【静観塾/その9】
●〔四点フィードバック〕から〔フリーフォール〕まで
(一)
「ちょっと待ってて下さいね。」
愚庵の座敷に腰を降ろした二人の女性にそう言い残し、私は奥の裏庭に降りていった。
そして、
「娃さん、お待たせしました。」
と、まな板と包丁、それに井戸水で冷やしていた小降りのスイカを持って現れたのである。
「あっ、スイカだ!」
娃が叫ぶ。
「私、します。」
と、夏南が包丁を取り、スイカを切り分け出した。
「やっぱり夏はスイカだねー。」
そう言って、娃は夏南が切り分けた扇形のスイカの一つを取って口にした。
夏南も手に取り、私もその果肉を噛み、甘い果汁を飲み込んだ。
娃は夏南と私の顔を交互に見て嬉しそうだった。
そして私は、半分に切られたスイカを冷蔵庫にしまい、〔静観塾〕を始めたのである。
最初に口火を切ったのは夏南だった。
「先生、私、先生に習ったように家で練習しているんですが、〔エアーエレベーター〕の前にする気のボール当てですが、あれを一つの練習法として、独立した名前を付けた方が良いんじゃないかと思ったんですが…。」
「というと?」
私は訊ねた。
「気のボールを作って四箇所に当て、体の中と外との感覚で気のボールを体感し、それから呼吸に寄って上げ下げする〔エアーエレベーター〕に入るんですが、気のボールを当てて体感するという練習も、それなりに練習時間が掛かると思うんです。
ですから、それだけでも充分に大切な練習ではないのかなって感じたんです。」
「なるほど」
と、私は思った。
「確かにそうですね。
〔四点フィードバック〕や〔体感ワープ〕、そして〔エアーエレベーター〕という練習と〔気のボール当て〕は少し違った内容を持つ練習ですね。」
私は頷きながら娃を見て言った。
「娃さん、気のボール当ての感覚から、何か思い付く良い名称、ありませんかねー?」
娃は気のボールを当てる格好をしながら考えていたが、顔を上げて夏南を見て言った。
「ねぇ、何だか、やわらかーいスポンジみたいな、わた菓子みたいな感じだよね。」
「そうねぇ、丸々、空気って感じじゃないわよね。
何か細かい粒子のような、細かな目の中に温かい空気が染みこんでいるような…、そんな感じよね。」
と、夏南は言った。
「その感じを表すような名前はないですか?」
と、私は再度娃を見た。
「そのまま単純に〔四つのわた菓子〕ってのは?」
と、娃が首を傾けた。
「いいんしゃない!」
と、夏南が応えた。
「それじゃー、〔四つのわた菓子〕にしておきましょう。
みんなそれぞれに練習法の愛称ですから、変わっていくこともありますからね。」
こうして、気のボール当ては〔四つのわた菓子〕として、独立した練習法に格上げされたのであった。
(二)
「それと……、」
今度は娃が問題を提起するようだ。
「いまの〔四つのわた菓子〕で思ったんだけど、〔四点フィードバック〕もそうだけど、その四箇所にも名前、付けませんか?」
「上腹部、下腹部は良いんだけれど、胸板の上側とか下側と言うのが判りづらいかもね。」
と、夏南が言った。
既に二人は、この技を伝える側に立ってものを考えている。
頼もしい二人であった。
私は考えながら言葉を発した。
「そうですねー、一般的には経穴の名前を使ってますねー。
ダンチューウとかチュウカンとかね。
でも、私がそうだったんですが、経穴の名前を使うと、その一点というイメージになってしまうんですね。
気のボールの当たるところは、そんな小さな一点ではなく、掌を当てたり、特に気のボールが半分くらい染みこんでいるような場合では、広い面なんですよね。
そんなところから、私は経穴名を避けて、胸板とか下腹部みたいな幅のある表現を使ってきたんです。
でも、娃さんの仰るように、胸を上下に分ける表現は判りづらいんですよね。」
しばらく沈黙が続いた。
「わたし、言い出しっぺだから…」
と、娃が口を開いた。
「練習には継続性というか、関連があった方がいいんしゃないかと思うんですが、〔エアーエレベーター〕がありますから、そのまま、一階、二階、三階、四階でもいいかな?って思います。」
すると、夏南が言った。
「それなら、いっそののこと、1、2、3、4でもいいんしゃないかな?」
どうなんだろうという思いにふけりながら二人は互いに見合っていた顔を私に向けた。
私に結論を求めているのだ。
私は言った。
「娃さんの言ったように、何階、何階にしておいて、実際の練習の場面では、夏南さんの言われたように、番号で呼べばどうですか?」
二人は、手を胸板に当てたり、上下に動かしたりしながら考えていたが、ほぼ同時に、
「それでいいです!」
と言った。
(三)
「少しまとめておきましょうか。」
私はそう言いながら、部屋の隅に置いていたホワイトボードを取り出した。
「これまで練習してきた内容を書いてみますね。」
そう言って、私はホワイトボードに次のように記していった。
1、四点フィードバック⇒四階、三階、二階、一階
2、体感ワープ?⇒一階、四階、一階、四階
体感ワープ?も同様に
3、四つのわた菓子⇒一階、二階、三階、四階(逆でも可)
4、エアーエレベーター:前側⇒一階→二階→三階→四階→三階→二階→一階(これをくり返す)
中心軸、後ろ側も同様に
5、フリーフォール⇒後ろ側の一階→二階→三階→四階→中心軸の四階に入って→三階→二階→一階で、これをくり返す。
やがて、中心軸で降ろす時間を、4秒3秒、2秒、1秒と短くして行く
「こんな感じになりますかねー。」
と、私は二人に向き直って言った。
「先生!」
娃が手を挙げた。
「写真、撮っていいですか?」
そう言って、娃はバッグからスマホを取り出した。
夏南も同じだった。
最近はノートに書かずにスマホで写真に撮っておくようである。
その後、少し休憩してから、私たちは、ホワイトボードに随って、〔丹田強化法〕に取り組んだのである。