2017-3-21 22:31
第18話「煉獄のビアンカ(前編)」
「ミカエラーーっ!?」
ビアンカが駆け寄った時は、既に虫の息だった。
ミカエラは、額と胸から血を流し、その鮮やかなブロンドの髪を汚していた。
むしろ、その真っ赤な血潮さえ美しいとビアンカは思った。
「わたしが…わたしが撃ったの………!?」
震える手で、ミカエラを抱きしめる。
口唇から血を流しながらも何かを言おうとしている。
「ビア…ビアンカ……」
「ミカエラ…ダメだ…喋っちゃ…」
両手をきつく握る。
涙が止まらない。
ビアンカは、またこんな形で親友を失ってしまうのかと、自らの運命を呪った。
「ビアンカ…わたしたち、いつまでも親友だよね…?」
「当たり前だろ…」
「ビアンカ…」
「なんだい?ミカエラ…」
「ありがとう…。わたしが死んでも…忘れないでね…」
「何言ってんだよ…ミカエラ…」
「…わたし、もうダメみたい…」
不意に瞼を閉じた。
ミカエラは、うっすらと笑みを浮かべたまま、そのまま動かなくなった。
「あ…ミ、ミカエラ……嘘だろ?ミカ……なんで………」
目の前が真っ暗になった。
わたしは一体何をしたの?
こんなバカな事があるの?
人間を信じられないわたしが、唯一信じた親友を自らの手で殺してしまうなんて……
「ああああ……」
ビアンカは叫んだ。
その慟哭は、闇にコダマする。
その雄叫びだけが暗闇に響き渡る。
「あらあら、また殺しちゃったの?ビアンカ…」
何処からか声がした。
それはヴァージニアの声らしい。
「鰐女さん…唯一の親友さえ殺すなんてな…やっぱりあんたは悪魔だな…」
今度は団長だ。
「ビアンカ…貴様、ミカエラを殺したな…今度は娘まで手にかけたな…?」
最後は、ガルシア。
三人だけが闇夜に浮かび上がる。
ミカエラの動かなくなった骸を抱きながら、ビアンカは三人を睨みつける。
「うるさい…消えろ…」
「消えないよ…此処はあたし達の領域だもの…」
「此処は、何処なんだ……?」
「地獄だと言ったろう。ビアンカ…」
「…地獄……」
ビアンカは、ミカエラの口唇にそっと口づけすると立ち上がる。
「ミカエラ……わたしはやっぱり、人を愛しちゃいけないんだ…」
「そうよ。あなたは悪魔だもの」
「うるさいっ」
「お前は人間の敵だ。お前の存在が人間を破滅に巻き込むのさ…」
「黙れ!」
「悪魔には、地獄がお似合いさ…」
「なんで、わたしは此処に居る……?」
何もかもが謎だった。
自分は、ミカエラと一緒に国境を越え、山岳地帯まで来ていたはずだ。
それが、いつの間にか霧に包まれ、かつてビアンカが殺した亡者共に囲まれていた。
あまつさえ、愛する者を誤って射殺してしまった。
(わたしは一体どうなってしまったの……?)
ビアンカは、ミカエラを抱き抱えてジープに戻る。
ミカエラは、まるで眠るように身体を横たえている。
血染めの口許が微かに笑っている様に見える。
今にも起き出して、自分に語りかけて来そうだ。
「ミカエラ……」
ビアンカは、ミカエラの髪を掻き分ける。
だが、ミカエラは応えない。
絶望的な静寂がビアンカを襲う。
紅い瞳から、大粒の涙が溢れ出す。
「わたしを独りにしないで……ミカエラ…」
そのまま、微動だにしないミカエラの遺体を掻きむしる。
ビアンカの号泣が再び闇夜に響いた。
不意に、先程の三人とは違う気配がした。
ビアンカが振り向くと、大柄の男の影が見えた。
「お前は誰だ…?そこで何をしている…?」
「えっ……?」
《続く》
初掲載2009-10-27
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