話題:妄想を語ろう



 小学校から腐れ縁の続く友田に“一生のお願い”と泣きつかれ、急遽、肝だめしに参加する事になった。

友田は超常現象専門のライターで、常にパワースポットや心霊スポット、UFOの目撃多発地帯を渡り歩いている。そこで仕入れた怪談話や不思議な出来事を講演しながら全国を渡り歩いているという変わり者、少し危ないやつなのだ。そのくせ人一倍怖がりだというから訳が判らない。今回も「なあ、一緒に行こうよ。一人だと心細くてさあ。頼むよ、一生のお願いだから」と何時もの如く泣きついてきたのであった。

2月に肝だめしって珍しくないか?普通は夏にやるものだろう、と訊ねると、いや、肝だめしは通年行事だよ、と友田は涼しい顔で言い切った。まあ、オカルト好きにはそうなのだろう。彼にとってラッキーだったのは、昨日今日の急な希望にも関わらず私の休暇願いが会社に受理された事だ。

私「急で申し訳ないのですが、明日1日お休みを頂けませんでしょうか?」

部長「また、いきなりだな。で、理由は?」

私「はあ、それがですね……実は友人と一緒に心霊スポットに行かなきゃならなくなりまして」

部長「ああ……心霊スポットなら仕方ないか。判った。届けを出しておく」

私「ありがとうございます」

部長「では、“忌引き”扱いで」

どう考えても心霊スポット巡りは忌引きではないが、下手な事を言ってへそを曲げられても困るので「はい、それでお願いします」と答えておいた。

かくして迎えた当日。最寄り駅から下り方面へ各停で2駅ほど先の、乗降客の殆どいない小さな駅で降り、そこから路線バスへと乗り換える。田園地帯を抜け、鬱蒼とした森の中へ。進むにつれ風景がどんどん怪しげになっていく。見れば、私と友田以外の数人の乗客も何処か皆生気がなく、否応なしに私の不安感は募っていった。もしかしたらこの辺りは曰く付きの土地なのかも知れない。誰も口をきかぬまま30分程揺られた頃だろうか、友田が「着いた」と言い、私たちはバスを降りた。どうやら他の乗客も全て同じ停留所で降りたようだ。

バスを降りた私たちが舗装された部分と未舗装の部分が入り雑じる細い道をとぼとぼ歩いて行くと、やがて森の中に古びた門柱が立っているのが見えた。「ここだ……」友田が緊張した声で言った。元は白かったであろう壁のあちこちにスプレー缶の落書き絵が見える。肝だめしに訪れた連中の悪ふざけだろう。薄汚れた門柱にはかすれて消えそうな字でこう書かれていた。

【醵鷂瑙病院】

読めない!全く読めない!なんて恐ろしい病院なのだ!心霊スポットの定番、廃病院に違いない。大正〜昭和初期辺りのカフェ建築っぽいレトロモダンな建物の規模は町の医院よりは大きく総合病院よりは小さい。その中間ぐらいか。落ち葉や枯れ木の地面を踏み締めながら玄関口へ。アールデコ調の入口扉は開け放たれていた。青ざめた顔の友田と緊張しながら建物の中へ足を踏み入れる。不法侵入を気にする私に「そこは問題ない」と友田は言ったが本当だろうか。不安な私を尻目に、友田は一直線に待ち合いロビーを突っ切り〈総合受付カウンター〉へ向かう。そしてカウンターの奥に向かってこう言った。

友田「すみませーん。マイナ保険証って使えますよね?」

すると、

「大丈夫、使えますよ。えーと、友田さん、今日は肝臓の検査でしたね」カウンターの下からひょっこり顔を出した熟年の女性が答える。ひょっこりはん!

友田「はい、宜しくお願いします」

うむ。友田が私の顔を見て頷いた。

うむ。肝だめしって…………肝臓の検査の事だったのか!

と言うか、ここ……廃病院じゃなかったのね。

塀の落書きは地域の若い芸術家たちによるポップアートで、人里離れた場所にあるのは混雑を避け、療養に適した綺麗な空気を求めた結果らしい。道理でバスの乗客たちの顔色が悪い訳だ。体調が悪い人しか来ないのだ此処には。

友田「知る人ぞ知る肝臓の名医が居てさ。名前は“井伊寛三”……いいかんぞう……良い肝臓!な、凄いだろ。いやいや、すまんなあ、付き合って貰って。ほら、明らかにオレ酒呑みすぎだからもう不安で不安で」

なるほど。普通に心細かったのか。思えば私が勝手に心霊スポットだと勘違いしただけで友田はそんな事は一言も言っていなかった。

ついでにお前も一緒に検査どうだ?の誘いを丁重に断り、友田の検査が終わるのを待ち、会計を済ませて病院を後にした。支払いはタッチパネル式の自動精算機。外観は廃病院だが設備は近代的だ。マイナ保険証にもちゃんと対応しているし。廃病院とか心霊スポットとか言ってごめんよー。

友田の検査結果は再来週判るらしい。無事だといいけど。結果が出るまで不安だろうから、帰りにコンビニで気休めにヘパリーゼを14本買ってプレゼントする。検査検査が出るまで毎日1本ずつ飲むといい。今さらではあるけれども。まあ、人ってそういうものでしょう。


〜おしまひ〜。