ナンセンスの窓辺R『たけやぶ・ふやけた』第3夜。


話題:みじかいの



☆★☆★☆★☆

第3話『朱に交われば』

グレープフルーツの似合う好青年、間宮忠敬君はローカル線を乗り継ぎ、Z駅へと降り立った。遥か連なる青い山脈、薫る風、風光明媚を絵に描いたような風景に間宮青年は思わずその目を細めた。

「ああ、これぞ旅情。ぼかぁ、幸せだなあー」。山岳版・若大将(加山雄三さん)である。

この地こそ、知る人ぞ知る秘境の温泉場であり、当の間宮青年の目的も勿論その温泉である。[キメラ湯郷]というのが温泉場の名前でZ駅はその最寄り駅となる。とは言え、駅から温泉迄は車で約7時間かかる上、最後は徒歩でなければ辿り着けない険しい山道となる為、よほど気合いの入った人しか訪れる事のない、そのような場所であった。ところが昨年、新幹線の敷設に伴う山林の整備や土地開発で、新たな道路が完成し、行きやすさが格段に増したのだった。Z駅から[キメラ湯郷]迄の所要時間も以前の約7時間から約6時間50分へとグッと短縮された上、車両で直接乗り付ける事が可能となった。

身近な存在となった[キメラ湯郷]。更に便利なのは[キメラ湯郷]にある唯一の宿泊施設、つまり、温泉宿から湯治客の為の送迎バスが出るようになった事である。運転の腕前にあまり自信のない間宮青年は喜んだ。これで念願の[キメラ湯郷]に行く事が出来る。険しい山道を運転するのは間宮青年には無理な話だった。

間宮青年がZ駅の改札口を出るのとほぼ同時に駅前のロータリー広場…と言うか…楕円形っぽい空き地にバスが到着するのが見えた。やけに派手なバスだった。もっとも旅館の送迎バスなのだから派手で当然、特に不思議はない。温泉宿の名前は書かれていないが他にバスがあるとは思えない。これが目当てのバスと考えて間違いないだろう、間宮青年は思った。それでも念の為、運転手に声をかけてまる。

「スミマセン、これ、送迎バスですか?」

「そうだよ〜ん。乗るか〜い?」

「はい、乗ります乗ります」

間宮青年が乗り込むと、バフォッ、変な排気音と共にバスは走り出した。車内はとても混み合っており、間宮青年は唯一空いていたタイヤの上の座席に腰を下ろした。

走り出してすぐ、車内の様子が少しおかしい事に間宮青年は気づいた。空気の濃度が濃いと言うか、粘度が高いと言うか、妙に空気が重くたいのである。得体の知れない湿り気のようなものも感じる。おまけに空気の匂いがむせ返りそうなぐらい甘い。植物性ではなく動物性、そう、フェロモンの放つ甘い薫りのように思えた。

車内を見回した間宮青年はある事に気づいた。乗客の全員が男性なのだ。それも、只者ではないオーラを発している者ばかりである。乗客全員の視線は間宮青年に熱く注がれている。とろけるような視線である。これは明らかにおかしい。もしや、乗るバスを間違えたのだろうか?

「あのぅ……このバス、キメラ湯郷に行きますよね?」間宮青年が運転手に確認する。

「うん?いや、【キメちゃん湯郷】は行かないけど……お兄さんが行きたいなら行ったげる」

これはどういう事なのだろう?

「これ、送迎バスじゃないんですか?」

間宮青年の問いに、ニヤリと笑いながら運転手が答える。

「そうげいバスよ。でもね、送り迎えする方の送迎バスじゃなくて……」

そして、運命の言葉が告げられた。

「乗客全員がゲイの【総ゲイバス】だわよん」

な、な、なんと!そちらの方の“ソウゲイ”であった。

「あの……降りたいんですけど」

「そうしてあげたいけど、この辺りって山ネッシーが出るから危険なのよ。だから一緒に温泉行きましょ。その方が絶対楽しいわよ」

「え、山ネッシーですか!聞いた事ないけど危なそうですね。判りました、言う通りにします」

「ウフフ」

かくして、数十名のゲイの猛者たちと純情可憐な間宮青年を乗せたバスは一路【キメラ湯郷】へと走り続けたのだった。

『こうして僕はジュゴンになったんだ』

後に間宮青年はそう語った。


〜〜余談という名の蛇足〜〜

ゾンビの里を追い出された半ゾンビの男は現在、ジュゴン先輩こと間宮青年の経営者するバー(どすこい竜宮城)で住み込みとして働いている。こうして働きながらコツコツとお金を貯め、ゆくゆくは自分の店を持つのが今の夢だという。店のコンセプトは[お酒を飲めるお化け屋敷]で店名は【存美】(ぞんび)に決めているそうだ。すっかり二丁目の住人となった半ゾンビは店の仲間やジュゴン先輩と毎日を楽しく暮らしている。

ジュゴン「さて、なんか食べに行こうか?」

半ゾンビ「あ、いいっすね」

仲間「お腹ぺこぺこ〜」

仲間2「わたしも〜」

ジュゴン「何食べたい?」

仲間3「美味しければ何でもいいって感じ?」

ジュゴン「豚カツか寿司か焼肉か…」

半ゾンビ「あ、寿司いいっすね」

仲間4「じゃあ、久しぶりに横山屋にする?」

仲間1「いいね〜」

半ゾンビ「寿司屋で名前が横山屋って珍しくないすか?」

仲間3「でしょ?ちょっと変わった店で、頼めば何でも握ってくれるのよ」

半ゾンビ「えっ、何でもっすか!?」

仲間4「うん、私、前に眼鏡握って貰った事ある」

半ゾンビ「眼鏡の握り、って聞いた事ないっす!板前さん、超絶的腕前っすね!」

ジュゴン「じゃ、横山屋に決定、って事でいいかな?」

一同「いいともーー!」

ここで半ゾンビの男はある事に気がついた。

半ゾンビ「あ、寿司で横山屋……横山屋……寿司……横山屋寿司……よこやまやすし!なるほど、それなら何でもアリそうだ」

かくして一行は知る人ぞ知る寿司の名店横山屋へと向かったのである……。

第1話へと戻る。そして、第1話→第2話→第3話→第1話→第2話→第3話→と永遠に読み続けて下さいませ。ぐるぐると循環し続けるうち、やがて虎はバターとなり、たけやぶはふにゃふにゃにふやけてくるのです。


〜完〜


◆後書き◆…アニサキスが時事として少し古いのは、第1話を書いたのが実は5月である為です。急にカールのニュースが飛び込んで来た為、急遽、記事を差し替えたという。で、アップまで少し時間が空くならばボリュームを増そうと考え、第2話と第3話を追加した次第であります。

―完―

ナンセンスの窓辺R『たけやぶ・ふやけた』第2夜。


話題:みじかいの

☆★☆★☆

3話オムニバスの2話目。明日の第3話のアップを待ってお読み下さいませ。

★☆★☆★


―第2話「顔色のよくない男」―


夜の県道をふらつく足取りで歩く男がいた。県道とはいえ田舎道もいいところで、辛うじて舗装されてはいるものの外灯などは申し訳程度にしか設置されていない。道の背後(北側)には広大な森が広がっている。夜の森、それはまるで何処までも無限に続く漆黒の闇のようであった。

「ねぇ、あの人、大丈夫かしら。少し足がふらついているみたいだけど…」

通り掛かったカップルの女性の方が男を見て言った。

「ああ、本当だ。どうしたんだろ、具合でも悪いのかな」、男性が答える。

実はこのカップルこそ、何を隠そう第1話で登場した板前の先輩(男性)とその彼女である。

「声かけた方がいいんじゃない?」

「そうだな。場所が場所だけにちょっと心配だからな」

場所が場所。実はこの県道の奥に広がる森は何かと曰つきの場所であり、地元の民は決して森に入ろうとはしない。一説によるとこの森の奥には異界が口を広げており、足を踏み入れたが最後、二度と元の世界に戻って来られなくなるという。事実、この森は何故か衛星写真に映らず、その原因はあらゆる科学的調査を経てなお不明となっている。役所に訊いても役所広司に訊いても「その件に関しましては一切お答え出来ません」の一言で門前払いを食らわされてしまう。

問題の男がよろよろと森から出て来るのをカップルの女性は見ていた。曰つきの森、しかも漆黒の闇色に染まる夜の森から出て来るなど、どう考えても只事ではない。酔っ払って、うっかり森に入ってしまっただけかも知れないが、それはそれで一声かけて然るべきだろう。カップルの男女は少し足を速め、男に近づいた。近寄ってみると、男の顔色の悪さが見て取れた。極度に悪いと迄はいかないが、明らかに具合が良くない、そんな顔色だ。二人は互いに頷きあうと男に声をかけた。

「あの……具合悪そうですけど大丈夫ですか?」

「もしアレだったら救急車呼ぼうか?」

すると、男は立ち止まり、二人に顔を向けて意外なほど元気そうな声で言った。

「あ、いや、大丈夫っす。どちらかと言うとむしろ調子いいぐらいなんで。心配かけてスンマソン」

曰つきの森から青ざめた顔で出て来た割にはライトなノリである。二人は少なからず面喰らっていた。とは言え、間近で見ると明らかに顔が青ざめているのが判る。それに、やはり足元が幾分ふらついている。

「でも……やっぱり顔色少し悪いですよ」

「そうそう、青ざめてると言うか」

すると男は大袈裟とも思える身振りで手を横に何度も振ると、意外な返答をよこしたのである。

「いやいやいや、それ、逆っす。顔色が良すぎるからこういう羽目になったんす」

二人はその言葉が全く理解出来ずにいた。その様子を見て、男は一度天を見上げて息を大きく吐いた。そして、驚くべき事実をカミングアウトした。

「実は俺、ゾンビなんす」

「ゾンビ……子鹿の?」

「それ、バンビだろ。ゾンビは、何て言うか、リビングデッド?」

「そうですそうです、リビングデッドの方のゾンビなんす。森の奥にあるゾンビの村に住んでたんすけど、『お前、ゾンビにしちゃ顔色が良すぎるから、この村から出て行った方がいい』ってそう言われて、それでこうして出て来たんす」

まさかゾンビだったとは。確かに、人間としてなら顔色が悪いけれども、ゾンビとしてならかなり顔色がいいと言えるかも知れない。同じ一つの物(顔色)でも見る方向や角度によっては正反対の意味を持ってしまう。

「そっかあ、そういう事情があったんですね。何かスミマセン、お節介で声かけちゃって」

「とんでもないっす。超抜嬉かったっす。ゾンビ村の仲間が『お前はゾンビ化の程度が軽いから人間の中で暮らした方が幸せだよ』って言ってくれたんすけど、正直、人間に会うの久しぶりでかなりビビってたんすけど、最初に優しい人達に出会えて俺ラッキーっす」

ゾンビは照れ臭そうに頬を少し赤らめたが、さすがに半分はゾンビなので見た目では判らない。

「でも……人間の世界に来るのはいいとして生活どうするの?」

「そう、住む処だって探さなきゃならないだろうし」

ゾンビの男は顔色を曇らせた。が、ぐどいようだが半分ゾンビなので、これも見た目では判らない。

「そうなんすよね……。実は行く当てとか全く無くて、めちゃ困ってるんす。こんな俺でも落ち着いて暮らせる場所どこかに無いっすかね……」

人には居場所が必要。ゾンビだってそれは変わらない。

「あっ、ジュゴン先輩の所なんてどうかしら?」

カップルの女性が思い出したように言う。

「あ、それ、いいかも知れないな」

「ジュゴン先輩…さん、ですか?」

「うん。新宿二丁目という所にいる高校の時の先輩なんだけどね……」

「あ、新宿二丁目って聞いた事あるっす!朝になると髭が生えてくるお姉さんがたくさん居る所っすよね」

「あそこ、人の過去とか根掘り葉掘り聞いて来ないし、人間だとかゾンビだとかに関わらず受け入れてくれるかも、ってちょっと思ったの」

「それはグッドアイデアかも。今からジュゴン先輩に電話してみるわ」

通話は五分程で終わった。

「OKだって」

「本当すか!良かったあー!」

「ジュゴン先輩、住む処とか仕事とか色々面倒みてくれるって。新宿二丁目の【どすこい竜宮城】って店なんだけど、場所判る?」

「いや、ちょっと判んないっす。てか【どすこい竜宮城】ってスゴい名前っすね」

「何かね、共同経営者が元相撲取りらしいのよ」

「明日、車で連れて行ってあげるよ」

「いや、さすがにそこまでして貰うの気がひけるっす」

「いいからいいから。久しぶりにジュゴン先輩に会いたいし。ね、そうしようよ」

「うん、それで決定ー!」

「ありがとうございます。いやあ、本当にいい人達に出会えて良かった。ジュゴン先輩もめちゃいい人そうだし」

「ああ、凄くいい人だよ。本名は間宮忠敬っていうんだけど…」

「なんか間宮林蔵と伊能忠敬が一緒になったような感じっすね」

「そうなんだよ。で、元々は旅好き温泉好きの好青年で新宿二丁目とか全然似合わない爽やかな人だったんだけど……」

「……だけど?」

「ある日突然、そっちの世界の住人になっちゃったんだ」

「一夜にして、ですか?」

「うん。……その話聞きたい?」

「そりゃ、是非聞きたいっす!」

「判った。じゃあ、明日、車の中で話してあげるよ……」

かくして、ジュゴン先輩こと間宮忠敬青年が新宿二丁目の世界に入るきっかけとなった世にも下らない出来事が語られる運びとなった……。


☆★☆★☆★☆


案の定、読みましたね(笑)ま、宜しいおます。明日は最終第3話のアップとなります。

ナンセンスの窓辺R『たけやぶ・ふやけた』第1夜。


話題:みじかいの

竹やぶも思わずふやけてしまうような妙ちくりんな話があります。オムニバス形式の3つのお話。本来ならば3話まとめて上げたいところなのですが、それだと少し長くなってしまうので、約2秒の熟慮熟考の末、1日1話ずつという形でお届けする事に決定致しました。今夜が第1話、明日が第2話、明後日が第3話となります。とまあ、そんな具合ですので、取り敢えずこれより第1話をアップ致しますが、くれぐれも、まだ読まないようお願い致します。明後日の第3話が上がるのを待ってからまとめてお読み下さいませ。


☆★☆★☆★☆★


―第1話「寿司屋では旬のネタを」―


近頃の回転寿司はすごい。特にメニューの豊富さには驚かされる。魚介のみならず、肉類や果物、中には既に一つの独立した料理として成立しているものがネタとしてシャリの上に乗っている事もある。

そういう変わり種は常に回っている訳ではないが、直接、板前さんに注文すれば快く握ってくれる。

客1「あ、すみません、豚カルビマヨネーズ貰えます?」

板前(威勢の良い声で)「豚カルビマヨネーズ、ありがとうございまーす!」

客2「あ、こっち、ピビンパの軍艦巻きを2皿ね」

板前「はいっ、自家製コチュジャンのピビンパ軍艦巻き2皿入りましたー!ありがとうございまーす!」

静かな寿司屋も良いけれど、こういう活気のある賑やかな雰囲気も捨てがたい。注文だけを聴くと、お寿司屋さんとは思えないが、まあ、これも時代なのだろう。

客3「えっと、本マグロの中トロください」

客4「こっち、大トロね」

客5「僕は中トロの炙りで」

板前「はいっはいっはいっ、中トロ大トロ中トロ炙りー!続けて頂きましたー。ありがとうございまーす!」

うむ。変わり種のネタも良いけれど、やはり定番のネタの美味しさがあってこそだ。マグロ、タイ、光りもの、通年の定番ネタは何と言ってもその安心感が嬉しい。出来れば、それにプラスして季節ならではの旬のネタも楽しみたいところだ。脂が乗っているもの、身がキュッと引き締まっているもの……うーむ、美味だ。これぞ至極のひと時……。

と、何だか[孤独のグルメ]の松重(豊)さんのようになってきたところで一際目をひくちょっと派手な軍団が店に入って来た。全員男性だが妙な色気を全身から放っている。女物の服を来ている者もいる。朝になるとヒゲが伸びてくるタイプのお姉さんとか、ゲイ人さんとか、その辺のグループだろう。

軍団1「何食べようかしら」

軍団2「やっぱ旬のネタが美味しいわよね」

板前「さ、言って頂ければ何でも握りますよ!」

軍団3「じゃ、あたし、アニサキス貰おうかな」

板前「はいーっ!アニサキッス入りましたー!」

軍団1「あ、ずるい!あたしもアニサキス!」

軍団4「おいどんも負けじとアニサキスたい!」

軍団2「アニサキス、わたくしは中トロでネ」

軍団5「アニサキスの大トロ、炙りで!」

板前「只今絶好調のアニサキッス!立て続けに頂きましたー!毎度、毎度、毎度ありがとうございまーす!」

アニサキスか、確かに旬のネタだ。しかし、大丈夫なのだろうか。ほら、皆の顔色がみるみるうちに……。

軍団3「あのぅ……」

板前「へい、何でしょう?」

軍団3「救急車……って握って貰えます?」

板前「あっ、大丈夫ですよー。言って頂ければ何でも握りますから。遠慮せずどんどん注文して下さい!」

軍団3「じゃ、救急車の握り、お願いします」

軍団1「…あたしも救急車」

軍団2「…あたしも負けじと救急車」

軍団5「じゃ、ネギ救急車のトロを軍艦巻きで」

軍団4「おいどんはインド救急車の大トロたい!」

板前「はいはいはいっ、救急車の握り5連発で頂きましたー!ありがとうございまーす!」

なるへそ、救急車と来たか。見るからに生命力の強そうな人たちだから、もう心配ないだろう。直に顔色も良くなるはずだ。

そうそう、顔色といえば、以前こんな話を聞いた事がある……。第2話へ続く。


★☆★☆★
<<prev next>>
カレンダー
<< 2017年06月 >>
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
アーカイブ