数年前まで
残業も当り前にした。
サービス残業も月にすれば二桁、年にすれば三桁

本当にやっちゃいけない、自分のためにはならない家族のためにもならないものだった。


会社は人の生きる時間を買っているのだから、働いた分をキッチリ支払えないと言うことは、不良な不正な組織と言うこと。
それは間違いない。


時間=命


時間を買う=命を買う


と言う意識があったら、サービス残業しろと強制なんて出来ないはず。


残業も、人一人一人個人の営みがある。
お金を稼いで何が出来るって、物を買えるだけ。


買うことが大事でなく、何を買うか?....何をまもるのかが大切。


よく生きるために、よくお金を遣えなければ何の役にも立たない。


大体の物はゴミになる。
稼ぐために生きて、くたびれて思考力低下して、簡単に物ばかり買ったところでなんになる?


ゴミ処理ばかり増えるだけなのよね。


人生誰でも、今日という日は一度切り。明日が来る約束なんて誰にも無い。


自分個人の生活を豊に出来なくちゃ、過労して個人の時間を休息に使っていたらそれは残念な人生だ。


家族と過ごす時間を楽しくさせるために働いているのに、家にいる時間が楽しく出来なくなるほど働かなくていい....働いてはいけないと、つくづく知った。


たくさんお金稼げると、それだけで一人前になった気になるから恐ろしい。


私はお金に執着する血族に保険いっぱいかけられて、命危ういことが何年かあった。

だから金欲の恐ろしさは知っているつもりで....お金は大嫌いなんだけど、お金をたくさん稼ぐようになったら一人前になったつもりになった。


本当に恐ろしい。
お金が無くては確かに生きていけないけれど、お金に塗れても台無しになる。


お金は足りない位がちょうどよい。大切なものを選ぶことが出来る。


そうは言ってもね。
人間わざわざお金を減らそう行動はとれないものですが、必要があって増やすでなくただお金だけ増やしても振り回されるだけみたい。


ただで安く使われてはいけない。それをよいとすることは自分で自分を粗末に扱うこと。


いただいた自分の命を、粗末にしていることなのだと知れたことは、よい勉強になりました。


人がいなくて仕事はどんどん増えて、責任感からハマっていった…会社に気に入られても、何も還って来ない。それが当り前になって、それが出来なくなった時の扱いの悪さと云ったら無かった。

アホ臭い話だった。
時間はどんなふうに使っても自由ですが、毎日の積み重ねた時間に対する結果は必ず後に顕れる。


時間の使い途を決めるているのは、誰でなく自分。

自分の人生に責任を持つ、生きるってそういうことでもある。

たまに1時間残業をしますが、定時の暮らしで生きていることが定着してしまった私にはなかなか苦痛。


仕事以外にも、人生することがたくさんあって、朝は5時から夜は0時前後までやることはあるのに…1時間も取られるとキツいものです。

結局当時の私は、働いてるだけだった。自分の人生が無かったんだと感じている次第です。

それでも怠けたわけでなく、捧げたんだけど…どうせ捧げるなら実のあるところに捧げたいものです。

と言うことで、よい勉強になりました。


話題:残業