すみません、またいきなり続きから投下したいと思います。


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穏やかに晴れた日曜の朝だった。

先程から幾度となく繰り返されていた玄関のチャイム音に対し、坂田銀時はようやく重い瞼を開けた。

反射的に枕元にある時計を見ると、まだ時刻は朝の9時過ぎである。日曜日くらいはせめて昼頃まで眠りたいと切に思う銀時だが、あいにくチャイムを鳴らしている相手はその意向を汲んでくれそうにはなかった。気を抜けば再び閉じそうになる瞼を擦り、あくびをする。寝癖で更に広がった天然パーマの頭をがりがりと掻いた。
まだ隣で眠っている新八を起こさぬように気をつけて、ベッドからするりと抜け出る。


「誰だよ…チクショー」

苛立ち紛れに呟く合間にも、玄関のチャイムはまた一回呑気な音を立てていた。もうかれこれ三回はそれを鳴らしている人間のしつこさに心底辟易しながらも、渋々と玄関口に立つ。 寝巻のTシャツの上から腹を掻きつつ、銀時はその扉を押し開けた。

開けるなり、一条の眩しい光が扉の隙間から差し込んでくる。太陽のせいで瞬間的に逆光になった視界の中では、二人の男達がこちらを見据えるようにして立っていた。

「ハイハイ、聞こえてるっつーの」

不機嫌な声音を隠す事もなく、玄関先に立つ二人の男を一瞥する。どうやらチャイムを鳴らしていたのは、煙草をくわえた目付きの悪いこの黒髪の男らしい。その傍らには、新八と同じ年と言われてもおかしくないほどに童顔な青年が立っていた。
彼の地毛なのか、明るい茶色の髪の毛が春の日差しにうっすらと透けている。

一見すると、何とも不思議な二人組だった。


「何なんスか、あんたら」

寝起きの機嫌の悪さを更に全面に押し出し、銀時は彼らに尋ねた。銀時と男達を隔てた扉はまだ全開にはなってはいない。ドアチェーンを掛けている為、扉は僅かな隙間しか見せていなかった。

その趣向はもちろん銀時自身の防犯意識の賜物ではない(そういう男ではないのである)。ただ単に、新八が部屋に居るからだ。今まで扉にチェーンなど掛けたこともなく、また掛けようと思った事すらなかった銀時の意識は、少年と過ごすようになってから若干変わりつつあった。

いつ何時、誰が来るか分からない為である。


桂に言われた新八の精神状態や、少年が泣きながら漏らした言葉のかけらが、最近の銀時の頭の中では徐々に形を成しつつあった。ばらばらに散らばっていたパズルのピースが一つ一つ合わさるように、少しずつ、ゆっくりと。

だが、確実に。



そして今、その“危惧”は現実になろうとしている。

「何なんだよ?」

ぽつりと呟いた声は、いたって平穏だったと自負できる。何事にも動じないよう、無表情の極みで対応しようと銀時は心に決めた。

この男達は間違いなく新八絡みの人間であるに違いないから。


「朝から失礼します。こういう者ですが、」

黒髪の男が胸元から何かを取り出した。黒革をなめしたような手帳には警視庁の金色の紋が入っている。
開かれた手帳の写真には、『土方十四郎』と名前があった。

知らず知らずの内に、ごくりと唾を飲み込む。銀時が僅かに口を開いた。

「警察…?」

「ここに“高杉新八”が居るって事ァ調査済みですぜ。兄さん、ドア開けろィ」

いきなりの警察手帳に瞠目する銀時を尻目に、土方の横に居る茶髪の青年が扉に手を掛けてくる。その途端、彼の隣に居る土方の罵声が響いた。

「総悟っ、テメーは何でそう最初っから突っ込んでくんだ!」

その説教に『総悟』と呼ばれた青年が渋々と腕を引っ込める。彼は代わりに、ジーンズのポケットから真新しい警察手帳を引き出した。中を開いて銀時に見せてくる。

「…失礼しやした。俺はこういうもんです」

『沖田総悟』と書かれた顔写真と、目の前に居る人物の顔は一致していた。だが官服を着た写真とは裏腹に今の彼は私服なので、一見しただけではとても警察官だとは思えない。ましてや手帳を拝見したところによると、土方と沖田は警視庁の捜査一課に所属しているらしい。 言わば、刑事事件のプロだ。

その二人が、一体全体新八に何の用なのだろうか。

「…」

銀時は黙ったまま、土方と沖田の二人を交互に見遣った。


簡単に考えれば新八の捜索願いが受理された上での訪問なのだろうが、警視庁の人間がその為だけに動くとはとてもではないが考えられない。しかし、今一番銀時が気になっているのはそこではなかった。

沖田は今、新八の事を“高杉新八”と言ったのだ。その不可思議が銀時の心に大きな波紋を生んでいた。

「高杉…新八?」

確かめるように呟くと、土方が一つ頷いてくる。

「そうだ。居るだろう、中に」

顎先で部屋の中を示され、銀時はやっと我に返った。とりあえず彼等を中に入れる訳にはいかないと思い立つ。

「とりあえず外で話さねーか?」

「あ?」

のんきとも言える銀時の提案に土方の眉がぴくりと上がる。この男とは上手くいかないことを本能的に察し、銀時は沖田にくるりと向き直った。

「警察の人間が家宅侵入罪でお縄になる訳にもいかないよね、沖田くん」

言われた沖田は興味津々といったていでその瞳を銀時から土方に移す。彼は警察手帳をポケットにつっ込み、先程の銀時同様大きなあくびをかました。

「言われてみりゃそうですねィ。土方さん、近くのファミレスでどうですかィ」

「バカか総悟、何であっけらかんと賛成してんだお前は」

あっさりと銀時の誘いに乗る沖田に土方が憤然となる。だがそんな男に構わず、沖田はひらひらと手先を振った。
上司である土方を完全になめきった態度である。

「腹が減ったら戦もできやせん。こちとら昨日の晩から張ってんですぜ。それに兄さんは重要参考人だけどホシではねーや」

「じゃ決まりじゃん。沖田くん、そこのニコチン野郎と待ってて」

「何だコイツ、どこまで失礼!?」


着替えてくる、と扉を閉めた銀時の後ろで、土方の憤慨した声が聞こえた。



―――…


「ふーん…」


時刻はもうすぐ昼になるという頃合いだろうか。簡単な書き置きを新八に残して部屋を出た銀時は今、土方沖田の二名とテーブルを挟んで真向かいに座っていた。側には空になったチョコレートパフェの容器が二つ山を成している。

三つ目のパフェの山をスプーンで崩しつつ、銀時は土方の話した内容を頭の中で反芻していた。


「つまり、お前が匿ってるガキはその高杉の弟だ。弟と言っても血は繋がってねぇが」

その思考に割り込むように、土方の声が降ってくる。銀時はひょいとスプーンを空に翳した。その先を土方に向ける。

「それは分かったけどよ。どうにも信じられねーなァ、あの新八がそんな野郎の弟なんて」

「こっちだって、あのガキが記憶喪失だっていう兄さんの証言は眉唾もんですぜ」

横から沖田が口を挟んでくる。さすがにこの二人には言わざるを得ないと感じたのか、銀時は割合素直に新八の事を証言していた。否、隠し立てをするつもりもなかった。

ただし、新八の精神状態と、彼が零した『兄さん』の一言以外ではあるが。


「ま、そうだろうね」

己の証言を俄かには信じ難いという沖田の意見に、銀時がこくりと頷く。一口クリームを掬って、口に運んだ。
そんな銀時を見て土方が苦々しい表情を作る。

「悪い事は言わねェ、あのガキから手を引け。野郎…高杉もガキを探してんだ」

苦い表情を崩さぬまま、男は煙草を燻らせる。その言い草にピンとくるものを感じ、銀時は土方をつついてみる事にした。

おそらく、新八が言っていた『兄さん』とは、高杉晋助という男の事で間違いないのだろう。


「悪いけど、乗りかかった船を降りられる程俺は安くできちゃいねーよ」

「兄さん、その割にはファミレスのパフェで話をする気になってますぜ」

「糖分は別口だ」

真顔でツッコミを入れてくる沖田に一言返し、銀時は再び思案に暮れた。
そんな男に対して、土方が苛立ったように己の髪を掻き混ぜる。

「バカが…高杉の事を全く分かってねぇ。テメーがガキにどんだけ入れ込んでるかはいいとしてもな、野郎はまずい。下手すりゃ殺されるぞ」

穏やかでない話に、一瞬だけ銀時の瞳は僅かに見開いた。だがすぐに冷静を取り戻す。

「何で断言できる?」

声を潜めて聞く銀時に視線を向け、土方は緩やかに紫煙を唇から吐き出した。何かを思い出すように目を細める。

「野郎は中国やロシアにも抜け道を持ってる。テメー一人消すくらい朝飯前なんだよ」

「薬に殺し、海外のバイパス…まるでマフィアじゃねーか」

「マフィアみたいじゃねーよ、本物のマフィアだ。しけたヤクザなんざ足元にも及ばねェ…だからこっちはてぐすね引いてガキの足を捕まえたんだろうが」

はっ、と吐き出すように笑った土方の口調には軽い自嘲が含まれていた。それだけ高杉の事を追っているのにまるで尻尾を掴めない己への憤りもあるのだろう。

だがそれほどに言われても尚、銀時の困惑は深かった。

(…新八が、奴の弟?)


不意に新八を保護した時の事を思い出す。彼は着の身着のまま、どこからか逃げて来たように裸足で倒れていたのだ。そして名前を“志村新八”と名乗った。彼本来の高杉姓ではなく。

その意味、そして、その理由。


それがもし、少年が義兄の元から逃げた故だとしたら?


(…記憶喪失を引き起こした原因は、間違いなくそいつだ)

散らばっていたパズルのピースが収まるべきところに収まるのを感じる。新八を包んでいる霞のようなものが徐々に薄れ、晴れていっている事すらも。


それなのに、遂にたどり着いた答えは銀時の表情を一向に晴れさせる事はなかった。



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何かどんどんシリアスになる。銀さんが何か確信に近付きつつあるところで、また次回に続きます。