【樹木の呼吸を身につけよう!・4/静観塾?10】



(一)

 「先生、先日の〔気功講習会〕、とても勉強になりました。」
 梨紗が愚庵に来るなり大きな声を出した。
 「えっ、梨紗さん、行かれたんだ。
 僕、仕事だったからなぁ。」
と、允が残念そうに笑いながら言った。
 「何が勉強になりましたか?」
 私が訊くと、梨紗は躊躇うことなく真っ直ぐに私を見て言った。
 「パンニャーパーラミターが、究極最高の状態での気づきということであって、私たちは、例えスワイショウであったとしても、その最高の状態を作るように努力することが必要で、それが不安や恐れを取り除き、心静かなニルヴァーナの境地になる道だというところです。」
 さすがはヨガの先生だ。
 梨紗は、気功に直接関係のない周辺の東洋的な思想的話には理解があるんだと感じた。
「そんな面白そうな内容だったんですか?」
 允が言うと、
 「そうよ。
 般若心経を読んで、ただ仏教的に解説したんじゃなく、気功やヨガを学んでいく姿勢を教えて下さったのよ。」
 そう言って、梨紗は、どんなもんだい!とでも言いたげに、口を真一文字に結んで顔を斜め上に向けた。
 「先生、此処でもそんな話をして下さいよ。」
と、允が乞うように言った。
 私は、
「はい、わかりましたよ。
 樹木の呼吸の練習が終わったらね。」
と応え、その話を終えて、
「足裏呼吸の次の練習、掌呼吸の練習に進みますよ。」
と言って、二人を練功場に立たせ、〔静観塾〕を始めたのである。


(二)

 「自然にラクに立ち、、掌の感覚を感じて下さい。」
 「それぞれの掌に気のボールを持っている、そんな感じでいいですか?」
と、允が言った。
 「はい、そんな感じでいいですよ。
 そこから息を吸い入れながら両手を横から上げていき、その気のボールを胸の中まで吸い入れ、次に、息を吐き出し、軽く膝をゆるめ、腰を落としながら胸の気を掌に吐き降ろし、その動きを続けましょう。」
と、私は導いた。
 「掌は下向きのママでいいですよね?」
と、梨紗。 私は黙って頷いた。
 二人は、鳥がゆっくり羽ばたいているような感じのその動きを続けた。
 「二頭のゾウさんが鼻を上げたり下ろしたりしながら水を吸い入れたり吐き出したりしているみたいで、何か楽しい!」
 突然、梨紗が言った。
 私は、別の気功教室でこの練習を指導した時、ゾウが鼻で呼吸をしているような感じでという比喩を用いたことを思い出したが、梨紗がそんな感じをもってくれたということは、彼女がヨガのインストラクターとして、生徒さんに解りやすい言葉で伝えようとしている善い先生なんだと思った。
 「この掌呼吸も足の裏呼吸と同じように、陰陽に分けたり、陽を三つに分けたりするんですよね。」
 動きを続けながら允が訊いた。
 「はい、そうしてみて下さい。」
 私はそう応えてから、簡単な説明をした。

*読者のみなさんも、次のルートをそれぞれに試してみて下さいね。

1、陰陽に分けて。
?掌と腋の下を通して胸の中へ。
  
?手の甲と肩の横から上を通して胸の中へ(やや上気味)。

2、三陽に分けて。
?人差し指から合谷と肩関節の前側を通して大胸筋側へ。
?1の?と同じ。
?小指の後ろ側(解剖学用語では後内側)から肘頭、肩関節の後ろを通して肩甲骨側へ。

*合谷は、母指(親指)と示指(人差し指)の骨が接合する股のところにあるツボの名前。


(三)

 「先生、足の裏呼吸が、樹木の幹と根っこでの呼吸だとすれば、先程の掌呼吸は、枝葉の呼吸と呼んでもいいですね。」
 練習を終えて座敷に坐るなり梨紗が言った。
 すると、允が少し考えながら言った。
 「脚の裏呼吸が大地の気と自分の気を混ぜ合わせているというか、大地の気で自分の中の邪気を洗い流していて、掌呼吸は天の気によって自分の胸の中の邪気を洗い流していく、そんな気功に感じるんですが…。」
 なるほど允は鍼灸師だ。
 陰陽の理論で考えている。
 私は感心した顔で話した。
 「そうなんですよ
 自然界で言えば、天は陽で、大地は陰になりますよね。
 そして、体、内臓で言えば、胸の中が陽で、腹の中が陰になりますよね。
 だから、胸の中は天の気を採り入れたり、天の気で洗い流したりすれば良いし、おなかの中は大地の気を採り入れたり、大地の気で洗い流すと善いんですよね。」
 「そうかぁ、根っこで大地の気を、枝葉で天の気を…ということかぁ。」
と、腕を組んでうんうんと頷きながら言う梨紗の姿が面白かったが、私は真面目な顔のまま続けて言った。
 「この〔樹木の呼吸〕は、採気法でも邪気の洗い流し法でもなく、その準備としての練習、気を通す練習なので、まずは、脚や腕で気を自由に通せるようになって下さいね。」
 すると、二人は素直に「はい」と応えたのである。