「ミカエラーーっ!?」


ビアンカが駆け寄った時は、既に虫の息だった。

ミカエラは、額と胸から血を流し、その鮮やかなブロンドの髪を汚していた。
むしろ、その真っ赤な血潮さえ美しいとビアンカは思った。


「わたしが…わたしが撃ったの………!?」


震える手で、ミカエラを抱きしめる。
口唇から血を流しながらも何かを言おうとしている。


「ビア…ビアンカ……」


「ミカエラ…ダメだ…喋っちゃ…」

両手をきつく握る。

涙が止まらない。

ビアンカは、またこんな形で親友を失ってしまうのかと、自らの運命を呪った。


「ビアンカ…わたしたち、いつまでも親友だよね…?」


「当たり前だろ…」


「ビアンカ…」


「なんだい?ミカエラ…」


「ありがとう…。わたしが死んでも…忘れないでね…」


「何言ってんだよ…ミカエラ…」


「…わたし、もうダメみたい…」


不意に瞼を閉じた。
ミカエラは、うっすらと笑みを浮かべたまま、そのまま動かなくなった。


「あ…ミ、ミカエラ……嘘だろ?ミカ……なんで………」


目の前が真っ暗になった。


わたしは一体何をしたの?

こんなバカな事があるの?

人間を信じられないわたしが、唯一信じた親友を自らの手で殺してしまうなんて……



「ああああ……」


ビアンカは叫んだ。

その慟哭は、闇にコダマする。

その雄叫びだけが暗闇に響き渡る。




「あらあら、また殺しちゃったの?ビアンカ…」



何処からか声がした。


それはヴァージニアの声らしい。


「鰐女さん…唯一の親友さえ殺すなんてな…やっぱりあんたは悪魔だな…」


今度は団長だ。



「ビアンカ…貴様、ミカエラを殺したな…今度は娘まで手にかけたな…?」


最後は、ガルシア。



三人だけが闇夜に浮かび上がる。
ミカエラの動かなくなった骸を抱きながら、ビアンカは三人を睨みつける。


「うるさい…消えろ…」


「消えないよ…此処はあたし達の領域だもの…」


「此処は、何処なんだ……?」


「地獄だと言ったろう。ビアンカ…」


「…地獄……」


ビアンカは、ミカエラの口唇にそっと口づけすると立ち上がる。


「ミカエラ……わたしはやっぱり、人を愛しちゃいけないんだ…」


「そうよ。あなたは悪魔だもの」


「うるさいっ」


「お前は人間の敵だ。お前の存在が人間を破滅に巻き込むのさ…」


「黙れ!」


「悪魔には、地獄がお似合いさ…」


「なんで、わたしは此処に居る……?」



何もかもが謎だった。


自分は、ミカエラと一緒に国境を越え、山岳地帯まで来ていたはずだ。


それが、いつの間にか霧に包まれ、かつてビアンカが殺した亡者共に囲まれていた。


あまつさえ、愛する者を誤って射殺してしまった。


(わたしは一体どうなってしまったの……?)



ビアンカは、ミカエラを抱き抱えてジープに戻る。
ミカエラは、まるで眠るように身体を横たえている。
血染めの口許が微かに笑っている様に見える。


今にも起き出して、自分に語りかけて来そうだ。

「ミカエラ……」


ビアンカは、ミカエラの髪を掻き分ける。
だが、ミカエラは応えない。
絶望的な静寂がビアンカを襲う。


紅い瞳から、大粒の涙が溢れ出す。


「わたしを独りにしないで……ミカエラ…」


そのまま、微動だにしないミカエラの遺体を掻きむしる。
ビアンカの号泣が再び闇夜に響いた。



不意に、先程の三人とは違う気配がした。


ビアンカが振り向くと、大柄の男の影が見えた。


「お前は誰だ…?そこで何をしている…?」


「えっ……?」










《続く》

初掲載2009-10-27