「みゃおォ〜〜」
真ん丸い瞳が、あたしを見つめる。
恐らく野良猫だろう。
顎の下を撫でると、喉を鳴らして、あたしに懐いてくる。可愛い。
痩せっぽちで、薄汚れた身体。
そして、ふさふさした体毛…
まるで、あたしみたいだ……
「ヴァージニア!…こんなところにいたのか?探したぞ…」
振り返ると、お父ちゃんがあたしを睨みつけてる。
「なぁに?まだ夕食には早いでしょ…?」
「ああ、飯には早いな。ご近所に新しい家族が越してきた。その挨拶に来たからお前も来い!」
「あたし、いやよ…」
猫を抱えながら首を振る。
「いいから来るんだ…」
猫みたいに首根っこを捕まれ、無理矢理引きずられて行く。
家族以外の人に会いたくなんかないのに…
両親は貧しい農家を営んでる。
ここは、南欧アークランドのウエストヴァージニア州の片田舎。
あたしの名前は、そこから付けられた。
「ヨークから来たカーペンターさんだ…これは娘のヴァージニア…」
お父ちゃんとお母ちゃんが、あたしを紹介する。
麦わら帽を被った髭面の男がにこやかに頭を垂れる。
その横には、ブロンドの髪の綺麗な奥さんが会釈する。
二人とも、あたしの顔を見るなり一瞬だけ顔を強張らせるけど、すぐに笑顔に戻っていた。
「ダニー!ベティ!こっちへ来なさい!」
カーペンターさんが庭に向かって叫んでる。
さっきから子供のはしゃぐ声が聞こえてた。
彼らの子供達だったのか。
「あっ…お化け!」
「狼だ!パパ…狼がいるよ!」
ダンとベティが、一斉にあたしを指差す。
気まずそうに、二人の頭を叩くカーペンター。
「こ、こらっ…」
「……この子は病気でして…身体中に硬い毛が生えて…刈っても刈っても、またすぐ伸びてしまうんです…」
別に、あたしの病気の説明なんかしなくてもいい。
あたしなんか、人目につかない納屋にでも入れて、ずっと隠しておけばいいじゃない。
あたしの病気は『先天性促進硬化多毛症』とか言うらしい。
普通の多毛症と違い、どんな治療法も効果がない奇病だった。
それでも、両親はあたしを普通の子供に育てようと必死になってるみたいだ。
無駄なのに…
人は、外見で判断する。
こんな毛むくじゃらの人間がまともに扱われると、本気で思ってるおめでたい親達なんだ。
「ヴァージニア!遊ぼ」
翌日、ダンとベティが訪ねて来た。
あたしが怖くないの?
でも、あたしだって天気のいい日は外で遊びたい。
また、あの野良猫が来ていた。
あたしは、猫にマイクと名付けた。
マイクに残飯を与えて、あたしはダンとベティに会う。
「いいよ…何して遊ぶ?」
「魔女ごっこ」
「魔女ごっこ?」
「ヴァージニアが悪い魔女で、妹のベティを騙して食べようとするんだ。僕は、そこへ登場して魔女を倒す騎士」
「…なんで、あたしが魔女なの?」
二人は、顔を見合わせてクスクス笑う。
「だって、どう見たってヴァージニアが魔女だろ〜?毛むくじゃらでさー」
…だと思った。
そうだよね。あたしは狼の化身、悪い魔女さ。
「わかった。じゃあ…うおお〜」
あたしは唸り声を上げてベティに襲い掛かる。
悲鳴を上げて逃げ惑うベティ。
多分、本気で怖がってる。涙目になってた。
そこへ、あたしのスカートの間を通って野良猫マイクが飛び出した。
なんで、こんな時に。
ベティは、まだ悲鳴を上げて走ってる。
そこへ、マイクがじゃれてくる。
「あっ…魔女の使いだ!使い魔の猫が来たぞ…」
ダンが実況してる。マイクまで魔女の仲間にされてしまった。
「悪い猫たんめー」
ベティは、マイクを掴むと身体を逆さにして、近くの池に頭を沈ませた。
マイクは必死になってもがいてる。
やめて!マイクが死んじゃう……
だけど、まだベティはマイクの身体を離さない。
あたしは、必死に池まで走った。
マイクは、ぐったりしていた。息をしていない。
「あれ?猫たん、死んじゃったかな…?」
その時、あたしの中で、何かが弾けた。
気が付くと、目の前に血まみれになったベティが倒れていた。
脳をはみ出させ、目を剥いたベティの死体がマイクの横にあった。
あたしの手には、大きな石が握られていた。
その石には、ベティの血がべっとりと付着している。
ダンが腰を抜かして、あたしを見つめてる。
「ああっ……ベティが…ベティが……ひ、人殺し……」
そんなダンに向けて、石を投げ付けた。
避けるかと思ったら、もろに額に命中してダンも倒れた。
血まみれの二人の死体を、しばらく眺めていた。
(……どうしよう…とりあえず、二人の死体を隠さないと……でも、どこへ…?)
ダンとベティ、二人を引きずって木陰に並べていると、強烈な目眩と空腹感に襲われた。
(………そうだ。二人とも、あたしが食べてしまえばいいんだ。胃袋に入れてしまえばいいんだ……)
お父ちゃんの鉈を失敬すると、あたしは二人の死体をバラバラにして食べた。
翌日、二人が行方不明になった事で村は大騒ぎになっていた。
カーペンター夫妻も、あたしや両親に色々聞いてきたが、わかるはずもない。そりゃそうよ。
全部は食べ切れなかったけど、二人はあたしの胃袋の中なんだから。
それにしても、ベティの親達が騒ぎ過ぎて煩いったらありゃしない。
その夜、今度はお父ちゃんのライフルを失敬すると、カーペンター夫妻の家を訪ねた。
「…こんな夜遅くに、一体誰かね………?」
カーペンターさんは、あたしの顔を見ると仰天していた。
「ヴァージニアか?どうしたんだい?何かわかったのかい?」
「あたし、ベティ達が何処に居るか知ってるわ」
「ほ、本当か…!?ど、何処に居るんだ…」
「天国よ」
おもむろにライフルを構えると数発撃った。
勢いで後ろに倒れたけど、ベティのパパに命中したみたい。
「きゃああ〜〜!あなた〜〜!?」
喚き立てるママの頭にも、お見舞いした。
次の朝、あたしのお父ちゃんとお母ちゃんが血相を変えて、あたしの部屋にやって来た。
手には、血まみれの服を持って。
ダンとベティを殺した時に着ていた服だ。木の下に埋めてたんだけど、見つかっちゃったか。
「ヴァージニア…これは何だ…?」
そこへ、騒がしい物音がする。
隣のフォスターおじさんが来たらしい。
「た…大変だ…カーペンターさんが……」
両親と揃って、カーペンター家の惨状を見た。
「まさか…ヴァージニア……お前が……?」
「イイ気味だわ…だって、ベティはあたしのマイクを殺したのよ?」
両親は顔を見合わせて、なにやら話している。
「か…怪物め…もう俺達の手には負えん…チャールストン叔父さんに相談しよう……」
あたしは、精神科医にかかり、心神喪失状態と言う事で「殺人罪」にはならなかった。
けど、両親には捨てられた。
商人だったチャールストン叔父さんの手配で、フリークス・サーカス団に売り飛ばされた。
そこには、あたしみたいな毛むくじゃらのや、手足がない女、魚みたいな顔をした男とか…
妖怪みたいな連中がたくさん集まって芸を仕込まれていた。
数ヶ月もすると、あたしも「狼女」としてデビューしていた。
今日は、隣国のラボミアから新入りが来るらしい。
一通りの訓練を終えると、あたしは新入りが居る檻の方へやって来た。
中には、何か蒼い皮膚に真っ赤な眼をした女の子が佇んでる。
ここに居るフリークスの中でも、特別目立つ変わった姿。
なんだか、とても強い瞳をしてる。
途端に親近感を感じたあたしは彼女に話し掛けた。
「あたしはヴァージニア。あなたの名前は?」
「…ビアンカ」
🔚「悪魔の子・ビアンカ」に続く!
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初掲載2010-01-23