「な…なんだ……?」


ビアンカは、ついに立ち上がる。

背には身体がすっぽり隠れる程の、巨大な蝙蝠状の翼が現れた。


髪は黒から徐々に紅く染まり、二対の角は伸び硬質に黒くなる。

瞳は怒りを覗かせ、口には牙が更に伸びた。


そして、全身に瘴気を纏う……その姿は邪悪の化身そのものだった。


アンジェラは、腰のホルスターから拳銃を抜き即座にビアンカに向け発砲するが、弾丸は全て弾かれた。


「ば…馬鹿なっ…どうなってる……!?」


扉を叩く音が響く。


「アンジェラ様!今の銃声は……!?」


「お…お前達…」


だが、その隙にビアンカが目の前に近寄っていた。

顔には笑みを浮かべながら。

「アンジェラ……」


「うわあっ……」


ビアンカは、アンジェラの左腕を掴むと飴の様に軽く捻った。


骨の折れる音と血飛沫が上がる。

アンジェラの左腕は妙な方向にネジ曲がっていた…

「きゃあああっ…」


そのままビアンカは、腕を引きちぎった。


「う…腕がっっ…」


流血する左腕を押さえながら更に発砲するが、やはり効果なし。


「アンジェラ様!!……うっ…!?」


部下達が、扉をぶち破り入って来た。

その惨状に唖然としながら、ビアンカに向け発砲。

「アンジェラ様、大丈夫ですか?」


「こ、この悪魔を…殺せ!!」


だが、部下の一人はビアンカの放つ“気”で粉々に吹っ飛び、もう一人は目の前で首を撥ねられた。


「ひっ…ひぃ〜…」


今度は、アンジェラが悲鳴を上げて逃げる番だった。

脚は速い。

しかし、負傷した左腕を押さえ、なおかつ流血しながらだと話は別だ。


アンジェラは、部屋の外へ逃げ出しひたすら駆けた。

もはや生きた心地はなかった。

「な…なんだと言うのだ……あの化け物は…!?」


近くの壁が吹っ飛んだ。

ビアンカが気功波を放ったのだ。

「お…おのれ!」


無駄だと分かりつつも発砲するアンジェラ。


更に走る。


そこへ、入浴時間が終了した女囚達の列が現れた。

「しめた…」


その列に紛れ込むアンジェラ。


「うっ…なんだてめえはっ!?」


「こいつ…腕がねえぞ?」


「貴様ら、盾になれ!」


そこへ、猛スピードで飛来するビアンカ。

怒りで我を忘れ、女囚達目掛けて気功波を発射する。


「あ、あれは…ビアンカ…!?」


アイリーン達が気付いた。
しかし、アンジェラもろとも攻撃を受け、辺りは肉塊と血の海と化した。

「ぎゃあああっ…」


バラバラになった女囚達の中を掻き分け、アイリーン達が逃げ出す。


「……一体何が起きてるんだよ……?おいっマキにヴィッキーは無事かっ?」


「アイリーン…あんたも大丈夫か?」


死体の山を掻き分けマキとヴィクトリアが現れた。

「どうなってんだよ…ありゃビアンカなのか?」


ビアンカは、辺りを見回していた。


「アンジェラ…何処だ……」


そのアンジェラは、まだ死体の下に隠れていた。拳銃を構えながら。だが…

「ビアンカ!アンジェラなら此処にいるぞ!」


騒ぎに駆け付けたモニカとヴェルマだった。


「!?……き、貴様…」


拳銃を構えた右手を踏み付ける。

「ぐあっ」


ビアンカは、ヒタヒタと静かに近寄ってきた。


「お…おのれぇ……」


だが、そこへ警備隊が現れビアンカにマシンガンを向けた。


「お前達、おとなしくしろ!!」


だが、ビアンカは警備隊の一人を軽く捻り潰すと前進。

アンジェラの右手を踏み潰す。


「うぎゃああ……!!」


すかさず拳銃を奪い、警備隊に発砲するモニカ。

「チャンスだ!!アイリーン!」


「あいよっ」


アイリーン達も警備隊を後ろから襲うと、マシンガンを奪い取る。


刑務所内は、途端に修羅場と化した。


だが、その騒動がかえってアンジェラの逃げ出す隙を作ってしまった。


両腕を失ったアンジェラは、物陰に潜みつつ脱出を窺った。






一方、ロッソ達はガルシア邸を襲う。


凄まじい爆音と炎が屋敷を包む。


「エディ達が正面玄関を突破した様です!」


「了解だ。行くぜ…クララ、サルタナは俺に続け!!」


小隊を率いてロッソは裏口を窺う。


「やはり、こちらは手薄だな…」


警護の兵士数人を撃ち倒すと、更に屋敷に侵入するロッソ。


だが、その後ろに気配を感じた。


「お前達…そこを動くなっ!!」


ライフルを背中に突き付けられたロッソ。
すかさず両手を上げる。


「司令官!?」


「冗談キツイぜ。お嬢さん……」


振り向くと、ヘルメットに迷彩服を着、ライフルを構えたミカエラが居た。

ロッソの顔を見ると敬礼する。


「うふふ…お久しぶりね、ロッソさん。どう、これ?似合うかしら?おじ様のお古なの…」


「ミカエラお嬢さん…俺達が来るのを分かってたみたいだな…」


「お見通しよさっ…早く、わたしをビアンカの所へ連れて行って!!」


ニヤリと笑みをもらすと、ロッソはミカエラの腕を掴む。そして、トランシーバーで通信する。


「…こちらロッソだ。…ああ、ミカエラお嬢様は確保した。直ぐさま刑務所に急行だ!!」






刑務所では、完全に暴動となっていた。

カオスが建物全体を包み込む。


一方、その騒ぎの元となったビアンカは、急に力が抜けた様にへたれ込んだ。


翼は縮み、髪の色や角も元に戻っていった。


「ビアンカ…大丈夫かい?」


警備隊に向け発砲しながら、ビアンカを気遣うモニカ。


「ああ…平気。ありがとうモニカ……」


「とりあえず何か着なよ…」


と、近くにあった洗濯物の服を投げた。

ビアンカはそれを羽織りながら聞いた。


「アイツは…」


「うん?」


「アンジェラは何処に消えた?」


「分からないね。だけど、あんな身体じゃ遠くには逃げられないはずだ…すぐ見付かるさ…」


黙って頷くビアンカ。先程までの魔神の如き姿とは打って変わり、しおらしくモニカの傍に寄り添った。


「不思議な子だね…」


モニカは愛おしむ様に、ビアンカの身体を背中から抱き寄せた。








ミカエラを乗せた“赤いコヨーテ”達のジープが進む。


やがて、海沿いの歩道に差し掛かると目の前に血塗れの女がフラフラと歩いて来た。


もはや顔から血の気は失せて半死半生の状態だった。


ミカエラは気付く。


「アンジェラお姉様……?」









《続く》

初掲載2009-10-08