙を流す。
「…こんな有様でさ…食堂まで行けそうにないのさ」
ヴェルマは黙って頷いた。
「…ほら、ビアンカ……口をあ〜んして」
だが、ビアンカはスプーンを珍しそうに見詰めるだけで何もしない。
「…ダメだね、その娘。完全に壊れちまってるね。何があったんだい?」
「あたしが知りたいぐらいだね!まあ、あんたに世話を頼まれたからこっちも仕方ないけどさ…」
今度は口の中でかみ砕いた食事を口移しでビアンカに食べさせているモニカ。
まるでキスでもしてる風な姿勢で抱き着いてきたビアンカは、ようやくそれを受け入れた。
「良かった…食べてくれたよ…」
「あんたの献身ぶりは、ちょっと度が過ぎてないかい…?」
「あたしがこの子に何か特別な感情を?よしてくれよ。そんな趣味はないよ。この子見てると妹を思い出すのさ…」
「ああ、病気で死んだっていうクラウディア…だっけ?」
「そう。クラウディアはもっと小さかったけど、あの子もいつも何かに怯えてた……病魔が精神まで蝕んでたんだよ。可哀相に……」
ビアンカの頬を撫でながら、モニカは目に涙を浮かべていた。
「ところで、ロッソとはまだ連絡は取れないのかい…?」
「ああ…最近行方をくらましてるみたいでね。先週、ほら総統の娘がアークランドで見つかったろ?今度はそっちに興味が行ってるみたいでね。政府軍がまだ強固だから違う作戦を考えてるらしいけど…なんて言ったっけ?総統の娘…」
「ミカエラ…ミカエラ…」
タイミング良くビアンカが呟いた。
「そう、ミカエラお嬢さんだよ…」
「なんでさっきからビアンカは、その名前を?」
「まさか総統を暗殺してミカエラを拉致した犯人って…?」
「ビアンカ!あんたなのかい?」
モニカは、ビアンカの腕を掴んで軽く揺さぶるが何の反応もなく、ただモニカの碧眼を凝視するのみ。
「ミカ…エラ…」
此処は、ラボミア共和国の南西部に位置する海岸。
その崖のそばに反政府組織“赤いコヨーテ”のアジトがあった。
地図を見遣りながら、頭の禿げた幹部が叫ぶ。
「ロッソ、本気かい?」
「当たり前だ…政府軍がまだ健在で、アルメイダ将軍が強硬な抵抗を続ける以上は俺達も手が出せない。こないだみたいに魔族が来ればどさくさで色々出来るんだがな…そう上手くも行かないね」
「だけど、総統の屋敷の警護も半端じゃねえぞ?」
「俺には確信があるんだ。ミカエラお嬢さんさえ連れ出せれば後はなんとかなる…」
「お嬢さんが俺達に味方するって保証があるのか?」
「あるさ…そして、ミカエラを連れて今度は南ラボミア刑務所を襲う」
「モニカ達を助けるのか?いや、むしろそっちが先じゃないのか…?」
「まあな。だが政治犯数人より、ミカエラは“錦の御旗”になる。どっちが反乱軍になるかの瀬戸際さ…」
「そいつは痛快だ。一気にひっくり返すか?」
「ああ…もう国内で争ってる時間も、あまり無くなって来たからな…兄貴が…」
「兄貴?」
「ああ、なんでもない……エディ、23時には出掛けるぞ。支度急げよ…」
「了解」
一方、戦車や装甲車でバリケードされた総統の屋敷では、ミカエラも動きを見せていた。
「お嬢様……?」
「お早う…アンナ」
アンナと呼ばれた年老いたメイドに向かい笑顔で接するミカエラ。
「まあまあ…ミカエラ様。お体の具合はもう…?」
「どこも悪くないわ!それに、おじ様亡きあとはわたしがしっかりしないとねさっ…早く食事の用意をして」
何かを予感するかの様に、ミカエラは窓の外に目をやった。
空はまだ明けたばかりだ。
《続く》
初掲載2009-10-04