話題:今日見た夢

家の中なのに、何故か頻繁に蜘蛛の巣に引っ掛かる。
なかなか視認出来ない事もあり、遮断機や或いはゴールテープのように廊下を横切るそれに気付くのは、身体の何処かが引っ掛かった時だ。手ならまだしも、顔に引っ掛かった時は兎に角気分が悪い。
犯人である蜘蛛の姿を見た事は無いが、見つけた時に備えて殺虫剤を用意しておこう。
大嫌いな虫を直接手で捕まえたり、殺すのは流石に嫌なものだ。

次に気付いたのはある時を境に天井裏から聞こえるようになった、何かが這い回るような音。
古い家な事もあり、何処からかイタチでも入り込んだのだろうか。
一応、調べてみようと屋根裏を覗いてはみたが、埃っぽい上に空いている空間という空間に蜘蛛の巣が張り巡らされていて不快だったので、それ以上調べるのは断念した。
この先もあまり物音が酷いようなら、駆除業者を呼んだ方が良いかも知れない。

室内飼いのペットが居なくなってしまった。
何処かに隠れてしまったのかと家中を探し回ったが見当たらない。
窓やドアの閉め忘れで出ていったというのも、その時の家の状況的にあり得ない。
なら何処へ消えてしまったのだろう?
蜘蛛の巣まみれになっている、2階の押し入れの中に散らばっていた大量のペットの毛が、その答えなのだろうか。

それからも家の中で蜘蛛の巣に引っ掛かる事や、天井裏からの物音は続いていた。

そして、夜半。
一際大きな物音に目を覚まし、身を起こすとそれは居た。
私の足先にある押し入れを打ち破ったそれは常夜灯の光が届かない薄闇の中、もぞもぞと動いていたかと思うと突然、此方に向かって飛び掛かってきた。
そのあまりの素早さに、あっと思った時にはそれはもう、私の身体にのし掛かっていた。

常夜灯の光に浮かび上がる、丸々とした巨躯から伸びる8本の長く太い脚。巨大な蜘蛛だ。
やたら蜘蛛の巣に引っ掛かると思っていたが、こんなものが棲み着いていたのか。
天井裏の物音やペットが居なくなったのも、こいつの仕業だったのか。

身がすくみ、動けずに居たが不思議と冷静にそんな事を考えていた。
逃げなければいけないのに、逃げられない。
鋭い顎が迫っていた。
抵抗する。手近にあったものを投げ付け、枕を使って迫る顎を押し返す。思いの外、力が強い。押され押し返しを繰り返した。
こう着状態が続くが時間の問題だろう。じりじりと押され始めた事を考えるともう持たない。
周りの物は投げ尽くしてしまったが、他に何かないか。
辺りを見回すと、やや離れた所にスプレー缶が置いてあった。
今の出来事を想定して用意していた訳ではないが、確か蜘蛛退治をする為に用意していたものだ。

蜘蛛を押さえつつ、スプレーに手を伸ばす。
届きそうで微妙に届かない距離と、今にも押し返されてしまいそうな状態に焦りが募る。
目一杯腕を伸ばす。蜘蛛を押さえている方の腕は既に限界が近い。
指がスプレーに触れた。それはバランスを崩すと私の手に吸い込まれるように転がってくる。
それを素早く掴みノズルを蜘蛛に向けるのと、もう片方の腕が完全に押し返されたのは殆ど同時だった。

無我夢中で蜘蛛に向かって殺虫剤を散布する。
霧状の薬品がかかると震えるような仕草をしたそれは、嫌がるように身体を振りまわし暴れ始めた。
どうやら殺虫剤はこれにも効くようだ。薬剤から逃れるように室内を右往左往していた蜘蛛の動きが段々と鈍ってくる。

あともう少し。そう思った時だった。

フラつきながらも体勢を取り戻したそれは突然、素早く走り出したかと思うと窓枠ごと窓を打ち破り外へと飛び出していった。
思わず風穴と化した窓へ駆け寄ると、覚束無い脚取りで周りの家の屋根を走り、時折りその一部を破壊しながら飛び移る蜘蛛の姿が見える。

一体、何処へ行こうというのだろう。

小さくなりつつある、その姿を私はただ見送った。